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年中無休の社畜だった俺、召喚された異世界で自給自足スローライフ……のはずが畑から白骨化死体出土(上)

 今後、独立した短編としてなろうにアップしようとは思ってますが、まずはこちらに掲載してみます。


 もうこんな時間か――


 パソコンのディスプレイの右上にある時刻表示を見て、川瀬かわせ公昭キミアキは、今日何度目かのため息をついた。


 午前零時十五分。たしか、この時間に退勤をすれば、ギリギリ終電に乗ることができる。


――とはいえ、終電で帰れたことなんて、会計主任を任されるようになったここ三年間で一度ない。もしかすると、この三年の間にダイヤが改正され、終電の時間も変わっているかもしれない。そうだとしたらなんだ、という話だが。



 改めて時刻表示を見た公昭は、先ほどとは真逆の感想を抱く。


 まだこんな時間か――


 まだ入力の終わっていない売り上げや経費がたくさんある。デスクの上の書類は、文字どおり、山積みだ。


 仕事を全て片付けられるのは、早く見積もっても、午前三時頃だろう。あと二時間はディスプレイと睨めっこし続ければならないのである。


 眼精疲労を感じていたのは、去年の頃までである。今では何も感じない。それは激務に耐性がついたためなのか、激務によって神経がやられてしまったためなのか――おそらく後者だろう。


 俺は、正真正銘の「社畜」として、このベンチャー企業に身を捧げていた。手取り二十万いくかいかないかの賃金でサービス残業を繰り返しているのは、やりがいゆえではない。諦めゆえである。上司のパワハラに抵抗する気力もなければ、ましてや会社を辞める気力もない。


 家畜が生まれながらに屠殺されて出荷される運命を背負っているように、社畜の俺も生まれながらに酷使されて過労死させられる運命を背負っているのだ、と妙な悟りまで開いていた。


 俺が解放される時が来るのだとすれば、それは、俺が死ぬ時か、もしくは、労基署に凸撃されて会社が死ぬ時かのどちらかだろう。俺にできることは、そのどちらかのエンディングを迎える日まで、一日十八時間労働を延々と繰り返すだけなのである。



「誰か、俺を救い出してくれよ……」


 無意識のうちに口から出た言葉は、誰に聞かれることもない。この時間にオフィスにいるのは、自分だけなのである。



「早くこの現実から脱出させてくれって……」


 こんな言葉ばかり口に出てくるのは、最近、「異世界転生」系のアニメにハマっている影響に違いない。そういうアニメがあることは、学生時代から知っていた。もっとも、当時は、主人公に次々と幸運が舞い降りてくるご都合主義の展開を「AVの脚本かよ」と鼻で笑い、見下していたのである。


 しかし、社畜となった今では、「異世界転生」系アニメの世界観に憧れ、それを猛烈に消費してしまっている。


 「異世界転生」は一種の麻薬なのだ、と思う。俺のような弱者男性に、幸福な幻覚を見せてくれるのだ。


 俺も異世界転生して、チート能力を獲得して、美少女に囲まれながら、ゆったりスローライフを送りたい――


 昔の人が憧れた「極楽浄土」を今風に翻訳すると、こんな感じなのではないか、とぼんやり思う。



――その時、目眩がした。


 廊下に倒れ込まずに済んだのは、椅子に背もたれがあったからだ。


 背もたれに寄りかかった俺は天井の蛍光灯を見つめながら、急に荒くなった呼吸を落ち着けようと、胸に手を遣る。



 先ほど飲み干したエナジードリンクの強力なカフェインのせいだろうか――



 吐けば楽になるかもしれないと思った俺は、ふらつきながら椅子から立ち上がる。


――しかし、すぐに全身の力が抜けてしまい、また椅子に引き戻される。



 そのまま意識が遠のいていく――



 これは想定していた一方のエンディング――過労死なのだと、俺は悟る。

 


 視界が真っ暗になる寸前に聞こえたのは、清らかな女性の声だった。



「キミアキ、あなたの居場所はこの世界ではありません」




…………




 突然死んでしまったところで、思い残すことなど何もなかった。

 俺には、妻も子どももいない。彼女さえもいない。


 俺の訃報に、両親は悲しむかもしれない。ただ、他方で「良かった」と胸を撫で下ろすだろう。俺の兄は医者で、妹も国立大の医学部に通っている。死んだのが有能な兄妹でなく、兄妹で唯一不出来な俺であることに、両親はホッとするに違いないのだ。



――いや、待てよ。


 俺は今死ぬわけにはいかない。


 だって――



「まだ仕事が終わってない!」


 俺は、目を覚まし、立ち上がった。


 そして、デスクに山積みになっている書類を探したが――見つからなかった。



 それどころか、今俺のいる場所は、オフィスではないのである。


 おそらくオフィスのある池袋でもなければ、東京でもない。


 そこは――



「……ジャングル?」


 俺の既存の語彙に照らせば、そうなる。

 とはいえ、実際にジャングルに行ったことはないから、本当にここがジャングルかは分からない。「森」ではなく「ジャングル」だと判断したのは、俺を囲っている木々が、見慣れないもので、異国風に思えたからである。



「早くオフィスに戻らなきゃ……」


 時刻は午前零時を過ぎているのである。早くオフィスに戻って、仕事を再開しなければ、今宵も職場泊となりかねないのだ。



――いや、待てよ。


 このジャングルには、照明器具などどこにも見当たらないのに、明るい。

 見上げると、木々の隙間から太陽が照っていた。


 もしかして――



「……もう朝?」


 俺が気を失っている間に、朝を迎えてしまったということなのだろうか。だとしたら最悪だ。仕事がちっとも片付いていないことを、定時出勤してきた上司にこっ酷く叱られる。会社にも迷惑を掛けてしまう。



 とにかく、一刻も早くオフィスに戻らねばなるまい。俺は、スラックスのポケットから、スマホを取り出す。

 そして、地図アプリを開き、ここから会社までの経路を調べようとする。


 しかし――



「……圏外?」


 アプリは一向に現在地の情報を読み込まず、その原因は、画面右上に「圏外」と表示されているがゆえに違いなかった。



 クソ、俺は一体どうすれば……?


 生きている以上は、仕事をしなければならない。俺は、仕事をするために生きているのである。


 とはいえ、オフィスに戻れなければ、仕事をすることはできない。


 スマホをパソコン代わりに使用する余地はあるかもしれないが、書類がなければ、仕事はできない。


……ん? そういえば、紙って木からできてるよな? このジャングルに生えている木を切って、そこから紙を精製して書類にすれば……



 そんな風に社畜脳をフル回転させて考えていたところ、突然、あたりが暗くなった。


 何かが太陽を遮ったのである。


 そのとてつもなく大きな何かとは――



「化け物!?」


 俺の既存の語彙では、そうとしか言い表せなかった。


 そいつは巨大な虎のように見えたが、明らかに虎とは異なっている。なぜなら、巨大な翼が生えており、バサバサと羽ばたいているのである。そして、そのことと比べると大した相違点ではないかもしれないが、角も生えてるし、尻尾も八本くらいある。



 その化け物は、俺を目掛けて飛んできていた。ギョロリとした目は、俺を捉えて離さなかった。



 バサバサという羽の音は、どんどん近付いてくる。



 俺は獲物にされるのだ――

 

 そのことは分かっていたが、俺は、まるで足の裏から根が張っているかのように、その場から動くことができなかった。



 リアル化け物を目の前にすると、誰しもがこうなると思う。



 俺にできることは、断末魔の光景を見ないで済むように、固く目を閉じるだけであった。


 バサバサ――



 思い残すことなど何もない。



 それに、仕事が片付いてないことを上司に怒られるよりも、ここで化け物に殺された方がマシである。



 バサバサ――バサバサ――



「フルシフール!」


 突然聞こえたのは、先刻に死を覚悟した時とは異なる、透き通った女性の声だった。



 それに続いたのは、グゥオオンという獣の唸り声。



 目を開けると、化け物は地面に横たわっていた。


 そして、可憐な少女が立っている。


 ピンク色のローブを羽織った少女の手には、細長い棒が握られており、そのキラキラと輝く先端が、化け物の方に向いていた。



 少女が、再び透き通った声を出す。



「この男のことは諦めて。さもなくば、次はさっきの十倍の火力をお見舞いするよ」


 化け物に言葉が通じるのかは分からなかったが、少なくとも少女の気迫は通じたのだと思う。


 その証拠に、化け物は、クゥンと小型犬のような声を出すと、バサバサと羽を動かし、少女に背を見せる格好で浮き上がった。



 そして、フラフラと上空へと飛んで行った。



 化け物が豆粒ほどのサイズになるのを見送ると、少女は、やはり足の裏から根が張ったままであった俺の方を振り向いた。



 はじめて少女と目が合う。



――正真正銘の美少女である。


 どちらかというと俺の好みはキレイ系であり、この少女はどちらかというとロリ系であり、決してタイプど真ん中というわけではない。


 しかし、それでも、ローブの色と同じピンク色の虹彩の目に、ドキッとする。



 少女は、いかにも女の子らしい、バタバタとした走り方で俺の方に駆け寄ってきた。



 そして、ニコリと反則的な笑顔を見せながら、言う。



「間に合って良かった」



と。




…………





「ふーん、キミアキっていうんだ。変な名前」


「ちょっとお姉ちゃん」


 ピンク色の少女が、水色の少女を睨みつける。

 「ピンク色の少女」「水色の少女」というのは、あまりにも雑な形容であるが、かなり的を射ている。決して、エイリアンのように肌の色がピンクだったり、水色だったりという意味ではない。肌の色はキミアキと変わらない色だ。


 しかし、たとえば、俺を化け物から救ってくれた「ピンク色の少女」の方でいえば、羽織っていたローブはピンクであったし、そのローブを外して現れた長髪もピンク色なのである。そして、目の虹彩の色までピンクなのである。


 思えば、派手な髪色で、さらに虹彩の色と髪色が一致しているなどというのは、まるでアニメの登場人物である。



 そして、今、俺に降りかかっている展開も、まさにアニメの展開なのである。



 俺は、突然知らないジャングルにワープさせられ、羽の生えた虎の化け物の襲われそうなところを、ピンク髪のロリ系美少女に救われた。


 そして、その美少女に連れてこられた民家で、見るからに美味しそうな料理を振る舞われているのである。



 そのような「接待」を受ける心当たりはない。

 それどころか、色鮮やかなグリーンサラダ、トロトロに溶ろけた肉の煮込みといった料理が目の前のテーブルを埋めるまで、俺は、俺をもてなしてくれている少女たちから名前すら訊かれていなかったのだ。



 少女()()――そうである。民家には、髪の色も虹彩の色も水色な少女もいて、今、料理の置かれたテーブルを挟んで対面に座っているのは、二人の少女なのである。


 今のやりとりで、俺は、二人が姉妹であるとをはじめて知った。


 たしかに顔は似ているなとは思っていた。イメージカラーがそれぞれ違うので見間違うことはないが、顔のパーツはほぼ一緒である。


 要するに、水色の少女もまたロリ系美少女なのである。



「キミアキっていかにも異世界っぽい名前だな」


「……異世界?」


 俺は、思わず水色の少女に聞き返す。



「キミアキは、自分がどこから来たのかも分かってないのか? バカなのか?」


「ねえ、お姉ちゃんってば」


 ピンク色の少女は再び水色の少女を睨みつけたが、俺自身は、「バカ」と言われたことは少しも気にならなかった。そんな言葉、上司から日常的に浴びさせられている。


 それより、水色の少女は、「俺が異世界から来た」と言ったのではないだろうか。


 それはつまり、今俺がいる場所は、今まで俺がいた場所――現実世界――とは違う世界だということではないか。


 それはつまり、ここが異世界だということではないか。


 たしかにこの民家も、姉妹が羽織っているブカブカの布も、中世ヨーロッパの絵画で見たようなものであり、つまり、異世界っぽい。



 現実世界で過労死しかけた俺は、どうやら異世界へと召喚されてしまったらしい。



「それにしても、キミアキは顔色が悪いなあ。見た目からして不健康そうだ」


「お姉ちゃん! それも言っちゃダメ!」


 どうして俺が異世界に召喚されたのかも、その俺がどうして美少女に保護され、ご飯まで振る舞われているのかはよく分からない。


 その理由は、おそらく俺の想像の埒外にあるのだろう。


 だとすると、考えるのは無駄である。



「どうして言っちゃいけないの? キミアキの顔色が悪いのは事実じゃん」


「事実がどうとかじゃなくてさあ。だって、キミアキが可哀想でしょ」


 とにかく今は考えるのはやめて、若い女の子に下の名前で呼んでもらえているという、現実世界では決して味わうことのできなかった幸せにただ浸るとしよう。



「というか、そうこうしてるうちに料理が冷めちゃう」


「本当だね。料理は美味しいうちに食べないと」


 先ほどまでずっと言い争っていた二人の意見がようやく一致した。


 姉妹の視線が同時に俺に注がれる。



「早く食べて」


「食べて、って俺が?」


「当たり前だろ。キミアキのために用意した料理なんだから。それくらいバカでも分かるだろ」


 それはもちろん分かる。俺が案内されたテーブルに、大小のお皿が次々と乗ってくるのをずっと目撃していたのだから。


 とはいえ――



「俺、そんなお金持ってないけど」


 ボケたつもりは一切なかったのだが、姉妹は同時に吹き出した。



「お金なんて要らないよ。そんなつもりで助けたんじゃない」


「だいたい異世界のお金なんて、この世界ではゴミクズなんだから」


「はあ……」


 無料タダでこんな立派な料理をいただいて良いのだろうか。

 品名も、正確な素材もよく分からないが、仮にここがレストランだったら、万札数枚が飛ぶことを覚悟しなければならないほどの品々に見える。



 涎が垂れかかっていたが、「いただきます」の前にどうしても訊かなければならないことがあった。



「……君たち、どうしてこんな俺に優しくしてくれるの?」


 俺の質問に、美人姉妹は顔を見合わせ、もう一度吹き出した。



「客人をもてなすのは当たり前でしょ」とピンク色の少女。



「異世界には、他人に親切をする文化はないのか?」と水色の少女。



 そうか。俺は「客人」なのか。「客人」として丁重に扱われる立場となったのは久しぶりだ。

 姉妹が言うところの「異世界」、つまり、現実世界においても、無論、他人に親切をする文化はある。しかし、俺が親切をされる側に回ることなど滅多にない。


 ゆえに、俺は疑心暗鬼となってしまっていたようだ。


 姉妹の親切を素直に受けるのが、この場での「礼儀」に違いない。



「いただきます!」


 俺は右手でスプーンを掴むと、手始めに湯気を立てている黄金色のスープを掬い、口を運ぶ。


 「美味しい」という言葉より先に、自然と涙が一粒零れ落ちた。




…………





 料理はどれも、今まで食べたことのない味だった。

 しかし、どれも、今まで食べたことないくらいに美味しかった。



 異世界の食材とは一体どのようなものなのだろうか、と気になり、骨付き肉を持って、「これは何の肉?」とピンク色の少女に尋ねると、意外なことに、



「豚」


と、現実世界でもお馴染みの名前が返ってきた。


 まさかと思い、そのほかの食材についてもいちいち確認してみると、やはり「レタス」だとか「トマト」だとか「米」だとか、俺もよく知っているものばかりなのである。


 それなのになぜ今まで食べたことない味に感じたのだろうか。

 調理法や味付け、香辛料が違うのだろうか。


 それとも、久々に誰かと食べる料理なので、格段と美味しく感じているのだろうか。


 食材の名前を訊くついでに、というわけではないが、今まで聞きそびれていた姉妹の名前も尋ねてみた。



 姉――水色の少女はクラリスといい、妹――ピンク色の少女はシャナというとのことだ。


 そして、二人は双子なのだという。どおりで似ているわけである。



 食事中も常に二人は言い争っていたが、決して仲が悪いようには見えない。むしろ「喧嘩するほど仲が良い」というのがよく当てはまっているだろう。


 クラリスに何度「バカ」と言われたか分からないが、少しも悪い気はしない。


 とにかく、クラリスとシャナと囲む食卓は最高だった。



「俺は何をすれば良い?」


 テーブルの上の皿が全て空になると、俺はパッと立ち上がった。



 シャナは明らかに戸惑った表情で、俺の顔を見上げる。



「……え? 何をすれば良い……って、何のこと?」


「化け物から助けてもらった上に、こんなに美味しいご飯をご馳走になっちゃって、俺が何もしないわけにはいかないだろ。親切に報いなきゃ」


 俺は至極当然のことを言ったつもりだったが、シャナの戸惑った表情は変わらない。



「言っておくけど、料理を作ったのは私たち姉妹じゃない。私たちのパパとママ」


 クラリスに指摘されるまでもなく、そのことには気付いていた。おそらく、今俺らがいる部屋とは別の階に厨房があり、姉妹は、そこから次々と料理を運んできていただけなのである。



「皿洗いだって、パパとママがやってくれる」


「クラリス、俺は皿洗いなんかじゃこの恩に報いることはできないと思ってる」


「じゃあ、何をしようとしてるの?」


「そうだな……」


 たとえば――



「この家の執事としてしばらく働くとか」


 「冗談やめて」と、クラリスとシャナが声を揃えて言う。



「親切は親切として素直に受ければ良いんだよ。私たちは何も見返りを求めてないよ」


「そういうわけにはいかないよ。シャナ」


「どうして?」


「それだと落ち着かないんだ」


「キミアキ、それはどういうことだ? 君は働いていないと落ち着かないタイプなのか?」


 クラリスの指摘はあまりにも鋭かった。俺は無意識のうちに、仕事を求めていたのである。



「キミアキはやっぱりバカだ。働く奴は全員バカだ」


 なんだその極論は、と今度ばかりは俺も少しムッとしたが、意外なことに、シャナもクラリスに同調した。



「仕事は身体に毒。働くなんてただの自殺行為」


 まさか、この世界では、働くことが美徳とされていないのだろうか。異世界に来て最大のカルチャーショックである。



「キミアキにとって『幸福』って何?」


「働くこと」


 シャナの質問に即答している俺がいた。



「完全に病気だね」とシャナ。


「だからこんなに不健康そうな見た目なのか」とクラリス。


 

「キミアキが元の世界ではどういう風に生きてたのかは知らないけど、こっちの世界では働くのは禁止」


「つまり、シャナは俺に死ねと言いたいのか?」


「全然言ってないよ? キミアキは働いてないと死ぬの?」


 俺は頷く。


 常に泳ぎ続けていないと呼吸ができないマグロのように、俺は常に働き続けていないと死んでしまうのである。



「シャナの言うとおり、キミアキはバカを通り越してただの病気。治療が必要だな」


「治療?」


「ああ」


 社畜に有効な治療方法などあるのだろうか――



「やっぱりキミアキには皿洗いをやってもらおう」


「はい! 喜んで!」


「ただし、それは決して『仕事』じゃない。『楽しみ』として行うんだ」


「……え?」


 「楽しみ」として皿洗いをする、とはどういうことだろうか。先ほどの「喜んで!」は、仕事をもらえたことへの喜びを示すものであり、仕事をすること自体への喜びを示すものではない。


 仕事は辛いからこそ仕事なのだ。本来的に誰もやりたくないことだからこそ、仕事には価値がある。



「……仕事を楽しむって一体どういうこと?」


「だから、仕事じゃないって言ってるだろ」


 クラリスの大きなため息には、百回分くらいの「バカ」が込もっていた。



「仕事中毒なキミアキのための治療法――それはスローライフだ。ゆったりとした暮らしの中で、キミアキには生きること自体の楽しさを噛み締めてもらおう」



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[一言] 更新お疲れ様です! 転生モノかと思いきやタイトルからして不穏でドキワクです(;'∀') 個人的にはミアナとマイナみたいな雰囲気と予想(`・ω・´)
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