かしこさのたねの殺意
以前書いた連作短編集の「殺意のRPG」と同じ要領で、ドラ◯エ設定のミステリーを久しぶりに書いてみました。
勇者ディアスのパーティーは、宿屋のロビーに置かれたソファで打ち合わせをしていた。
「勇者様、そんなに上手くいくんでしょうか?」
ディアスの計画に疑問を呈したのは、僧侶のマリアだった。
黒髪美少女なマリアは、このパーティーにおける唯一の女性であり、目の保養である。
それと同時に、彼女は、このパーティーのブレーンでもあった。
ディアスのパーティーは基本的に肉弾戦に特化している。
メンバー構成は、勇者であるディアスのほかに、戦士であるクラウド、武闘家であるジャクソン、そして、僧侶のマリアとなっている。
マリアが後方にて回復役に徹する一方、残りの男3人が力でねじ伏せる、というのが戦術のベースだ。
ーーしかし、これから対峙する相手は一筋縄ではいかない。
この街ーーマンスパルに現れるストロング・クリーチャーという魔物は、パワーが別格であり、正攻法では到底敵わない相手なのだ。
ゆえに、ディアスは、珍しく頭を使い、策を練った。
その計画を今まさにパーティーで実行しようという直前に、マリアが水を差したのである。
「たしかにストロング・クリーチャーは、力に特化していて、知能が低い魔物です。とはいえ、本当にそう簡単に騙されて、罠にハマってくれるのでしょうか?」
ディアスが立てた計画は、一言で言うと、ストロング・クリーチャーを落とし穴に落として、その間にタコ殴りにしよう、というものである。
そのために、すでに男3人が1日がかりで、マンスパルの街外れに巨大な落とし穴を掘ってある。
「マリア、心配は要らないよ。ストロング・クリーチャーは過去にも落とし穴にハマった前例があるからね」
約半年前、ストロング・クリーチャーを退治しようとしたマンスパルの若者たちが落とし穴を掘り、誘き寄せたところ、ストロング・クリーチャーはまんまと穴に落ちたのだ。
「でも、ストロング・クリーチャーは穴から脱出して、マンスパルの若者4名の命を奪ったと私は聞いています」
そのことはディアスも知っている。ただーー
「それは、掘った穴が浅かったからだよ。大丈夫。今回はその時よりも2倍以上深く掘ったから」
ディアスがクラウドとジャクソンの顔を見ると、いずれも誇らしげな表情だった。
それでもマリアはまだ納得しないようだった。
「それから、勇者様、そんな人形でストロング・クリーチャーの目は誤魔化せるのでしょうか?」
マリアが「そんな人形」と言って指差したのは、ジャクソンが抱えている人型のぬいぐるみだった。
等身大のぬいぐるみには、マリアの服が着せられている。
ストロング・クリーチャーは、人肉、とりわけ、若い女と子どもの肉が大好物なのだ。
「心配要らないよ。ストロング・クリーチャーはバカだから、絶対に騙される。過去に人間と間違えてかかしに襲いかかったことが何度もあるんだ」
それに、とディアスは付け加える。
「人形に着せてある服には、若い女性である君の匂いが染み付いてるしね」
「ストロング・クリーチャーを侮ってはいけないと思います」
「それとも、マリア、人形ではなく、君自身が囮になるかい?」
「それは……」
マリアが黙り込む。
ディアスはマリアのためを思い、クラウドに人形を用意させたのだ。
マリアは素早さに欠けるため、ストロング・クリーチャーの攻撃を躱せるかどうか分からない。
マリアを犠牲にしないために、落とし穴へ導く「エサ」を別に準備したのである。
「マリア、君は頭が良いんだけど、その反面、心配性で慎重過ぎるんだ。今回は俺のアイデアに委ねてくれ。いいな?」
マリアがこくりと小さく頷く。渋々ながらもディアスの計画に同意してくれたのである。
ストロング・クリーチャーがマンスパルに現れるのは、月に1度だけ、満月の夜と決まっている。
そのときだけ活動をし、それ以外の時間はずっと街外れの洞窟で寝て暮らしているのだ。
ストロング・クリーチャーが寝床としている洞窟は、人間にとって有毒なガスが中に充満しているため、人が立ち入ることはできない。
ゆえに、ストロング・クリーチャーを退治できるタイミングは、満月の夜だけなのである。
そして、今夜は綺麗な満月だった。
ストロング・クリーチャーは、決まって20時にマンスパルに現れる。
今は19時45分であり、あと15分後ということになる。
「そろそろ落とし穴の方に向かおう。ここからは徒歩5分くらいだ。そして、穴の上に被せてある土の上にこの人形を置いてこよう。そうすれば、あとはバカが落ちるのを待つだけだ」
落とし穴は、ストロング・クリーチャーの寝床の洞窟のすぐ近くに仕掛けてある。
目覚めたばかりのストロング・クリーチャーは、寝ぼけまなこのままで人形に食らいつこうとし、そのまま穴に落ちるに違いない。
「クラウド、ジョンソン、それからマリア、出発するぞ!」
「オーケー!」
「よっしゃあ!」
「……は、はい」
その時、宿屋のロビーのドアが乱暴に開けられた。
ドアを開け、中に入ってきたのは、14歳か15歳くらいの金髪の少年だった。
宿泊客ーーではなさそうだ。
少年の視線は、受付ではなく、一直線にディアスたちへと向いている。
「……勇者ディアスのパーティーだな?」
声が切れ切れだ。おそらくここまで走ってきて、息が上がっているのだろう。
「ああ、そうだ。……だが、金髪君、まず自分自身が名乗ったらどうだ?」
「僕の名前はハカン。ハカン=セルートだ。……ディアス、この名前に見覚えはないか?」
見覚えも聞き覚えもなかった。
「子どもの名前には興味ないんだ。俺は学校の先生じゃないからね。そんなことより、何の用だい? サインならあとにしてくれ。今は忙しいんだ」
早く落とし穴に人形を仕掛けに行かないと、ストロング・クリーチャーが洞窟から出てきてしまう。
ハカンと名乗った少年は鼻で笑う。
「サイン? ふざけやがって。この『コソ泥』が!」
「『コソ泥』だって? おい。クソガキ、俺が誰か分かってるのか? 勇者だぞ。この世界の平和を守ってるお偉い様だぞ」
ディアスは、銀の剣の入った鞘に手を当てる。
脅しのつもりだったが、ハカンは臆することなく、「お前はただのコソ泥だ」と言い放った。
「今日、お前たちは、セルート家ーー僕の家に不法侵入した。鳥頭でも数時間前のことはさすがに覚えているだろう?」
「鳥頭」とは一体どういう意味の言葉だろうか。侮辱されているような気もしたが、確証がない。
「ああ、セルート家ですね。覚えてます。この街の北東にある、煉瓦造りの家ですね。たしかに入りました」
このパーティーのブレーンであるマリアが、さすがの記憶力を披露する。
ディアスは、マリアに指摘されてもあまりピンとこなかった。
「覚えている者もいるようだな。少なくとも不法侵入は認めるんだな」
「ちょっと待ってくれ。マリアの言うとおり、家に入ったかもしれない。でも、不法侵入というのはとんだ言い掛かりじゃないか? 鍵はかかってなかっただろ」
「鍵はちゃんとかけてたはずだ」
マリアが、ディアスにこそっと「『まほうのカギ』ですよ」と耳打ちする。
たしかに言われてみると、「まほうのカギ」は使ったかもしれない。
この世界には、どういう仕組みか、「まほうのカギ」によって開いてしまう一般居宅の外扉がいくつもある。
「……分かった。「不法」かどうかはさておき、君の家に侵入したことは認めよう。ただ、俺らは何も悪いことはしていない。情報収集のために民家を1軒1軒回っていただけだ」
勇者の冒険のためには、そういった地道な作業が必要なのである。
そのことを「不法侵入」などとかこつけられ、咎められたことなど過去に1度もない。
「『何も悪いことはしていない』? お前らは僕の家のタンスを開けて、中に入っていた物を奪ったじゃないか!」
ーーそれはしたかもしれない。
ただーー
「そんなこと、するに決まってるじゃないか! 俺は勇者なんだから! 民家に入って、タンスや壺の中を調べて、中にアイテムがあったら回収するんだ! そんなことは日常的にやってるさ!」
「は!? 開き直る気かい? 盗人猛々しいにもほどがあるだろ!」
「言い掛かりだ! 一般人がやったら犯罪かもしれないが、勇者がそれをすることは許されてるんだ! 合法だ!」
「勇者様」とマリアが再度耳打ちする。
「少し冷静になった方が良いと思います。正直言って、適法性には疑義があると思います」
ディアスもコソコソ声で返す。
「でも、普通にできるんだぜ」
「できること=やっていいこと、ではありません。人を殺すことは誰にでもできますが、人を殺してはいけないですよね?」
「これまでもずっと許されてきただろ?」
「それは、力の強い勇者パーティーに逆らうことができず、庶民が泣き寝入りしていただけかもしれません。今回みたいに問題視された場合には、個別にしっかり対応するべきだと思います。今のやりとりも多くの人に見られてるわけですし」
たしかに宿屋のロビーにいるのは、ディアスたちだけではない。
受付のマスターも、ソファやマッサージチェアでくつろいでいる他の冒険者や街の住民たちも、一斉に俺たちに目を向けている。
勇者はイメージ商売である。
マリアの言うとおり、今回に限って、個別対応も致し方ないだろう。
「金髪君、分かったよ。俺らが悪かった。君の家のタンスの中にあった物はお返しするよ。タンスの中にあったのは何だ?」
「かしこさのたねだ。3つあったはずだ」
かしこさのたねーーそれを食べると「かしこさ」のステータスが1〜3上がるアイテムである。
率直に言って、拍子抜けだった。
「なんだ。かしこさのたねか。そんなの使わないからくれてやるよ。マリア、道具袋を俺にくれ」
アイテムは全て道具袋の中にしまってある。
そして、その道具袋を管理しているのはマリアである。
「マリア、早く道具袋を渡してくれ」
ディアスの指示に対し、マリアは一向に反応しない。
定まらない視線で、天井の方をぼんやり眺めたままなのだ。
「おい、マリア、どうした? 俺の声が聞こえないのか?」
やはり反応はない。
「ディアス、忘れたのか?」とマリアに代わって状況を説明したのは、戦士のクラウドだった。
「タンスの中からかしこさのたねを3つゲットしたお前は、即座にそれをすべてマリアに食べさせたじゃないか」
「……ああ、たしかに」
言われてみるとそうである。
前線の男3人にはかしこさのステータスは不要だったので、パーティーで唯一呪文を操るマリアにたねを食べさせたのだ。
「……もう食べた……だって……?」
ハカンの声が震える。
見ると、体全体もプルプルと震えてる。
「ふざけるな! 2週間後、僕は受験なんだぞ! そのために一生懸命集めたかしこさのたねなんだ! それを盗んで食べただなんて、酷過ぎる! 僕が受験に落ちたらどうしてくれるんだ!?」
ハカンが身に纏った「負のオーラ」はものすごく、「ドーピングに頼らずに真面目に勉強しろよ」という真っ当な反論を許さないほどだった。
「たねを返せ! 僕の人生を返せ!」
完全に気圧されたディアスは、思わず、「……申し訳なかった。入手して、受験までに必ず返すよ」と答えた。
他のパーティーメンバーもうんうんと頷いている。
「ヴォオオオオオオン」
宿屋の外では、咆哮が轟く。
ストロング・クリーチャーの唸り声である。
クソガキと言い合っているうちに、20時になってしまったのだ。
今宵のストロング・クリーチャー退治はもう諦めるしかない。
チャンスはまた1ヶ月後、ということになる。
自ら蒔いた種かもしれないが、とんだ災難な夜だった。
…………
勝手に手に入るものとばかり思いきや、いざ本気で入手しようとするとなかなか手に入らないーーかしこさのたねというのは、そういうものだ。
お店で売っているわけでもなければ、戦闘でモンスターが落としてくれるわけでもない。
入手するには、民家のタンスや壺を漁るか、もしくはダンジョンの宝箱を片っ端から開けていくほかないのである。
ハカンに罵られてから12日が経ち、彼の受験まではあと2日しかない。
それにもかかわらず、ディアスたちが入手できたかしこさのたねはわずか1つだった。目標まであと2つある。
「もうトンズラするしかないんじゃないか?」
ここはマンスパルの隣にある港町。
ディアスは宿屋のベッドに力無く横たわっていた。
ディアスは、クソガキと約束した翌朝から「トンズラするしかない」と言い続けていた。
そのたびに「目付け役」のマリアが、「ロビーで大勢の人が見てる前での約束なんですよ。絶対に守らないといけません」とディアスを叱っていたのだ。
しかし、このときは、マリアは何も言わなかった。
ディアス以上に疲れ果てた様子で、隣のベッドにうつ伏せで深く沈んでいる。
「トンズラしたら、ハカンは怨霊のようにどこまでも俺らを追ってくるかもしれないぜ」
クラウドの指摘は現実的だ。
あの「負のオーラ」を見れば、誰だってそう思う。
「実は、俺に妙案があるんだ」
ディアスが、数日前から考えていたアイデアを披瀝する。
「ストロング・クリーチャーを殺すと同時に、あのクソガキも海に沈めて殺せばいいんだ。それで、俺らはこう言うんだ。『ストロング・クリーチャーの正体は、この金髪の少年でした。満月の夜になると、狼男のように、この金髪の少年が魔物に化けていたのです』」
「それはアリだな」とクラウドは乗ってくれたが、マリアが、シーツを食みながら、「勇者様、矛盾してます」と指摘した。
「ストロング・クリーチャーが街を襲っている最中、ハカンさんは私たちの目の前にいたじゃないですか。ストロング・クリーチャーの正体がハカンさんだとしたら、ストロング・クリーチャーとハカンさんが同時に存在するはずがありません」
「そんな細かいこと気にするなよ」
「細かくありません。マンスパルの宿屋のロビーには証人がたくさんいます」
頭が良いと、臆病となり、行動力を奪われるらしい。
ディアスは、かしこさのたねをマリアに与えてしまったことを二重に後悔する。
「じゃあ、マリア、対案を出してくれよ。どうすれば、マンスパルの住民に怪しまれずに、あのクソガキをこの世から葬れるんだ?」
「……そんなこと考えちゃダメです」
「じゃあ、マリアはどう責任を取るつもりなんだ? かしこさのたねを3つも食べたのは君なんだぜ?」
「それは、勇者様が、私に食べろって言うから……」
この12日間で何度したか分からないやりとりの最中、部屋のドアがバンと開く。
出かけていた武闘家のジャクソンが帰ってきたのである。
「みんな、朗報だ。街の中での聞き取りの結果、かしこさのたねが入手できる場所が分かった。明日の朝、早速そこに向かおう」
…………
「勇者様、やりました! またかしこさのたねです!」
翌朝、ジャクソンに案内されて到着したのは、「賢者の塔」と呼ばれるダンジョンだった。
ジャクソンが得た情報のとおり、そこではかしこさのたねが大豊作であった。
宝箱には3箱に1箱くらいの割合でかしこさのたねが入っていた。
さらに、塔の頂上にいたボスキャラも、ちゃっかり戦闘後にかしこさのたねを落としてくれた。
ダンジョンの攻略難度も低く、わずか3時間ほどで、ディアスのパーティーはかしこさのたねを5つ手に入れた。
すでに持っていたものを含めると、全部で6つである。
「勇者様、これで利子もつけてハカンさんに返せますね!」
呪文によってダンジョンを抜け出すと、青空の下、マリアが心底嬉しそうに言う。
「利子をつける? 元々拝借した3つだけでなく、色をつけて返すということか?」
「はい。もしも受験に失敗した場合に八つ当たりされないためにも、2倍にして返してやりましょう!」
サンイチガサン、サンニガロク……つまり6つ全部渡すということか。
あのクソガキを焼け太りさせるのは癪である。ただ、マリアの言うことも一理ある。
それに、余ったたねをマリアに食べさせ、さらに賢くなられたら、色々と面倒も増えそうだ。
「分かった。そうしよう。ただーー」
「ただ? 他に何かあるんですか?」
「マンスパルに行くのは、メダル城に行ったあとだ」
「え!?」
マリアだけでなく、クラウドとジャクソンも驚嘆する。
「勇者様、ハカンさんにかしこさのたねを返すのを後回しにするということですか?」
「そういうことだ。だってーー」
ディアスは、マリアが肩に提げている道具袋に手を突っ込み、ピカピカと輝くメダルを複数枚取り出した。
「『賢者の塔』では、かしこさのたねだけじゃなく、ちいさなメダルもたくさん集まったんだ。これだけあれば、ついに金の剣と交換できるよ」
ディアスは、金の剣にずっと憧れていた。
だって、カッコいいから。
今使っている銀の剣も悪くはないが、やはり銀よりは金の方が良い。
「勇者様、メダル城に行くのは、ハカンさんにかしこさのたねを返してからでも良いんじゃないですか?」
「嫌だ。俺は一刻も早く金の剣が欲しいんだ。念願だから」
「マンスパルに行くのにも、メダル城に行くのにも移動呪文が使えます。ハカンさんにたねを返したとしても、今日中にメダル城に行けますよ」
「マリア、俺に口答えをするな」
パーティーのブレーンはマリアだが、最終決定権は勇者であるディアスにある。
ディアスの一存により、パーティーは先にメダル城に行くことに決まった。
マリアが指摘したとおり、移動呪文があるのだ。
金の剣を入手したあとにクソガキに会いに行くのでも十分間に合うのである。
…………
「惚れ惚れする切れ味だね」
ディアスは金色に輝く刃体をうっとりと見つめる。
「勇者様、ハカンさんの試験は明日です。今日中にかしこさのたねを渡しに行かないとマズいです」
「マリア、戦闘に集中しろ。後ろからモンスターがきてるぞ」
ディアスは、金色の一振りによって、マリアの背後にいたキノコの化け物を真っ二つにした。
「……助けてくれてありがとうございます。ただ、勇者様は昨日その剣を手に入れて以降、ずっと野外でモンスターと戦ってばかりじゃないですか」
「だって、爽快なんだもん」
次に襲いかかってきたジャガイモの化け物もスパッとぶった斬る。
「ハカンさんとの約束は忘れたんですか?」
もちろん、忘れてなどいない。ただーー
「マリア、俺たちの『使命』を忘れたのかい? 世界を救うことだよ。たった1人のクソガキを救うために、俺たちは冒険しているわけじゃない」
「勇者様、お言葉ですが、目の前の困っている人を救えないで、世界が救えるはずがありません」
「マリア、言葉を慎めよ……」
その時、晴天の空が突然暗くなった。
「一体なんだ?」
ディアスが空を見上げると、そこには飛行機くらいのサイズの怪鳥の姿があった。そいつが太陽の光を遮ったのである。
バサッバサッーー
怪鳥が翼を羽ばたかせるごとに、ものすごい風圧がパーティーを襲う。
羽音に紛れて、「助けてください!!」と女性の声が聞こえた。
若い女が怪鳥に捕えられているのである。
鋭い爪が、ピンク色のドレスを掴んでいる。
地上からスカートの中が……ダメだ。見えそうで見えない。
「マリア、君の言うとおりだ。目の前の美女……人を救えずして、世界なんて救えない。怪鳥を追うんだ! 必ず美女を救い出すぞ!」
…………
山の頂上にある怪鳥の巣を見つけ、山を登りきり、怪鳥を倒し、美女から感謝のキスを頬にもらうまで、3日間を要した。
フットワークの軽さによって、勇者の「醍醐味」が詰まった3日間を過ごせたことで、ディアスは恍惚感を味わっていたが、マリアは明らかに不服そうだった。
クソガキとの約束が反故になったからだ。
とはいえ、もうあとのまつりである。
すでに受験は終了しており、今からたねを渡しに行っても意味がない。
ゆえに、ディアスのパーティーがマンスパルを再訪したのは、次の満月の夜だった。
クソガキに謝りに行くためではない。
今度こそストロング・クリーチャーを退治するためである。
1ヶ月前同様、ディアスのパーティーは、マンスパルの宿屋のロビーで直前の打ち合わせをしていた。
とはいえ、打ち合わせることはほとんどない。
「今回は準備万端だね」
落とし穴は先月作ったものがそのまま残ってるし、マリアの服を着せた人形もすでにその上にセッティング済みである。
「あとは20時になって、頭の弱いストロング・クリーチャーが落とし穴に飛び込むのを待つだけだ」
ディアスは時計を確認する。
19時30分。
20時まではあと30分ほど時間がある。
「またあのクソガキが来て騒がれると面倒だから、一旦部屋に戻るか」と言ってディアスがソファから腰を上げるのと、宿屋のドアがバタンと開いたのはほぼ同時だった。
噂をすればなんとやらで、クソガキが現れたのである。
「お前たち、俺を裏切ったな!」
クソガキは、牙を剥く獣のような目つきでディアスたちを睨んでいる。
「申し訳なかったな。俺たちは暇じゃないんだ」
ディアスは、無意識のうちに、美女のキスをもらった方の頬を撫でる。
「インチキ勇者め!」
「なんだとクソガキ!」
ディアスは金の剣を鞘から抜き、ファイティングポーズを取る。
クソガキはしばらくディアスを睨んでいたが、力の差はさすがに分かっているようで、やがてその場で泣き崩れた。
「うぅ、絶対に行きたかった志望校だったのに……クソ……クソ……」
その様子からするに、試験の手応えはなかったらしい。
「君の勉強不足だよ」
「クソ……お前らさえこの街に来なければ……」
「俺らはこれからこの街を苦しめてる魔物を退治するんだ。そんな英雄に対して、随分と達者な口の利きようじゃないか。俺らがいなかったら、クソガキ、お前が代わりにストロング・クリーチャーを退治できるのか?」
「勇者様、大人げないですよ。周りの人が見てます」
ディアスはマリアに小さく舌打ちをする。
こうやって甘やかす大人がいるから、子どもがダメになるのである。
「勇者様、受験には間に合わなかったですが、謝罪の意を込めて、ハカンさんにかしこさのたねをあげたらどうですか? 今、道具袋の中に10個入ってます」
必要としていないときに限って手に入るかしこさのたねは、怪鳥に出会ったあとに4つも増えていた。
「謝罪? なんで俺が謝らなきゃいけないんだ。クソガキが謝罪して、俺の靴を舐めるんだったら、たねをあげることを考えても良いが」
「ちょっと勇者様……きゃあ!」
マリアが悲鳴をあげる。
先ほどまで床に崩れていたクソガキが立ち上がり、マリアの持っていた道具袋をひったくったのである。
「おい! 待て! クソガキ!」
「あっかんべーだ! 袋の中のかしこさのたねは慰謝料としてもらっておくぜ!」
クソガキの逃げ足は速かった。あっという間に宿屋を飛び出してしまう。
「泥棒だ! 捕まえろ!」
そう言ってクソガキを追いかけていったのは、ロビーにいて、一部始終を目撃していた街の住民たちだった。
「クラウド、ジャクソン、マリア、俺たちもクソガキを追うぞ!」
「勇者様、待ってください。私たちの使命はストロング・クリーチャーを倒すことです。道具袋の奪還は街の住民に任せて、私たちは私たちのやることに集中しましょう」
それは正しい指摘だ。
マリアの言うことは、だいたいいつも正しいが。
「命令を撤回する。俺たちは、ストロング・クリーチャーが穴に落ち、クソガキが捕まるまで、宿屋でゆっくり待とう。『カッコウ』は寝て待てと言うからな」
「勇者様、それを言うなら『果報』です」
それも正しい指摘だ。
…………
満月の夜なのに、20時になっても、マンスパルの街にストロング・クリーチャーは現れなかった。
「ヴォオオオオオオン」という咆哮も聞こえない。
これはつまり、ディアスの計画が上手くいったということである。
ストロング・クリーチャーは街外れの落とし穴にハマり、マンスパルまで辿り着けていないのだ。
「みんな、一狩り行くぞ」
ディアスの号令とともに、パーティーは、宿屋を出て、静寂な街並みを駆けて行った。
ストロング・クリーチャーが棲息する洞窟の付近、すなわち、落とし穴の付近に到着したディアスは、笑いを抑えることができなかった。
ストロング・クリーチャーはまんまと罠にハマり、落とし穴の中でもがいているのである。
「ヴゥオ」「ヴォオ」と哀れに呻いている。
「よし、みんな、あとはアイツをタコ殴りにするだけだ。情け容赦は要らないよ。騙されて罠に引っかかる方が悪いのさ」
ディアスが構えた剣が、満月の光を反射して、黄金色に輝く。
この黄金色に、ストロング・クリーチャーの血糊の赤色が乗っかることを想像すると、胸が高鳴る。
この時をどれほど待ちわびたことか!
「俺の一閃を喰らえ!!」
ディアスの斬撃は、落とし穴で身動きのとれないストロング・クリーチャーの急所を捉えたーー
はずだった。
しかし、実際には、ディアスの渾身の一撃は空を切った。
ストロング・クリーチャーは、落とし穴から抜け出していたのである。
ーーそんなはずはない。落とし穴の深さは十分だったはずだ。
ストロング・クリーチャーは、あっという間にパーティーの背後に回った。
すぐに後ろを振り向き、ストロング・クリーチャーの動きに注視していたら、もしかすると次の攻撃くらいは避けられたかもしれない。
しかし、ディアスにはそれができなかった。
落とし穴の中の光景に釘付けになっていたのである。
落とし穴の中には、巨大な岩が敷き詰められていた。
それにより、落とし穴は3分の1程度の深さになっており、ストロング・クリーチャーが飛び上がって脱出できる状態になっていたのである。
一体誰がーー
こんな重たい岩を短時間にいくつも動かすということは人間の所業ではない。
とすると、ストロング・クリーチャー自身がやったということか。
ーーありえない。
事前に落とし穴の存在を察知して、落とし穴を無効化する策を練るなど、知能の低いストロング・クリーチャーには不可能なことである。
しかしーー
先ほどまでストロング・クリーチャーは、実際には脱出できる深さの落とし穴に、落ちてハマった「フリ」をしていたのだ。
ストロング・クリーチャーが仕組んだ「罠」に、ディアスたちはまんまと引っ掛かってしまったのである。
ーーいやいや、そんなことありえない。
ストロング・クリーチャーは、とても知能の低いモンスターなのだ。
そのストロング・クリーチャーが、人間相手に知能戦を仕掛けてくるだなんてーー
「ぐあぁっ……」
ディアスのパーティーは、ストロング・クリーチャーの鋭い鉤爪に仕留められ、一夜にして全滅した。
…………
僧侶から道具袋を盗んだ時には、ハカンは後先のことを何も考えていなかった。
かしこさのたねを用いて、来年こそは志望校に受かろう、ということすら考えていなかったのである。
単に、あのインチキ勇者の態度にカチンときただけである。
まさしく「衝動的な犯行」であった。
街の住民に追いかけられながら、ハカンは、自分の人生が本当に終わってしまったことを悟る。
受験に失敗しただけでなく、窃盗の前科までついてしまったのである。
決して広い街ではない。
「救世主」である勇者パーティーから道具袋を奪ったひったくり犯という汚名は、一生つきまとうことだろう。
ハカンが足を止められなかったのは、追ってくる街の住民から逃げるためだけではない。
目の前の「残酷な現実」から逃げるためでもある。
しかし、走っても走ってもそれらはずっとつきまとってくる。
ーーもう限界だ。
街外れまで逃げてきたハカンの目の前に現れたのは、洞窟であった。
ストロング・クリーチャーが寝床とする洞窟である。
洞窟の中に毒が充満していることを忘れたわけでは決してなかった。
しかし、その時のハカンには、そこにしか「逃げ場」がないように感じられた。
ゆえに、躊躇うことなく洞窟の中に飛び込んだのである。
満月の光だけがかろうじて差し込む、暗い洞窟だった。
中には巨大な岩石がゴロゴロと転がっている。
案の定、洞窟の中までは街の住民は追って来なかった。
それだけではない。
洞窟に入ってから、先ほどまでアレコレと悩んでいたことも感じなくなっていた。
おそらくは毒の仕業である。
大麻やモルヒネのように神経を麻痺させ、ハカンの意識を快楽によって沈めようとしているのだ。
そのことに気付いた時には、手足の自由を奪われていた。
ハカンは射的の人形のように、その場にバタンと倒れ込んでいた。
岩石に身体を強く打ったはずだが、痛みはなかった。
僕はこのまま死んでいくんだーー
ぼやけていく視界が最後に捉えたのは、巨大な魔物だった。
ストロング・クリーチャーである。
定刻の20時には少し早いが、おそらく「大好物」の子どもの匂いを嗅ぎつけて、早めに目を覚ましたのだろう。
このまま毒に殺されようが、ストロング・クリーチャーに食われようが、どちらでも構わない。
どうせもう痛みすらも感じることができないのだからーー
ーーハカンはそっと目を閉じる。
ストロング・クリーチャーは、肩に掛けていた道具袋ごと、ハカンを丸呑みにした。
(了)
Q:菱川先生の書く勇者はなぜ全員クソ野郎なんですか?
A :性癖です
Q:菱川先生の書く僧侶はなぜ全員黒髪美少女なんですか?
A :性癖です
Q:なぜ登場人物を全員殺すのですか?
A :性癖です
ブクマが1つ増えて69になりました! ありがとうございます!
アイデアが枯渇し過ぎて、ただの性癖しか書けなくなってきました! 助けてください!