ジェットコースター殺人事件〜アイドル探偵朝野奈柚は推理でバズりたい!〜【出題編①】
「不可能犯罪」を扱ったシリーズ4作目ですが、1作1作独立していますので、前3作を読む必要はないと思います。
地下アイドルの朝野奈柚(通称なゆち)を探偵役、そのファンである樫井湊人がワトスン役(ただし、実際に推理を行うのはワトスン役)という探偵モノだという最低限の設定だけ頭に入れて、読み進めてみてください。
「みなと、今日はすごく楽しいね!」
足早に湊人の前を歩いていたなゆちが不意に振り返り、湊人に満面の笑顔を見せる。
――間違いない。今日はすごく楽しい。
だって、こんなのただの「遊園地デート」じゃないか。ファンとアイドルとの関係を完全に超えてしまっている。
湊人は、私服姿のなゆちに追いつく。
赤白の縞模様のロングシャツに動きやすそうなパンツ、スニーカー、リュック、完全に「遊園地デートコーデ」である。
フリフリのアイドル衣装とのギャップがまた堪らない。
その上、天気までも、雲ひとつない快晴なのである。
湊人は、心の中では、なゆちの笑顔に負けないくらいにニッコニコだったが、照れ隠しのために、あえて冷たく、
「なゆち、楽しんでる場合じゃないよ。これは調査なんだから」
と返した。
ーーそう。今回遊園地に訪れた目的は、とある事件の調査なのだ。決して、デートなどではない。
なゆちのTwitterに、「被害者」遺族からDMが入ったのは、一昨日のことだった。
DMの内容は、以下のとおり。
…………
名探偵なゆち 様
いつも楽しく動画を拝見させていただいております。私は、持田ひばりと申します。
先週、私は、愛する娘を亡くしました。
私の娘ーー持田すずめは、スパークルパークのジェットコースター「事故」によって命を落としたのです。
報道もされましたので、もしかするとご存知かもしれませんが、追ってネットニュースのリンクもお送りします。
この「事故」は、娘が「スパークルマウンテン」というジェットコースターに乗っている最中に、突然心臓発作を起こし、死亡した、とされています。
たしかに、娘には心臓の持病がありました。
しかし、私は、この「事故」の真相は捻じ曲げられていると考えています。
娘は「事故」によって命を失ったのではありません。
「事件」によって、誰かに殺されたのです。
私がそう考えるのには、ちゃんとした根拠があります。
一つは、娘の持病は近年はとても落ち着いており、決して突然心臓発作を起こすような状態ではなかったことです。
娘は、絶叫マシンの類が好きで、今回の「スパークルマウンテン」よりもはるかに心臓に負荷のかかるような危険な絶叫マシンに、普段から乗っていました。
それにもかかわらず、今までは少しも異常がなく、今回だけ心臓発作になったというのは、到底納得ができません。
そして、もう一つは、事件を担当している刑事さんが、「司法解剖の結果、中毒死の可能性もある」と述べていたことです。
そうであるならば、普通、警察は、殺人の線で捜査を進めるはずです。
にもかかわらず、今回の事件は、ある「圧力」によって、娘の病死扱いとされてしまいました。
その「圧力」とは、「スパークルマウンテン」、そして、スパークルパークの営業を止めなくない、という「圧力」です。
スパークルパークは、自治体から多くの補助金を受けて経営されており、自治体、政治との結びつきが強い遊園地です。ゆえに、「圧力」が働き、殺人事件の存在が隠蔽されようとしているのです。
娘の件で、これ以上警察が動いてくれることは期待できません。
ですので、難事件をいくつも解決している名探偵なゆちさんに、失礼を承知の上、突然のご連絡を差し上げました。
ぜひこの事件の真相を明らかにて、娘の無念を晴らしてください。
持田ひばり
…………
このメッセージと立て続けに、ネットニュースのURLが送られている。そのページを開くと、「スパークルマウンテン」の画像とともに、以下の記事が掲載されていた。
…………
「大人気テーマパーク『スパークルパーク』で大学院生が死亡」
2月21日、埼玉県にあるテーマパークである「スパークルパーク」内の人気アトラクションである「スパークルマウンテン」にて死亡事故が起きた。
亡くなったのは、同県のA大学の大学院生である持田すずめさん(24)。
持田さんは、ジェットコースターに乗車中、意識不明の重体に陥り、緊急搬送された病院にて息を引き取った。
ジェットコースターの走行中には何ら異常は確認されておらず、持田さんには心臓に持病があったため、持田さんが走行中に心臓発作を起こした可能性が高いとして、警察は捜査を進めている。
事故があった日、持田さんは、大学院の友人3人とスパークルパークに遊びに来ていた。
スパークルパークは、事故の翌日である22日は「スパークルマウンテン」の運転を見合わせることとし、その後の運転予定については未定としている。
…………
「なゆち、そろそろ行かないか?」
「どこに? お化け屋敷?」
推しメンとお化け屋敷はさすがに反則である。暗闇の中、「キャーッ」と抱きつかれでもしたら……
ーーいや。ダメだ。なゆちのペースに乗せられてしまってはいけない。
目的を果たせないまま日が暮れてしまう。
「なんでお化け屋敷なんだよ! スパークルマウンテンに行くんでしょ!」
まさか当初の目的を忘れていたはずはないのだが、なゆちは、しばらく沈黙していた。
「なゆち、どうしたの?」
「……まだ、スパークルパフェ食べてない」
スパークルパークの名物の一つが、旬のフルーツに、トリプルアイスクリーム、さらにその上にパチパチと弾けるアメが砕かれている、スパークルパフェである。
園内には複数ののぼり広告があり、湊人も気になっていなかったといえば嘘になるが、泣きべそをかくほどのことではない。
……って、え? なんでなゆち泣いてるの?
「せっかくスパークルパークにまで来て、スパークルパフェを食べないなんてありえない!! サウナに来て、水風呂にだけ入って帰るようなものだよ!! みなとのバカ!!」
「いや、なゆち、冷静になって。まだ15時前だから、スパークルマウンテンを調査したあとでもパフェは間に合うよ」
「でも、スパークルマウンテン、すごく並ぶじゃん! きっと1時間以上待つよ!」
それでもまだ時間はあるとは思うが――
「なゆち、これ」
湊人は、名刺よりも一回り小さな紙片を差し出す。
なゆちの目から一気に涙が引く。
「ファストパスじゃん!!」
ファストパスーー遊園地において、並ばずすぐに人気アトラクションに乗れる「チート券」である。
人気アトラクションの乗り場近くにある「ファストパス発券所」において、事前に券を入手する。すると、券に書かれた指定の時間(発券から1〜数時間後)に、通常の入場ゲートとは異なる「ファストパスゲート」を使うことができるのだ。云時間待ちの人気アトラクションであっても、「ファストパスゲート」から入れば並ぶことなく、サッと乗れるのである。
「みなと、いつの間に!!」
「昼頃、なゆちがパレードに夢中になってる間に、なゆちのチケットを借りて、スパークルマウンテンまで行って、発券してきたんだよ」
「みなとってデキる男だよね! ニートだけど!」
完全に一言余計であるが、なゆちに褒められると悪い気はしない。
なゆちは、湊人からファストパスを受け取ると、スキップでルンルンと駆けていった。
「なゆち、どこ行くの? スパークルマウンテンは逆方向だよ」
「え!?」
…………
スパークルマウンテンの乗り場は屋内にあった。
古いトロッコを模したコースターは、2人掛けの席が6列で1台(号車)となっており、それが5台連結して動いている。つまり、1台につき最大12人、1回の運転につき最大で60人が乗車できる仕様である。
コースターには、前から1号車、2号車と番号が振られている。ファストパスゲートは後方の乗り場に繋がっており、ファストパス利用者は、最後尾の5号車に案内されるようになっていた。
席は2人掛けなので、必然的に、湊人となゆちは隣同士になる。
今朝からいくつもアトラクションに乗っていて、その度に同様のシチュエーションに出会したのだが、決して慣れることはない。ジェットコースターそのもの以上に心臓に悪い。
「みなと、荷物ってどうすれば良いのかな」
湊人の左隣の席に座ったなゆちは、背負っていたリュックを腕で抱えている。
「座席の下に入れるんじゃない?」
湊人は、自分のリュックを足元にしまう。自分の座席の下の空間である。
「ここに入れてても落ちないのかな?」
「落ちない……と思う」
言われてみると不安になってきたが、前の席に座った人も同じようにバッグを足元にしまっていたので、おそらく大丈夫なのだろう。
なゆちも湊人に倣った。
「ご乗車のお客様は、安全バーを下げられるところまで下げてください」
スタッフからの指示である。
「安全バー……これか!」
なゆちが、肩の部分から伸びた黒いレバーに手を掛けて引く。
カチカチと音を立てながら、レバーがなゆちのお腹へと接近する。
「やっぱりなゆち、めちゃくちゃ痩せてるね」
下がり切ったレバーを見て、湊人は思わず感心する。
「そうかな? アイドルだから当然じゃない?」
なゆちはすました顔でそう言ったものの、決してそんなことはないと思う。
よくも悪くも「百花繚乱」の昨今のアイドル界では、お世辞にも痩せてるとは言えない子も少なくないし、逆にぼっちゃりを売りにしている子もいる。
スレンダーななゆちの体型は、なゆちの努力の賜物なのだ。何も考えていなそうで、なゆちは、ファンの見えないところで並々ならぬ努力をしているに違いない。
湊人の安全バーは、なゆちよりも数段階早くビール腹につっかかった。ダイエットしなきゃな……
スパークルマウンテンは、発車してしばらくは、屋内を緩やかな速度で進んだ。
どうやらコンセプトは「森を探検」のようで、大小の木を模したセットが、レールの周りを囲んでいる。
その中で、青いタヌキの人形が「森の奥には、秘密の宝物があるんだ!」とかなんとか騒いでいる。
おそらくこのタヌキがこのアトラクションの主人公なのだろう。
「みなと、全然怖くないね。むしろ可愛い」
「たしかに」
スパークルマウンテンは、スパークルパーク内で、もっとも「絶叫度が高い」と言われている。ただ、その片鱗はまだ見えない。
そんなゆるいペースが続き、「ヤバい! 宇宙人だ! 逃げろ!」とタヌキが叫んだあたりから、コースターのギアが上がった。
……宇宙人? 猟師とかではないのか?
「みなと、いよいよだね」
「……ああ」
安全バーは、出発の直前で完全に固定され、上にも下にもビクとも動かない。湊人は、震える両手でバーを強く掴んだ。
何を隠そう、湊人は絶叫マシンが苦手なのである。
ガタガタと音を立てながら、コースターはジグザグに進む。木に登ったタヌキが、「危険だよ! 君もこっちに逃げて!」と手招きする。
……あれ、タヌキって木登りできたっけ? いや、それどころではない。
「わぁ! 深い谷だ!! でも、大丈夫!! 僕のしっぽに捕まって!!」
たぬきのしっぽに捕まったところで、少しも安心でき……
「わああ」
「きゃあああ!!」
突然、コースターが急降下したのである。屋内の暗さで前が見えなかったので、本当に突然だった。
「……みなと、生きてる?」
「……なんとか」
「あはは」
弱った僕を見て、なゆちはすごく嬉しそうである。
何メートルくらい落ちたのだろうか。
おそらく2、3秒の出来事だったのだが、湊人には1分程度に感じられた。
「はあ、助かった。あと一歩でUFOに攫われるところだったよ」とタヌキが額の汗を腕で拭う。
「みなと、UFOは見れた?」
「UFO?」
「落ちてるとき。目の前にあったんだけど」
「本当? 気付かなかった……」
落下している最中に細かいセットにまで目が行き届いているなんて、なゆちは、湊人とは対照的に、絶叫マシンは得意なのだろう。
落下後はコースターは減速し、再び、鳥たちがさえずる穏やかに森へと戻る。
「みんな、やったよ! お宝はもうすぐだ! ヒャッホウ」とタヌキ。
心臓に悪いのもこれで終わりか、と湊人はホッと肩を撫で下ろす。
ーーしかし、突然、照明が落ちた。
「あれ? ここはどこだ? 道に迷ったのかな?」と暗闇からタヌキの声がする。
コースターは真っ暗の中をゆっくりと登っていく。ガタガタと不穏な音を立てながら。
「え? もしかしてもう一度落ちるの!? そんなの聞いてないよ!!」
「みなと、周りに聞かれるのが恥ずかしいから黙ってて」
なゆちは、こういうときだけ変に冷静だった。パーク内で子どものように奇声を上げながら駆け回っていたくせに。一般知名度の低い地下アイドルでなければ、絶対に見つかっていた。
キッキッキッ……という甲高い声。おそらくコウモリの声だろう。レールの両脇で、小さな光が明滅している。これはコウモリの目に違いない。
コースターが頂上に登り切るまで、暗闇の中を、20秒くらい進んだ。
「ヤバい! さっきよりヤバいぞ! 今度は、奈落の底に落ちるぞ!」とタヌキの声が叫ぶ。
いや、待って。奈落の底って、それ普通に死ぬよね?
ーーうわっ!
ついにコースターが落下した。
景色が急に明るくなる。屋外に出たのである。
最後の落下部分だけ、レールが屋外にあるのだ。
本当に怖いときには、悲鳴すら上がらない。というか、息ができない。
「きゃあああ」と、なゆちのわざとらしい悲鳴が聞こえる。
随分と落下したように思ったのだが、下を見ると、まだまだ距離がある。
耐えられなくなって、湊人は目を瞑る。視界が遮られても、臓器への圧迫感は変わらず、恐怖は少しも減らない。
嫌だ。もう帰りたいーー
…………
「みなと、めちゃくちゃ楽しかったね! また乗ろう」
「……やめて」
「ウケる」
スパークルマウンテンの出口へと向かう通路で、完全に弱り切った僕を見て、なゆちはご満悦な様子だった。
三半規管をやられてふらつく僕の足取りを見て、「大丈夫? 私の腕に掴まっても良いよ?」などと言ってきたが、そんなことできるはずはない。
「みなと、私たち、お宝を手に入れたね」
「お宝? 何の話……ああ、タヌキが言ってたやつか」
「そうそう」
「結局、お宝って何だったの?」
「あれ? みなと、最後のタヌキのセリフ聞いてなかったの?」
「聞いてない」
落下後のえずきで、それどころではなかったのである。
「『みんな、奈落の底からの生還おめでとう。お宝はみんなの命さ』ってタヌキが言ってた」
「は? 何それ?」
「『生きてるだけで丸儲け』だって」
うふふとなゆちは笑う。
「なんかダサいな」と言って、湊人は鼻で笑った。
「湊人、見て! 写真!」
出口の目前、なゆちの指差す方にモニターがいくつかあり、そこに、落下中のコースターの写真が映し出された。
最後尾の5号車の4列目に湊人となゆちは座っていた。その様子も映し出されている。いつの間に撮られていたのか。
「なゆち、楽しそうだな……」
写真のなゆちは、両手を上げて、嬉しそうに叫んでいた。
「みなとは目を瞑っちゃってるね」
たしかに、写真の湊人は目を瞑っている。
「みなと、写真は800円で買えるんだって! 買っておく?」
「……要らない」
「ええ!? 普段、この倍くらいの値段するチェキをあんなに撮ってるのに!?」
…………
スパークルマウンテンから出た2人は、約束どおり、スパークルパフェを食べるため、パークの中央にあるレストランへと向かった。
「わあ、大きい! メロンも載ってて、豪華だね!」
たしかに立派なパフェである。前回の事件の調査ときに、なゆちがレストランで食べていたパフェよりも1.5倍くらいのサイズがある。さすが看板メニューである。
「いただきます!!」
なゆちは、大きなスプーンで、アイスクリームとフルーツを掬い、次々と口に入れていく。
あっという間に、器が空になる。
「美味しい! おかわりしようかな?」
「なゆち……」
体型維持の努力は……きっとしてるはずだ。
…………
実地調査の翌日から、湊人となゆちは、事情聴取を開始した。
「事件の関係者」で最初にアポイントメントが取れたのは、花牟田茉麻だった。
持田すずめが死んだ日に、持田と一緒にスパークルパークに行っていた3人の友人のうちの1人である。
「すみません。私、Youtubeはあまり見ないので分からないのですが、あなた方は有名なYoutuberさんなんですか?」
「いや、それほど……」
「はい! そうです! ネクストブレイクです!」
湊人が謙遜しようとしたところ、なゆちが臆することなくそう言った。
対面に座る花牟田は、たしかにYoutubeは見なそうなタイプに見える。
なんというか、地味なのである。
服装はサイズの合っていないブカブカの黒いセーターで、レンズの厚い眼鏡をかけている。
長く伸びた髪も整えている様子はない。
Youtubeどころか、学術書以外は興味ありません、という感じだ。
待ち合わせに指定されたのは、A大学構内の建物内の一室だった。
部屋の前で待ち合わせをし、花牟田がカードキーでドアを開け、室内に案内してくれた。
「ここは研究棟で、この部屋は談話室です」
一対のソファと、その間に置かれた小さなテーブル、壁に飾られた抽象画の他には、特段何もない部屋である。
「ここは片付いてるんですけど、隣にある研究室はすごく散らかっていて。基本的にはお客さんは談話室にだけ案内するようにしています」
花牟田の話し方は、抑揚がなく、単調だ。
「たしか持田さんも同じ研究室にいたんですよね?」
「……ええ」
あの日、持田は大学院の友人である、花牟田、佐倉月子、庵野香澄と一緒だった。
このうち、持田と花牟田は同じ専攻で、研究室も一緒だと聞いていた。
佐倉と庵野は、持田と大学は同じだが、専攻は違うとのことである。
「どういう研究をされてるんでしたっけ?」
「一言で言うと、健康食品の開発、です。各栄養素が人体に与える影響について研究しています」
「……なるほど」
湊人は大学は卒業しているものの、文系の学部であり、理系には暗かった。
深掘りしても理解できないだろうから、話を先に進める。
「花牟田さんは、亡くなった持田さんとは仲が良かったんですよね?」
「……ええ。幼なじみでしたから」
「幼なじみ?」
「地元が同じで、小学校からずっと一緒なんです。よく話すようになったのは、高校の頃からですが」
「それはすごいですね。幼なじみで、大学院の研究室まで同じとは」
「すずめが誘ってくれたんです。私、将来の夢とか目標とかやりたいこととか全然なくて。大学の学部も、大学院も、私はすずめについていっただけなんです」
ニートの分際で他人のキャリアに口出しするべきでないのは分かっているが、あまりにも主体性がないな、と思う。
自分の人生を、そこまで他人に委ねてしまって良いのだろうか。
「ですので、すずめが死んじゃって、私、これから先どう生きていけば良いのか分からないんです。今やってる研究は楽しいのですが」
やはり起伏のない話し方である。表情からも、花牟田の感情は読み取りにくい。
「そろそろ、事件当日のことを訊いていい?」となゆちが口を挟む。
「事件、というか、事故だと思うのですが……」
「ともかく、当日のことを訊かせて。スパークルマウンテンのコースターに乗ったのは何時頃?」
「あの……私、そもそもスパークルマウンテンに乗ってません」
「……え? 一緒にスパークルパークに行ったんじゃないの?」
「遊園地には一緒に行きました。ただ、スパークルマウンテンには乗りませんでした」
「どうして?」
「私、絶叫マシンが苦手なので」
なゆちは、信じられないと言わんばかりに目を丸くしたが、湊人には、気持ちがよく理解できた。
誰しもが絶叫マシンが得意なわけではない。とりわけ、スパークルマウンテンは、落下系のアトラクションが苦手な人には受け付けない。
「じゃあ、持田さんたちがスパークルマウンテンに乗ってたとき、花牟田さんはどうしてたの?」
「私一人で、スパークルマウンテンの周りで適当に時間を潰してました。乗り終わったら、すずめから連絡が来ることになっていたので、それを待ってました」
「退屈じゃないの?」
「小説を持ってきてたので、大丈夫でした」
「ふーん」
なゆちは、対面の相手に対して、すっかり興味を失ってしまったようである。スパークルマウンテンに同乗していない以上、仮に持田の死が人為的なものだったとしても、犯人が花牟田である可能性は薄いだろう。
しかし、可能性はゼロではない。
「持田さんがスパークルマウンテンに乗った時間はご存知ですか?」
「ええ。大体は」
そう言って、花牟田は、ポケットからスマホを取り出した。
「これ、すずめが死ぬ直前の、私とのLINEのやりとりです」
…………
2023年2月21日
14時21分 ユーザー(花牟田茉麻)
「そろそろ乗れそう?」
14時22分 すずめ
「ごめん。思ったより並んでて、まだ列の半分くらい」
14時22分 ユーザー
「コースター乗る直前に連絡して。スパークルマウンテンの近くに移動するから」
14時23分 すずめ
「分かった! 連絡する!」
15時00分 ユーザー
「まだかかりそう?」
15時03分 すずめ
「あと少しかな」
15時15分 すずめ
「やっと順番来た! そろそろ乗る!」
15時15分 ユーザー
「了解」
…………
そこでLINEのやりとりは終わっていた。
「とすると、すずめさんがコースターに乗り、命を落としたのはこのやりとりの直後ということですね?」
「そういうことです」
すずめがスパークルマウンテンに乗ったのは、15時15分〜20分の間くらいということか。
「お昼過ぎですから、スパークルマウンテンに乗る前くらいに、4人でランチでもしたんですかね?」
「私と月子と香澄の3人は、パーク内のレストランで昼食をとりました」
「……持田さんは?」
「何も食べてません」
「どうして?」
「彼女、ファスティング中だったんです」
ファスティング? 湊人にはそれが一体何を指す言葉なのか分からなかったのだが、隣のなゆちが反応した。
「持田さんはファスティングダイエット中だったんだ! 尊敬するよ。何も食べないなんて、私には真似できないな」
なるほど。ファスティングとは断食のことか。最近の若い女子の間にはそんな過酷なダイエットが流行っているのか。
「すずめは十分スリムなんですけど、なんというか、意識が高くて。本当は、痩せなきゃいけないのは私の方なんですけど」
そう言って、花牟田は自らの腹部あたりを見下ろした。花牟田はブカブカのセーターを着ているため、どういう体型なのかは傍目には分からなかった。
「ファスティング中とはいえ、さすがに水くらいは飲みますよね?」
「ええ。すずめは『痩せる水』をペットボトルに入れて持ち歩いていました」
「痩せる水?」
「先ほど、私とすずめが健康食品について研究していたと話したんですけど、すずめ、そういうのが結構好きなんですよね。正式名称は知らないんですが、韓国から取り寄せたとか言ってました」
「持田さんは、痩せる水のペットボトルを肌身離さずにずっと持っていたんですか?」
「知りません」
花牟田が眉を顰める。
「というか、Youtuberさん、一体何のためにそんなことを訊くんですか? まさか私たち3人のうちの誰かが、すずめに毒を飲ませたとでも言いたいんですか?」
湊人は、正直に答えることにした。
「実は、司法解剖の結果、持田さんは中毒死の可能性がある、とされているんです。ですから、3人のうちの誰かとは言いませんが、もしかすると誰かが……」
「そんなバカバカしいこと考えるのはやめてください。死んだすずめにも失礼だと思います」
相変わらず淡々とした口調ではあるが、花牟田が怒っていることは明らかだった。
「第一、痩せる水のペットボトルの中に毒が入っていたら、警察は当然にそれを調べているはずです」
たしかにそれはそうだろう。
仮にファスティング中の持田に毒を盛るとしたら、痩せる水しか可能性はないのだ。
持田の母親が言うように、事件を隠蔽したいという圧力がかかっていたとしても、検視結果を踏まえれば、最低限、ペットボトルの中身くらいは確認していないとおかしい。
裏を返せば、唯一の毒の侵入経路と思しきペットボトルから毒が検出されなかったがゆえに、警察は事故死と判断せざるをえなかったように思える。
「じゃあ、どうして検死の結果、中毒死の可能性が指摘されたんですかね?」
湊人の問いに、花牟田は少し考えたあと、
「おそらく、すずめが日頃からそういうものを扱っていたからだと思います。たとえば、研究室にはホルマリンなんかもたくさんあります。健康食品の機能を実験するためには、ラットなどを使った生物実験も必要ですかね」
たしかに言われてみると、この部屋も、少し薬品っぽい匂いがする。隣の研究室から匂いが漏れてしまっているのだろう。
「すずめは、知らぬうちに、気化した薬品を吸っていて、司法解剖の時にそれが検出されたんだと思います。誰もすずめを殺してなどいません。あれは不幸な事故なんです」