絶対に人を殺せないロボット【解答編】
【解答編】
関係者を全て集めれば少しは格好がつくかとも思ったのだが、マーティンの屋敷の応接間は、それでもなお広過ぎた。
20人を収容できる部屋に、シュピーを除けば、わずか3人しかいないのである。
本当はもう少しジャストサイズの部屋が良かったのであるが、ウルル曰く、客間はここしかないとのことだ。
「探偵さん、これから一体何を始める気なんだ?」
ちょびひげの刑事が無粋な質問をする。
探偵が関係者全員を集める場面なんて、「例のアレ」しかないだろう。
「探偵さん、もしかして事件の犯人が分かったのですか?」
その点、レッチェはさすがである。察しが良い。
シュピーの呼び出しに二つ返事で応じ、遠路はるばる隣の国からやってきてくれたことにも感謝しなければならない。
対して、ウルルは、借りてきた猫という感じである。
ここは自分の家だというのに、まるでここがどこだか分かっていないかのように、キョトンとした表情で椅子に座っている。
「レッチェさんの言うとおりです。僕にはもうこの事件の犯人が分かりました。今からそれを皆さんに披露します」
シュピーは、大きく息を吸い込む。ここが最大の見せ場である。
「それではお伝えします。マーティンさんを銃殺し、モナさんを窓から落下させた犯人は――」
「ちょっと待ってくれ」
探偵の晴れ舞台を台無しにしたのは、やはり無粋な男だった。
「シュピーさん、ここで犯人を名指しするということは、当然この部屋の中に犯人がいるということだろ? でも、俺は刑事としてこの事件に関わっているだけだから当然に犯人じゃないし、レッチェだって隣国に住んでいるんだから犯人じゃないはずだ。だとすると、探偵さんが指摘するまでもなく、犯人は、ウルルということになるだろ?」
「私は殺してません!!」
ウルルが、フェミニンな見た目からは想像できないような、大きな声を出す。
「私は、主人を心から愛していたんです!! 私が主人を殺すだなんてそんなことありえません!!」
「白々しいな。あんたみたいな若い女が、3倍以上も歳の離れたジジイに本気で惚れるわけないだろ? 誰がどう見たって財産目当てだろ」
「違います!! 刑事さん、あなたは何も分かっていません!!」
シュピーは大きくため息をつく。本当に勘弁して欲しい。
「2人とも喧嘩はやめてください。僕はまだ犯人を名指ししていないんです。刑事さん、勝手な憶測は慎んでください」
「憶測じゃないだろ? この事件の犯人は、どう考えたってウルルなんだ。たしかにウルルにはアリバイはある。ただ、それは何らかのトリックを使ったからに違いないんだ」
「ですから、それが勝手な憶測なんです。ウルルさんのアリバイは決して崩せないものです。加えて、ウルルさんには動機がありません」
ちょびひげの刑事が、フッと鼻で笑う。
「動機? そんなの明らかだぜ。相続目当てだろ? マーティンが死ぬことによって、この屋敷も含めた莫大な財産を独り占めできるのは、妻であるウルルだからな」
「私は、財産目当てで主人と結婚したわけではありません!! 私はただ主人を愛していただけなんです!!」
「キャバ嬢上がりが一体どの口で……」
「ですから、喧嘩はやめてください」
人数稼ぎのためにちょびひげの刑事を呼んだのは間違いだったかもしれない、とシュピーは後悔する。
「刑事さん、ウルルさんがマーティンさんを殺してしまった場合、ウルルさんは相続人の座から外れることになります」
被相続人の殺害は、相続における欠格事由である。
「それは、殺したのがバレた場合だろ? 誰か他人に罪をなすりつければ、無事相続にありつけるわけだ」
「だとしたら、なぜ屋敷を殺害場所に選んだのでしょうか? 屋敷で殺せば、当然、真っ先にウルルさんが疑われることになります。そして、なぜ銃殺を選んだのでしょうか? 事故死や病死に見せかける方法を採らなかったのはなぜでしょうか?」
ちょびひげの刑事は、何か反論をしたそうに口をパクパクさせたが、結局何も言葉が出てこなかった。
ウルル犯人説の重大な欠陥にようやく気付いたのである。
さて、仕切り直しである。
「では、改めまして今回の事件の犯人を指摘します。マーティンさんを銃殺し、モナさんを窓から落下させた犯人は――」
今度は、邪魔する者は誰もいない。
「モナさんです」
事前に予想したとおり、場が静まり返る。
ちょびひげの刑事も、ウルルも、レッチェも、介助用ロボットのモナは、最初から犯人たりえない存在だったのである。
しばらくして、刑事が口を開く。
「シュピーさん、待ってくれ。モナが人を殺すことは絶対にできないんだ。なぜなら、この国の介助用ロボットには……」
「シフォン・プログラムですよね。もちろん知っています。シフォン・プログラムが組み込まれたアシェット国の介助用ロボットは、『絶対に人を殺せないロボット』なんです」
「だから、矛盾してるだろ? 『絶対に人を殺せないロボット』が人を殺すだなんて」
ウルルもレッチェもうんうんと頷いている。誰もが「盲点」に気付いていないのである。
「たしかにシフォン・プログラムを備えているロボットに人を殺すことはできません。何らかのミスによってうっかり人を死なせてしまうことはあっても、拳銃で相手を狙って殺すことは、断じてできないのです」
「だから矛盾だろ?」
「刑事さん、僕の発言をもう少し注意深く聞いてください。僕は、『シフォン・プログラムを備えているロボットに人を殺すことはできません』と言いました。裏を返せば、シフォン・プログラムを備えていないロボットは人を殺せるんです」
「探偵さん、ちょっと待ってください」
次に口を挟んだのは、レッチェだった。
「探偵さんにもお話ししたのですが、モナのAROSにはシフォン・プログラムが備わっています。なぜなら、モナはわずか5年前に購入された介助用ロボットであり、さらに、私が最新型のAROS Ver.16にアップグレードしたからです」
「それは分かっています」
「モナにシフォン・プログラムが備わっていることは明白です。大体、はじめてシフォン・プログラムが搭載されたAROS Ver.12が配布されたのは、14年前なんです。今のご時世、シフォン・プログラムの搭載されていない介助用ロボットなんてアシェット国には皆無だと思いますよ。古いロボットだって、頻繁にアップグレードしなければ使い物になりませんから」
「ですから、そこに盲点があるのです。あなた方は、アップグレードのみを考え、ダウングレードの可能性を考えていないのです」
「ダウングレード!?」
簡単な話である。
モナは、AROS Ver.11以前のAROSをインストールすることによって、シフォン・プログラムの搭載されていない、「人を殺せるロボット」になったのである。
「ダウングレードって……そんなことできるんですか?」
「レッチェさん、それが可能なことはあなたが一番分かっているはずです。あなたは、僕に対して、AROS Ver.10より前のアップグレードはCD ROMで行われていたこと、そして、屋敷の物置小屋には、昔のCD ROMが積んであることを話してくれました。そのCD ROMを使えば、ダウングレードは可能です」
レッチェは唖然とする。そんな昔のCD ROMが再利用されることなど、想像だにしていなかったのであろう。
「探偵さん、仮にダウングレードが可能だとして、一体誰がそんなことをしたんだ?」
「モナさん自身ですよ。刑事さん。物置小屋のCD ROMをパソコンにインストールした上で、自分自身をパソコンのプラグに接続したんです。介助用ロボットにとって、そんなことは実に容易いことです」
「一体何のために?」
「もちろん、マーティンさんを殺すためです」
今回の事件は、強固な殺意に基づく計画的な犯行なのである。
「モナさんは、マーティンさんを殺すためだけに、犯行の直前、自らのAROSをダウングレードし、シフォン・プログラムを外しました。そして、マーティンさんの部屋で2人きりになったタイミングで、屋敷にある銃を使ってマーティンさんを殺害しました」
狂器となった拳銃からは、指紋が見つからなかったという。当然である。ロボットには指紋はないのだから。
「そして、マーティンさんの死亡を確認すると、自ら窓の外に飛び降りて、『自殺』したのです」
「なぜだ!? 一体なぜ、介助用ロボットが、主人を殺した上で、自らを破壊するような行為をするんだ!?」
今回の事件の謎はハウダニット(HOW DONE IT)にとどまらない。
ワイダニット(WHY DONE IT)にも説明が必要だ。
とりわけ、なぜモナが自らの「命」を絶ったのか、という点には、一見すると大きな謎がある。
「まさか主人と心中を図ったのか?」
「心中ではありません。モナさんは、自らをこき使うマーティンさんのことを恨んでいましたから」
心中を行うには真逆の感情である。
「じゃあ、どうしてなんだ? モナには飛び降りなければならない事情があったのか?」
「もちろんです」
「一体何のために!?」
「焦らないでください。説明には順序があります」
シュピーは、結論を急ぎがちな刑事を諌めた。
「モナさんが飛び降りざるをえなかった理由を説明するためには、まず、モナさんが、マーティンさんを殺そうと思った動機から説明しなければなりません」
「兄を恨んでいたから……じゃないんですか?」
レッチェがボソリとそう言う。
「それはもちろんそうです。モナさんはマーティンさんのことを恨んでいました。マーティンさんに対して明確な殺意を有していました。それも重要な動機なのですが、モナさんの犯行の動機はそれだけではありません」
「……他に何があるんですか?」
シュピーはニヤリと笑う。
「レッチェさん、あなたのためですよ」
不遇の弟には、探偵の言葉の真意は伝わらなかったようで、困惑した表情を見せただけだった。
「私のため……って、一体どういうことですか?」
「昨年、レッチェさんが屋敷を追い出されるまで、意地悪なマーティンさんに対抗して、レッチェさんとモナさんはお互い助け合い、支え合って生きてきました。そうですよね?」
「ええ。そうです」
「その中で、モナさんは、レッチェさんに対して『特別な感情』を抱くようになりました」
「……特別な感情?」
「恋愛感情、とまでは断言しません。一種の連帯意識にとどまるのかもしれません。ただ、少なくとも、レッチェさんに幸せになってもらいたい、とそう願う気持ちです」
介助用ロボットは、人間同様に感情を有するとは聞いているが、実際のところ、どこまで複雑な感情を抱くことができるのかについては、シュピーには分からない。
しかし、最低限、モナが、レッチェに良い思いをして欲しい、という感情を持っていない限りは、今回の事件を合理的に説明することはできないのである。
「モナさんは、おそらく、内心では、マーティンさんのためではなく、レッチェさんのために屋敷を管理していたのだと思います。レッチェさんは、マーティンさんの唯一の肉親であり、また、マーティンさんよりも7歳も若いですから、いずれは屋敷はレッチェさんに相続される、と考え、それを励みに頑張ってたんだと思います」
しかし、とシュピーは続ける。
「昨年、事情が大きく変わりました。マーティンさんとウルルさんが結婚し、屋敷及び財産を相続する権利は、レッチェさんではなく、ウルルさんに移ってしまったのです」
このことは、レッチェが屋敷を追い出されたこと同様、モナにとってショックな出来事だったと思う。
「モナさんとしては、なんとしてでも、相続権をレッチェさんに戻したかった。そのために、もしかすると、ウルルさんを殺害することまで考えたかもしれません。しかし、それだと、またマーティンさんがどこからか新しい女を見つけてきて再婚してしまうことがあれば、イタチごっことなってしまいます」
マーティンは67歳にして、風俗店で知り合った19歳の女性と結婚しているのである。相当な好色家なのだろうと想像がつく。
「加えて、心臓に障害を有しているレッチェさんとは対照的に、マーティンさんには健康上特段問題があるという話はありませんからね。悠長に自然死を待つわけにもいきません」
「それでマーティンを殺したというわけか? 探偵さん、それだと結局、妻であるウルルが相続人になるんじゃないのか?」
「相続における欠格事由です」
ちょびひげの刑事にこのことを話すのは何度目だろうか。
「この国の法律で、相続人が被相続人を殺害し、有罪判決を受けた場合には、相続人の地位から外れると決まっています。モナさんは、この欠格事由を利用して、ウルルさんを相続人の座から外し、レッチェさんに全財産を相続させることを狙ったのです」
「……どういうことだ?」
「要するに、ウルルさんの犯行に見せかけて、マーティンさんを殺害するということです」
「……は?」
シュピーとしては、ここまで丁寧に説明をしてきたつもりであったが、刑事は少しもピンときていないようだった。
「すなわち、屋敷には、マーティンさん、ウルルさん、モナさんしかいません。そして、モナさんは『絶対に人を殺せないロボット』だと考えられています。すると、この屋敷でマーティンさんが銃殺されれば、当然、ウルルさんが犯人だと疑われますよね?」
「……たしかに」
実際に、ちょびひげの刑事はそのように思い込んでいたのだ。
「ここで、当初の質問の回答に戻ります。『なぜモナさんは窓から飛び降りざるをえなかったのか?』です。それは、一言で言うならば『証拠隠滅』のためです」
「証拠隠滅?」
「ええ。マーティンさんを殺害した当時、モナさんのAROSはVer.11よりも以前のものでした。そのことがバレてしまえば、モナさんが『人を殺せるロボット』だということに気付かれてしまいます。そして、僕がレッチェさんから聞いた話によると、このように古いAROSを使っていると、動作が明らかにぎこちなくなってしまうとのことです」
「……それを隠すためにモナは、窓から飛び降りたということですか……?」
レッチェの目には、涙が浮かんでいる。
モナが死んだのは自分のためであるということに、彼は気付いたのである。
「そのとおりです。マーティンさんを殺害すれば、すぐにウルルさんが部屋に来るでしょうから、そこでモナさんの動作の『異常』に気付かれてしまいます。警察を呼ばれるまでの間に元のバージョンにアップグレードする時間的余裕はない、とモナさんは判断したのでしょう」
ですから、とシュピーは続ける。
「モナさんは窓から飛び降りて、自らを破壊させざるをえなかったのです。ウルルさんを『犯人』に仕立て上げ、レッチェさんにマーティンさんの財産を相続させるために」
「モナ……モナ……なんてバカなことを……」
レッチェが呻く。
彼もモナに対して「特別な感情」を抱いていたのである。
モナの選択は、もしかすると、レッチェにとっての「最善解」ではなかったのかもしれない。
「もっとも、モナさんにとって、1つ、大きな想定外が起きました。それは、ちょうどモナさんが殺害を実行するタイミングで、偶然、ウルルさんがユーリさんの電話を受けてしまったことです。意図せず、ウルルさんに『アリバイ』ができてしまったことで、ウルルさんを『犯人』に仕立て上げる、というモナさんの計画が空回りしてしまったのです」
ここには、ちょびひげの刑事が言っていたような「何らかのトリック」などというものはない。
ウルルにとって幸運な、モナにとっては不運な偶然があっただけなのである。
シュピーの面前に座る3人は、レッチェはテーブルに突っ伏して泣いており、ちょびひげの刑事は「理解が追いついてない」という様子で目を丸くしており、ウルルは無表情で何を考えているのか分からない様子だった。
「僕の推理は以上です。事件は犯人死亡によって捜査終了です。みなさん、お疲れ様でした」
…………
「おい、探偵さん、あれで良かったのか?」
推理を終えた屋敷からの帰り道、綺麗に整備された大通りを歩きながら、ちょびひげの刑事がシュピーに問う。
「あれで良かったのか、とは?」
「結論だよ。だって、探偵さんの推理の帰結として、マーティンの屋敷と全財産は、ウルルに相続されることになるだろ?」
「そうですが、何か問題ありますか?」
「大問題だろ。だって、あの女は財産目当ての女狐だぜ。それが一人笑いするというのは不条理だろ? 介助用ロボットのモナが狙ったとおり、レッチェに全てを相続させた方が良いだろ?」
ちょびひげの刑事が言いたいことは分からなくもない。ただーー
「探偵の仕事は、真実を明らかにするだけです。当事者の意思だとか、道徳だとか、そんなことを気にしていたら、探偵の仕事は務まりません」
「それは随分と冷酷だね」
「そう言われてもいたしかたないですが、僕から言わせてもらうと、何かに勝手に忖度して、真実を捻じ曲げる方が不条理なんです。僕は真実を提示する。その真実をどう解釈し、どう受け止めるのかは、各当事者次第であって、探偵がそれに干渉すべきではないんです」
ちょびひげの刑事は、少し考えた後で、
「やっぱり冷酷だなあ」
と呟いた。
果たして、ウルルがマーティンの財産の相続を放棄した、というニュースがシュピーの耳に入ったのは、その翌日のことだった。
感想欄に推理を送ってくださった方、ありがとうございました。とても嬉しかったです。
この作品の原案は、たしか3年くらい前からあったのですが、細部がなかなか詰まらず、今日まで外に出すことができませんでした。最近、「財産目当ての妻」のウルルの存在を考えつき、これだと思って書き始めました。
HOW DONE ITの部分は、もう少し囮を入れるべきであって、正直に書き過ぎたかなという気もしましたが、読者様に直球勝負という意味では悪くなかったのかなと思います。
そろそろアイデアが尽きてきましたが、まだ目標の半分のブクマもいただけていないので、自分自身に鞭を打ちながら頑張ります。