絶対に人を殺せないロボット【出題編】
久々に読者への挑戦状をつけてみました。
特殊設定ミステリですが、フェアを心がけて書いています。
【出題編】
シュピーが訪れたのは、アシェット国。
この世界において、ある分野でのテクノロジーが抜きん出ていることで有名な小国である。
そのテクノロジーとは、介助用ロボットである。
シュピーが「介助用ロボット」と聞いて思いつくのは、たとえば介護施設において、寝たきりの人を持ち上げ、運んで移動させる、という程度のものである。
しかし、アシェット国における介助用ロボットは、その何歩も先を行っているとのことだ。
「シュピーさん、今すれ違ったよ」
現場に向かう途中の街中で、刑事がシュピーに声を掛ける。
「え? 今すれ違ったって、脚の長い女性のことですか? 彼女がどうかしましたか?」
「あれがロボットだ」
シュピーは目を丸くする。
「噂には聞いてましたが、すごいですね。見た目はまるっきり人間じゃないですか」
「見た目だけじゃない。動作も、思考も、表現も、全てがほぼ人間なんだ。人の胎内から生まれてないということくらいだな。大きな違いは」
シュピーは、刑事が「ロボット」と指摘した女性の後ろ姿を目で追っている。言われてみると、闊歩の動作が少しだけぎこちない気もする。ただ、言われてみなければ、ロボットだとはなかなか気付けないだろう。稀代の名探偵の目をもってしてもだ。
「ちなみに刑事さん、あなたはどうやって彼女がロボットだと見抜いたんですか?」
「顔だよ」とちょびひげのベテラン刑事は答える。
「ロボットの顔は数パターンに決まってるんだよ。さっきのは、そのうちの割とポピュラーなパターンの顔だったから」
「なるほど。ちなみに、彼女はどこに行くんですかね?」
「多分買い物じゃないかな? 介助用ロボットだからな」
なるほど。アシェット国では、介助用ロボットはもはや家政婦のような扱いなのだろう。
アシェット国は、投資立国であり、わずか数万人の人口のうちのほとんどが、他国から居住してきた高齢の資産家である。
金はあるものの身寄りがない彼らのために介助用ロボットの技術開発が進んだ、といわれている。
シュピーは名探偵なので、そのシュピーが呼ばれたということは、そこに事件があるということである。
警察や、そんじょそこらの並の探偵では関係できない難事件が。
「着いたよ。ここが事件のあった家だ」
「随分と立派な建物ですね」
敷地は300坪くらいあるだろうか。そこに4階建の大きなお屋敷が建っている。レンガ造であり、個人の邸宅というよりは、教会のような荘厳な雰囲気である。
「この国ではこれくらいが普通だよ。投資以外に金の使い道のない老人ばかりだからな」
「はあ」
シュピーが解決を頼まれた事件の被害者は、この屋敷の主である。名前をマーティンという。
マーティンも、金持ちの投資家であり、齢66となる老人だった。
「この屋敷は空き家ですか?」
「いや、幼妻がいるよ」
「幼妻」とは、随分聞き慣れない言葉である。
「幼妻?」
「19歳の新妻だ。歳の差でいうと……えーっと……」
「47歳ですね」
「そうだ。言うまでもなく、マーティンの財産目当てだな。あまりにも生々しくて吐き気がするぜ」
「はあ」
インターホンを鳴らすと、出てきたのは、その幼妻だった。
化粧が濃く、シュピーと刑事に対しても媚びた声を出す女だ。元々水商売をやっていて、そこでマーティンと出会ったのだろうとシュピーは勝手に想像する。
幼妻は、名前をウルルと名乗った。
ウルルは、シュピーと刑事を、1階の応接間に案内した。
それから、「お茶を準備します」と言って、足早に辞去した。
応接間には、長細い木のテーブルと、それを囲むようにして椅子が10脚置かれていた。
団体客にも対応できるキャパシティだが、果たして生前、マーティンはこの部屋を使っていたのだろうか。テーブルと椅子のほかには空の花瓶が2つ置かれているだけであり、あまりにも使用感がない。
シュピーと刑事は、10つのうち隣り合う2つの椅子に並んで座った。だいぶスペースを持て余してしまっている。
「ハッキリ言って、俺は、あの女が怪しいと思うね」
「あの女、というと、ウルルさんのことですか?」
「ああ。だって、マーティンが死んで一番得する立場にいるのはあの女だろ。この家も、莫大な財産も、全て一人で相続できるんだからな」
「というと、マーティンさんには他に身寄りがないんですね?」
「ああ、そうだ。前妻もいたらしいが、子どもも作らないまま、30代で離婚したらしい。唯一血が繋がってるのは、隣の国に住む弟くらいだ。配偶者がいる場合には、弟には相続は回ってこないだろ?」
「そうですね」
シュピーは、少し間をおいて、
「基本的には」
と付け足した。
「ん? どういうことだ? 例外があるのか?」
「配偶者であるウルルさんに欠格事由がある場合には、ウルルさんが相続人から外れ、次の順位である弟さんまで相続が回ってきます」
「欠格事由?」
「たとえば、相続人であるウルルさんが、被相続人であるマーティンさんを殺害した罪で有罪になるとか」
この世界のどの国の相続法にもある、普遍的なルールである。
「……ああ。なるほどな。ただ、あの女、相当上手くやったんだよ。あの女にはアリバイが……」
「ちょっと待ってください」
シュピーは、ちょびひげの刑事の話を制止する。
「僕はまだこの事件の概要すらよく知らないんです。全体像を、順を追って話してくれませんか?」
「それは申し訳なかったな。分かった。順を追って話すよ」
ちょびひげのベテラン刑事がシュピーに聞かせた事件の概要は以下のとおり。
事件があったのは、ちょうど1週間前。事件の現場は、今シュピーがいる屋敷。
白昼堂々、マーティンは自室において、何者かに拳銃で撃たれたのである。急所を撃たれ、即死だという。
凶器となった拳銃は室内に捨てられていたのだが、その出処は明らかであった。
すなわち、マーティンは、趣味で、実弾を扱える拳銃をコレクションしており、そのうちの一つが今回の殺害に使われたのである。
なお、マーティンの部屋に落ちていた凶器からは、誰の指紋も検出されなかった。
拳銃の発砲音が響いた後、別の大きな音が屋敷に響いた。
それは、ガシャンという衝撃音だった。
何が起きたのかというと、マーティンが発砲された直後、マーティンの部屋の窓から、何かが落ちたのである。
その「何か」とは、マーティンが所有する女性型介助ロボットの「モナ」だった。
モナはマーティンに購入されて以降、この屋敷内で、家政婦、否、奴隷のごとく働かされていたとのことである。
マーティンの部屋はこの屋敷の最上階、すなわち4階に位置している。
4階から落下したモナは、大破し、再起不能な状態となった。
事件のあった当時、屋敷にいたのは、マーティン、ウルル、そして、モナだけであった。これは街中に設置された周辺の防犯カメラ映像からしても間違いがない。
俄然疑わしいのは、先ほど刑事が言及した動機面を含めてもウルルであるが、ウルルにはあるアリバイがあった。
ちょびひげの刑事が、ウルルのアリバイについて話そうとするのを、シュピーは再度制止した。
「刑事さん、ちょっと待ってください。ウルルさんが怪しいことには賛同します。ただ、彼女が『唯一の容疑者』ではないはずです」
「……他に誰か怪しい奴がいるのか?」
「介助用ロボットのモナさんです」
「ほお」
「むしろ、普通に考えると、モナさんが一番怪しいはずです。だって、マーティンが狙撃されたタイミングで、彼女は彼と同じ部屋にいたわけですよね?」
「そうなるだろうな」
「すると、モナさんが狙撃した、と考えるのが自然です。そして、マーティンを撃った後、モナは自ら窓から飛び降り、『自殺』したんです。違いますか?」
シュピーの素朴な推理に対して、ベテラン刑事は、チッチッチッと舌を鳴らした。
「それは違う。そんなこと、絶対にあり得ないんだ」
あまりにも自信満々な言い方に、シュピーはキョトンとする。
「……なぜですか?」
「介助用ロボットは、絶対に人を殺せないからだ」
……なんだそれは。単なる強弁じゃないか。
「先ほど、僕は刑事さんに教えられて、介助用ロボットが歩いている姿を見ましたが、ほぼほぼ人間と変わりがありませんでした。当然、拳銃を握る手も、引き金を引く指もあります。なぜ人を殺せないんですか?」
「そういう問題じゃないんだ」
「つまり、こういうことが言いたいわけですか? 介助用ロボットには感情がないと。ゆえに人間に対して殺意を抱かないと。仮にそうだとしても、誰かが指示したかもしれないじゃないですか。所有者であるマーティンさんが指示した嘱託殺人かもしれないじゃないですか」
「そういう問題でもないんだ。第一、介助用ロボットにも感情はある。今や人間の脳と同レベルのAIを積んでるからな」
「じゃあ、どういう問題なんですか?」
「だから、言ったとおり、介助用ロボットは、絶対に人を殺せないんだ。そのようにプログラムされてるからな」
刑事の発言の真意を完全に掴めたわけではなかったのだが、シュピーはこれ以上質問を続けるわけにはいかなかった。
なぜなら、グラスに入ったお茶と、何やら高級そうな袋菓子を持って、ウルルが応接間に戻ってきたからである。
「これ、つまらない物かもしれませんが……」
彼女は、いささか不慣れな様子で、それらを来客に差し出すと、自らは2人の対面の席に腰掛けた。
シュピーは、「絶対に人を殺せないロボット」について考えるのをやめ、ひとまずウルルのアリバイについて、本人に質問することにした。
「ウルルさん、このたびはご愁傷様でした。早速伺ってしまい恐縮ですが、ご主人が殺された時、あなたはどこにいましたか?」
「この屋敷です」
「この屋敷のどこですか?」
「私の部屋です。3階の、主人の部屋の真下にあります」
はて、とシュピーは首を傾げる。そうだとすると、普通、アリバイは成立しなそうに思える。
「ご主人が撃たれた時、あなたは何をしてたんですか?」
「……電話をしてました。旧い友人と」
「旧い友人とは?」
「学校が同じだった地元の友人です。彼女の名前はユーリといいます。3年ぶりですかね。顔を見たのは」
「顔を見た、というとビデオ通話ということでしょうか?」
「ええ。そうです。久しぶりだったので、お互いに顔を見たいね、という話になって」
「電話をかけたのはどちらからですか?」
「ユーリの方です。彼女、最近婚約したんですよ。その報告で、当然、電話が来ました」
「その通話中に銃声と、それからモナさんが落下する音が聞こえた、と」
「そのとおりです。私もユーリもびっくりして、すぐに何があったかをすぐ確認しなきゃと思い、電話を切りました。そして、主人の部屋に行ったら……うぅ」
ウルルは咽び声をあげるとともに両手で顔を覆ったので、泣き真似なのか本当に泣いているのかは分からなかった。
もっとも、ちょびひげの刑事が言っていたように、ウルルに強固なアリバイがあることは間違いなさそうである。
ビデオ通話をしながら、夫を銃殺し、介助用ロボットを窓から突き落とすことなどできない。
ユーリという証人もいる。電話をかけたのがユーリからだとすると、ウルルが何らかのトリックを施したとも考えにくい。
…………
随分と見すぼらしい家、というのが第一印象であった。
ただ、それは単に昨日訪問したマーティンの豪邸と比較した結果かもしれない。シュピーの暮らす国では、むしろこのレベルの家が主流だ。
家屋が密集した住宅街にあるその平屋は、マーティンの弟であるレッチェの邸宅だった。
レッチェの家は、アシェット国の隣国であるイジャ国にあった。鉄道を使って6時間ほどの距離がある。
アシェット国にあるホテルはいずれも破格の宿泊料であったため、シュピーはイジャ国に前泊した。
なお、国境を越えての活動には制約があるようで、ちょびひげの刑事は同行していない。
「探偵さん、わざわざ遠くから、こんなボロ家までご苦労様です」
「いえいえ」
玄関ドアまで迎えに来たレッチェは、深くお辞儀をした。
慇懃無礼な態度には、ウルルのような取ってつけたようなぎこちなさはない。
年齢は60歳とのことだが、顔面に皺はほとんどなく、幾分も若く見える。
服装は、上下ともに、こちらも皺のない紺のスーツである。
まさか部屋着がスーツということはないだろうから、おそらくシュピーの来訪に備えてわざわざ着替えたということだろう。
彼の準備にはぬかりがなく、案内された席には、すでにお茶とお茶菓子が用意されていた。
「このたびはご愁傷様です。お兄様を亡くされて、ショックは大きいことと思います」
席についたシュピーは、対面のレッチェにお辞儀をし、そう告げたものの、なかなか返事が来なかった。
「……レッチェさん、どうかされました?」
少し悩んだ様子を見せた後、レッチェがようやく口を開く。
「……捜査に協力するために、探偵さんには正直に話します。実は、兄と私は不仲だったんです」
「ほお」
「もっと言うと、私は兄を恨んですらいました。兄はたしかに投資で成功し、社会的な地位を築いていたかもしれません。しかし、兄には人望はありませんでした。兄は人でなしなんです。粗暴で、意地が悪く、冷酷で、弱者を徹底的に見下す男でした」
レッチェの口調には熱が込もっていた。マーティンのことを心底憎んでいるのだろう。
「そうでしたか。お兄さんとは何か接点があったんですか?」
「ええ。比較的最近まで同居してましたから。兄が、ウルルといいましたか、若い風俗嬢を連れ込むまで、私はアシェット国にある兄の屋敷に住んでいたのです」
「仲が悪いのにですか?」
「情けない話ですが、私は、心臓に障害があり、満足に働けないのです。ですので、30年以上も前から兄の屋敷に『召使い』として置いてもらい、食べさせてもらっていたんです」
「でも、屋敷にはすでに介助用ロボットがいますよね?」
銃撃の直後に窓から落下したモナである。彼女がいれば、他に「召使い」は不要なのではないか。
「言いたいことは分かりますが、屋敷はとても広く、いくら最新グレードの介助用ロボットであっても、一人で手入れをすることは不可能です」
それに、とレッチェは付け加える。
「兄は、本当に意地の悪い人間なのです。兄は、支配的な立場から、私やモナを虐めることによって快楽を得ているのです。兄にとって、私やモナは、ストレス発散のための『道具』だったわけです」
「それはヒドイ話ですね」
「そうなんです。ゆえに、昨年、兄がウルルを家に連れ込み、邪魔者である私を追い払うために、『立退料』としてこの物件を買い与えてくれたことは、私にとっては悪い話ではなかったんです。ただ……」
「ただ?」
「屋敷にモナを置いてきてしまったことが心残りだったのです。私がいなくなることで、モナの負担が増え、彼女がさらにイジメの対象になることは明らかでしたから」
ですから、とレッチェは続ける。
「ハッキリ言って、今回の事件でも、誰が兄を殺したのかというのは、私にとってはどうでもいい話なのです。私が知りたいのは、誰がモナを突き落とし、殺したのか、ということです」
レッチェは涙ぐむ。
彼がモナのことを単なる介助用ロボットだと見ていないことは明らかだった。
一人の人間ーーもしくはそれ以上の存在と考えているのかもしれない。
「モナさんのことをいくつか伺ってよろしいですか?」
「ええ。もちろん。私が分かる範囲であれば」
「彼女は、一体どの程度『人間』なのでしょうか?」
もしレッチェがモナのことを「特別な存在」と考えていたのだとすると、我ながら無粋な質問のような気もするが、レッチェは快く答えてくれた。
「少なくとも私から見れば、彼女は完全に人間でした。思考能力も、日頃の所作も、人間に劣るところはどこもありません。当然、感情だってあります。むしろ、人でなしの兄と比べれば、モナの方がはるかに人間でした」
「モナさんにも人間同様の感情があったとすると、マーティンさんからイジメられるというのは相当に辛いことだったんでしょうね」
「ええ。もちろんです。彼女は、私以上に兄から酷い扱いを受けていました。料理の味付けが気に食わないとケチをつけられて物置小屋に閉じ込められたり、単なる嫌がらせでわざわざ隣国まで不要な物を買いに行かせたりということもありましたね」
「それはヒドイですね」
「ですから、私が屋敷にいた時は、私とモナとはお互い励まし合い、支え合って生きてきたんです。そうしないと、お互いに心が壊れてしまいそうでした」
壮絶な話である。
「モナさんにとって、レッチェさんは心強い存在だったと思います」
「そうだと良いのですが……ただ、今回はこんなことになってしまい……責任を感じています」
未だシュピーは犯罪の全体像を掴めていない。仮にまだレッチェが屋敷にいたのであれば、事件を回避できたのかどうかも分からない。
「モナさんに感情があったとすると、モナさんは、意地悪なオーナーのことをどう思ってたのでしょうか?」
「彼女は、立場上、それを表情や態度には出せませんがでしたが、兄を嫌っていたことは間違いないと思います」
「すると、モナさんもマーティンさんのことを恨んでいた可能性はあると」
「……ええ」
「その気持ちが殺意にまで発展することはありえるのでしょうか?」
シュピーの質問に、レッチェは眉を顰めた。
「探偵さんは、兄を殺したのはモナだと考えているんですか?」
「決めつけているわけではありません。あらゆる可能性を検討するのが探偵の流儀なんです」
「だとすると、その可能性は早々に捨ててください。モナが兄に殺意を抱いていた可能性は否定しません。むしろ、兄が彼女にしていた仕打ちを考えれば、殺意を抱くのが当然でしょう。しかし、モナは介助用ロボットである以上、絶対に人を殺せないのです」
ちょびひげの刑事と同じ説明である。
「それはどういうことでしょうか?」
「今から15年前、アシェット国の介助用ロボットが、その主人と、家族の合わせて4人を皆殺しにする事件が起きました。その介助用ロボットも、モナと同様に、主人からヒドイ扱いを受けていて、その復讐をしたわけですが」
「ほお」
「社会問題ともなったその事件は、殺人犯の介助用ロボットの名前から取って、『シフォン事件』といいます」
そして、とレッチェは続ける。
「シフォン事件の悲劇を受けて、それ以降のAROSには、『シフォン・プログラム』と呼ばれる新たなプログラムが搭載されるようになりました」
AROSとは、おそらくは介助用ロボット(Assistant Robot)用のOSのことだろう。OS(Operating System)とは、コンピューターを動かすための土台となるプログラムである。
「その『シフォン・プログラム』というものが、『絶対に人を殺せない』プログラムというわけですか?」
「そのとおりです。仮に介助用ロボットが人を殺そうと考えても、実行行為の直前で制御システムが働き、動作が強制的にストップしてしまうのです」
すなわち、拳銃の引き金を引こうとした瞬間に、指の動きが止まってしまう、ということだろう。
「なるほど。AROSについて、もう少し詳しく聞かせて欲しいのですが、これにはバージョンがあるということですよね?」
「はい。約50年前に発売された初代の介助用ロボットに搭載されているのがAROS Ver.1で、数年おきに新しいAROSが開発されています。シフォン・プログラムがはじめて搭載されたのが14年前に発表されたAROS Ver.12であり、現在の最新のAROSは、AROS Ver.16です」
「AROS Ver.12以降のバージョンには、全てシフォン・プログラムが搭載されているということですね?」
「そのとおりです」
すると、AROS Ver.12以降を搭載した介助用ロボットは、絶対に人を殺せないわけだ。
「そのAROSというのは、新しいものが開発されると、どのようにして普及するんですか?」
「今は、開発された最新のAROSがネット上で無料でダウンロードできるようになっています。介助用ロボットをプラグでパソコンに繋ぎ、AROSのアップデートをするんです」
「今は、ということは、昔は違ったのですか?」
「ええ。違いました。20年前に出たAOS Ver.10までは、AROSは無料配布されていなくて、わざわざCD ROMを購入し、それをパソコンにインストールした上で、プラグを通じて介助用ロボットに入れる必要がありました。ネット上での無料配布が始まったのは、AOS Ver.10からです」
見た目がまるっきり人間と同じだとはいえ、介助用ロボットもやはりロボットなのだな、と思う。
CD ROMからインストールしたプログラムを、パソコンとプラグで繋ぐことによって同期するというのは、なんだか生々しい。とはいえ、冷静に考えると、ロボットである以上は充電の必要があるのだから、おそらくは日常的にプラグから給電を行っているのだろう。
ところでーー
「レッチェさん、随分とお詳しいんですね……」
「兄の屋敷の介助用ロボットのAROSをアップロードするのは私の仕事でしたからね。兄は、AROSが常に最新の状態となっていないと気が済まないタイプなんです。今でも屋敷の物置小屋には、昔のCD ROMが積んでありますよ」
「なるほど」
「というか、探偵さん、どうしてこんなマニアックなことを訊くんですか? まさかモナにインストールされているAROSがシフォン・プログラムの搭載されていないVer.11以前であり、モナが人を殺すことができたとでも考えているんですか?」
「……その可能性を検討していないといえば嘘になります」
「申し訳ないですが、その可能性もさっさと俎上から外してください。なぜなら、モナは、まだ購入して5年しか経っていなかったのです。屋敷には、モナの前に別の介助用ロボットである『ガロ』がいましたが、人でなしの兄の粗雑な扱いによって、寿命を待たずして壊されてしまったのです。モナはガロの後任として、比較的最近買ったばかりなのです」
とするとーー
「モナさんのAROSは、購入時からすでにシフォン・プログラムが搭載されたものだったということですね」
「ええ。購入時でAROS Ver.15です。さらに一昨年、私がAROS Ver.16にアップグレードしました」
「ちなみに、AROSをアップグレードしても、介助用ロボットの記憶や性格には影響が出ないと考えて良いのですか?」
「そうです。ただし、シフォン・プログラムが開発される以前の介助用ロボットと現在の介助用ロボットとでは、動作のクオリティがはるかに違いますけどね」
「なるほど」
「ですから、仮に現在もなおAROS ver.11以前を使っている介助用ロボットがいたとすれば、動作のぎこちなさからすぐに分かるでしょうね」
…………
【読者への挑戦状】
出題編において、犯人、トリック、動機に至るまでの全ての必要なヒントを出したつもりです。
マーティンを殺害し、モナを窓から落下させた犯人、その方法、動機を当ててみてください。
期限内に見事当ててくださった方には1000万円を振り込みますので、口座番号をDMしてください(←よくある詐欺です。ご注意ください)
【解答編】は早ければ明日、遅ければ来週中にアップされると思います。
それまでに、感想等でみなさんの推理を聞かせていただくと、ワイワイガヤガヤ盛り上がれるかもしれません。
なお、簡単に当てていただけると、フェアさの証明になるので作者冥利に尽きます。