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お風呂場サバイバル

注:この作品は、一部グロテスクな表現を含んでおります。苦手な方はご注意ください


ーーここはどこ?


 景色が一転した。


 先ほどまで私は、湿った砂浜にいたはずである。潮が引くことによって露出した遠浅の砂浜に。



 しかし、今は、見渡す限り真っ白な壁に囲まれた、とても無機質な空間にいる。



 まるでワープでもしたような感覚。


 いや、これがもし夢じゃないのだとすれば、本当にワープしてしまったのだろう。私が今いる場所は、数秒前に私がいた場所とは、明らかに異なっているのである。



 今、私の周りには、人っ子一人としていない。


 それどころか、少し先に見える鎖のようなものと、すぐ近くにある巨大な黒い固形物を除けば、あとは何もないのである。



 私の四方を囲む白い壁は相当に高く、そして、隙間などない。



 私は、完全に閉じ込められているのである。




 どうして良いか分からず、呆然と立ち尽くしてると、どこからともなく寛之(ひろゆき)が現れた。


 文字通り、突然、どこからともなくその場に出現したのである。



「……あれ? ここは……あっ、洋子(ようこ)



 寛之は、すぐに妻である私の存在に気付いた。



「お前、一体ここはどこなんだ?」


「分からない。私も今来たばっかり」


「どういうことだ? 砂浜で、お前が黒い平たい岩場のようなものに飛び移ったと思ったら、お前の姿が急に消えて……」



 私の認識もそうである。

 大きく潮の引いた砂浜を、沖の方へと歩いていったところ、何か不自然に角が取れ、形の整った岩場のようなものが海水から頭を出していた。

 

 その「岩場」に踏み入れたところ、フニャッと足が沈むような感覚があり、次の瞬間には、この空間にいた。



「俺は、お前が何か穴に落ちたんじゃないかと思って、状況を確認するために、岩場に近づいた。そして、その岩場に手を触れてみたんだ。すると、驚くほど柔らかくて……気付いたらここに来てた」



 まるで、その「岩場」が「ワープホール」だったかのようである。


 

「お前、一体ここはどこなんだ?」


「知らない」


「なんでだよ」

 

「今、来たばかり、って言ったでしょ」


「は? 俺はお前を追ってきたんだぜ」


 そんなことを言われても、本当に私には何も分からないのである。

 非難されても困る。



 突然、視界が暗くなった。


 まるで太陽が雲に隠れ、影になったときのように。


 しかし、今、私と寛之がいる空間には、太陽も雲もないし、そもそも空もない。


 見上げたところにあるのは、これもまた真っ白な天井なのである。



 果たして何が影を作ったのか。

 


 その答えは、ほどなくして分かった。



 巨人である。



 巨大な人間が、私と寛之のいる空間に近づいてきて、その巨体によって、何らかの光源が遮られたのである。



 私の身体の50倍くらいはあろうかという大きな顔が、2人を見下ろしている。



 逃げなきゃーー



 そう直感したのだが、恐怖のあまり身体は固まってしまっていて、動くことすらできなかった。

 第一、この空間には逃げる場所も隠れる場所もないのであるが。



 恐れていたとおり、巨人は、2人の方へと手を伸ばしてきた。


 巨大な手のひらがみるみると近付いてくる。私の身体のサイズは、巨人の小指のサイズにも満たない。



 捕まって食べられるのか、もしくは、「害虫」のように潰されるのか。


 いずれにせよ、もはやこれまでの命かーー



 生きることを諦めた私は、ギュッと目を瞑り、最期を待っていたのであるが、私の身には何も起きなかった。



 おそるおそる目を開けてみると、巨人が掴み取ったのは、私でも、寛之でもないことが分かった。



 私たちがいる空間にあった、黒い固形物である。


 巨大な手に握られたそれは、指の形に合わせて変型していた。

 柔らかい材質なのである。


 それを見た途端、私は、その黒い固形物の正体が何なのかに気付いた。



 スポンジである。


 それは、巨人用の巨大なスポンジなのだ。



 巨人は掴んだスポンジを、私と寛之を囲んでいる白い壁の上に置いた。


 

 次に、巨人は、私たちとは少し離れたところにある、鎖状のものに手をかけた。

 そして、それを手繰り寄せるようにして持ち上げる。

 その一端には、黒い台形が付いており、巨人は、その台形を、床にあった穴にはめた。



 その後、巨人はどこかに去り、私たちの視界は明るく戻った。




 私同様に、その場に立ち尽くして固まっていた寛之が、しばらくして口を開く。



「一体、今のは何だったんだ?」


「巨人……かしら?」


「巨人? バカ言うなよ。そんなのありえない。御伽話の世界じゃあるまいし」


 私も同感である。

 巨人なんて、空想の産物でしかないはずだ。

 しかし、今はそんなことを言ってても仕方がない。ありえるかありえないかはおいておいて、事実として、それは先ほどまで私たちの目の前にいたのである。



「捕まって食われるのかと思ってたぜ」


「私も」


「でも、無事だったな」

 

「私たちがあまりにも小さいから気付かなかったんじゃない? 多分」


「そうかもな。とにかく、一刻も早くここから脱出しないとマズいな。出口はないのか?」


 ない、と答えようとしたところで、ふと先ほど見た光景が頭に浮かぶ。

 巨人は、鎖の先についた黒い物体で穴を塞いでいたのである。


 それまでその穴の存在に気付いていなかったが、その穴から脱出することはできないだろうか。



 そう思って、穴があった方に歩み出そうとしたところ、プシュッという音がした。ほどなくして、飛沫が顔にかかった。



「……これ何?」


「水だ。水。あそこから水が出てるぞ!」


 寛之が指差す方を見ると、四方の壁のうちの、私たちからもっとも離れたところにある壁の上方から、滝が流れ始めていた。



「水責めか!? せっかく定年まで働いて、これから悠々自適に生きようと思ってたのに、死んぢまうなんてごめんだぜ」


 2人を囲んでいる人工的な壁は、明らかに水を通さない材質に見える。


 私たちは、何らかの理由で巨人族の処刑対象になり、水責めの刑罰を受けようとしているのか。



ーー否、違う。そうではない。



 私は、ここがどこなのかをようやく理解し始めていた。



「多分、ここ、()()()()()()()なのよ」


「は? 風呂?」


「そう。ここは巨大な浴槽の中なの」


 私たちを囲んでいるのは、陶器の浴槽であり、鎖状のものについている黒い物体は浴槽の栓なのである。



 先ほど私たちの目の前に現れた巨人は、まずは浴槽の中に落ちていたスポンジを拾い上げ、浴槽のへりに避難させた。


 そして、浴槽に栓をした。


 その上で、浴槽にお湯を張るために、循環口からお湯を注いでいるのである。


 先ほどから私の顔にかかっている飛沫は、冷水ではなく温水だ。



「……仮にここが浴槽の中だとすると、俺らはお風呂で溺れ死ぬことになるのか? お前、お湯は止められないのか?」


「おそらく無理。多分、巨人が浴室の外にある給湯器で操作してるから」

 

「じゃあ、どうすればいいんだ?」


「……栓を抜くしかないでしょうね」


 お湯の入口を止められないのであれば、出口を開放するしかない。

 栓は、おそらく私たちの体重よりも重いが、チェーンを思い切り引き上げれば、抜けるかもしれない。



「じゃあ、洋子、やってくれ」


「……え?」


「言い出したのはお前だろ?」


 普通、こういう力作業は男がやるべきではないだろうか? 他人にお願いをする態度ではないところも、癪に障る。


 しかし、ここで夫と口論している場合でははい。

 早く栓を抜かないと、浴槽にどんどんお湯が溜まっていってしまう。そうすれば、水圧によって栓は重くなり、引き上げることはできなくなってしまうだろう。



 事態は刻一刻を争う。



「分かったわ」


 私は、背負っていたリュックを下ろし、ジーンズの裾を捲り上げると、ジャブジャブと飛沫を上げながら、チェーンの方へと駆けて行った。


 すでにくるぶしの少し下までお湯が溜まっている。私は両手でチェーンを掴むと、思いっきり引き上げた。



 最初はビクともしなかったのでマズイかと思ったが、私の全体重がかかったところで、スポンと栓が抜けた。



 その途端、渦を巻き、お湯が排水溝へと吸い込まれていく。


 チェーンを手放したら、私も吸い込まれてしまう。


 私は精一杯チェーンにしがみつき、渦がなくなるのを待った。



 私の活躍に対して、寛之からは、感謝の一言もなかった。



「これでお湯は溜まらなくなったが、絶望的な事態には変わりないな。バスタブの深さは、俺の身長の30倍くらいある。ツルツルの陶器じゃ、どう考えても登れないな」



 排水口周りの水流がだいぶ落ち着いたので、私は浴槽に飛び降りた。

 ジーンズはだいぶ濡れてしまった。下着の代わりに水着を着ていたことは不幸中の幸いか。



「お前、何か妙案はないか? バスタブから抜け出す方法について。というか、元の世界に戻る方法について」


 ここがどこなのかは分からない。

 しかし、私たちが住んでいる世界とは別の世界であることは明らかだろう。ここは、私たちよりもはるかに巨大な人間が文明を築いている、()()()なのである。


 とすると、仮に浴槽、お風呂場から出られたとしても、命の保証は全くない。


 寛之の言うとおり、元の世界に戻る方法を考えなければいけないのである。



 そして、私は、その方法について「ある心当たり」があった。



「スポンジ……」


「スポンジ?」


「そう。あれを見て」


 見上げた私が指差した先は、浴槽のへりである。巨人が拾い上げた黒いスポンジがそこに置かれている。



「ああ。さっき俺らの隣にあったやつだな。そのスポンジがどうしたんだ?」


「あれが『ワープホール』なのよ」


「ワープホール?」


 「ワープホール」という表現は適切ではないのかもしれないが、他に表現が思いつかなかった。



「浜辺で私が足を踏み入れた『岩場』の正体は、あのスポンジだったのよ。その後にあなたが触ったのも」


「……たしかに岩にしては柔らかかったな。巨大なスポンジ、と言われればそのような気もする」


「あのスポンジが、ワープのスイッチなの」


 私も寛之も、スポンジに触れてしまったことにより、この異世界に誘われたのである。


 あのスポンジがこの世界の入り口なのだ。


 だとすると--



「おそらくあのスポンジにもう一度触れれば、元の世界に戻れるはず」


「……なるほどな」


 でも、と寛之が続ける。



「一体どうやってスポンジに触れるんだ?」



 それは大問題である。


 スポンジは浴槽のへりにあり、2人が見上げる先にあるのだ。スポンジに触れるためには、バスタブを登る必要がある。浴槽から脱出できてはじめてスポンジに触れることができるのである。


 巨人が拾い上げる前にスポンジに触れておけばよかったなどと今更後悔しても仕方がない。

 巨人は、私が栓を抜いたことに気付いていない。

 すると、10分後ほどには、浴槽にお湯が張られてると信じ、お風呂場に戻ってくるはずである。


 私たちには逃げる場所も隠れる場所もないのだ。次こそは巨人に見つかるだろう。そして、食べられてしまうかもしれない。


 とすると、時間的猶予は10分程度。


 それまでになんとかして解決策を見つけなければならない。



「お前、頼むからなんとかしてくれ」


 こういうときに夫が全く使えないことは、これまでの30年あまりの結婚生活の中で、嫌というほど分かっている。

 信じられるのは私自身だけである。



「……栓をしてお湯を溜める、というのはどうかしら?」


「は? バカか? 自ら水責めに遭おうというのか?」


「水責めじゃなくて、『お湯責め』よ」


「言葉遊びしてる場合じゃないだろ」


「言葉遊びなんかじゃない。たとえば、タイタニック号から海に放り出された人が亡くなったのは、水温が低くてあっという間に体力を奪われてしまったからよ。お湯の中だったらそういうことはないから、しばらく泳ぎ続けられるはず」


 加えて、幸いにも私も寛之も、服の下には水着を着ている。



「仮に泳げるとして、浴槽お湯を入れてどうするんだ?」


「もちろん、お湯の浮力を使って、上に上がるのよ。そうすれば、浴槽のへりまでの距離はグッと近くなる」


「たしかに近くなるな」


 ただ、と寛之が声を曇らせる。



「普通、浴槽ヒタヒタまでお湯を入れる奴はいないだろうな」


 耳の痛い指摘である。

 たしかにそうなのだ。お風呂に入るとき、お湯は浴槽の7分目〜8分目まで入れれば十分だ。仮に巨人の趣味が半身浴ならば、お湯は5分目しか入らない。



 とすると、お湯が入ったところで、結局、浴槽のへりまでは到達しないのである。へりまでの距離が近くなったところで、ツルツルのバスタブを登ることはできないので詮無きことだ。



「それに俺は泳げないんだ。お前、頼むからもっと真面目に考えてくれ」



 私は真面目に考えたつもりだ。人のアイデアを非難するならば、自分でもアイデアを出して欲しい。

 

 とはいえ、この人には何も言っても変わらないのである。そのことも、長い結婚生活の中で証明されている。



 私は改めて周りを見渡す。何か使える道具はないだろうか。



 栓を外す際に、床面に置いた私のリュックが目に入る。


 このリュックには、着替えと、熊手が入っている。


 どうして熊手が入っているかというと、私たちは、浜辺に潮干狩りに来ていたからだ。



 この熊手をなんとかして使えないだろうか。たとえばーー



「熊手と栓についてるチェーンを組み合わせるっていうのはどうかな?」


「は? どういうこと?」


「かぎ爪ロープのように使うのよ。チェーンの先に熊手を付けて、チェーンを振って、スポンジに向けて投げる。そして、熊手がスポンジに刺さったところで、チェーンを手繰り寄せれば、熊手に刺さったスポンジが手元にくる」


「……やってみろよ」



 私は、リュックから熊手を取り出す。持ち手は木製、手の部分は鉄でできている本格的な熊手である。潮干狩りをするにしてはだいぶ仰々しいが、ホームセンターにはこのタイプしか売ってなかった。



 私はそれを持って、チェーンの方へ向かう。


 そして、黒い栓ごと、チェーンを持ち上げようとした。



ーーやはり無理だ。



 全く持ち上がらないというわけではない。先刻も栓を引き抜けたくらいなのだから。

 しかし、両手で持ってかろうじて持ち上がるくらいの重さである。これを振り回して、先端をへりまで届かせるなんてことは、絶対にできない。



 お風呂のチェーンにしがみついて、登り棒のようにして登っていくというのはどうだろうか。



 そう思い、私はチェーンの根本の部分を見上げた。



ーーやはりそれも無理そうだ。


 チェーンを登りきっても、へりまでは全然届かない。チェーンの根本からへりまでは私の身長で5人分くらいの距離があるのである。



「ほら、できないだろ。遊びじゃないんだから、もっと真剣に考えろ」


「……分かってるわよ」


 我が夫は百害あって一利ない存在だ。それは異世界でも、元の世界でも変わらないようだ。



 この男を助けたいなど、もう微塵も思わない。


 私は私のために生き延びるのである。そのために残された時間はもうほとんどない。



「お前、とにかくまずこのバスタブから出た方が良いんじゃないか?」


「もし出られればね」


「出口が一つあるだろ?」


「は?」


「排水口だよ」


 私は耳を疑ったのだが、寛之の指は、間違いなく私の足元にある、今もまさに流れるお湯を吸い込み続けている排水口を指していた。



「……あなた、ここに飛び込めるの?」


 排水口を通れば浴槽から出られるというのは事実だろう。

 

 しかし、この排水口に飛び込むというのは、自殺するようなものである。お湯に流され溺れ死ぬか、その前に排水管に頭を打って死ぬかのどちらかだ。



「さっきも言っただろ。俺は泳げないんだ。お前が飛び込めよ」


 この男、妻である私のことを一体何だと思っているのか。



「何よ。まるで奴隷みたいな扱いじゃない」


「大差ないだろ」

 


 奴隷ーーそうか。彼にとって、私は奴隷に過ぎなかったのか。


 今更気付いた私がバカだった。


 子どもたちと一緒に暮らしていた頃は、私は子どもたちのためだけに生きてきた。ゆえに、この男が、私のことをどう扱おうが、どうでも良かった。



 しかし、長男も長女も結婚をして家を出て、さらにこの男が定年となり、家で2人きりになると、この男との関係を考えなければならない。


 少しでも2人の関係が改善されればと思い、車で行ける近場の海へ潮干狩りに誘ったのだ。


 そこで思わぬトラブルに巻き込まれたのだが、この男の本性を暴けたという意味では良かったかもしれない。


 私が無事に元の世界に帰れれば、だが。



 実は、スポンジが「ワープホール」だと気付いたときに、私の頭にはある「禁断の脱出方法」が浮かんでいた。


 私はなるべくその方法を使わないようにしたいと考えていたのだが、おそらくもう他の脱出方法はないだろう。



 それにーー



 私はもう踏ん切りがついた。


 むしろ、今となっては、その脱出方法が、この場での解決策を超えて、私の今後の人生のための解決策にもなるとすら考えている。



 巨人はもうそろそろやってくるだろう。早く実行に移さなければ。



 私は、熊手を持ったまま、寛之のいる方へと戻っていった。浴槽の角のところである。



「あなた、もう時間はないわ。最終手段を使うわよ」


「最終手段?」


「ええ。この方法を使えば、おそらく脱出に成功する」


「そんな方法があるんだったら先に言えよ」


「ただ、そのために、あなたにも少しだけ協力をして欲しいの」


 寛之は露骨に嫌な顔をしつつも、「なんだよ?」と質問した。



「簡単なことよ。その場に立ったまま、目を瞑って欲しいの」


「目を瞑る? それだけで良いのか?」


「ええ。たったそれだけよ」


 表情からするに、寛之は半信半疑だったのだろう。


 とはいえ、私の指示に従う以外に生き残る道はないであろうことくらいは理解していたらしい。


 彼は、目を瞑った。



「……いつまで目を瞑ってれば良いんだ?」


「まだまだ。今準備中だから」


 私は足音を消すように忍足で、ゆっくりと寛之に近付いていく。


 彼の目と鼻の先まで来たところで、私は立ち止まる。



「まだか?」


「まだよ」


 私は深呼吸をすると、熊手を振りかざす。



「おい。何してるだ? まだ目を開けちゃいけないのか?」


「ええ」


「いつまで目を瞑ってれば良いのか?」


 私は、彼の見えないところでニタリと笑う。



「一生よ」



 そう言うと、彼の首の頸動脈を目がけて、熊手を振り下ろした。


 まるでスプレーのように鮮血が吹き出す。



 驚いた寛之が目を見開く。



「……お、お前!?」


「目を開けないでって言ったでしょ」


 それに、と私は続ける。



「私は『お前』じゃない。洋子よ」



 私は、今度は彼の胸を目がけて熊手を振り下ろした。



 それから、手、脚、顔と、何度も何度も熊手で切りつける。



 彼が絶命したことが分かってからも、何度も何度も。




 大きな物音がして、また景色が暗くなった。


 ついに巨人がやってきたのである。



 大きな顔が、浴槽を覗き込む。



 巨人はすぐに「異変」に気付いた。


 お湯が入っていないこと、だけではない。



 浴槽が、ひどく汚れているのである。



 真っ赤に広がった「シミ」によって。



 巨人は私の存在には気付かなかった。

 私が小さいからということもあるが、おそらく、私自身も真っ赤に染まっていたため、「シミ」と同化してしまっていたからだろう。



 巨人は、「シミ」を綺麗にするため、迷わず浴槽のへりに置かれていたスポンジを摘み上げた。



 そして、スポンジを持った手が浴槽に伸びてくる。



ーー今だ。



 私は、巨人が掴んでいる黒いスポンジに向かって飛び込んだ。


 柔らかい感触とともに、私の身体が浮遊する。



 ワープ成功である。


 

 私を待っていたのは、元の世界ーーいや、私の人生を縛っていた「邪魔者」が消えた「新しい世界」だ。



 満ち始めていた海水によって服についた血を洗い流しながら、私は、これからの楽しい老後生活への期待に胸を膨らませていた。



 以前、なろうミステリー界隈の方々とTwitterのスペース機能でお話しした際に、(僕と同い年のミステリー作家である)白井智之さんの「少女を殺す100の方法」という短編集の中の「少女ミキサー」という作品が好きだという話をしました。ミキサーの中に少女が閉じ込められる、というストーリーですが、今作は間違いなく「少女ミキサー」へのリスペクトです。



 なぜお風呂場にしたのかというと、僕が小説のアイデアを考えるのは、だいたいお風呂に入ってる最中か、もしくは洗い物をしている最中だからです。



 なろうの世界にもう少し慣れてきたら、またスペースやりたいなと考えてます。

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― 新着の感想 ―
[一言] うわぁ、男性はいったい何のために力持ちなんでしょうかねぇ。 個人的には女性を守るために力持ちだと思うのに……男尊女卑の時代を生きた人だったんですかねぇ、彼。 八割まで読んだところでまさかと…
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