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終わりと始まり

 思い出した。教室に入って第三王子と目が合った瞬間、私は自分の立場を認識した。


 7つの時に経験した記憶の洪水、それを遥かに超える大洪水に襲われ、私は意識を手放した。








 目を覚ました時、私ははっきりと理解していました、ここはあのゲームの世界であり、私は処刑される聖女の末裔なのだと。そして、あの母子を救うためにここにいるのだと。


「せめてあと一月早く思い出していれば出来る事があったのに」


 一人きりの医務室で私は頭を抱えていました。あの母子、いや私とお母様が何故死ななければならなかったのか、ゲームの中の私は理由を知りませんでした。でもお母様は知っていました。設定資料集では、お母様は全てを理解し死を受け入れ、私は何も知らずに死を強制されたとありました。もう少し早く思い出せていれば、お母様と何かお話が出来たかもしれません。


「道理で全てが靄がかかったようにぼんやりしていたはずだよ」


 お母様の名前も、ばあやの名前も、子供たちの名前も、領民の名前も、そして自分自身の名前も、私は知らずに過ごしていました、何の疑問も持たずに。笑顔で挨拶を交わす全ての領民の顔を、はっきりとは認識していませんでした。ただそういう存在がいるな、くらいの曖昧な感覚で過ごしていました。おそらく、それらはゲームに出てこないからでしょう。

 唯一自分の呼び名が『リィラ』であると認識していましたが、これは実は愛称で、本当の名前ではありません。本当の名前は長く子供たちが呼び辛いだろうという配慮から、聖女領民なら誰もが知っている聖女様の愛した小さく可憐な花『リィランドゥ』を略して『リィラ』と呼ばせていた、という設定が資料集の載っていたのを覚えています。リィランドゥはゲームに出てくる大事なアイテムです。

 私はゲームでは一場面にしか登場しません。ゲームには出てこない細かい設定はありましたが、ゲーム上ではその死だけが意味を持つ存在でした。このゲームは、私たち母子の死とその少し前に聖女領で起きた事件を第三王子視点で回想する場面で幕を開けます。その事件が魔王復活に繋がっており、お母様の関与が疑われ、王都の学院に通っていたゲームの中の私は本当に何も知らずに突然捕らえられ、そして何も知らされずに死にました。

 設定資料集には「次回作ではついに真相が明らかに」という煽り文句が載っており、女子高生だった私は続編の発売を心待ちにしていました。


「結局一番肝心な事件については全く分かってないって事か」


 折角ゲームの世界に転生するなんて奇跡が起こったのに、肝心な事が分からないんじゃ手の打ちようがありません。

 私はゲームをクリアしたし設定資料集を読み込んでいたので、自分が死んだ後の流れは分かってるし登場人物の来歴も把握しています。でもノーマルしかクリア出来なかったので、もしかしたら漏れている知識があるかもしれません。それに自分の記憶力に自信がないので、間違って覚えている可能性が無きにしも非ずです。


「確か事件が起きるのは第三王子が卒業してから4ヶ月後だから、今から数えると2年4ヶ月しか残されてないよ」


 お母様は私の前では良き母良き領主の姿しか見せませんでしたが、一方では愛した男の言動に心を痛め傷付き苦しんでいた一人の繊細な女性でもありました。設定資料集にはそこのところが詳しく載っており、私は父であるあの男への嫌悪を強く感じています。


「異母弟の事が気になる、ゲームの中の私は存在すら知らずに死んでしまったけど」


 おそらくその異母弟が事件の鍵を握っているはず、と女子高生だった私は友人に熱弁を振るっていました。ゲームの中の私は何も知らず何も出来ずに人生を終えたけど、今の私にはまだ打てる手があると信じたいです。異母弟だってあの男の被害者であり、私にとっては唯一の弟なのです、出来れば幸せになってほしい。それに何の鍵も握ってない異母弟の設定があんなに細かい訳がありません。設定資料集にはゲームに登場しない異母弟がキャラデザ付きで見開きで紹介されていました。重要人物である証拠だと思います。私なんてシルエットだったのに。


「とにかく事件が起こる前に帰らないと。退学になるって方法も無きにしも非ずだけど、それだとお母様の立場が悪くなるし、最悪領主失格って事にもなりかねない。どうすればいいのか」


 魔力を持っている者は国から優遇される代わりに、そうとは気付かずに王家に絶対の忠誠を誓わされ国の為に魔力を使用する義務を負わされます。国は魔力の使い方を教えると同時に生徒を契約で縛るのに学院を利用しています。生徒に悟られないように3年掛けてじっくりと弱い魔法で強固な契約を結ばせているのです。強い魔法を使って一気に精神を縛ると耐えられずに壊れてしまうので、弱い魔法で長い時間をかけてゆっくりと縛っています。王家は反逆を防ぎつつ貴重な魔力を有効活用する為、試行錯誤の上この方法を編み出しました。

 王都の学院はゲームでは主人公たちが友情を育む重要な場所ですが、私たち母子にとっては実は不幸の始まりの場所なのです。設定資料集には王家と聖女領の複雑な関係が詳しく載っていました。

 貴族令嬢にはあるまじき行為ですが、私は頭を掻きむしらずにはいられませんでした。折角ばあやが綺麗にセットしてくれたのに。でも、私たち母子が死んだら、おそらく聖女領は蹂躙されてしまうでしょう、ゲームでは戦場になっていましたし。聖女領に封印された魔王の封印が解かれ、第三王子たちがそれを討伐するというのがゲームの本筋ですので、とにかく酷い事に巻き込まれてしまうのは間違いありません。

 今まではあやふやな事にも疑問を持たずにいられましたが、これからは違います。私は全てを理解しました、これからは全く違う色鮮やかな世界が見えてくるはずです。

 私には領民の幸せを守る義務があります。その為に自分に出来る事はすべてやろう、そしてあの子たちの笑顔を絶対に守ってみせる、私はそう決心しました。


 こんな事なら自力クリアにこだわらずにエクストラハードクリア動画見ておけば良かったです。ライトゲーマーのくせに何をムキになってたのか、あの時の自分には呆れるばかりです。本当、後悔先に立たずですね。

語り手である主人公が全て正しい訳ではありません。

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