*82 過去と真実
「……ここは……?」
ジンが目を覚ますと見知らぬ天井が視界いっぱいに映った。周りには病院にあるような白い天幕のようなカーテンがあり、今までベッドで眠っていたことからジンは、自分がどこかの医療施設にいることに気づいた。鼻をつく薬品の匂いが微かにすることからもここが医務室或いはそれに連なる施設であることを確信していた。
そしてジンは今自分が甲冑を身に纏ってないことを知りながら、何故自分がここにいるのかを思い返していた。そしてジンの脳裏に無邪気な笑顔で振るわれた拳が自分の守りを貫通したことが過り、思わず顔を顰め、胸を押さえた。
「あ……俺……そうか、グレイと同じ姿をした魔王に、負けた……だったな」
ジンがここまでの経緯を思い出していると、ふと手に当たる金属のような感触を感じ、視線を向けるとそこにはグレイから貰った十字架が金色の光を放っていた。
「あぁ……甲冑は外しても付けてくれてたんだ……」
ジンは軽く十字架を握り、祈るように目を閉じた。たったそれだけの特に誰に対しても信仰する訳でもなくただジンの自己満足によるだけの見せかけの行為だが、それだけでもジンはあの痛みが和らぐ感覚を覚えた。
しばらくするとカーテンの外、部屋の入り口付近から複数の足音が聞こえてきた。足音はジンのいる部屋の前で止まり、やがて扉が開く音がした。そこには、アイリとグレイがいた。
「あっ……ジン様……!」
「……ジン」
「あぁ……」
二人は沈んだ表情をしていたが、目が覚めているジンを見てアイリが嬉しそうな表情をした。しかしグレイはどこか浮かない表情をしながらもジンの無事を見て僅かな笑みを浮かべた。ジンはその様子に疑問を持ちながらも、自分が無事なことを伝えた。
「本当に……良かったです……! あれから既に三日ほど経過しているのですよ……」
「……三日?」
「はい。ジン様が魔王の攻撃を受けてしまった後、あの場にカルメン様率いる部隊が瓦礫に埋もれているジン様を救出し、城の医務室に運びこまれ治療されたのです」
「……なるほど」
内心三日間眠っていたことに驚きつつ、未だ沈んだ様子のグレイのことが気になりジンはグレイに視線を向ける。するとグレイもその視線に気づいたのか、見るからに落ち込んだ表情をしながらジンにゆっくりと視線を合わせた。
「……ジン、ごめんなさい……」
「……何故謝る」
「だって……私が魔王に似ていたから……ジンがこんな目に合うことになったんでしょ……?」
「……それは魔王が勝手に言ったことだ」
「そ、そうですよ! たまたま魔王と似ていただけで、グレイちゃんには何も罪はありません!」
グレイは魔王から言われてた言葉をずっと引きずっていたようで、自分が居なければもしかしたらジンが魔王に襲われることが無かったのではないかという不安に襲われていた。実際にはジンとアイリが言うようにあちら側に完全に負があるのであるが、まだ幼いグレイは魔王から向けられた殺意とその内容を流しきれずにいた。
ジンとアイリに言われてもまだ少し落ち込んだ様子のグレイを見て、ジンはベッドの上からグレイの頭の上に手を乗せた。グレイは戸惑いを見せる。そしてジンはゆっくりと諭すようにできるだけ優しく話し始めた。
「……グレイはグレイ、魔王は魔王。そこに違いはない」
「ジ……ジン……」
「……お前はお前だ。俺たちは他でもないグレイを必要としている」
「――ッ!」
グレイはハッとした表情を浮かべたかと思うと、ボロボロと涙を流し始めた。徐々に顔が破顔していく。
「わ、わたし……ここに、いてもいいの……?」
「勿論ですよ。グレイちゃんは私たちの家族ですから! これからも私達と一緒です!」
「……そうだ。俺が、俺たちが、お前の居場所だ」
「うぅ……グスッ……う、う、うわぁあああああああああん!!」
グレイは大粒の涙を流し、大声で泣いた。アイリに優しく抱きしめられ、ジンに撫でられていたグレイは、暫く泣きはらした。
◆◆◆
「すぅ……すぅ……」
「眠っちゃいましたね。ふふふ……」
暫く泣きはらしていたことと暫く眠れてなかったことも相まってグレイはジンのシーツに寝転び寝ていた。アイリに抱きしめられたまま眠りについたグレイは安らかな寝息を立てながら寝ていた。
一方ジンは立ち上がり体を伸ばしていた。体中からポキポキと骨のなる音がし、ジンは窓の外を眺めていた。外は真昼間といえる位置に太陽が昇っており、曇り一つない青空が広がっていた。ふとジンは自分の甲冑がどこにあるのかをアイリに尋ねようとした。
「やぁ、ジン殿。元気そうで良かったよ」
扉が開かれると軍服を着た女性こと、カルメンがフランクに入ってきた。手には幾つかの果物が乗せられた籠があった。
「カルメン様!」
「やぁ、アイリ殿。おっと、グレイ殿はお休みか……相変わらず可愛いな」
「なんて?」
「いいや! なんでもないとも」
そしてジンのベッドの近くにある椅子に座ったカルメンは、籠を近くの台に置くと、何やら重要そうな書類を取り出した。
「さて、一先ずジン殿。ご無事で何よりだ」
「……はい」
カルメンはジンの無事を改めて確認すると話を続けた。
「それで、今回の魔王襲来は私やヒュドール、そしてヴィクター様にとっても寝耳に水の出来事だった。私達が着いた時には、必死に瓦礫をどかそうとしていたアイリ殿とグレイ殿が瓦礫に埋まっていたジン殿に回復魔法をかけていた場面であり、既に事が終わっていた。これに関しては間に合わせられなかった私達の責任だ」
「い……いえ、ジン様を助けてくださってこちらがお礼を申し上げたいところです」
「そう言ってくれると助かる。さて……事の顛末はアイリ殿やグレイ殿からすべて聞いた。まさか魔王の姿がグレイ殿そっくりだったとはな。そして、なにやら魔王はジン殿と面識がある様子だったと……」
「……」
「ジン殿……差し支えなければ話してくれないか? どんな些細な事でも良い、あの魔王との関りに関係することならなんでも……」
カルメンにそう言われたジンは、意を決してアイリ達の前で、自分が別の世界から来たこと。そしてそこで魔王らしき人物と会ったこと、そして……そこで最初の死を迎えたことを包み隠さず話した。
本来この話題をジンは話すつもりは無かった。何故なら話したところで到底信じられる内容ではないし、個人的に話したくない記憶ばかりだったからだ。そして何よりも恐れていたのは、自分が一度死に、そしてこの世界に転生してきたことを話し、何と思われるか想像がつかなかったからだ。
――ドン引きされる
それならまだ良い方だ。ただの笑い話やらで方が着く。
――拒絶される
これだ。ジンは拒絶されることを恐れていた。
ジンはこの世界に、居心地の良さを感じていた。確かに魔物や危険な存在はいる。だがそれでもジンは心の底から信頼できる人と巡り合えたことに心の底から歓喜していた。
あちらの世界で他人に見せることが出来なかった自分の内面をさらけ出すことが出来た。そしてそれを優しく向かい入れてくれたかけがえのない存在にジンは拒絶されたくなかった。全てを話し終えたジンは、内心ビクビクしていた。しかしそれは要らぬ心配であったことを知る。
――なぜなら
「私は拒絶しませんよジン様」
「……アイリ」
「先程もジン様がおっしゃったではありませんか。ジン様はジン様。私の大切な御方なのです」
――彼女たちは彼を拒絶する気は毛頭なかったからだ
「そうか……まぁ、実は知っていたのだ」
「……へ?」
「あっははははは! いやー実はな? 顔色を悪くしたヒュドールからとあることを聞いてな?」
そう言ってカルメンは書類を読み上げた。その内容は『【黒色の武装】の継承者及びその父方は例外なく一度死を迎え、この世界で二度目の生を受けている』というものだった。更に見せられた家系図にはヒュドールが模写した内容が正確に書かれており、ジンの父、コウキ。そしてその父、カイトが二度死んでいることが書かれていた。それを聞いたジンはポカーンとし、その表情を見てカルメンはクスッと笑った。
「ジン殿も、人の子だということだ」
「俺の……父さんも……爺さんも……転生者……?」
「『転生者』という単語もジン殿の世界で生まれた言葉なのだろうな。まぁ、それは良い。兎に角今日一日は安静にな。ジン殿」
カルメンは慈しみを込めた視線を向け、リンゴを手に持ち、丸かじりしながら部屋を後にしていった。ジンは内心自分の好物をピンポイントで持っていかれたと思っていた。




