*6 初めてのクエストと忠犬覚醒
「どれにしましょうか!ジン様!!」
(どうしようかな……ていうか多すぎるんだよね、この量……)
壁一面に貼られているクエストの依頼書の多さにジンは辟易していたのだ。無理もない、文字通り壁にぎっちりと収まるように依頼書が貼られている光景はある種のインテリアのようにも思えてきたのだ。
(まじでどうしようかな……アイリちゃんを待たせる訳にもいかないし……ええい!ままよ!!)
そうして目を瞑りながら選んだクエストは、
【スライム大発生!!救援求ム!】
(スライムかぁ……まぁ異世界ぽくっていいかぁ……)
「ジン様!?それはスライム討伐ですが!?」
(え?もしかして、俺今アイリちゃんに馬鹿にされている?うわマジ無理選びなおしたい……)
1人で絶望しているジンを横目にアイリは思案する。
(ジン様程のお方が選んだクエスト……何か意味があるはず……)
そしてアイリは1つの考えに至る。
(ハッ!これはもしかして、私のレベルに合わせているのでは!?)
本人が聞いたら全力で否定しそうな結論に至ったアイリは、さらに考えを広げていく
(恐らく、ジン様は私の今の強さを確認するために、敢えてスライム討伐の依頼書を選んだのでは!?)
大分見当違いであるが自分なりの解釈を重ねてジンに対する好感度を上げているその様は古今東西の恋愛ゲームでも滅多にお目にかかれないレベルのちょろさだろう。
そしてジンに対してアイリが放った一言が
「ジン様!わかりました!!このアイリ精一杯尽くします!!」
(えっ、なんかよくわからないけど……これ皮肉だったりするの?)
「早速行きましょう!!」
(もう、どうにでもな~れ)
ジンは内心真顔であった。それは自分を慕ってくれていたと思った少女が自分に対して皮肉を垂れてきたことに精神的に傷ついたからであった。……最もそんな事実は無いし、あるのは酷い解釈と自己嫌悪であった。
◆◆◆
「ここが、目的地ですね……」
(はぁ~もうやだ生憎俺はマゾヒストじゃないんだ。美少女に罵られるのは普通に心が痛むんだよ、さっさと寝たい)
やる気満々のアイリと異なり意気消沈しているジンという対極した構図のパーティーであるが、漸く彼らは依頼書に記載されている目的地に到達したのだ。
その場所はどこかしっとりとしていて湿度が高い湿地のような場所であった。
「えーっと、クエストによると……【スライムが大量発生して困っています!勇気のある方どうか、退治してください!】とのことです!頑張りましょう!ジン様!!」
(……えい、えい、おー)
この男めんどくさいことこの上ない
ペッタン!ペッタン!
「ジン様!あちらにスライムが!!」
(はいはい、よくある手のひらサイズ位の大きさでしょ?なら俺が行かなくても……)
ジンはふと気が付いた
(……あれ?なんか、でかくね!?)
そう、よくよく見てみるとスライムと呼ぶにはでかすぎるのだ。それこそ自分の身丈よりかなり大きいことに気が付いた。
(しかも……なんだあれ、丸いボール?)
その半透明なスライムの中心部分には丸いボール状の物があった。ジンのこれまでのゲーム知識があれがあのスライムの核だと知らせてきた。
(あれを壊せば良いのか)
ジンはやっと冒険者らしくなってきたなと剣を構えるが、
「では!ジン様!!このアイリの力を照覧あれ!!」
一足先にアイリが剣を構えスライムに向かって行ったのだ
(えっ、アイリちゃん!?)
アイリが突撃して行ったのだ。その様はまるであのイノシシの魔物みたいだったと後に彼は思った。
だけどいくらアイリでもあのスライムは……と思っていたが
「やー!!」
アイリが近づきざまに剣を思いっ切り振り込むと
一瞬でスライムが破裂したかのように崩れた。
(え?マジで?あの手の奴には物理攻撃は効果が薄いと思ったけど……)
ジンの予想を覆すほどアイリは割と強かったのだ。そしてジンはふと気付く
(あれ?俺確かアイリちゃんよりステータス高かったよな……?)
ジンは自分のステータスの異常さにこの時初めて実感された。アイリでさえあの大きさのスライムを爆散させることができるのだ。では自分はどうなる?そう考えると自分の強さに恐れおののいた。
(まじか……まじか俺……ってアイリちゃん、あの核を壊してねぇ!)
スライムの核らしきものがプルプルと震えていることにアイリは勝利の余韻で気づいていなかった。ジンは即座に駆け寄った
「やりました!ジン様!……ジン様!?」
(これで、どうだ!!)
ジンが剣を突き刺すとその核は、砕けて光になった……ジンは剣を仕舞い後ろを見るとアイリが顔を青くしていた。
(えっ?もしかしてまたやらかした!?)
しかしこの時アイリは、
(気付かなかった……まさかスライムの核がまだ動けたなんて……結局ジン様の手を煩わせてしまいました……どうしよう……)
敵のとどめを刺さず慢心していたアイリにとってこの一連の出来事は、背中に冷水を入れられたぐらいに背筋を凍らせた。
実際そうだろう、今回がスライムであったからいいものの他のゴブリンやスケルトンなどであったら不意打ちを貰っていたからだ。
(あぁ……アイリはなんてことを……これでは従者失格です……)
(なんかアイリちゃん落ち込んでるぽいから慰めるとするか……)
落ち込んでいるアイリに近づくジン、その様子を見たアイリは涙を浮かばせる
その有様は叱責を受ける寸前の子供のそれだろう
しかし
(えいっ)
(へっ!?)
ジンがアイリの頭を撫でたのだ。ジンからしてみれば『俺は気にしてないよ』位の気持ちだったのだろうが、人に撫でられることが久しぶりなアイリにとっては
「ジ……ジン様!?(ジン様が頭を撫でてくれている!?)」
今度はアイリの顔がどんどん赤くなっていく
(あぁ、あぁジン様!!私の無礼を許してくださるのですね!このアイリ、これから精進いたします!!)
(あぁ~アイリちゃんの良い匂いがするんじゃあ~)
1人は忠誠心があふれ出ている美少女、もう1人はその匂いを堪能している変態といういつ警察に通報されてもおかしくない絵面であるが、端から見たら黒い甲冑を纏った騎士に頭をなでられている美少女という全く違う印象を感じられる光景になっていたのだ。
……身だしなみや外見が異なるだけでこうも違うとは
そんなことを続けているうちにジンは頭を撫でるを辞めようとしたが、アイリのまるでもっと撫でで欲しそうにする犬のような表情を見て、心が折れかけるもクエストをこなすために撫でるのを辞めた
(やっぱり犬の耳とか尻尾とか見える気がするな……)
「あ、あのジン様……?」
(はいはい何かな?)
「クエストが終わったら……嫌でなければ良いのですが……その……もう一度撫ででもらえないでしょうか……?」
(やっぱりこの子、犬じゃね?)
その後ジンはスライムを見つけ次第スライムの核もろとも粉砕し、クエストを完了したアイリから撫で撫でを要求されて撫でる羽目になったのである
自分で気づいていないだけだがこの男、撫で方が非常に上手かったのだ
「むふ~(満足げな表情)」
(これはこれで良いか)