85話 望みどおり。※
※前回に引き続き別視点でお送りします。
まだ、私が10に満たないときに、父が他界した。戦死だった。
母は、すでに他界していた。体の弱かった母は、代々のブラッドスライン家の女のように多くの子を産めず、父の妾たちにも子はなく、やがて彼女たちもまた家を去った。
ブラッドスライン家に残されたのは、3つ上の兄と私だけとなった。
父のあとを継いだのは兄。そして、まだ成人前の兄には後見人がつけられた。
ブラッドリーチ家当主夫妻。幾代も経るうちに子らの中にやがて生まれるようになった恐慌騎士として戦う素養を持たないものたちがつくり上げ商売を興した、代を経たいまや【闇】属性ですらなくなったブラッドスラインの分家。
分家当主夫妻は、若くして本家新当主となった兄を支えるべく、後見人としてつくしてくれていた。……少なくとも、当時の私にはそう見えた。
そして、いまから半年ほど前。兄が他界した。戦死だった。幼いころから唯一共に過ごした、私にとって最愛の……家族。
悲しみに暮れ、失意に沈む私に分家であるブラッドリーチ家当主夫妻は懇願する。
『戦場に出て家名に恥じぬ戦果を上げて、最後のひとりとなったブラッドスライン家を再興せよ』と。
『それが当主の務め。代々のブラッドスライン家の役目に殉じた父と兄の遺志と願いだ』と。
その願いを受け、私は当主となった。
そして、初陣へとおもむく前夜。
緊張からか、眠れずに邸内を彷徨する私は、その会話を耳にすることになる。薄明かりの漏れる部屋から聞こえる声に扉の前で私は足を止めた。
その始まりは、カップに酒を注ぐ音からだった。
「ふう……! ようやく明日、あの娘も出征か……! いまやブラッドスライン家最後のひとり……! くく……! ついに! ようやくここまで来た! 【英雄】などとおだてられ、まわりにいいように使われていることに何代経っても気がつかない愚かものども! その血がついに根絶やしになる日は近い!」
「ちょっと貴方、声が大きいですわよ? まあ、あの生真面目で少しも面白みのない娘のこと、すでに眠っていることでしょうけど。……そうね。今夜はわたくしも一杯いただこうかしら?」
扉の前で血の気を引かせる私をよそに、ふたたびトクトクと酒を注ぐ音が響いた。
「ふん……! なにが【英雄】だ! なにが恐慌騎士だ! 恐怖卿、【血染め】などと蔑まれながら、ただ体よく敗戦処理をさせられているだけではないか! あんなおぞましい【鎧】を与えられて! ふん! 死を前提にした忠誠など時代錯誤もはなはだしい! それがわからぬ愚かなブラッドスライン家など、滅んで当然の一族だ! いまは富の時代! 金を稼ぐものこそが偉く、正しいのだ! そう! 我らブラッドリーチ家こそが! ブラッドスライン家になりかわるにふさわしい!」
「まったく。少し飲み過ぎのようですわね? 貴方はもう終わった気のようですけれど、あの娘が明日出征する先の初陣で命を落とすと決まったわけではありませんことよ?」
「ふん! 別に初陣でなくともかまわんさ! なあに、遠からずそのときは必ず訪れる! なにせブラッドスライン家当主は、始祖から末代のいまにいたるまで、戦いの中で【英雄】として死することを誉れとされる血脈なのだから! ブラッドスライン家当主となった以上、あの娘の死はすでに絶対のものとして約束された! なにせ時の王陛下さえもそれをお望みなのだからな! さあ、乾杯しようではないか! ブラッドスライン家最後のひとりの栄誉ある死に!」
杯を重ねあわせる音が響く中、気づけば私はそこから逃げだしていた。
「う、うぅぅぅぅぅ……! うあぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
息を切らせ自分の部屋に駆けこみ、ベッドの中布団をかぶり嗚咽を噛み殺しながら、泣きじゃくる。
「いいだろう……! 望みどおりに、死んでやろう……!」
どれくらいの時間が経ったのだろうか。ひとしきり泣き涙も枯れはてたころに、暗い部屋の中、私はゆらりと立ち上がった。
「霊死装着」
そして、明日出発した先の初陣でまとうはずだった家宝たる【霊死の黒鎧】にその身を通し――【鎧】に宿す力で、自らの意思で魔力以外のほとんどの生命活動を必要としない半死人と化す。
『だが、私が死ぬのは、お前たちのためではない……!』
腰に結びつけた指輪の亜空間収納に、武器と金と持てるだけの荷物をつめこんだ。
『民のために……! 人間同士の愚かな戦争のためではない……! 一介の戦士として、そう……! 冒険者として私はこの命の果てるまで魔物どもと戦って、民を守ってこそ、死んでやろう……!』
そして、私はひとり屋敷をあとにする。
ブラッドスライン家最後のひとりとして、自ら定めた戦場で戦ってその果てに――【英雄】として死ぬために。
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※ここにいたるまでのニーベリージュの事情、過去回想でした。途中で切りようがなかったので、この回はやや長めです。
次回「【霊力場】」。まだニーベリージュ視点。現在に戻ります。





