6話 猟犬。
「ブフォッ? なんだ、犬ッコロ? お前、立ち上がることもできぬほど体力と魔力を消耗したのか? ええい、仕方のないやつだ!」
【妖樹の森】の中の開けた広場。
魔狼の群れがことごとく蹂躙された現場で、でっぷりと太った男――冒険者パーティー【猟友会】のリーダー、ブッフォンが悪態をつきながら、ごそごそと懐から小瓶をとりだした。
「ほれ! このポーションをくれてやるから、さっさと体力と魔力を回復しろ! その様では、我らの猟犬としての役を果たせぬではないか!」
「あ、ありがとう……ございます……。ご主人……さま……」
小瓶を放り投げられた呪紋使いの少女は、ふたを開けて、こくこくと飲みだす。
「よかった……」
かなり消耗が激しいから、あの下級ポーションで事足りるかはわからないけど、それでもないよりははるかにマシだと僕は思わずほっと胸をなでおろす。
「ブフォフォフォッ! それから、いまのお前の猟犬としての働きに報いねばならんな? おい!」
「はい、ブッフォンさん! これっすね!」
そういって、仲間にもってこさせた袋からブッフォンがなにかをとりだした。
「あ……!」
ブッフォンの手の先。少女の青い月のような瞳がその一点に吸いよせられる。
それは、パン。
バターが塗ってあるわけでも、具材が挟んであるわけでもないただのパンだったが、それを見つめる少女の青い月のような瞳は、あきらかに羨望で輝いた。
「犬ッコロ。確かお前、我々より先行して出発した関係から、今日はまだなにも食べておらんのだったな? 我々はバッチリ朝食をとってから出発したが」
「は、はい……!」
「ブフォフォフォッ! それは、さぞ腹が減っておろう? どれ、こっちに来て受けとるがいい」
「あ、ありがとうございます……! ご主人さ、あっ……!?」
「といいたいところであるが――あんむっ!」
ブッフォンからさしだされたパンにおずおずと近づいた少女の手が伸びる。
だが、その直前。ブッフォンは自らの口もとにパンをもっていくと、それをガシガシと咀嚼しはじめた。
「げぷっ……! おい、犬ッコロ! お前、たった一度の狩りで動けなくなっておいて、猟犬失格といわれてもおかしくない所業だとは思わぬのか! 恥を知れ! 加えてさっきお前に与えてやったポーション! あれ一本が、このパン一切れの何倍の値段がすると思っておる! それを踏まえて、さっきのお前の働きは、せいぜいこんなものだ!」
「あうっ……!?」
ほとんど食べ終えた、ほんのひとかけらだけ残ったパンをブッフォンが少女に向かって投げつける。
受けとめられずに少女の体にあたったパンのかけらは、そのままポトリと地面に落ちた。
「お恵みを……ありがとう……ございます……。ご主人さま……」
「ブフォフォフォッ! いくあてのない【闇】のお前を拾ってやった恩に、しっかり感謝して味わうがいい!」
それでも、少女はブッフォンに感謝のことばを述べ、丁寧に丁寧な土をはらってから、そのほんのひとかけらを噛みしめるようにゆっくりとゆっくりと味わいはじめた。
「はあ。かわいそうになあ。あの子ども。劣等の【闇】なんかに生まれたばっかりになあ」
「へっ? それ、本気でいってんすか? あんな【闇】なんて、ブッフォンさんのいうとおり犬ッコロも同然じゃないっすか! なんでも体に刻まれてる呪紋だかのせいで服も着れないらしいっすよ! あの褐色の肌といい、どこの蛮族だって話っすよ!」
「そうですね。それにまだウチのブッフォンさんに拾われたのならいいほうでしょう。まがりなりにも一日三食用意してあげているんですよ? あんな【闇】の子どものために」
「あー、たしか一食につきパン一個とスープ一杯だったな? まあ、こんな出先じゃスープなんて用意できるはずもねえし、さっきみたいにブッフォンさんの気分で量もころころ減らされちまってるけどな! ワハハハ!」
「おいおい、お前らそういうなよ? あの子どもが体を張ってるおかげで、オレたちはこうして安全に狩りを楽しめるんだぜ? もっと感謝して、可愛がってやろうじゃねえか! せいぜい猟犬。俺たちの犬ッコロとしてよ! ギャハハハハ!」
魔狼の残骸を解体しながら、【猟友会】のメンバーたちが下卑た調子で笑いだす。
その耳ざわりな声に、言葉に、僕の中でなにかがズクリ、と軋んだ。
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