2話 追放と夢の終わり(後編)
「一年前、この【闇】属性のノエルが俺たちにとってもっとも都合がよかったんだ。だって【闇】ならいつでも切れるからね」
こともなげに勇者ブレンがいい放ったそのひとことに、床に倒れたままの僕の混乱は極限まで高まった。
え……? ブレン、どういう、こと……? いつでも、切れるって……? 僕を……?
「ああ、ブレン! その件については納得してるぜ! ほかの属性、たとえば【火】だの【風】だのの奴を入れてたら、いざ切ろうとしてもゴネるに決まってるからな!」
「まあ、それはそうでしょうね? なにせ、いまやわたくしたちは魔王の討伐実績をもつ【光】の勇者パーティー。すでに国から恩賞を与えられることも決まっています。【闇】以外の他の属性なら、そのおこぼれにあずかろうと意地でもしがみつこうとするでしょう。それに、まわりの目もあります。勇者パーティーは用無しになったら平気でひとを使い捨てる、などと根も葉もない噂を立てられてもかないませんものね?」
僕の混乱にたたみかけるように、聖騎士パラッドと聖女マリーアが勇者ブレンに追従する。
「そうだろう? ふたりとも。だがどうだ? その点ノエルのような【闇】ならば?」
「へっ! 切ろうが捨てようが、だれも気にしねえな! そもそもよ、クソったれ【闇】属性をまがりなりにも同格でパーティーに所属させること自体、破格の扱いなんだからな!」
「ええ。だれも【闇】のいうことになど、聞く耳をもちませんわね。もし騒ぎ立てたとしても、頭がおかしいと思われて、さらに孤立するだけですわ」
「あ! いままで【闇】を入れてたのってそういうことだったんですね! まさか、そんな深い考えがあったなんて! やっぱり【光】の勇者パーティーはすごいです!」
ブレンに追随してパラッドが、マリーアが、そして新しく入ったばかりの星弓士ステアが感想をもらす。
異口同音に【闇】なら追放されるのも、使い捨てられるのも、当然だと。
なにを、なにを、いってるの……? みんな……?
じゃあ、じゃあ僕は、最初から……? 僕はいったい、いままでなんのためにこのパーティーのために……?
ガタっと席を立ったブレンがテーブルをまわりこんで、いまだ現実を受け止めきれないでいる僕に近づき冷ややかに見下ろした。
「ノエル。いくら鈍い君でも、もうわかっただろう? 最初から君は【光】がそろうまでの数合わせにすぎない。俺たちは君を正式なパーティーの一員と認めたことなど一度もないんだ。だってそうだろう? 君は【闇】だ。劣等と蔑まれ、魔物と同じと忌み嫌われ、生まれながらに陽のあたらない暗がりで生きていくことを余儀なくされる。それが君たち【闇】属性。生まれながらに光り輝く道を歩くことを約束された俺たち【光】とは対極の存在だ」
芝居がかった調子でブレンがそのさらさらとした水色の髪をかきあげる。
「まあ、それでも裏世界では名の知れた暗殺者一族の出身である君がそれなりに強いことは認めるよ? だが【闇】に耐性をもつ魔物との戦いにおいて、やはり【闇】である君はどこまでいっても足手まといでしかない。その点、新たに加入したステアは違う。俺たちと同じ【闇】に特攻の強い【光】をもつ、俺たちが待ち望んだ真の仲間だ。ステアならば魔王を倒した【光】の勇者パーティー。人類の希望のひとりとしてこれから華々しい脚光を浴びるにふさわしい。そう、【闇】の君と違ってね」
そして、倒れた僕にその端正な顔を近づけ、耳元でささやきかけてきた。
「さよなら、暗殺者ノエル・レイス。子どもが夢を見る時間はもう終わりだ。さあ【闇】は【闇】らしく、おとなしく似合いの暗がりに帰るといい」
そして、いつか僕を勇者パーティーに誘ったときのようにひとあたりのいい顔で笑いかけると、さっと背中を向けて席に戻っていった。
それきり4人は、床に倒れたままの僕を完全に無視して、談笑をはじめる。
ぐらり、と。
やがて僕は、ほとんど回らなくなった頭で必死に体を動かして、立ち上がった。
ふらふらとしたおぼつかない足どりのまま、そのまま店の入口へと向かう。
その途中。後ろからブレンの声が聞こえてきた。
「さあ! いまこの店に集まっているみんな! ぜひいっしょに乾杯してくれないか! 俺たち【光】の勇者パーティーが魔王を討伐し、新たな【光】をもつ真の仲間に出会えた記念の日を! 人類の希望となるパーティーが誕生した記念の日を!」
横目に、ブレンの呼びかけに応え、魔王討伐という吉報に祝杯をあげていた店中のひとが杯を掲げ立ち上がるのが映った。
「「「【光】の勇者に! 新たな【光】に! 人類の希望! 【光】の勇者パーティーに乾杯!」」」
最後に、扉を開けてでていくときに僕が耳にしたのは、熱狂的ともいえる、そんな華やいだ喧騒だった。
こうして僕、ノエル・レイスはおよそ一年をともに過ごした【光】の勇者パーティーを追放され、仲間を失った。
……いや、最初から、そんなものはどこにも存在しなかったんだ。
……ただ独り、僕が見ていた夢の中にしか。
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