27話 【生霊(レイス)】。※
※引き続き別視点。今回で最後です。
【生霊】。
死と凶兆を連想させるその忌むべき名前が耐えがたい不快感とともにざわりと耳の穴から我輩の体内へと侵入りこみ、脳髄を揺さぶる。
だが、その衝撃は吐き気と身震いとともに我輩にひとつの事実を思いださせた。
『僕はノエル・レイス。【闇】属性の暗殺者』
そう。劣等【闇】属性の分際であろうことかこの高貴なる血を引くブッフォンさまを見下したあの無礼者……!
土と草にまみれさせ、地虫の真似事をさせ、我輩を裏切ったメス豚をさらった【闇】属性の小僧……! その名前こそがその【生霊】ではないか!
「ブッフォォォオォッォォォオオオオ!」
それを理解した瞬間、我輩の身の内に激しい怒りが湧き上がる。そしてそれを思うさまに【声】の主へと向かってたたきつけた。
「【生霊】……! ノエル・レイスぅっ! お前ぇ! あのときの小僧かぁ! 隠れてないで、出てこいぃ! 身のほど知らずがぁ! いますぐこの店からたたき出してやるぅ!」
『なんだ。さすがに忘れてはいなかったようですね? ふふ。体だけでなく頭まで弱かったら、どうしようかと思っていましたよ?』
「ブフォォォッ! お前ぇっ! 小僧ぉ!」
『ですが、まだ理解できていないようだ。私がなぜ【ノエル】でなく【生霊】と名乗ったのかを』
「ブフ……!? レ、【生霊】とな、名乗った……意味だと……!?」
激昂する我輩の耳に、ふたたびぞわりと【声】が侵入してきた。その耐えがたい不快感に我輩の全身がぶるりと震える。
『そう。意味です。正確にいえば、私が名乗った【生霊】は名前ではなく、象徴』
「しょ、象徴……?」
『そう。裏の世界では名の知れた代々続く暗殺者一族の象徴。それが【生霊】です。生者でも死者でもないという矛盾した存在、その真なる意味は、【存在しないもの】』
「そ、存在しない……? ブッフォッ! な、なにを馬鹿な! 現にいまこうしてお前はここにおるではないか! 馬鹿馬鹿しい!」
『ええ。ブッフォンさまにとっては。ですが、ほかの方々はどうでしょうね?』
「ブフォ……! な、なにぃっ!?」
戯れ言と一笑に付した我輩に、だが取り乱すこともなく【声】はそう語りかけてきた。
あわてて店内を見まわす我輩。だが、だれひとりとしてこちらを見ているものはいなかった。いま我輩が置かれた異常事態に気づいているものは、だれひとり。
『これでわかったでしょう? いまこの場において、ほかの方々にとって私は【存在しないもの】。そして、ブッフォンさまご自身も――どうなのでしょう?』
「ブッフォォッ!? な……! どういう意味だっ!?」
『本当に気づいていらっしゃいますか? 私の【声】がどこから聞こえているのか? 私の左手があなたの心臓を握り、私の右手がその首にかけられているのには?』
「ぶひゅっ!?」
【声】のその言葉に息を飲むのと同時、ふたたび得体の知れない【圧】が我輩の体に襲いかかってきた。
確かに近くには誰もいないにもかかわらず、心臓を鷲掴みされたように左胸が激しく痛み、まるで見えない手で絞められたように呼吸が一気に苦しくなる。
ブフォ……!? く、苦しい……!? さ、さっきと同じ……!? ほ、本当なのか……!? この【声】は、【生霊】は、本当に我輩をいつでも殺すことができるのか……!?
「ぶひゅ……ぅ……! ぶひゅ……ぅ……! や……め……!? こ、殺す……な……!? い、いや……殺さ……ない……で……!?」
『おやおや心外ですね? ひとを殺し屋みたいにいわないでください。そもそも私がその気ならブッフォンさまはもうとっくに【存在しないもの】になっていますから』
「ぶひゅ……うぅ……!?」
乱れた呼吸で息を飲む我輩に【圧】を含んだ【声】が語りかける。
『ああ、さすがに時間をかけすぎましたね。残念ながらそろそろ限界のようだ。では、最後にひとつだけ【ノエル】としてもう一度警告しましょう。……僕とロココと【輝く月】に金輪際かかわるな。直接的、間接的にかかわらずだ。いいな? ブッフォン。もし、次に僕がお前がかかわったと判断したら――』
「ぶひゅ……!? は……判断……したら……!?」
『――決まっているでしょう? 今度こそ【存在しないもの】の仲間入りですよ?』
「ぜぜぜ、絶対にぃ……!! こここ、金輪際ぃ……!! か、かかか、かかわりませぇぇんっ!! ブブフヒュウウゥゥゥォォォォォォッッ……!!」
股間を湿らす生暖かい感覚。ガクガクと全身が激しく震える。
脂汗と涙と鼻水、口から吹く泡で顔面をぐちゃぐちゃにゆがませながら、我輩は――いや私は、足りない脳みそにその警告を全力で刻みつけた。
【生霊】。生者でも死者でもない【存在しないもの】。
死と凶兆を意味する――その我が生涯忘れえない恐怖の象徴とともに。
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