26話 【声】。※
※前回に引き続き別視点でお送りします。
いまいましい【闇】属性の小僧どもに与えられた理不尽と屈辱を忘れようと、我輩がひとり訪れたいきつけの高級食事処。
だが、そこで我輩を待っていたのは、さらなる理不尽であった。
「では2名さま、ご希望どおり個室をご案内いたします。……おや、お嬢さま? お連れさまは……ああ。そういうことでしたら、先にこちらへどうぞ。ご案内いたします」
「……よろしく」
清められた銀の長い髪に白い短い丈のドレスに紫のショール。あたかもまっとうな人間であるかのように取り繕った褐色の犬ッコロ――いや拾ってやった恩を忘れ、我輩を裏切ったメス豚がうやうやしく頭を下げる店員に案内され、店の中へと入っていく。
「ブブブブッフォオオッ!?」
いま、我輩の目の前でありえないことが起きた。これ以上ない理不尽が……!
ななな、なんだと!? ここ、個室だとぉ!? ふ、ふざけるなっ! 一回使うのにいくらすると思っておるのだ!? この我輩ですら個室を利用したことなど一度もないというのにっ!
も、もう許せん! 断じて許せん! あんな汚らわしい【闇】属性のメス豚がほんの一瞬でもこの我輩の上に立つことなどあってはならん!
いや、そうではない! そうではないぞ! ブッフォン! 我輩ひとりの問題ではない! この店の安寧と、ひいては世界の秩序のために! 劣等の【闇】属性がこのような表舞台でのさばることなど、けっして許してはならない!
そう! これは正義! いや大義だ! いますぐに我輩があのメス豚をこの店からたたき出し、そしてふたたび我輩の手でその身の程を思い知らせ、従順な犬、いやメス豚として躾けなおしてやらなければ――!?
『おや? お客さま、どちらへ? いえ冒険者パーティー【猟友会】のリーダー、ブッフォンさまとお呼びしましょうか?』
「ぶひゅっ!?」
どこからか聞こえてきたその【声】は、足を踏み出しかけた我輩を一瞬で現実に引き戻した。
同時に我輩の体を得体の知れない【圧】が襲う。ぞわりと全身の毛が粟立ち、文字どおり体が金縛りにあったかのように凍りついた。
上っていた頭の血が一気に下がる。遅れて体中からドッと汗が吹き出してきた。
そして、さらに。
な、なんだ……? い、いかん……こ、呼吸……が……!?
「ぶひゅ……ぅ……! ぶひゅ……ぅ……!」
まるで心臓を直接わしづかみにされたかのような、そんなありえない錯覚が我輩を襲う。
だが、この苦しみはまちがいなく現実だ。急速にか細くなった呼吸をつなごうと、我輩は必死に口と鼻を動かす。
『ああ、これはとんだ失礼を。どうやら私の見こみ違いだったようです。少々あてが強すぎだようですね? まさか仮にも、常日頃戦いに身を置く冒険者パーティーのリーダーともあろう方がこれほど脆いとは思いませんでした。……さて、どうでしょう? これくらいなら受け答えできますか?』
その【声】とともに急速にかけられている【圧】が弱まった。
ようやく正常な呼吸をとり戻した我輩は、「ぶひゅう~!」と大きく息を吸いこむと、その無礼なる闖入者に向かってあらん限りに声を荒げる。
「この無礼者め……! お前、何者だ……!? なぜ我輩の名前を知っている……!?」
『おや、これは申し遅れました。では、あらためて名乗らせていただきましょう。私は【生霊】。どうぞお見知りおきを。以後決して忘れることのないよう、この【声】とともにその脳裏にしっかりと刻みつけてくださいね?』
――その【声】はざわりと耳の穴から耐えがたい不快感とともに我輩の体内へと侵入りこんできた。
【生霊】。
その死と凶兆を意味する忌むべき名前とともに。
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