20話 街の現実。
「ブッフォォッ!? ま、待てぇぇっ! ノエル・レイスゥゥゥッ!」
どうやらちゃんと僕の名前を覚えたらしい【猟友会】のリーダー、ブッフォンの絞り出すような絶叫を遠く後ろに聞きつつ、腕にロココを抱きかかえた僕は一路【妖樹の森】の出口を目指す。
「う、うゅ……!?」
いまは夜じゃないから、わざわざ【隠形】なんて面倒なものは必要ない。ロココもいるしね。僕は脇目も振らずただ一気に森の中を駆け抜ける。
裏の世界では名の知れた代々続く暗殺者一族、それがレイス家。
その跡取りとして鍛えられた僕の能力。迅速な判断力と広い視野、すばやい身のこなし。それと時に自分と別の場所に相手の注意を向けさせる技術。そのすべてを最大限に使って。
『ウォン?』
魔狼たちの嗅覚を。
『ギィ……?』
妖樹たちの魔力感知を。
『キィェェッ……?』
空からの怪鳥の目を。
時に速さで置き去りにし、時に誤認させ、時にかいくぐり、時にほかに注意を向けさせて気づかせず。
そして僕たちは【妖樹の森】を抜けた。
……いっさいの戦闘行為をすることなく。
「ん、んゅ……!」
高速で駆け続ける僕の首に華奢な細い腕がさらに強く絡みつく。
【妖樹の森】を抜けたあとも、僕はロココを下ろさなかった。
それは、少しでも早くロココを街に連れてってあげたかったから。美味しいものをお腹いっぱい食べさせて、体を綺麗に洗ってあげて、服も買いなおして、やわらかな布団のあるベッドで休ませてあげたかったから。
……けど、ときにポーションで体力を回復しながらそうして数時間ほどひた走り、ロココたちがそこから来たというそこそこ大きな街――【リライゼン】にたどりついた僕は、現実を思い知ることになる。
結論から言えば、僕とロココを受け入れてくれる宿も食事処もどこにもなかった。
主な理由は、ロココのにおい。ずっといっしょにいてだいぶ慣れてきた僕はともかく、ほかの人からすればありえないほどひどいらしい。
僕は絶対に認めるつもりはないけど、それこそ『洗っていない犬のようなにおいだ』と僕たちを門前払いした宿の主人のひとりが吐き捨てるようにいっていた。
しかし、こうなったらいいよいよ、まずロココの体を綺麗にしないとなにもはじまらない。
「ノエル……。ごめんなさい、ロココの……せいで……」
「はは。なにをいってるのさ。ロココ。なにも心配いらないよ。ちょっと待ってて。いま、どうするか考えるからさ」
この街に入ってからは、その褐色の肌の上に僕の黒コートを羽織らせていたロココのうつむく頭をポンとたたきながら、キョロキョロと街を見まわし、考えをめぐらせる。
どうしよう? 風呂つきの宿がだめとなると公衆大浴場か? でも、あそこは当然だけど男女別れてるから僕の目も届かないし、いろんな客層がいるから危険かもしれない。
そもそも、宿や食事処みたいに入り口で門前払いを食らうかもしれないし。
でも、もうほかに思いあたるところなんてないしなあ。この街のそばを流れる川は沐浴禁止だし、泉とかもこの近くにはないし。
あとは――あ!? も、もしかして、あそこなら!?
ぐるりと街を見まわした僕は、普段なら無意識に避けているだろうあたりに目を向けたとき、ふとそれを思いついた。
「ロココ! いくよ! ちょっと恥ずかしいけど、きっとあそこなら受け入れてくれる!」
「あそこ……?」
きょとんと首を傾げるロココの手を引っぱりながら、僕は一路目的地を目指した。
「は~い。いらっしゃいませ~。あら、可愛いお客さんね~? うふふ~、ねえボク? お姉さんといいことしにきたのかな~?」
「こ、こ、こんにちはっ! は、はいっ!? い、いや違っ!? そ、そうじゃなくてっ!? あ、あのっ! お、お願いがありますっ! こ、この子を洗ってくれませんかっ!」
慣れない裏道にとまどいながら数十分後、ロココを連れた僕は真っ赤な顔でどもりまくって、高級娼館の扉をたたいていた。
お読みいただきありがとうございます。





