179話 僕とは、違う。
本日もよろしくお願いいたします。
『何度いってもわからねぇみたいだから、もう一度いってやるよぉ! てめぇには暗殺者としての才能が――』
ひどく、耳障りだった。
病に臥した先々代当主が眠る私室。
その御簾の右前に立つ側近の大柄な男が放つ、何度も何度もくり返された、その魔力を含んだ『声』は。
耳から入りこみ、頭の中を絶えず不快にかきまわし、だがそれが逆に僕を冷静にさせる。
次代当主と仰いでおきながらの、この暴挙。
彼らが欲しいのは、当主という名の道具でしかないのだと、そう確信させるには十分だった。
……なら、それに適応できない僕には、やっぱりここに居場所はない。
『――その才能を一族のために役立てねぇなんざ、てめぇ! 許されるわきゃねぇだろうがぁ!』
頭の中を直接ゆさぶるような、そのかわりばえのしない『絶叫』とともに、ひとまずまたその大男の説教という名の恫喝は終わったようだった。
「はあーっ! はあーっ! ちっ!」
さすがに叫び疲れたのか、両手をひざにつきながら、大男は荒く息を吐いている。
ちらりと格子状の飾り窓に目を向ければ、かなり早い時間に始まったはずなのに、いつのまにか日が暮れ始めているようだった。
「「はぁ。この怪力自慢の【右刀】のバーリオの威圧にも耐えるなんて、思ったより決心は固そうやねぇ。ノエルさま、いや、ノエルくん」
それまで、ずっとだまって事の成り行きを見守っていた御簾の左前に立つもうひとりの男がその狐のように細い目を僕に向けてくる。
「けど、ノエルくん? じゃあ、あの娘はどうするつもりなん?」
いいながら、つう、と目線を扉のほうへと移す。
そこに、目があった。横開きの扉の隙間からわずかにのぞく、僕と同じ潤んだ漆黒の瞳。烏の濡羽のような艶やかにのばされた黒髪。
「ようやく一族のあいだに産まれた、切望された女子。次の当主のために手塩にかけて磨き上げられた【真花】を――君の【妹君】をどうするつもりなん? と聞いてるんやけど?」
その一対の瞳は、微動だにせず、じっと僕を見ていた、まるでなにかを見さだめるように。
ネヤ・レイス。
生まれながら、いや生まれる前にはすでに【レイス家】当主につかえるその一生を決められた、僕の【妹】。
僕の目から見てもとても美しく成長した、あと何年かすれば立派にその使命を果たすであろう、適応した【真花】。
……僕とは、違う。
「出ていく以上、もう、僕とネヤは――」
そのとき、扉が大きく音を立てて開け放たれた。
「にいさまに……おりいって、お話しがあります……!」
分け入ってきた黒の装いの少女。
その白い肌はいつになく汗ばんで紅潮し、その涼やかに鳴る鈴の音のような声は、いつになくゆらいで聞こえた。
――まるでその胸の中に押しこめていた秘めた感情がいまにもあふれだしそうになっているかのように。
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次回「花・3」また明日お会いできますように。
忙しくなった日常の合間を縫い、読者のみなさまに支えられて執筆しています。
これからもどうかよろしくお願いいたします……!