177話 真実。
新しくブクマや評価いただきました方々、これまで読み続けていただいている方々、深く感謝いたします。本日もよろしくお願いいたします。
「ノエルにいさま……! また来てくださったのですね……!」
横開きの扉を開けると、パッと華やいだような美しい少女の笑顔が僕を迎えてくれた。
「やあ。ネヤ。少し時間ができたからさ。……母さまの具合はどう?」
実際にはそうでもないはずだけど、ずいぶんとひさしぶりな気がしていた。
それくらい、あの三大奥義をすべて習得し、次代当主に内定した日から、僕をとりまく環境は一変した。
日常のほとんどすべてを占めていた、暗殺者養成のための過酷な訓練がすべてなくなり――
「レイス家の源流は、かつて帝国に滅ばされ、併合された亡国の王家筋にあるとされる。ゆえに宗主国である帝国、また隣国であるディネライア王国にも見られない独自の文化様式をいまでも一部継承している。【着物】と呼ばれる我々が着る衣装や、【レイス家】の屋敷の独特な建築様式はその名残である、か」
――そのかわりに始まった当主教育。一族の中でも上位のもののみしか閲覧できない、歴代当主の遺した文献によるレイス家の歴史。
主な仕事先である宗主国たる帝国。その地理や上層部との関係性。また、あまり仕事を請け負うことはないらしいが、隣国であるディネライア王国に関する最低限の知識も。
……まだ教わってはいないが、いずれは例の【原液】の入手方法など。とにかく当主として必要な知識を可能なかぎりにつめこまれる日々。
そんな以前とはまた違った過酷な日々の中での僕の支え、癒しは、やはり【家族】とのふれあいだった。
「はい。いまお眠りになられたところです。にいさま、どうぞお近くに。母さまのお手を握ってあげてください」
少し前から、床で寝て起きてをくり返すようになった母さまのそばにひざをつくと、その見る影もなくやせ細った手をぎゅっと握った。
「ありがとうございます。にいさま。それと、もうしわけありません。これから花護術の鍛錬がありますので、ネヤはこれで失礼いたします。名残り惜しいですが……」
「はは。しかたないよ。がんばってね。ネヤ。またそっちの私室にも顔をだすよ。いっしょにお茶でもしよう」
「にいさま……! はい……! ぜひ……! 腕によりをかけて、おもてなしさせていただきます……!」
白い頬をわずかに赤らめ、楚々とした仕草で深々と頭を下げると、そういってネヤは部屋をでていった。
【真花】――濡羽のような艶めく漆黒の髪。黒曜石のように輝く潤んだ瞳。200年ぶりにレイス家に生まれた、渇望された【原液】を必要としない生粋の【花】。まだ幼いながらも、僕の目から見ても本当に美しく育ったと思う。
……そう。兄である僕の目から見ても。
「ノエル……。ああ……。また来て……くれたのね……。あれ……? ネヤは……いないの……?」
「母さま……!」
目を覚ました母さまの弱々しく持ち上げられた手を両手でぎゅっと強く握りしめる。それから、ネヤはいまここにいないことを伝えた。
「そう……。なら、本当はまだ早いのだけれど……もう、花に次の機会があるか……わからないものね……」
「母さま……?」
「よく……聞いて……。ノエル……。あなたは――」
まっすぐに見つめる決意の【光】をたたえた瞳。薄く色を失いはじめた唇が、ひとつひとつ言葉をたしかめるように、僕に向けて、ゆっくりと動いた。
――そこから先のことは、よく覚えていない。
気がついたときには、僕にあてがわれた次期当主としての私室で座りこんでいた。
明かりもつけずに真っ暗な部屋の中、なんの準備もなく一方的に突然与えられた真実に、ただただ頭の中はぐるぐると回りつづけていた。
僕は、【母さま】の子じゃない……!? 【片花】だった、死んだ妹の子……!? けど、【片花】ってことは、父親って……!? じゃあ、まさか……!? 僕と……僕と、ネヤって……!?
「ああ。よかった。もどられてましたかぁ。次期当主さま」
――すっと音もなく横開きの扉が開かれ、僕は隙間からのぞきこむその男の顔を見上げた。
「……こんな時間に僕に何の用? 【左刀】のスライ」
「いやぁ。お休みのところ失礼しますぅ。いえね? ちょうど手ごろな相手ができたんで、当主教育の一環として、ひとつノエルさまには経験を積んでもらおうかと思いましてぇ?」
その狐のように目の細い男は、薄く口もとだけで笑った。
――【僕】の終わりが、始まる。
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ということで、過去語りその2。ノエルが出生の秘密を知りました。そして、スライはノエルに何をさせたいのでしょう。
次回「答え」それでは、また明日お会いできますように。
忙しくなった日常の合間を縫い、読者のみなさまに支えられて執筆しています。
これからもどうかよろしくお願いいたします……!