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176話 【家族】。

本日もよろしくお願いいたします。

 ひとり、夜空に浮かぶ月に、映していた。


 ひと口に【思い出】というにはあまりにも苦く、やるせなさの残る記憶を。



 ――姉妹だったと、聞いている。


 【片花(へんか)】だった僕の生みの母と、【正花(せいか)】である【妹】ネヤの生みの母――つまり、僕を育てた【母さま】は。


 だった――そう。僕を生んでまもなく亡くなったそうだ。顔も覚えていなければ、名前すら知らない生みの母は。


 そんな僕を、妹の忘れ形見を不憫に思った【母さま】は、いまは亡き前当主に願いでて僕を引きとり、物心つくまで育ててくれたらしい――僕がそれを知るのは、まだずっと先の話だったけれど。 



 だから僕は、心から無邪気に喜んだ。新しい【(かぞく)】の誕生を。


「おぎゃあ……! おぎゃあ……!」


「わあ……! かあさま、かあさま! このこが、ぼくのいもうと?」


「ええ。ノエル……。この子の名前は、ネヤよ……。きっとあなたが当主になって、この子を……ネヤを守ってあげてね……」


「うん! ぼく、とうしゅになる! かあさまのいうとおりに、ネヤをまもるよ!」


 心から無邪気に、ただ守りたいと思った。その言葉がなにを意味するかさえ、そのときはまだ知らずに。



 まもなく始まった暗殺者になるための訓練は、過酷だった。


「はあっ!? はあっ!? はあっ!?」


「「グルルルル……!」」


 レイス流暗殺術の基礎にして極意――【隠形】を鍛えるために、近くにある獰猛な魔物の潜む森に幾度となく放りこまれ。



「おらぁ! どうしたぁ! もっと速く黒刀を振れぇ! じゃねえと死んじまうぞぉ!」


「う、う、うわああああっ!?」


 真剣を用いた大人との戦闘訓練。回復薬は処方されたものの、それでも何人もが命を落とした。



 食事中、寝ているとき、あらゆるタイミングで行われる奇襲訓練。【型】が体に染みつくまで延々と繰り返される【技】の反復訓練。子どもたちだけでの魔物相手の命がけの実践訓練。


 満足に眠ることすらもできず、ただただ身も心も削られつづけていくような日々。


 次第に、同年代のまわりの子どもたちが虚ろに表情をなくしていく中、あるいは別人のように冷酷になっていく中、それでも僕には支えがあった。



「にいさまぁ~! ぎゅぅ~!」


「ふふ。よく来たわ。さあ、こっちにおいで。めずらしく当主さまが褒められていたわ。よくがんばっているようね、ノエル」


「ネヤ……! 母さま……!」


「にいさまぁ~! かあさまぁ~! いっしょに、おふろ~! おふろ~!」


 とてとてと飛びついてきたまだ小さなネヤと、受けとめた僕ごとふたりを抱きしめてくれる【母さま】。


 わずかな時間だけ許された【正花】である【母さま】の私室での【家族】とのふれあい。その幸せな時間のためなら、僕はいくらでもがんばれた。


 どうしても折悪く行けないときは、ひとり森の中であたたかく、やわらかく照らす月を見上げながら、【家族】を想った。



 そして――


「レイス流暗殺術、奥義! 【虚影零(ゼロハイド・)突破(ストライク)】!」


「ガルウアアアアアッ!?」



「レイス流暗殺術、奥義ノ弐! 【七星・(セブンス・)昇華連鎖爆撃ライズ・チェイン・ブレイク】!」


「ギュウィィオオオッ!?」



「レイス流暗殺術、奥義の参……! 【虚ノ鏡(フェイタル・ミラー)】……!」


「ごぶぅがあああああっ!?」


 僕へと振るった巨大な鉄の棒を返され、自らの胸へとめりこませた大男がズウンッと重々しい音を立てて前のめりに沈んだ。



 訓練場の中、僕と大男を囲む観衆がざわめきを立てる。


「はあ。まさか真正面からとはいえ、初仕事もまだな子どもがあの怪力自慢な【右刀】のバーリオをなあ……。こりゃあ【左刀】のぼくでも、まともにやったら敵わんかもしれんなあ……。まあ、なんにしても――」


「さ、三大奥義をすべて習得……!? ぜ、前代未聞だぞ……!? 先ごろ任務中にお亡くなりになられた先代当主さまですら、二大奥義までしか……!?」


「ま、待て……!? た、たしか初代さまのときは、まだ花護術【花摘ミ手折リ】をもとにあとからつくり上げられた奥義ノ参は存在しなかったはず……!?」


「な、なら本当に……ゆ、唯一の、レ、【レイス家】始まって以来の、最強にして最高の使い手……!? あ、あんな子どもが……!?」



「――うん。決まりやね。みな、よぅく聞け! 病床にあられる先々代当主さまに代わり、代理であるこの【左刀】のスライが告げる! ただいまをもって、次代当主は、そこにおられるノエルさまに内定した! いまより【レイス家】のすべては、先々代さま、ならびにあとをお継ぎになられるノエルさまのためにあると心得よ!」


「「「お……お、おおおおおおお! ノエルさま! ノエルさま!」」」 



「はあっ! はあっ!」


 ――それは、僕が生まれて初めて浴びる脚光。


「母さま……! 僕、ついに……やったよ……! これで、ネヤを……!」


 心からの安堵と達成感とともに、夜空に浮かぶ月を見上げる。



 ――だが、それは、【闇】の中で隠されつづけてきた【僕】のいびつで醜悪なかたちを照らす、終わりの始まりだった。






お読みいただきありがとうございます。ブクマ、評価、いいね! などいただきました方、深く感謝申し上げます。新しい方、切にお待ちしています。正直飢えてます。

また、あたたかい感想をいただけたら、うれしいです。



ということで、ノエルの過去語りの始まりです。


次回「真実」それでは、また明日お会いできますように。


忙しくなった日常の合間を縫い、読者のみなさまに支えられて執筆しています。

これからもどうかよろしくお願いいたします……!

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