172話 【妹】。
新しくブクマや評価いただきました方々、これまで読み続けていただいている方々、深く感謝いたします。本日もよろしくお願いいたします。
「【妹】か……。この王国ではめずらしい同じ漆黒の髪に瞳。加えていわれて見れば、たしかに面ざしに似たところがあるな。それで、ネヤ。当事者であるノエルがああもかたくなに否定した以上、とりあえず愛でられるうんぬんはおいておくとして、君はなにをしに来たのだ? ノエルのこの尋常ではない様子。それに、あの【予言】。なにか別に思惑が、目的があって来たのだろう?」
すでに夜が訪れていた。ひとまず路上での立ち話を延々とつづけるのもどうかということで、移動した僕たちの王都での拠点、ブラッドスライン家の屋敷のリビング。
さらなる混乱を招く結果となった先ほどのネヤの自己紹介のあと。僕は長い時間をかけてようやくみんなの誤解を今度こそ完全に解くことに成功した。
そんな僕に向かって、ふたりがけのソファでとなりに座るネヤが懇願するように僕と同じ色の瞳を向ける。
「にいさま。お願いです……。花と」
「ネヤ。僕は帰らないよ。【あの家】にはもう二度と帰らない。僕の居場所は、もう【輝く月】だから」
「あ……」
そのとたんにうつむき、あからさまといっていいほどに落ちこむ様子を見せるネヤ。
……そういうところは、変わってないんだね。
僕はそんな【妹】の頭にぽんと手を置いた。
「ねえ、ネヤ。でももし、ネヤが【あの家】じゃなくていいのなら、そして【花】としてじゃなくていいのなら、ここにいても――いや、ここに、僕のそばにいてほしい。だって、君は僕のたったひとりの【妹】だから。ここにいるみんなと同じ、僕の大切な【家族】だから。今日は逢えて本当にうれしかった。また一段と、見違えるくらいに綺麗になったね」
「ノエル……にいさま……! はい……! 花も、ネヤもここに、にいさまといっしょに、いたいです……! にいさまとお逢いできる日だけをただただ夢見て、一日も欠かさず、磨きあげてまいりました……!」
感極まったようにネヤがその黒曜石のような瞳を涙で濡らす。そんな僕たち【兄妹】をみんなはあたたかな目で見守っていた。なんならディシーなんて、ちょっとすすり泣いちゃったりしている。
「にいさま……! みなさま……! あらためまして、ネヤ・レイスです……! ふつつかな【妹】ですが、どうかこれからよろしくお願いいたします……!」
「うん。よろしく」
「よろしく! ネヤちゃん!」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
立ち上がり、深々と頭を下げるネヤをみんなが拍手で迎えいれる。
……これでいいんだ。これが僕の【答え】。僕は、【黒の花】を摘みも放しもしない。ただ、【家族】として受け入れるだけだ。
「うむ。そうときまれば、さっそくネヤのための部屋を手配せねばなるまい。そうだな。長旅で疲れただろう。湯浴みで汗をながしているあいだに整えておこう」
「いえ。それにはおよびません」
と、となりに座るネヤがこてん、と甘えるように僕の首元に顔をあずけてきた。
「花は、にいさまといっしょのお部屋に……。もちろん、褥もにいさまとともにしますので、寝台もひとつで……。ねえ、にいさまぁ……」
体に吹きつけた甘い香と、自然にあふれだす魔力。とろりと頭の中からとろけてくるような【声】でネヤが耳もとでささやいた。
「……ニーべ」
そのネヤの姿に、同性なのにあてられていたらしいニーべリージュが僕の声にハッとする。
「い、いや! それにはおよばない! 家主として、ブラッドスライン家当主として! 大切な仲間ノエルの【妹】ネヤのために、私が責任をもって一部屋用意しよう!」
「そうですか……。そこまでおっしゃられるなら、仕方ありませんね……。では、にいさま」
一瞬気落ちしていたらしいネヤが、だがすっと音もなくソファから立ち上がりながら、僕の手をとった。
「いっしょに湯浴みにまいりましょう? にいさまの艶やかな御髪も鍛えぬかれたたくましい御体も【あの家】にいたときのように、【妹】としてネヤがまんべんなくお流しして、気持ちよぅくしてさしあげます」
「ぶっ!? な、なにいって……!?」
「ノエル……?」
「うええっ!? い、いっしょにぃっ!?」
「ノ、ノエル……!? ま、まさか……そ、そんなただれた……!? や、やはり、き、君は……!?」
「ち、ちがっ……!? ぼ、僕たちふたりとも、もっと小っちゃいころの話だってばっ!?」
怖いくらいに無表情のロココ。耳まで顔を真っ赤にしながら叫ぶディシー。なにを想像したのか、ぷるぷると体を震わせながら、息を荒げたニーベリージュ。
三者三様の驚きを見せるみんなに向けて必死にいいつのりながら、僕は、前途多難な日々を予感していたのだった。
――【黒の花】としてではなく、僕の【妹】を受け入れたことで始まる、楽しくも騒がしい前途多難な日々を。
お読みいただきありがとうございます。ブクマ、評価、いいね! などいただきました方、深く感謝申し上げます。あたたかい感想をいただけたら、うれしいです。
ということで、いろいろと全開なふつつかな【妹】ネヤでした。
次回「湯浴み」別視点でお送りします。それでは、また明日お会いできますように。
忙しくなった日常の合間を縫い、読者のみなさまに支えられて執筆しています。
これからもどうかよろしくお願いいたします……!