169話 【威圧】。
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「無粋な……! おい! そこの貴様! この私が見初めた市井に咲く美しい花に横から手をだそうなど、どういう了見だ!」
「そうだ! わきまえろ! 平民が! その娘は、このナルシシスさまのものだ!」
「あまつさえ、我らに向かって剣を抜くなど……! この方があの名家、ステーリヤ家と知っての狼藉か!」
その次々と後ろからかけられた言葉に、ぼうっと物思いにふけっていた意識がハッと現実にもどってくる。
そうだ。ネヤは武装した男たちに囲まれていたんだった。それも10人以上の。たぶん原因はあれなんだろうけど、おそらくはニーベリージュとは似て、非なる。
……まあ、ともかく。
「へえ? 君たちのほうこそ、僕がだれだかわかって、そんなことをいっているのかな?」
「は! なにをいって、い、いや!? そ、その剣……!? その輝きは!?」
「ま、まさか……!? そそ、それはあの夜、式典で見た……!? や、【闇】の……!?」
「ほら。わかったなら、いますぐに僕たちの前から去りなよ」
ずきずきと痛む左腕にネヤを抱きかかえたまま、くるりと振り返る。右手に握る【闇】の聖剣を高々と掲げ、青と黒に燦然と輝かせながら。
どうやら、あの夜の式典で目にしたものもいるらしく、効果はてき面だった。10人以上いるほとんどの男たちは、その輝きに畏敬の念をいだき、あるいは魅了されたように見上げたまま動けなくなっていた。
「や、や、【闇】の聖剣……!? 【闇】の勇者だと……!?」
だが、その真ん中のおそらくはリーダー格であろう、不自然なくらいに艶のある巻き毛の、貴族風の若い男――ナルシシスと呼ばれていたっけ? だけは様子が違う。
「そうか……! 貴様があの……! 下衆で下賤な平民の、それも劣等の【闇】の分際で、王陛下に取り入って成り上がったという……! ぜ、絶対にゆるさんぞ……! 貴様のせいで我が伝統と栄誉あるステーリヤ家は……! ええい! なにをしている! 私兵どもぉ!」
「「「は……、はっ!」」」
ナルシシスが血走った目でこちらをにらみつけながら、腰に提げていた装飾過多な剣を抜き放ち、まっすぐにつきつけてくる。その内心からは、ぐつぐつと沸き立つような怒りがにじみでていた。
その主の言葉で、なかば放心状態だった私兵たちが、いっせいに手に持つ得物を僕たちへと向けてくる。
くっ……! これで穏便に退いてくれればと思ったけど……! まだ、僕の勇者としての名にそこまでの力はないのか……!
「いま、なんとおっしゃられました……? にいさまが、下衆……? 下賤……?」
ハッと気づいた瞬間。ぼそり、とそうつぶやいたネヤが僕の腕の中からしゅるり、と音もなく下り立った。
そして、ナルシシスとその私兵たちへ向けて一歩進みでると、その漆黒の瞳にほの昏い【光】を宿し、その華奢な両腕を交差しながら前に広げる。
「だ、だめだっ!? ネヤ!」
「不埒ですね。どちらが下衆で下賤か、その身に――」
ガシャ。
「「「うひぃぃっ!?」」」
――そのとき、僕の前、男たちのうしろから独特の金属質な足音が響いた。
ぶわり、と広がるほとばしるような【威圧感】とともに。
「ほう……? こんな年端もいかない婦女子を大勢で囲んでさらおうとするのが名家だと? 冗談にしては笑えないな……!」
全身に、炎と化すまではいたらない、しかしほとばしる青い霊気をまとってニーベリージュが一歩一歩進みでる。
「「「あ、あわわわがぁ……!?」」」
無防備な背後からまともにその【威圧】を受けた私兵たちは次々とその場に手にした得物をとり落とし、がくがくと震えながら石畳に尻もちをつく。
「うっ……!?」
僕も例外ではなかった。もちろん武器を手放したり、地面に尻もちをついたりすることはないけれど、肌にひしひしと感じるこの【威圧】……!
多少は慣れてきたと思ったけど、強く気を張っていないと、真正面からぶつけられたらあいかわらずその場を逃げだしたくなるほどの……!
「そ、その左右色違いの紫と赤の瞳……!? き、きき貴様は……!?」
「さあ、なにか釈明があるなら聞かせてもらおうか……! ブラッドリーチ家と同じく、王陛下から爵位を剥奪された元貴族、ステーリヤ家……!」
「ニニ、ニーベリージュ・ブラッドスライン!?」
頼みの私兵たちをあっさりと無力化され、いまやただひとり孤立無援でとり残された貴族風の男、ナルシシスの素っ頓狂な声があたりに響き渡った。
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ということで、なにやらひと悶着です。当然ながら、例の爵位剥奪元貴族から【輝く月】は深く恨まれています。
次回「正直」それでは、また明日お会いできますように。
忙しくなった日常の合間を縫い、読者のみなさまに支えられて執筆しています。
これからもどうかよろしくお願いいたします……!