146話 爵位とともに失いしは(後編)※
燃料をありがとうございました。
どうかお楽しみください。
※別視点。三人称です。
「ヒル・ブラッドリーチ。悪いが、あんたとは今回で取引停止にさせてもらう」
「な、なんだとっ!? フーディー・セルンっ! 貴様っ! 私が爵位を失ったからかっ!? あのいまいましい貴族どもに飽きたらず、貴様までっ……! たかが魔物食材売りの商人ふぜいまでがっ……! この私を馬鹿に、虚仮にするのかぁっ……!?」
「……ああ。そうだ」
「きっさまぁぁっ……!」
王都内の高級食事処。紅茶を飲みながら向かい合うふたりの男。
その一方、小ぎれいに整えつつもやや粗野な風貌の男が発したその言葉に、もう一方の貴族然とした格好をした男が激昂し、つかみかかった。
「止まれ」
「ぐっ……!?」
それをとどめたのは、壮年の男のすぐそばに静かにたたずみ、ふたりのやりとりを眺めていた長身の女性。
すばやい身のこなしで立ちはだかると、その線の細い見ためにそぐわないするどい貫手を貴族風の男の喉もとにつきつける。
「やめろ。エイ。店の中だ。ブラッドリーチ。あんたもさっさと座れ」
「くぅっ! ふんっ……!」
憎々しげににらみつけながらも、貴族風の男がどっかと座りなおす。それを見て、長身の女性もふたたびもとの位置へと下がった。
「フーディー……! 貴様との商談の際、常につき従っていたから、その女……! 秘書かと思えば、まさか護衛だったとはな……!」
「あたりまえだろう? こちとら、ただの平民の成り上がり商人なんでね。なんの備えもなしに大事な商品や大金なんて持ち歩けないさ。ブラッドリーチ。下手に手をだしたら火傷しかねない貴族という後ろ盾に守られ、ぬるま湯につかりきった商売をしてきた、ついこのあいだまでのあんたとは違うんだよ」
「ぐぅっ……!」
壮年の男のその言葉に、貴族風の男が歯噛みする。それは、とりもなおさず爵位を失ったいま、自分自身の立場もこれまでとは違うということ。
さらに壮年の男はつづける。
「そもそも俺があんたと――」
いままでブラッドリーチ家と取引してきたのは、貴族であるがゆえに渡りをつけやすかった、その上流階級への販売ルートを見こんでのことである、と。
「それを失ったいま、あんた程度の商才じゃあ、俺のあつかう希少かつ高級な魔物食材は、とてもじゃないがさばけないだろう?」
「ぐっ……! くぅぅっ……!」
激しく歯噛みする貴族風の男。だが純然たる事実がゆえに、ひと言もいい返せない。
「そういうことだ。じゃあな。さよならだ。ブラッドリーチ。こう見えて、あんたのくだらないポカのおかげで、俺も代わりの販売ルートを探すのにいそがしいんでね」
そして、壮年の男が目の前から去り、自らの商売のおよそ4割を占める主要な取引先を引きとめられなかったというその事実を重く噛みしめた上で貴族風の男がようやく絞りだした最初のひと言は――
「このっ……平民がっ……!」
――なんの生産性もない、自らの現状をかえりみることすらない、ただの無意味な呪詛の言葉だった。
……それもいまや天に唾吐くがごとく、自らにそのまま帰ってくることにすら気づかずに。
お読みいただきありがとうございます。ブクマ、評価、いいね! などいただきました方、深く感謝申し上げます。あたたかい感想をいただけたら、うれしいです。
ということで、商売がだいぶやばくなったブラッドリーチ家でした。そして、まだ先があります。
次回「君は、本当は」
ふたたびノエルたちに戻ります。
忙しくなった日常の合間を縫い、読者のみなさまに支えられて、少しずつですが執筆しています。
これからもどうかよろしくお願いいたします……!