115話 【死霊聖魔女王】。
「うふふふふ……!」
【死霊行軍】の始まりにして終着点。
天高く陽が上り、時刻は昼をとうに越えたグランディル山の頂の、いまやただの瓦礫跡と化した遺跡にて。
黒い襤褸を爆ぜ割れさせ、その存在は高笑いとともにふわりと地へと降り立った。
『そ、そんな……!? わ、わたくしの……顔……! 体……! 声……! か、返して……! 返してぇぇぇっ……!』
「あら? それは無理な相談ね? うふふ。だって、これはもうすべて、このわたくしのものだもの」
糾弾の声を上げる真っ黒な影となった聖女マリーアだったものに、降り立った存在、マリーアの姿をした【死霊魔王】がくすくすと笑う。
艶めく金色の長い髪。人々から絶世と称されるその美貌、気品あふれる仕草。他者を見下すその冷たい赤い瞳にいたるまで、それは僕の知る聖女マリーアとうりふたつだった。
違うのは、その成熟した豊満な肉体を包むのが白の法衣ではなく、扇情的な黒のドレスであることと、もうひとつ。
「なんて……おぞましい姿だ……!」
「うふふ。それってもしかして、これのことかしら? あらあら、残念ね? やはり人間には、この機能美が理解できないみたいね?」
僕の側に立つ青い霊火をまとったニーべリージュが堪えかねたように吐き捨てた。
視線の先。聖女マリーアの顔をした【死霊魔王】は、それを意に介した様子もなく、むしろ自慢げにその異形の腕を掲げる。
マリーアと同じ白い細腕の先にうずめるようにとりつけられたのは、おそらくは吸収した聖騎士パラッドの肉体を潰してつくり上げた肥大化した筋肉のかたまり。
そして、さらにその先に伸びるのは、聖剣を握る【光】の勇者ブレンの右腕と、左にはパラッドの大盾をかまえる真っ黒な死霊の手。
「うふふ。【闇】属性の坊やたち。一度はわたくしを下したご褒美に種明かしをしてあげるわね? わたくしがこの【死霊行軍】を起こしたもっとも大きな理由について」
そこでマリーアの顔をした【死霊魔王】はその異形の右腕に握る聖剣を掲げ、赤い瞳をうっとりと細める。
「わたくしはね。ずーっと、これが欲しかったのよ。わたくしたち【闇】の魔物にとっての天敵。いまわしい聖剣と【光】の魔力。でも、あるときね? ふと思ったの。脆弱な貴方たち人間ではたいした脅威ではなくても、もし【魔王】であるこのわたくしがこの【光】の力を使えたのなら、目障りなほかの【魔王】たちを滅ぼすに足るんじゃないか、って……!」
マリーアの顔をした【死霊魔王】が艶然とその赤い唇を動かす。
「そして、それと同じくらいにこうも思ったの……! 貴方たち人間の希望であるこの聖剣と【光】の力で、貴方たち人間の崇める【英雄】の顔で、もし貴方たち人間を滅ぼせたなら……! ああ……! いったいどれほど絶望してくれるのでしょう……! 焼け落ちる街の中、地べたに這いつくばる貴方たちのその顔を見下ろし嘲笑うのは、いったいどれほど愉しいことなのでしょう、って……!」
その赤い瞳と紅潮した頬を恍惚にとろけさせ、夢見るような表情でマリーアの顔をした【死霊魔王】がそのおぞましさに満ちた醜悪な欲望を語る。
「く、狂ってるよ!」
「そんなこと、させない」
そのおよそ僕たち人間には到底理解できない狂気の思考に気圧されながらも、ディシーとロココが臨戦態勢をとった。
「うふふ。別に理解してもらえるなんて思ってないわ。それにどうせ、貴方たちはみなここで死ぬのだもの」
「くっ……!?」
ぶわり、とマリーアの顔をした【死霊魔王】が掲げていた聖剣と大盾を握るその異形の両腕を左右に広げた。
それと同時に、全身にビリビリといままで以上の【闇】と、そして【光】の魔力が伝わってくる。
「うふふ。【獣魔王】〝蹂躙〟のザラオティガの遺した【闇】の魔力の残滓と、聖剣と【光】の魔力。これでわたくしのこの【死霊行軍】の目的はすべて達したわ。あとは待ちに待ったお愉しみの時間。貴方たちを殺してから、ゆっくりと人間の街へわたくしの可愛い死霊たちと凱旋するだけ」
【死霊魔王】の手にする右手の聖剣にまばゆい輝きが集まっていく。
「うふふ。ああ。本当にすべて思いどおりにいって、とても気分がいいわ……! そうだ……! この姿になった記念に、わたくしが新たな高みに上った記念に、これからはこう名乗ることにしましょう……! 【死霊聖魔女王】〝玩弄〟のネクロディギス・マリーア、と……! さあ。人間の分際で生意気にも【闇】の力を使う坊やたち? うふふ。【闇】に特攻の【光】の力、そしてそれを振るう魔王の力、いまこそその身で存分に味わうといいわ……!」
いい終えると同時、【死霊聖魔女王】の異形の右腕が振り抜かれ、僕たちに向けて【光】の刃が放たれた。
あたり全体をまとめて横なぎにする、巨大な【光】の刃が。
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ということで、第2部のボス【死霊聖魔女王】との決戦開始です。
元【死霊魔王】は性別もこだわりもないので、見た目にあわせてあっさりと口調も変化させています。
次回、「名乗り」