112話 【輝く月(ルミナス】対【死霊魔王】(前編)。
またしても、細かな狙いを定める余裕はなかった。
その光景を目にした瞬間、僕の目の前が怒りで真っ赤に染まってしまったから。
散乱するように脱ぎ捨てられた着衣。裸に剥かれた泣きじゃくる少女。
そして、その少女を異形の手でつかむ髑髏の魔物――【死霊魔王】。
ひとの尊厳をたやすく踏みにじって……! そんなに愉しいか!? お前たちは、それが!
僕の視界の中、いままさにその尊厳も生命も奪われようとする少女。
その姿に僕の中で、ロココが。ディシーが。ニーべが重なる。
「うおおおおっ!」
「「「ノエル!?」」」
その瞬間、いてもたってもいられず、僕は3人を置いて高速で駆けだしていた。
そして、たどり着くと同時。
『主従そろって、吐き気のするような下衆だね……!』
「なんじゃ!? があぁぁぁっ!?」
「レイス流暗殺術! 奥義! 【虚影零突破】!」
激昂とともに、体のほとんどの魔力を切先一点に集中した一撃で、【死霊魔王】の体の一部とともにその異形の腕を破壊した。
「これを使って」
技の反動でがくりとひざをつきながら、すばやく黒コートを脱ぎ、あられもない姿をした少女の尊厳を守るために、投げ渡す。
「あ……。あり、がと……」
その拍子に、目に涙をいっぱいにためて頬を赤く染める緑色の短い髪の少女の顔が僕の目に入った。
あれ? この娘、どこかで――そうだ。僕と入れ替わりに【光】の勇者パーティーに入った、たしか星弓士のステア。
じゃあ、まさか。
「ノエ……ル……!?」
その声……!
バッと顔を向けた僕の目に映ったのは、血だまりの中に這いつくばる【光】の勇者ブレン。僕を追放した男の姿。
ブレン……! いや、いまはそれどころじゃない……!
そう、いまは!
「「「ノエル!」」」
僕の、【輝く月】の仲間を信じて、戦うときだ!
天高く陽が上り、時刻は昼を越えたグランディル山の頂の遺跡、その瓦礫跡のひとつにて。
突撃した僕に遅れて、3人の仲間たちがそろった瞬間、【輝く月】と【死霊魔王】の決戦がその幕を開けた。
「縛れ! 穿て!」
ぶわり、と魔力を含んだ風が巻き起こり、ロココの【六花の白妖精】の六枚の純白の花弁とともに白、青、透明、金、色とりどりの長い布がふわりと舞い上がり、波のように広がった。
その褐色の肌に刻まれた赤い呪紋がおびただしい数に分かれ地を這い、空を切り、次々と【死霊魔王】の体へと伸びる。
「な、なんじゃ……!? がぁぁぁぁっ!?」
あるいは表面に絡みつき、僕を攻撃しようとしていたその動きを阻害し、あるいは僕がぶち抜いた傷口から、その体内へと潜りこんでいく。
「さあ! 英霊たちよ! 私とともに征こう!」
青い霊火を全身にまとってニーべリージュが駆けだした。
「はああああっ!」
「ぐがっ!? な、なんじゃと……!? 人間が【霊力場】を……!? しかもこれは、この儂と同じ死霊の……!?」
「貴様といっしょにしないでもらおうか! 【死霊魔王】〝玩弄〟のネクロディギス! 私がまとうのは英霊! 守るべきもののために戦い殉じた戦士たちの青き御霊だ!」
青い炎の刃と化した槍斧が振るわれるたび、【死霊魔王】の体の表面を覆う制御を失った【闇】の魔力が吹き散らされていく。
「ぐうぅぅ……! 儂をなめるなぁぁぁっ! 小娘ぇぇぇっ!」
絡みついていた赤い呪紋を引きちぎり、ニーべリージュに向けて、【死霊魔王】が半分に裂けた異形の巨腕を振るう。
だが、そこに――
「いっけぇ! 【クロちゃぁぁん】! ニーべさん! 下がって!」
――後方からディシーが投げた黒き精霊がその巨腕の指先にぶつけられた。
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ということで、まずはノエルに続いてロココとニーベリージュが猛攻をかけました。さらにディシーが続きます。
次回「【輝く月(ルミナス】対【死霊魔王】(後編)」さて、【輝く月】は、このまま一気に押し切れるのでしょうか。