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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

共依存気味な女の子が相手のことを盗聴する百合のお話

「それじゃあ、おやすみ、結季ちゃん」


『ええ、おやすみ』


 そうやって、いつもと同じように電話が終わった。


 そのいつもだったら、寂しさで胸を一杯にしながら眠りにつくところだけど、今日は違う。


 今日結季ちゃんの家に行ったときに、結季ちゃんのスマホに盗聴アプリを仕込んでおいたのだ!


 これで、一晩中結季ちゃんを傍に感じていられる……!


 よし! 早速……!


 逸る気持ちをそのままに、スマホに勢いよく手を伸ばして盗聴機能をオンにする。

 どんな音も聞き逃さないように、イヤホンも付けて万全の態勢だ。


 さあ、ばっちこい! 


「……あれ~?」


 と、身構えたけど……おかしい。何も聞こえてこない。


 イヤホンの接続が不安定になっているのだろうか。と、接続を確認してみる……けど大丈夫そうだ。


 じゃあなんで……? 


 ……あっそうか、寝てるんだから静かで当たり前なのか。


 盗聴のことだけ考えていて、本題である盗聴先の様子を全く考えていなかった。


 手段と目的が入れ替わるというやつだろうか、これはうっかり。


 まあ、今更気付いたところでどうにか出来るものでもないけど。


 ……しょうがない、何か聞こえるまで待とう……まあ、もとから徹夜するつもりだったから何の問題もない。




 それから五分位経って、ざっ、と布の擦れる音が聞こえてきた。


 わたしは動いてないから……あっ、イヤホン付けてるからわたしが動いても布の擦れる音は聞こえないのか。……ということは! この音は結季ちゃんが出してるんだ!


 それだけで、高揚感で胸がはち切れそうになって、夜の十二時だというのに無性にはしゃぎたくなってしまう。

 が、流石にこの時間に騒ぐのはまずいので、少しだけ残っていた理性で高揚感をぐっと抑え込んで、足をばたつかせるだけに留める。


 どうにか高揚感を抑えきると、次に好奇心が湧いてきた。


 音だけだと、そこに居ることは分かっても、何をしているのかが全然分からない。

 つまり、結季ちゃんが今何をしているのか、それが知りたくなったのだ。


 最近中々寝付けないって言ってたし、まだ布団で横になってるだけかな? 


 なんて、とりあえず好奇心の赴くままに推理してみたけど、推理はどこまで行ってもただの推理止まり。

 ハッキリとした答えを出せなくて、それが少しもどかしい。


 電話だったら、今なにしてるの、ってすぐに聞けるんだけど……今聞いても虚空に向かって喋りかけているやばい人になるだけだ。


 ……あれ? 盗聴をしてる時点で、もう十分やばい人なのでは……?


 結季ちゃんのことしか考えてなかったけど、そういえば、盗聴って……犯罪……。


 今まで目を背けてきた現実がいきなりのしかかって、おのずと頭が垂れ下がってしまう。

 そもそも、なんで盗聴しようと思ったんだっけ……。


 最初はただ、一日の中の限られた時間だけじゃなくて、結季ちゃんをずっと傍に感じていたい。なんてことを考えていただけだったはず。

 それから、そのために何をすれば良いのか考えていたら、思考が過激な方へどんどん傾いていって。


 それで、最終的に行き着いた答えが盗聴だったっていう……。


 まあ、最初の目標は達成してるし、べつに後悔もしてないんだけど。

 どうして盗聴にしちゃったかなぁ……。穏便に済ませられる手段も多分あるのに。


「はぁ……」と、盛大に溜め息をついた直後。

 再び、ざっ、と布の擦れる音が聞こえた。


 ほんの微かで、ただ布が擦れただけの音に、のしかかっていた筈の現実は軽く吹き飛んで、高揚感が再びわたしの体を駆け巡る。


 その高揚感の赴くまま、俯いていた顔を出来る限りの速さで持ち上げて自分のスマホを視界に捉え。そして。


 ……べつにスマホ見る必要なくない?


 冷静さを少しだけ取り戻して、わたしはそう思ったのだった。


 盗聴してるだけだから、スマホの画面は当然変わらないし、イヤホン使ってるから聞こえ方も変わらない。


 ……そして、無理に動かした首が痛くなってきた。


 今の一連の流れ、意味がないどころか、首が痛いから合計したらマイナスだこれ。 


 何やってるんだ、わたし。


 盗聴してしまった理由が、なんとなくだけど分かった気がする。

 結季ちゃんのこととなると、好奇心旺盛な犬みたいに、何かある度飛びつかずには居られなくなってしまうからだ。


 恋は盲目ってこういうことを言うんだろうな~。なんて。


 いつもだったらもう少しまとも……いや、今は四六時中結季ちゃんのこと考えてるからこれがいつもなのか。

 なら、結季ちゃんと出会うまでだったら……。


 ……いや、やっぱり考えなくていいか。


 下手に考え続けていると、自分の底なし沼のような陰鬱さにどっぷりと嵌まって、抜けられなくなってしまいそうだ。


 それなら、結季ちゃんがいる今が一番幸せだから、ちょっとくらいおかしくてもいい。

 そんな所でこの不毛な考えを終わらせておきたい。


 ただ、これ以上罪を重ねないようにだけは気を付けないと……。


 刑務所に入れられて、結季ちゃんとたまにしか会えない、なんてことにはなりたくない。

 普通に生きてれば刑務所に入れられるなんて

ことまず起きないんだけど……もう盗聴しちゃってるから……自分に信頼を全くおけない。


 わたしのことながら、欲望にもう少し健全さがあって欲しかった。

 もしそうだったら、頭の中を空っぽにして、結季ちゃんのことだけを考えて生きていても問題なかったのに。


 考えるだけじゃ何も変わらないから、わたしの不健全な欲望を少しでも律するために、こんど平静を保つ練習でもしとこうかな。


 なんてことを考えている内に、時刻は十二時半を少し回っていた。


 そろそろ結季ちゃんも寝付けたかな。なんてことを思った途端、まだ起きていると示すようにあくびがタイミングよく聞こえてきた。


 ……やっぱり、今のわたしには平静を保つのは無理そうだ、あくびが可愛くて思わず声がもれてしまう。


「……かわいい」


『……何が?』


「何って、今のあくびが──えっ?」


 あれ? なんか会話が成立してない? 気のせい?


『……えっ?』


 一拍遅れてイヤホンから不思議そうな声が聞こえた。結季ちゃんも、この状況のおかしさに気付いたらしい。

 ということは、会話が成立してるのはわたしの気のせいじゃないみたいだ。


 盗聴してるはずなのにどうして会話出来るんだろう。……とは言っても心当たりなんて一つしか無い。

 その心当たりを、おそるおそる言葉にする。


「……もしかして、結季ちゃんも盗聴してる?」


『……はい』


 やっぱり結季ちゃんも盗聴してた!


 それだけわたしのこと好きってことだよねうれしい。

 

 けど、お互いに盗聴し合ってるってことは、法に触れてるわりに、やってることが電話と何も変わってないのでは。

 傍からみたら、コントでもやっているみたいに見えているんだろうなあ。なんて。

 ……そのコントをやってる片割れが言うのもなんだけど。


『結季ちゃんも、ってことは麻依も?』


「うん、聞いてたよ」


『お互いに盗聴し合ってたなんて、なにかのコントみたいね』


 結季ちゃんは軽く笑って、そう言った。


 さっき、わたしがしたのと全く同じ例えだったから、なんだか一つになれたみたいで嬉しかった。


 確かにお互いに盗聴し合ってるなんて、電話とやっていることはほとんど変わっていない。

 しかも、それが大真面目にやった結果だと言うのだ。


 傍から見れば、何とも滑稽で大笑い出来るような絵面が広がっていたことだろう。


 でも、周りからどう見られるかなんてどうでもいい。というより、今は結季ちゃんのことだけで精一杯で、周りの目なんか気にしていられない。


 多分、それは結季ちゃんも一緒。わたしを盗聴していることがその証。

 お互いに見つめ合う、それだけでわたし達は精一杯なのだ。


「誰にも見せないけどね」


『当たり前でしょう?』


「ねえ──」


 電話にしよう。と言いかけて、やめた。


 電話なら、わざわざ盗聴なんてしなくても済むし、声だけじゃなくて顔を見て話せるし。普通に考えれば良いこと尽くめなはずだけど。


 盗聴し合って話していると、電話で話していたときよりもなぜだか心地が良かった。


 それは、悪いことをしている自分に酔っているからなのか。


 それとも、いつもなら寝ているはずの時間に起きて話している、という非日常感から来るものなのか。


 あるいは誰にも言えない、結季ちゃんとわたし、二人だけの秘密の思い出が増えたことに高揚しているからなのか。


 多分その全部が正解で、今感じている心地良さは、それらが混ざり合って形作られたものだ。


 混ざりきってしまって、それらがどんな比率で混ざったのかもう分からないけど。どうせなら、二人だけの秘密の思い出が増えたから、というのが一番多くあって欲しい。


 だって、それが結季ちゃんとじゃないと成り立たない、唯一の候補だから。


「──折角だから、しばらくこのままで話してようよ」


 今に限ったことじゃないけど、思い出を作るのなら、とびっきり楽しいものにしたい。


 いつかふと思い出したとき、そんなこともあったねって二人で笑い合えるような、そんな思い出に。


『ええ、もちろん』


 青空に浮かぶ白い雲みたいに、軽やかに弾んだ声を聞いて、映像は無いけれど結季ちゃんの弾けるような笑顔が目に浮かんできた。


 しばらく、なんて言ったけど、この感じだと朝になってもこのまま話し続けてるんだろうなあ。




 ──




『それじゃあ、おやすみ、結季ちゃん』


「ええ、おやすみ」


 そうやって、いつも通りに電話が終わった。


 一週間前までは、寂しさで枕を濡らしながら寝ていたけれど、今は違う。


 麻依のスマホにこっそりとインストールした盗聴のアプリのおかげで、今は麻依の生活音を聞きながら安心して眠れるようになった。


 代わりに少しだけ夜更かしするようになったけれど、成果と比べたらほんの些細なことだ。


 早速アプリを操作して盗聴機能をオンにする。


 盗聴を始めて最初の三日間は、物音が聞こえた途端体中を高揚感が駆けめぐるようだった。


 けれど今ではその高揚感は鳴りを潜め、いつも麻依に感じている安心感と少しの物足りなさだけが私の中に浮き出ている。


 いつも麻依とくっついて行動していて、離れたとしてもさっきみたいに電話しているから、私が盗聴を活かせる環境に居ないことも、この物足りなさの一因かも知れない。


 微かで、しかも時々にしか聞こえてこない音を待つだけじゃなく、さっきの電話のように話しながら。欲張るなら一緒に横になって、向かい合うようにして眠りに就きたい。


 盗聴に慣れてきたせいもあって次第にそんなことを思うようになった。


 とは言っても、添い寝はもちろん、通話しながらだったとしても、朝までお互い話し続けて結局眠れないのだろうけれど。


 魅力的な考えではあるだけに、そこが少し勿体ない。ずっと起きていられたらよかったのに。


『……あれ~?』


 突然スマホから素っ頓狂な声が放たれた。


 声の主はもちろん麻依だ。


 何が『あれ~?』なのかとても気になるけれど、音声が一方通行で届くだけの盗聴では推測することすら難しい。 


 盗聴で知るのも少しおかしな話なのだけど、電話の便利さというものを改めて感じている。


 逆に、盗聴に対する物足りなさは膨らむばかりだ。

 

 それから五分程度経った頃、ばふばふと布団を叩いたような音が聞こえてきた。


 またいきなりで、それに予想外な音だったから、少したじろぐ。


 ……やっぱり、今日の麻依は様子がおかしい。


 今日、麻依は私の家に居たけれど、そのときだって、ずっと何かを気にして落ち着かない、けれど、なんとなくわくわくしているような、そんな様子だった。


 そして特におかしかったのが、私が飲み物を持って麻依の待つ居間に戻った時。


 私が戸を開けると、麻依がソファーにちょこんと座っていた。『ちょっと世界救ってきましたー』なんて言われても信じられる位の、とても満足げな表情で。


 さすがに気味が悪かったから、麻依にどうしたのか聞いてみたのだけど、「なんのこと?」とオウム返しするばかり。仕舞い忘れていたにやけ顔も指摘したけれど。それでも、最後まで教えてくれなかった。


 反応からして、何かしら嬉しいことがあった

のは間違いない。


 けれど、ただ嬉しいことがあっただけなら、私に隠す必要は無い。

 いつもなら麻依の方から起こったことを話してくれる位なのに。


 ああまで意固地に拒まれてしまうと、余計な勘ぐりをしてしまう。私以外に頼れる人が出来たとか、私以外に友達ができたとか、私以外のやつに話しかけられたとか……ああ、考えるだけで吐き気がしてきた。


 麻依には私さえいればそれで充分なのに。


『はぁ……』


 いきなり飛び込んできたその溜め息に、意味が無いと分かっているのに、おもわずスマートフォンの方へと身を乗り出してしまう。


 私も溜め息を吐きたいような心境だったけれど、それとこれとではまるで訳が違う。


 麻依がその溜め息の理由をこぼしてくれることを期待して、スマートフォンから聞こえてくる音に意識を傾ける。


 息を殺して、音をたてないよう身動ぎ一つしないで。


 そうしてしばらく待ったけれど、衣擦れの音が聞こえるばかりで、麻依の口から溜め息の理由がこぼれ落ちることはなかった。


 ……聞こうとした私がいうのもなんだけれど、虚空に向かって理由を話している麻依を想像したら絵面がかなりホラーだった。


 満面の笑みを浮かべながらちょこんとソファーに座っていたのは、ちょっとホラー風味ではあったけれど。


 まあそれはそれとして、嬉しそうにしていた理由と、今の溜め息の理由が気になって仕方が無い。


 けれど、麻依が一人で理由を語り始める様子もないし、想像するにしても情報が全くない。


 つまるところ手詰まりだ。


 電話掛けようかな。麻依まだ起きているし。


 そう思ってスマートフォンを覗くと、液晶には零時三十三分と浮かんでいる。


 もうそんな時間かと思った途端、酔いが醒めたみたいで眠気が襲いかかってきた。


 電話を掛けるのはやめて、明日会って直接聞くことにしよう。

 そう決めると、小さく欠伸が漏れた。


『……かわいい』


 それが心の底から絞り出した言葉に思えて、再び心が揺れ動く。


 返事が帰ってくることは無いと分かっているのに、それでも聞かずにはいられなかった。


「……何が?」


『何って、今のあくびが──えっ?』


「……えっ?」


 ……帰ってきた。返事が。


 思いがけないそれに、心と思考がフリーズする。


『……もしかして、結季ちゃんも盗聴してる?』


「……はい」


 えっ? 今『も』って言った?


「結季ちゃんも、ってことは麻依も?」


『うん、聞いてたよ』


 麻依が私を盗聴していたなんて。それも変なところで真面目な麻依が。


 けれどそれは、麻依が私のことを心から必要としてくれている、ということに他ならない。


 麻依の様子がおかしかった訳もこれだろう。


 私が盗聴を始めたばかりの時も大分浮かれていたし。


 それにしても、何があったとしても麻依が私から離れていくなんて、そんなことあるはず無いのに。杞憂に駆られて一人相撲していただなんて、ほんと馬鹿みたい。


 今の言葉でここ一時間ずっと動きっぱなしだった心が、ようやく元の場所に落ち着いた。


「お互いに盗聴し合ってたなんて、なにかのコントみたいね」


『誰にも見せないけどね』


「当たり前でしょう?」


 コントなんて、他人に見せる前提のもので例えてしまったけれど、麻依さえ居てくれれば、私はそれで十分だ。


 たとえ、観客が居なくたって、スタッフが居なくたって。麻依と一緒なら、それだけで。


『ねえ……折角だから、しばらくこのままで話してようよ』


 麻依はしばらくなんて言うけれど、多分朝になってもそのままの勢いで話し続けているのだろう。

 

「ええ、もちろん」


 そう答える私の声は、スキップでもするかのように、軽やかに弾んでいた。

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