72.男ならどうのこうのってカッコイイけど今のご時世言いづらいよね
一週間くらい実家帰ってました。その間一文字も書いていません。
案の定と言うべきか、街の中は静かだった。
無理もない。昨夜の一件でこの街は外から急にやって来た(彼らから見て)蛮族共に占領され、挙句変な夢を見せられたのだから。皆不安なのだ。
そんな中、外からやって来た俺に対する視線にトゲや不信感が少ないのは昨夜避難誘導を行ったティアとミリアのお陰だろう。或いは俺たちを気にする余裕すらないのか。どちらにせよ好都合だ。
因むと俺の魔法でティアとミリアの顔は変えてある。昔クロノスに見してもらった幻惑の魔法だ。パルはいつも通り気配を隠している。
街の雰囲気を見ながら道を歩いていると、蛮……じゃなくて叛乱軍の人を三人発見した。三人で何処かへ向かっているようだ。
声でもかけてみようかな。
そう思った矢先、彼らの先頭にいた男に石が投げつけられた。
そして石を投げつけたであろう男の子が叫ぶ。
「出ていけ蛮族共!いきなり襲ってきやがって!」
それに気づいた母親と思しき女性がすぐに取り押さえて慈悲を請うが、男の子は叫ぶのをやめようとしない。
「ここは俺たちの街だ!さっさと出ていけ!」
いやはや、幼さというのは凄いな。元気が満ち満ちている。俺にはもう全身を使ってパワフルに怒れる程の気力は無いよ。
俺がそんな事をぼんやり考えていると、石を投げつけられた男が男の子に視線を合わせる様に片膝を着き、男の子の目を静かに見つめた。
「な、なんだよ……な、何か言いたい事でもあんのかよ!」
「やめなさい!……この子は何も悪くありません!全て私の監督不行届でございます。ですからこの子だけは……」
それでも反抗的な態度を保つ男の子に 母親が青褪める中、男は手を男の子の頭にポンと置き言った。
「悪かった」
「「「……」」」
男の子も母親も、遠巻きに見ていた野次馬共も男がなんと言ったのか一瞬理解出来ず硬直した。
そしてその言葉を時間をかけて理解したらしい男の子が頭に置かれた手を振り払って叫ぶ。
「謝るぐらいならやんなよ!迷惑なんだよ!お前らのせいで全部台無しだ!いつものご飯も!友達との遊ぶ約束も全部!お前らが来なけりゃ、お父さんだって大怪我しなぐで済んだんだ!普通に暮らじてたんだ!俺の日常を返せよ!おがあさんの笑顔をがえせ!お前らなんが、だいっぎらいだッ!!!」
最後の方は泣きながら叫んでいた。
これは正義を問う叫びだ。
何が正しくて何が正しくないかとか、そんな陳腐な問ではない。
自分がやった行いに対して、自分は納得しているのか。そんな己の正義を自分自身に問いかけさせる。そんな叫びだ。
だが男は迷わなかった。迷わず、しっかりとその叫びを受け入れた。
男の子が更に何事かを言おうと息を吸った時、その男の子に待ったがかかる。
「そこまでにしとけ坊主」
「な、なんだよお前……!」
そこにいたのは、クラヴィウスという実質叛乱軍のナンバーツー的な立ち位置にいる男だった。
「ク、クラヴィウスの旦那!?あの、これは……」
クラヴィウスは石を投げられていない残りの二人を指さし、この二人に事情は聞いていると男の言葉を流す。
「あーあー。こんな涙でぐちゃぐちゃの酷ぇ顔しやがって」
そう言ってクラヴィウスは泣いている男の子に目を向け、真剣な表情に改めた上で口を開く。
「いいか坊主、男が泣いていいのは、勝った時と、産まれた時と、子供が産まれた時だけだ。そん時以外は見栄を張ってでも涙は流しちゃいけねえ。お前のお父さんは泣いてたか?」
「泣いでない!」
「そうだろ?お前のお父さんはどんな傷を負っても泣かなかっただろ?何でか分かるか?」
「……分かんない」
「お前たちを悲しませない為だ。それに、泣かないお父さんはカッコよかっただろ?」
「……うん」
「じゃあ今の泣いているお前はカッコイイか?」
「かっこわるい」
「そうだろ。だからもう泣くんじゃない。悔しかったんだよな。分かるよ。でも泣いてちゃ目が曇って何も見えねぇぞ」
クラヴィウスは呆然とする男をチョチョイとその場からどけ、男の子の前に座り込んで頭に手を置きワシワシとなでる。
「それでも涙が零れそうだってんなら上を向け。そうすりゃ多少はマシになる。落ち込んだ時もそうだ」
クラヴィウスは男の子の頭をポンポンと軽く叩く。
「今回、家族の笑顔を奪われて、悔しかったんだよな。なら二度とそんな思いをしないように強くなれ。自分の正義を貫けるくらい強くなれ」
「強ぐなりだいよ俺だって!でも、どうすりゃいんだよ!」
「なら──」
クラヴィウスは俯いた男の子の顎を摘んで無理やり上を向かせた。
「下を向くな。弱さを隠すな。悲しい時は笑え。行き詰まったら振り返れ。本当に困った時は周りを見ろ。出来ることを全力でやれ。それがお前の強さになる。できるか?」
「……うん。俺、がんばる。強くなるよ」
男の子は涙を乱暴に拭い、クラヴィウスの顔を見上げて力強く返事をした。
「そうか、なら約束だ。いつか俺を越えられるくらい強い男になれ。そんで、大切な家族を守ってやれ。泣いてる余裕なんかないぞ」
「うん!」
男の子は、力強く頷いた。
クラヴィウスはそれに頷き返すと、男の子のお母さんにも一度謝ってから立ち上がり叛乱軍の三人に言う。
「よしお前ら、もう時間過ぎてんぞ。リーダーが待ってる。走るぞ!」
「マ、マジすか!?」
クラヴィウスたちは俺が話しかける前に走り去って行ってしまった。
ふと男の子に目を向けると、男の子は彼らの走っていった方を見つめて何かを決意した目をしていた。
その横でその子のお母さんがヘナヘナと頽れている光景は少し面白く感じた。
「なんかよく分かんないけどすごかったね!」
「え、えぇそうね……」
確かに怒涛の展開だったな。そうでもないか?まぁ面白いものを見させてもらった。
「……ルクス様、何故そんなニヤニヤしてるのですか?」
「……え?」
俺そんなにニヤニヤしてた!?
いつの間にか三人からジッと見つめられていた。
「私の顔、そんなに変?」
「えーと……そういうオジサンいるよね」
「正直言ってキモかったわ」
「精霊さんもたまにああいう顔してますよね」
「ウソでしょ!?」
つまり俺のニヤニヤはそんなに変態じみていたのか……!
ここに、パルと二人して自分の顔をペタペタと触るおかしな構図が出来上がった。
とそうじゃない!クラヴィウスたちを追いかけないと。何をするのか気になるしな。
「も、もう行くぞ」
俺は無理やり足を進めた。




