54.私イリーナ。今ちょっと怒っているの
できればこのまま一週間に一話、或いはそれ以上のペースを維持したい!
帝城の中庭の一角。無駄に開けた場所に人が八人集まっている。
うち二人の男はその空間の真ん中で青ざめた顔で一人の女と向き合っていた。
金髪のイケメンが『栄光の騎士』帝剣のアクト。
焦げ茶色の髪の好青年が『一撃必殺』帝掌のアラタ。
共にユリウス相手に二つ名に見合う働きを一切出来なかった二人である。
そんな彼らに相対する女は、灰銀の長髪を風に靡かせ優雅に佇む美しきハイエルフ。『天上の狩人』帝弓のイリーナ。
そしてその空間の端にレジャーシートの様な物を敷いて寛いだ様子でそんな三人を見る五人。
赤成分強めの茶髪で、無表情ともやる気が無さそうともとれる何とも言えない表情をしている少女。『虚ろなる者』帝具のアリアリーゼ。
年中全身鎧を着ている二メートル越えの長身をもつ女。『悉壊悪鬼』帝槌のレーニアンタ。
青紫の髪をクルクルと弄んでいる自称絶世の美女。『憎愛の魔性』帝杖のカリアミレスタ。
黒髪での全身から気怠いと言いたげなオーラを放っている、ボサボサの寝癖が目立つどこかナヨナヨとした印象を受ける男。『圧壊砦』帝盾のグランド
そして将校の様な格好で水筒から人数分のコップに水を注いでいる、その若さにしては異常な総指揮官という役職を与えられた少年。帝国軍の総指揮官のユヅル。
残念ながら帝槍は旅行中の帝の護衛として駆り出されている為ここにはいない。
役者が揃ったところでイリーナが口を開く。
「さて、ここに呼ばれた理由は分かるわよね?」
「「分かるません……」」
「それじゃ分かってるのかどうか分からないわよ……まぁ、面倒だから早速始めるわよ」
「「ホントに?」」
「本当に」
「「冗談だろ?」」
「冗談を言う必要ある?」
「「……いいジョークだ!」」
「貴方たちって本当に仲がいいわね……」
イリーナが二人に呆れている中、観客は……
「あの二人、何秒もつかしらね?」
とカリアミレスタ。
「「「三秒」」」
「いや、二人とも決死の覚悟を決めているみたいだし、流石に三秒以上は……」
「「「「無理」」」」
カリアミレスタのその疑問にユヅル以外の皆が出した答えは、三秒だった。
「そんなものなのか?」
「当然でしょ。あのバk……イーリに死ぬ気で挑むのは当たり前。それでもコンマ四秒で原形を留めてられれば御の字よ」
「それは一般人の話か?」
「そこそこ腕の立つ奴の話。神器までとはいかないけどね。因みに一般人じゃコンマ一秒も原形を保てないでしょうね」
「どうかしているな……」
カリアミレスタの返答を聞き、ユヅルはイリーナの規格外さに身震いする。
会話が一段落したところで皆は三人に視線を戻す。
するとアクトが発光していた。
「アレが噂に聞く精霊術か。この目で見るのは初めてだな」
「ッス。でも準備に時間がかかるんで使いづらいっぽいッスね」
「なるほど。突発的な戦闘には使えないのか」
ユヅルの言葉に今度はグランドが応える。
「ま、基本的には作戦通りに行けばちゃんと使えるんで、それを前提に作戦組んでも大丈夫ッスよ」
「予め戦うタイミングが分かってれば十全に使えると。十分だ」
そんなこんな話していたらそろそろ始まりそうだ。
「ルールは簡単。殺し以外なら何でもありよ。それと私、少し怒ってるから。私がルールを違反しないように、死ぬ気で来なさい」
((ウソだろ……))
イリーナの言葉に二人は戦慄した。
「グランド、合図をお願い」
「え、自分スか?」
急に指名されたグランドは一瞬キョドってしまうが、すぐに落ち着きを取り戻して開始を宣言する。
「ではいくッスよ。よぉーい、始め!」
合図と同時、アクトとアラタは一瞬でイリーナに肉薄し攻撃を放つ。
イリーナは素早く優先順位を定め、アラタの右拳を右手で彼女から見て左にズラし、鳩尾と顔面に神速の一撃を与える。それと同時に左腕を右に、上体も同様に捻っていく。
そして右に伸ばした左腕を、勢いよく、上体の捻りも利用して左に振る。その左手は正確にアラタの顎を撃ち抜き、脳を激しく揺らした。それによりアラタは膝から崩れ落ちていく。
そのまま左手はアクトの剣を握る手に伸び、掴み、アクト自身の勢いを利用し、背負い投げの要領で、投げた。いや、叩きつけた。受け身など取らせないという意志を感じる無慈悲なカウンター。
この間約一秒。
スピードもパワーも圧倒的。だが試合も、イリーナの攻撃もまだ終わっていない。
イリーナは流れるようにアクトの顔面を右足で踏み抜き、その御尊顔を崩壊させると、その足を軸に回転し、両膝を地につき意識を何とか取り戻したばかりのアラタの顔面に、突き刺すような後ろ回し蹴りを炸裂させる。
ここまでで凡そ二秒。
そして吹き飛ばされるアラタにいつの間にか手にしていた弓に矢を番え、アラタに向けて放つ。
放たれた矢は風を切り裂いてアラタに猛進し、盾を鋭く穿ち、止まった。
そして三秒。
決着である。
「何考えてんスか。殺す気ッスか?」
「あら、ゴメンなさいね。つい」
アラタの目の前にはグランドが盾を持って立っていた。そしてその盾は矢に貫かれており、その矢は盾諸共、盾を持つ彼の左手を貫通していた。
「ルール提示しといて破る気っスか?」
「あら?ちゃんと貴方が間に合うように気を付けた筈なのだけれど」
「尚更タチが悪いッスよ!」
イリーナたちが盛り上がっている(?)一方で、観客席の皆々も盛り上がっていた。
「よくやったわイーリ!」
「いやぁ、いつ見てもスゲぇな!」
「どう足掻いても勝てる気がしない……やはりアレと戦うのは人智では不可能……」
「なんだアレは……何が起こった?」
特にカリアミレスタとレーニアンタは大興奮。アリアリーゼは更にイリーナに対する恐怖心を募らせた。
その中でユヅルだけが何が起こったのかよく分からなかった。
頭はキレるがそれ以外は常人であるユヅルからしてみれば、合図と同時にアラタとアクトの姿が掻き消え、次の瞬間には轟音と共にアクトの顔面が踏みつけられ、アラタが膝から崩れ落ち、吹き飛び、いつの間にかアラタの前にいたグランドが矢で盾ごと腕を貫かれていたのだ。ハッキリ言って意味不明である。
「あ、結局精霊術の真価を見れなかったな……」
ユヅルが少し残念そうにしていると、イリーナがカリアミレスタに三人を回復するように言う。
そしてそのイリーナの笑顔を見てユヅルは覚った。
(あ、まだやる気なんだ……)
期待と、若干の不安を感じながら、彼は次の試合を待つのだった。
あぁ……鬼滅が終わってしまった。俺はこれから日曜の夜に何を見ればいいんだ……




