4.封印解除
自分の考えを上手くまとめる才能が欲しい今日この頃。
何が起きている?
今、長い間破ることの叶わなかった封印が、突然現れた小娘によって破られようとしている。魔力を吸っている?
なんの触媒も無しに魔力を吸うなど、長年生きてきた我でさえ聞いたことも無い。普通は入念に準備をしたうえで、空気中に漂う魔力を大量に吸収するものだ。それをなにかに込められた魔力を、ましてや封印そのものの魔力を吸収するなどと。
有り得ない。今の状況を表すのにこれほど適した言葉はないだろう。
不可能だと半ば諦めていたことを、この小娘はいとも容易く成し遂げようとしているのだ。
我は、心に希望という名の焔が宿るのを感じた。
やがて封印は解かれ、水晶が光を失って砕け散る。
カゲツ様が重力に引かれて落ちていく。我は魔力で身体能力の強化をして、カゲツ様が地面に落ちる前に抱き抱えた。
「あぁ、カゲツ様。やっと、やっとこの時が」
我は感謝の意を伝えようと小娘の方を向く。
「へへ……」
見ると小娘は、笑いながら倒れるところだった。
「小娘!」
カゲツ様を抱えたまま小娘に近寄る。どうやら気絶しているだけのようだ。
その寝顔を見て、安堵した。恩人に死なれる訳には行かんのでな。
「ん、んん……ん?クロ?ここは?」
腕の中でカゲツ様が起きたようだ。良かった。本当に、良かった。
「クロ、なんで泣いてるの?大丈夫?」
「問題ありませんカゲツ様」
「ところで、そこの女の人はどちら様?」
「あぁ、その小娘は──は?」
なんか大きくなってる。さっき見た時はまだ人間でいうと七、八歳くらいの少女だったのに、少し目を離した間に二十歳前後まで成長している。
「えっと、クロ?」
「え?あ、はい。何でしょうか」
「そろそろ下ろしてもらえる?」
「あ、すみません」
取り敢えず今は、カゲツ様を下ろすことにした。
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目を開ける。
まさかあれほどとは。結晶中の魔力を全部吸ったところ、とっても気持ち悪くなった。できればもうしたくないな。ヴッ、思い出しただけで吐きそうだ。
「酷い目にあった」
取り敢えず体を起こす。
「ん?」
なんか視線が高い気がする。胸に違和感あるし、それに肩も重い。なんだ?
視線を体へ向ける。
「Oh……ダイナマイトボディ」
そこには豊満な谷間があった。これは、これはまさか、オッパイナノカー!?
揉んでみる。や、柔らかい!
「モミモミ〜、モミモミ〜」
「なにをくだらん事をしておるのだ」
「!?」
突然目の前から声が聞こえた。てかなんか周りがさっきより暗くない?
「もぉクロノスさん、いるなら言ってくださいよ」
「我は最初から貴様の目の前にいたはずだ。気づかんのが悪いのだ」
「まあまあクロ、きっとこの人も溜まっているのよ。そっとしておいてあげましょう」
「おいちょっと待て、なんだ溜まってるって!人を欲求不満みたいに言うな!ただ胸が大きくなってたから確かめてだけだろうが!」
「そうだったの、なんかごめんね?」
「謝られると心が痛い!」
えぇと、この黒髪の少女がカゲツさんでいいんだよな?
取り敢えず咳払いをひとつ。
「コホン、初めまして。通りすがりの吸血鬼です。名前はまだ無い」
先程の会話は忘れて、無難に自己紹介から行こう。
「私はカゲツ・ヒラツキよ。よろしくね、クロから話は聞いてるわ、吸血鬼さん。封印を解いてくれてありがとう」
「いえいえ」
ん?クロノスさんがなんかソワソワしている。仲間になりたそうな目でこちらを見ている的な感じかな。
「クロ、どうしたの?」
「あ、いえ、その……すまない、きゅうけつきとはなんだ?」
「「え!?」」
まさか、この世界には吸血鬼がいないのか?
あ、そうだ。そういえば種族とか変わってないかな?大きくなってるし。
確認してみると種族が【リトルヴァンパイア】から【トゥルーヴァンパイア】になっていた。あとは、特性の欄に【日光超弱点】が【日光少弱点】に変わっていたのと、【真祖吸血鬼】が増えていたという変化があった。
【始祖吸血鬼】は消えていないので、恐らく二つは別物だろうと思う。
「この世界に吸血鬼っていないの?ヴァンパイアとかドラキュラとか、聞いたことない?」
「申し訳ありませんが、聞いたことは無いですね」
ん?なんでカゲツさんがこの世界にはとか言ってんの?
「まるで自分はこの世界の人じゃないみたいな言い方だな。カゲツさん」
「あれ?クロが言ってなかった?私はとある世界からこっちに転生してきたの」
「聞いてない!なんでそんな重要なこと黙ってんの?ありえないんだけど!」
「そこまで重要ではないだろう。少なくとも我は、異世界転生したなどということは自己紹介では言わなくてもいい部分だと思うが」
「いるよ!むしろ俺からしたらそこが一番重要だよ!」
分かってねぇなぁ。ロマンってやつがあんだよ。あ、そういえば俺も異世界転生したって言ってないな。
「ハハ〜ン。さてはお主も、異世界から来ておるな?」
「ホホ〜ン、やはり分かりますか。因みに日本という国から来たでゴワス」
「どういう語尾だそれ……」
「奇遇だね、私も日本から来たの!あれ?でも転生者なら前世の名前を使えばいいんじゃないの?私もそうしてるし」
「……いや、その、前世の名前は使いたくないんだ」
なんたって小太郎だからな!明らかに女性の名前じゃないし。
「ねぇ聞いたクロ?前世の名前は使いたくないんだ、だって!なんかちょっとカッコイイ!きっと壮絶な過去やらがあったに違いないわ!」
「え、えぇ。カゲツ様がここまではしゃぐのは珍しいですね」
なんかごめん。そんな大した理由じゃないんだ。ただ、前世の名前が今の姿に合わないってだけなんだ!
壮絶な過去?なにそれ!?そんなの一つも持ち合わせちゃいねぇよ!ごくごく普通の一般人だよ!
「きっと親に虐待を受けたり、名前のことで虐められたりして、それでこんな名前捨ててやる!って感じなのよね?」
親に虐待なんて受けてないし!そもそも親いないし!名前のことで虐められた?そもそも俺の周りに人が来ることすらなかったから!
「そ、そうなのか小娘?」
「……ごめん、一ミリも掠ってない」
「なん……だと……」
どうしよう!気まずいよこの空気!とにかく話題を逸らすしかない!
ここで咳払いを一つ。
「コホン、そろそろここを出ないか?出方知らないけど」
「そう言えば小娘。貴様一体どうやってここへ入ってきたのだ?」
「転生したらこの近くの空洞にスポーンしたんだよ。そこからまぁ、色々あって」
「スポーンって、もうちょっと良い言い方無かったの?」
「……まぁいい。皆でここから出るとしよう」
クロノスさんはそう言うと足元にどデカい魔法陣を出した。
「これは転移の魔術だ。この魔術陣から出るんじゃないぞ」
「「了解」」
数秒後。景色が白く染まったかと思うと、草原に出た。空からは燦々と照りつける太陽が──
「アッチィィィ!日光が熱いィィ!」
「あ!吸血鬼さんが燃えてる!大丈夫!?」
まさか日光がここまで強敵とは!これ、種族が変わってなかったら一瞬で蒸発してたんじゃね?
「おい小娘、外では極力魔力を抑えよ」
「どうやってぇ!グァァ熱ィィ!」
「自分の魔力を押し込めるイメージだ」
熱くて集中しづらいけど、やってみる。ついでに魔力を高速で巡らせて身体強化もしとく。するとさっきまでの痛みが消え、身を包んでいた炎も消えた。どうやら身体強化は、日光への耐性も上げてくれるらしい。
「ふぅ、助かったァ」
「そうだ小娘。やれば出来るじゃないか」
「なんでお前はそんなに上からな態度なんだよ!」
俺が一難退けて一息ついていると、カゲツさんがとんでもない事を言ってきた。
「そうだ!吸血鬼さん、吸血鬼なら私の血を吸ってみてよ!」
「はぁ!?いや、まぁできるだろうけど……いいのか?」
「いいよ。少し興味があるからやってみて!」
……どうしよう。やるべきなのだろうか