36.苦悩を背負って
布団から出たくない。
今からこんなんじゃ冬は布団から出られないかもしれない……
ルクス様の言っていたクロノスという人物はクロードさんのことで合っていたのでしょうか?取り敢えずクロードさんのところに来ましたが、凄い傷ですね。
「クロノスという人物のところに行けと言われたのですが、貴方のことでよろしいでしょうか」
「……相違ない。あヤツめ、我の真名をこ奴らに言ったのか……」
血はまだ出ていますがこの傷の酷さを考えれば寧ろ少ない出血量ですね。
「なにされたんですか?明らかに致命傷じゃないですか。何で死んでないんですか?」
クロードさんの傷に絶句している二人の代わりに聞いてみます。
「少し聞き方に気をつけろ小娘。まぁいい、我は──」
「あ、治癒術式使いますね」
「話を最後まで聞け!」
何故か怒鳴られてしまいました。
「よもやルクスの影響か?悪いところばかり似おって」
私たちはここで何をしているのでしょうか。色々あり過ぎてよく分かりません。急に話が決まって、ここに来て、宿泊させて頂いた家のお子さんがバケモノになってて……。
「あれ?おかしいですね、術式が効きません」
「無駄だ。我が受けた攻撃には高純度の呪詛が含まれていた」
「それって……なら、相手は呪術師ということですか?」
人を沢山殺して、それでも私の心はなにも感じなくて、なのに、私はシヴェリーという殆ど関わりの無い人間の成れの果てを見てこんなにも心乱して……
「否。相手はピアソンの娘、シヴェリーだ」
「冗談ですよね?あの子が、こんな傷をつくれる訳……だって、あの子は何も知らない女の子なんですよ?」
「あの姿を見てもそう思えるのか?」
「……」
あの子がこんな事になって、あの子にはこの人にここまでの怪我をさせる力を持っていて……でも、あの夫婦の話を聞く限りはそんなことするような子じゃなくて、そんな力もなくて……
「あの小娘がどのような者であったとしても、今は立派な化物だ。それ以外の付加価値は無く、それ以上の言葉も必要無い」
「それは……いえ、すみません。少し、色々考え事を……その……」
ルクス様、泣いていました。あの反応から見て、きっとあの子を殺すのでしょうね。きっと、色々な迷いや悩みがあるのでしょう。
でもあの方は、それらを全て振り払ってあの子を殺すことに決めた……。
「あやつの涙が、そこまで衝撃的だったか?」
「!」
冷静ぶってみましたが、どうやら動揺が隠し切れてなかったみたいですね……。
クロードさんに図星を突かれてしまいました。不甲斐ないです。
「恐らくだが、貴様が今考えていることの大半は、貴様にはどうしようもない事だろう」
言われてみればそうですね。気づけば私は、どうにもならない事ばかり考えて、思考が混線していました。
「ですが、だからどうしろって言うんですか?思考を放棄して全て投げ出せと?」
「そうやってすぐ発想が飛躍するところもルクスに似ている。まぁいい、我が言いたかったのは、放棄して投げ出せという話ではなく、自らの王に託してみてはどうかという話だ」
「それは!……そんなことは、ダメです。あの方に迷惑がかかってしまいます」
「何をそんなに迷うことがある?そんなもの、存分にかければいいではないか」
「何を──」
「民が独りではどうしようも出来ないから、王がいるのであろう?」
独りでは、どうしようも出来ない……
「奴に託せば、奴が自分なりに考えて、代わりに答えを導き出してくれるであろう」
「ですけど……それがもしも、納得のいかない答えだったら?」
「ならば従う必要は無い。意義を申し立てれば良いだけのこと」
「なッ!そんな自分勝手な!」
「自分勝手だと?大変結構!自分勝手の何が悪いというのか!それは貴様が民として、王に本気で向き合っている何よりの証左ではないか!」
「……そう、ですね。そうかもしれません」
まさか、クロードさんからこんなに熱い言葉を頂けるとは思いませんでした。
「迷いは晴れたか?」
「はい、少しだけ」
「なにッ、少しだと!?我がこんにも熱弁したというのに少しだと!?」
私がそう返した時の、クロードさんの必死な様子に、つい笑みが零れてきます。
「なんか凄い勢いで色々話してたけど、結局何の話だったのよ。アタシたちを置いてかないでくれる?」
「あ、すみません」
「でも私は少し分かる気がするな。上手く言葉にできないけど……大事な話、なんだよね?」
「まぁそんな感じです。クロードさんのおかげて少し心に余裕が持てた気がします」
「……クロノスでよい。どうせ知られたのだ。今更隠す意味も無い」
そっぽを向きながらそう言うクロノスさんに、私たちは顔を見合わせて笑い合いました。
これが終わったら、ルクス様と色々話してみたいと思います。
────────
俺の陳腐な嘘はすぐにバレるだろう。
軽蔑、されるだろうか。
「グる……じィ」
いつの間にか彼女の間合いまで来ていたようだ。
あの子の呻き声がする。
苦しがっているのか、彼女は動こうとしない。
「そのまま動かないでいてくれると、助かるんだけどな」
どうやらそうもいかないらしい。
彼女の背中から真っ黒な腕が何本も生える。さっはよく見えなかったが、クロノスを攻撃したのはあれだろう。
あの腕、纏っている妖力が濃すぎる。恐らくあの子の内にある膨大な黒い感情が、あれほどまでの力を生み出しているのだろう。あんなのをマトモにくらえば、魂にまでダメージがいきかねない。
さらに妖力によって与えられた傷は呪いとなり、簡単には治すことが出来なくなる。
おまけにあの腕の速度は音速を超えているときた。厄介だな。
だが一つ不思議なのは、音速を超えているのにソニックブームが発生しないこと。なにかタネがあるとは思うが……。
俺は右に一歩ズレる。
一瞬前まで俺のいた場所を、背後から一本の腕が通り過ぎる。やはり音も風も発生していない。
「音もなく、超高速で迫る必殺の一撃。いけるか?」
なに弱気になってんだ俺。あの子の為に、俺はあの子を殺すことに決めたんだろ。
「よし、やるか……」
俺は静かに、呼吸を整えた。
妖力、呪力、呪詛
呼び方が違うだけで全て同じものなのだけれど、分かりづらいかなぁ〜。




