20.在りし日の追憶
今猛烈にカッコイイ作品が読みたい!
何時からだろうか、アタシはそこに在った。ただ何も考えず、何も感じず、ただそこに在った。
「ねぇ、アナタは精霊さん?」
そんなある日、その子は現れた。それでもアタシは、何も考えず、何も感じず、その子の言葉に答えることもしないで、ただそこに在った。
それでも、その子は毎日アタシに話しかけてくれた。アタシはただ、何も考えず、何も感じず、静かにその話を聞いていた。
「ねぇねぇ精霊さん、お名前はなんて言うの?」
きっとその時からだろう。アタシが、何かを考え始めたのは。何かを感じ始めたのは。
でも、アタシはその問いには答えられない。だってアタシは、名前を持っていないのだから。
そんな時、あの子は言ったんだ。「名前が無いなら、私が名前をつけてあげる」って。名前が無いことなんて、あの子に教えたつもりは無かったんだけどね。
「じゃあ、アナタの名前はパルヴァニモ。私の名前はミリアーネ、よろしくね」
そう言って笑うミリアは、とても眩しく見えた。
明確な自我を持ったアタシは、あの子を真似て人の姿を形取り、いつしかミリアと会話できるようになっていた。それで、聞いてみたんだ。アタシの名前について。
「アタシの名前は、何かその……ゆらい?が、あるのか?」
「ん?パルの名前の由来?勿論あるよ!」
話を聞くと、どうやらアタシの名前は花の名前から付けられたらしい。前に一度母親が見せてくれらしく、一番好きな花らしい。
そうやって、いつもの様に笑いあって、泣いて、時に喧嘩して、そんな日々が、永遠に続くと思っていた。
ある日、アタシはミリアが来るのを待っている時、ミリアを探そうと空高く飛んで、辺りを見渡した。その時、耳の長い人間と目が合った。その人間はアタシを見て、目を丸くして驚いているようだった。その時は特に敵意も感じなかったので特に気に留めることもなかった。
暫くして、いつもの様にあの子が来て一緒に話し合って、笑いあって……それで……
「精霊……様……」
あの時に見た耳の長い人間が来た。
その人間はアタシを見て驚いたように呆けていたが、視線をアタシの横にいたミリアに向けると、その視線は敵意に満ちたモノに豹変した。
「貴様……ッ!何故混血がここにいるっ!まして、貴様の様な混血が精霊様のお傍に……その不敬、万死に値するぞ!」
「え……?」
その人間は叫ぶと、弓に矢をつがえ構えた。
何を言ってるのか理解出来なかった。何故こんなにもミリアに敵意を向けているのかも。分からないことだらけだったが、アタシはミリアの手を引っ張ってその人間から逃げた。
その人間は逃げるアタシ達に矢を放ってきたが、アタシが魔術で全て打ち落とした。魔術なんて使ったことなかったけど、なぜだか使い方は知っていた。
逃げている途中、ミリアは私に行く方向を指示してきた。
「あっちに、私の家があるの!」
「分かった!」
ミリアの家に着くと、二人の人間が家から出てきたところだった。その二人は、こちらを見ると、すぐに駆け寄ってきた。
「お父さん、お母さん!」
「ミリア!」
「無事だったか!」
この二人はミリアの両親のようだった。耳の長い方が父で、耳の長くない方が母らしい。
「精霊様!?ど、どうかお見逃し下さい!どうか、慈悲を!」
ミリアの横にいたアタシに気づいた父が驚いたように声を上げると、意味のわからないことを言い出した。
「見逃すも何も、アタシはこの子を守りたいだけなんだけど」
「お父さん、何があったの?」
「ミリア、よく聞いてくれ。ここには居られなくなった。お母さんと一緒にここを離れるんだ」
「お父さんは?」
「私は、皆が逃げれるよう時間を稼ぐ」
「それってどういう──」
「行くわよ!」
「頼んだぞ、ルミエ!」
ミリアが父の言葉の意味を尋ねようとした時、母がミリアを抱えてその場から離れるように走り出す。アタシもそれを急いで追う。
ふと後ろを振り返ると、そこにあったのは巨大な魔術陣だった。
「なに、アレ……?」
直後、魔術陣があった場所で大爆発が起きた。何が起こっているのか、何も理解出来なかった。それでも足を止めずに、ひたすらミリアを追って走り続けた。
二日ほど歩き続けると、大きな壁が見えた。人の街らしい。ミリアの母から、人に見つかれば騒ぎになるから、姿を隠して欲しいと言われた。アタシは慣れないながらも姿を隠し、ミリア達と一緒に人の街に入った。そうやって、アタシは姿を隠す術を身につけた。
暫くしたある日、ミリアの母が、アタシ達を地下の隠し部屋へと押し込んだ。
一体どうしたと言うのだろうか。アタシは透視能力で上の階を見た。
「誰だろう」
知らない人達が家の中に入ってきた。私の呟きにミリアは、アタシが上の階を見れていることを察したらしい。私にも見せてと頼んできた。
アタシはミリアと視覚を共有し、上の階での出来事を見た。
部屋に入ってきた人は皆、同じ鎧と剣を身につけていた。恐らくはこの街の兵だろう。
そこでアタシは、予想だにしていなかったものを見た。
その人間達はミリアの母の身につけていた衣服を剥がすと、あの子の母を犯し始めた。嫌がる彼女を無理矢理組み伏せて、肉欲の捌け口にしたのだ。
思えばアタシは、この時点でミリアとの視覚の共有を止めればよかったのだ。
一通りそれが終わると、その人間共は満足したのか、その行為をやめた。
その後、彼女を椅子に縛り付けると、小指の爪をその手で乱暴に剥いだ。絶叫が響き渡り、この地下室にまで聞こえてくる。
人間の一人が、何を思ったのか腰の剣を抜き放つ。その人間が何事か呟くと、その剣の切っ先に魔術陣が現れ、剣を赤熱させた。
人間はその赤熱した剣で何をするのかと思ったら、その剣を彼女の喉に押し当て、喉を焼く。それにより彼女の絶叫が収まる。
それからも見るに堪えない光景が続いた。
人間共は彼女の爪を小指から順番に剥ぎ、それが終われば、指先の骨から徐々に叩き折っていき、目をゆっくり抉りとり、鼓膜を破り、首から上の皮を剥いでいく。それが終わると回復魔術で傷を治し、また同じ事を繰り返す。
何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、笑いながら、飽きるまで。
「なん……で……」
アタシはそれを、呆然と見ていた。何も考えず、何も感じず、ただ目の前の惨状に思考を放棄して、ただ、呆然と見ていた。どこからか聞こえる叫び声も、耳には入ってきても、頭には入ってこない。
ふと、横で何かが倒れる音がした。その音が、アタシを現実へと引き戻した。
横を見ると、ミリアが倒れていた。先程の音は、ミリアが倒れた音だったのだ。
「ミリアッ!」
アタシは急いで視覚の共有を解いて名前を呼ぶ。返事は無かった。
数日後、アタシはミリアの寝ているベッドに食事を運ぶ。あの日から、ミリアは日に日に衰弱していって、今ではベッドから出ることすらままならなくなっている。
「パル、食事を作ってくれてありがとう」
「礼を言われるようなことじゃない。それに、貴女がこうなっているのは……」
「いいのよ、別に」
「……」
それが、アタシ達が交わした、最後の会話だった。
その日から、ミリアは目を覚まさなくなったからだ。




