14.ゲホッゲホッゴホッ!
さて、この少女をどうしたものか。
突如として泣き出してしまった少女を前に俺は思案する。やはり家族の話はするべきではなかったかと。
そんな事を考えていたが、結局は気持ちの整理が着いたら勝手に泣き止むだろうと思い、泣き止むのを静かに待つことにした。
「……あ、おい抱きつくな」
少女の近くの木陰に座り込んで本でも読もうとしていたら、少女が俺に抱き着いてきた。引き剥がそうとも思ったが、泣いている子供を無理矢理引き剥がすなどということは、俺は二回に一回くらいしかしない優男なので、今回は抱きつかせてやる事にした。
「……」
今、俺の目の前にはフサフサしたケモ耳がある。そして、俺の手が、その耳に向かって伸びていることに気づき、手を止める。俺の手が、この耳に吸い寄せられているだと!?
だ、だが、こ、これは……ただ耳を触るだけだ。何もおかしなことはない。
そもそも、俺は今この少女に抱きつかれている訳だし、このフサフサをお触りするくらいの役得はあってもいいのではないだろうか。そう、これは俺に対する正当な報酬なのだ。
別に秘部を触ろうという訳では無い。決して疚しいことをしようとしている訳ではないのだ。
このようなフサフサを持ちながら抱きついてくるこの少女が悪いのだ。俺が罪に問われる謂れは無い。
……無いったら無いのだ。
漸く決心の決まった俺は無意識の内にゴクリと喉を鳴らす。その間にも俺の手は少女の耳に向かう。
耳まであと五センチ、四センチ、とんで一センチ。そして遂に……!
「こ、これはなかなか……!」
俺は前世では猫や犬などの動物は嫌いではないが、見かけても一々近づいたりする程好きでもない。言うなればどっちでもない派だったのだが、今ならばモフモフの沼に沈んでいった者たちの気持ちがよく分かる。
そして耳から手を移動させれば、今度はサラサラな髪の感触を味わえた。
ヤバい、クセになりそう。
「ママぁ……」
暫く感触を楽しんでいると、少女がそんな事を言い出した。そう言えば、さっきから泣き声が聞こえない。
少女を確認すると、少女は泣き疲れて寝てしまっている。さっきのは寝言かなにかだろう。
日ももう高くまで昇っているし、そろそろ移動を開始しなくては。時間も無限ではないのだ。
俺は少女をおんぶして移動を始めた。
お昼頃になって少女が目を覚ます。
「ここは……?」
「目が覚めたか。ここはあの森から東に十キロ程進んだとこだ」
その時、少女のお腹がクゥーとなる。
「うぅ〜お腹空きました」
そう言う少女に苦笑しながら、そう言えばそんな概念あったなと考える。吸血鬼になってからは食事を摂る必要がなかったから、完全に失念していた。
取り敢えず魔法で火を起こし、異空間収納の魔法から余っていた獣肉を取り出して焼く。その匂いに反応してか、少女はヨダレをたらしながら近づいてくる。
「お肉!くれるの!?……ですか?」
「勿論だとも」
そんなにキラキラした瞳で見つめられたら断りづらい。まぁもともと、少女に食べさせるつもりで焼いたのだから構わないのだが。
「そう言えばまだお互い名も知らないな。故に自己紹介だ」
「あっホント……ですね」
「では私から。私の名はルクス・テネブリスだ。色々あって今は封印されている」
「あ、えっと、ティアネスです」
「うん、いい名前だ。よろしくな、ティア」
「ティア……」
「む、気に障ったか?なら謝るが──」
「──いえ、気に入りました!」
「お、おう。そりゃよかった」
急に声を張り上げたティアに少々面を食らったが、元気なのはいい事だと思考を切り替える。
「……ところでティア」
「ムグ?はふへふは?」
「飲み込んでから喋れ。……それで、話の続きだが、行く宛ても頼れる人もいないなら、おrゴホンゴホンゲフンゲフンゲッホゲッホ……ゴホッゴホッ、ゲホッゲホッ」
「だ、大丈夫ですか!?てかなんですか今の!?」
「気にするな。ちょっと気管に唾液が入っただゲホッゲホッ」
「本当に大丈夫ですか!?」
「気にするな」
「あっはい」
危ない危ない。ついつい俺という言葉が口から出るところだった。
なんとか咳に見せかける事が出来たが、危なかった。まさか本当に咽せるとは、死ぬかと思った。まぁ呼吸しなくても死なないんだけどね。
「それで、どうだ。私と一緒に来る気はあるか?」
「え?今の流れでその話進めるんですか?」
「私と一緒に来る気はあるか?」
「あ(察し)。え、えぇっと……はい。おともさせてください。どうせ、他に行く場所もないので」
よっし!一人目確保。ここから仲間がじゃんじゃか集まることに期待しよう!
俺がそう心の中でガッツポーズをキメていたが、次のティアの発言で石のように固まった。
「テネブリス様?はどこか行くあてはあるんですか?」
「……」
「あの……テネブリス様?」
行くあて?そんなンあるわけないじゃないですか。
……ちとマズイかも。なんかそれっぽいこと言って誤魔化すか?いや、俺の今までの人生経験から言って、こういう時っていうのは何故か急に相手の勘が鋭くなるのだ。
こういう時に必要な事は嘘をつかない事だ。ヘタに嘘をつくと第六感的ななにかで俺の嘘に勘づいてくるだろう事は想像に難くない。
ならば──!
「私は今旅をしているんだ」
「旅ですか?なにか目的のあるものなんですか?」
「あぁ目的ね、目的……勿論あるよ。来たる日に備えて準備をしているんだよ」
「来たる日?準備……ですか?それにさっき封印とか言ってましたが、なにか関係が?」
そういやさっき、俺が魔王だってこと言い忘れてたな。これは、俺が魔王だということをカミングアウトするチャンスでは?よし、じゃあさり気な〜くカミングアウトしますか。
「あの……テネブリス様?」
急に黙り込んだ俺にティアが声をかけてくる。ここだ!ここで全力のシリアス顔で口を開く!
「……君は、『魔王』というものを知っているかい?」
「えっと確か……暴虐の王とか邪悪の化身とも呼ばれてた存在でしたよね?」
「む、そうなのか?あぁいや、実はな……私は人々に『魔王』と、そう呼ばれていたんだよ」
「……えっ?」
これは決まったァァァ!完全に不意を突いた一撃。更にその一撃の威力はかなりのものだ。防ぐことも受け流すこともできはすまい。後は無理矢理話題を打ち切れば完璧だ。
「少し長居し過ぎたか。この話はもう終わりだ、行くぞ」
「は、はい!」
そして俺たちの、来たるべき時に備える旅(笑)が始まった。
「あぁそれと、私のことはルクスでいい。テネブリスと呼ばれるのは、あまり好きではないんだ」
「わ、分かりました。ルクス様」




