12.暗闇の光
フハハハハ!やっと書く時間ができたぞ!
少女の荒い呼吸が聞こえる。
真っ暗な森の中を、一人の少女が走っている。その少女は、十歳前後といったところだろう。
少女の着ている服は、森を走っている途中に枝葉を引っ掛けたのか、ボロボロになっており、あまりに見窄らしかった。
見るからに少女は焦燥しきった様子で、体力ももう殆ど残っていないだろうことが見て取れる。だが、少女はそれでも必死に走り続ける。
なぜならば──
「おい、そっちいたか!」
「いや、そっちはどうだ!」
「おいお前ら、こっちに足跡を発見したぞ!」
「ったく、あのガキ、手間かけさせやがって!珍しい妖狐の子供を逃がしたなんて上に知れたら俺たちゃ終いだぞ!」
男たちの怒号が森に響き渡る。そう、今少女は追われているのだ。少女は妖狐と呼ばれる珍しい魔物の子供で、狐の耳と尻尾がある。
少女は男たちが持っている松明の光がこちらに迫っている事を確認し、更に走る。だが、彼女の体力はもう限界であった。
いくら魔物といえども所詮は子供。体力はそうある訳ではないのだ。
「ハァハァ……アグッ……!」
それにこの暗い森の中を、明かりも無しに走り続けているのだ。少女は地面から少し出ている木の根に、足を引っ掛けてころんでしまった。
本来ならばこういった場面では短い悲鳴が出るものなのだろうが、今の少女にはそんな声すら満足に出なかった。故に、出たのは急に呼吸を乱されたことによって漏れ出た、呻き声のようなものであった。
しかも不運なことに、少女が転んだ先は軽い斜面となっていて、少女は斜面を転がり落ちていった。碌に受け身も取れずに転んだものだから、身体中を強打してしまう。
それでも少女は何とか逃げようと必死にもがく。
「おい、こっちだ!こっちにいるぞ!」
斜面の上から男たちの松明が少女を照らす。男たちは少女の方へと斜面を降りてくる。
少女は必死で男たちから離れようとするが、脚が動かず、這いずるようなかたちになってしまう。
更に不幸なことに、少女の逃げていた先には小さな段差があり、暗く、前がよく見えていなかった少女は、段差で体勢を崩してしまう。崩れた体勢を立て直す力もなく、そのまま動けなくなってしまう。
「ったく、手間かけさせやがって」
「ィャ……!」
男の一人が少女へと手を伸ばす。その手が少女を掴む寸前。
ボッという音と共に男の手が燃えた。少女が力を振り絞って魔術を発動させたのだ。
「アッツ!このクソガキが!」
「ガッ!」
男は怒りに任せて少女を蹴り飛ばす。少女の体は簡単に吹き飛び、何度もバウンドした後、木の幹にぶつかり漸く止まる。
「熱いじゃねぇかよクソガキが!」
そう言って男は近づいてくる。今度こそ終わり。
少女はあらゆる抵抗は無駄だと悟り、迫り来る絶望に屈した。だが、少女は弱々しいながらも言葉を紡ぐ。
それはどこか諦めきれなかったからか、一縷の希望があることを信じたかったからか、或いは別の何かだろうか、それはよく分からないが、確かに彼女は言葉を紡いだ。
「…たす……けて」
少女の瞳から涙が溢れる。そしてもう一度同じ言葉を紡ぐ。
「たすけて……」
「あ?おいおいこのガキ、喋りやがったぞ!喋る魔物なんて珍しいじゃねえか!コイツを売りゃ大金が手に入ること間違いなしだぜ!」
男は汚らしい笑みを浮かべながら少女を掴む。そこで少女は全て諦めた。もう無理だと。全て諦めてしまえば、楽になれると。そう、思って──
「……ぇ」
その時だった。少女は絶望の闇の中で、光を見た。とても大きく、何よりも眩しく、何処までも尊大で、美しい光。その光に、少女は魅せられた。
突如、少女を掴んでいた男の腕が木っ端微塵に吹き飛んだ。
「あ?ヒギャアァァー!」
男は無様な悲鳴を響かせ後ずさる。一体何が起こったというのか。
男は周りを確認する。だが、その必要は無かった。
男の目の前、少女と男の間にその光が降り立った。
少女が見たその光の正体は、美しい白銀の髪と綺麗な赤い目を持つ、十代半ばと思われる美少女だった。
「な、なんだてめぇ!」
彼女は男の言葉など無視して振り向くと、少女に話しかける。
「大丈夫かい?よく頑張ったね」
優しく、ただ優しく、微笑みながら、彼女は少女を撫でる。
少女は更に涙を流してしまう。だがそれは痛みによるものでもなければ、恐怖から来るものでもない。
久しぶりに温かみに触れ、嬉しくて、涙を零す。
それを見た彼女は、少女を優しく包み込む様に抱いた。
「ここまでよく頑張った。君は強い子だ。今はもうお休み。後は私がやっとくから」
少女は彼女の抱擁に安心し、限界まで張り詰めていた緊張の糸が切れ、すぐに眠りについた。
彼女は泣き疲れた様に眠りにつく少女を優しく横たえ、男たちに向きかえり、呟く。
「やはりいつの時代も、どのような世界であろうとも、貴様らは何も変わらんのだな」
「な、なんなんだよてめぇは!」
「名乗る必要無いだろ。貴様らのその傲慢な態度には、毎度呆れさせられるよ」
彼女は鬱陶しそうに男たちに目を向ける。
男たちは仲間の腕を奪った彼女に攻撃を仕掛けようとしたが、彼女の淡く光る赤い瞳を見た瞬間、そう思ってたのがバカバカしくなる程の恐怖に襲われた。
更に視界が奪われる。松明の火が消えたわけではない。だが、男たちの目の前は真っ暗闇だった。
男たちは彼女の目を見た……いや、見られた瞬間から、言い知れぬ恐怖に襲われている。
「う、うわあぁぁ!」
叫んだのは誰だっただろう。それが更に男たちの恐怖を助長させ、その恐怖を伝播する。
そんな中、彼女の声が聞こえてくる。
「俺が怖いか?……クフフ、クハハハハハハハハハ」
突如聞こえる彼女の高笑いが更に男たちの恐怖を煽る。
「恐怖しろ人間!掃除してやるぞ!」
そこから、彼女の虐殺が始まった。




