たどりついた駅は……
男は悪夢を見て飛び起きる。
そこからの一日が始まるが、帰りは終電。
しかし、その終電が目的の駅に到着することは無かった……
駅、それは異界へと続く道の停留所。
駅、それは未知の世界への通り道。
この話は、ある一人の男の経験を脚色した物語である。
とある朝、俺は不思議な夢を見た。
駅のホームで電車を待っていると、見知らぬ男に突き飛ばされて線路に落ちるという夢だ。
もちろん、見知らぬ男だから、そいつに俺が殺したいほど恨まれているとか、俺がそいつに何かしたという記憶も何もない。
見知らぬ男は、俺を突き飛ばした瞬間、何か吹っ切れたような、一種、安心したような顔をしていた。
もちろん夢だから、俺が早朝に飛び起きても身体に支障があるわけじゃない。
あまりにリアルな夢に、俺自身が驚いて夢から覚めてしまったわけなんだが……
なんだか、妙にリアルすぎる夢だったなぁ……
駅の時計も7時少し前に見えたし(俺は、混雑を避けて確実に終点まで座っていきたいので、6時58分発の各駅停車に乗ることにしている。この駅発なので、ゆっくりと座れるし、そのすぐ後の急行に乗らなくても会社の始業時間には間に合うから)
予知夢だとしたら、あり得ないほどにリアルな予知夢だったと思う。
まあ、早朝に目が覚めてしまい、二度寝をすると遅刻する恐れがあるので、身支度と軽い朝食を摂る。
メールチェックと、いつもの巡回SNSを、ざっと見た限りで重要な連絡も何もない事を確認すると、俺はいつもより早めにマンションを出る。
縁起を担ぐわけではないが、あまりにリアルな夢のせいで多少は臆病になっていることは否定できない。
まあ、乗る時間を早めてしまえば、あの夢が現実になることはないだろう。
いつもより30分以上も早く、駅に到着してしまう。
さすがに混雑も少なく、俺が夢で見た見知らぬ男も見えない。
いつもの電車ではないが、俺は到着した準急で少しばかり早い出勤とする。
予想通り、時間を早めたせいか俺は突き飛ばされることもなく、まあ座ることは不可能だったんだが、終着駅に着く。
そこからはルーチンワークのごとく真っ赤な地方電鉄に乗り換え、更に地下鉄に乗り換えて俺の勤める会社へ。
仕事が終り、帰りの道。
うぁぁ……肩が、肩が痛い……
会社が、季節外れの大規模配置転換とやらを実施してくれたせいで、今日は朝から大忙し!
俺も配置換えの辞令を受けて、引っ越しと引き継ぎをあっちでもこっちでも。
まあ、一日じゃ終わるはずもないので、今週いっぱいはかかりそうなんだが……
そんなこんなで、今日は久々の終電で帰ることになってしまった。
あー、久々だなぁ、この疲れも。
痛む肩と腰をかばいながらも、俺は心地よさすら感じながら1時間以上かかる終電に乗り込む。
朝、座れなかったためか、それとも疲労が限界になっていたのか、俺はうとうとと眠ってしまった。
ガタン!
プシュー……
夢から覚めた俺は、まず自分の乗ってる電車が、どの駅に着いたのか確認する。
〇〇駅か。
後3つで、俺の降りる駅に着くな。
寝てしまったら大変なので俺は眠気覚ましにスマートフォンを開く。
あれ?
なんで電波が届かないんだろう。
接続不可になることは、この沿線ではあり得ないんだが……
一つだけ可能性があることはあるが……
俺は電車の中から周囲の状況を確認する。
夜半すぎだが、都会に隣接するような田舎の場合、深夜でも明かりは消さない家が多い。
それが、電車から見える分だけでも、全くの暗闇。
大規模停電……
俺は、そう結論付ける。
大きな落雷でも鉄塔に落ちてスパークしたか、それとも、このところの大雨で山間部に大規模な洪水が発生したか。
電車は、そんな周囲の状況とは無縁のように、またドアが閉まり、発車する。
後3つ目で目的地。
俺は、ともかく気にしないこととし、スマートフォンの中にあるミュージックフォルダから、お気に入り曲のファイルを流す。
しばらく電車が走り、次の駅へ停車。
あと2つ。
停電は収まっていないらしく、未だ電車の周囲は暗闇に包まれている。
曲を3曲ほど聞いた後、電車が停車。
さあ、次が目的の駅だ。
俺は降りる用意をしながら、忘れ物等の確認をする。
折りたたみ傘もよし、財布、定期、小銭入れもよし。
さて、あとは数分後に降りれば良い……
あれ?
前の駅から、事故で停車しているならともかく、走っているのなら3分と少しくらいで到着するはずだぞ?
曲が、もう10曲以上流れているのに、なんで目的の駅に到着しないんだ?
待て待て待て。
冷静になれ、俺。
電車は走っている、俺は起きている。
周囲はまっ暗闇で何も見えない……
いや!
沿線の住宅もあるはずだ。
明かりは消していても、家の影すら見えないはずがない。
変な違和感は、これだったか。
まるで、電車の線路以外、何もないような気分になってくる。
前の駅の駅名看板は確認した。
確かに、な○し○と確認。
次の駅名も確認済み。
俺の目的駅で間違いない。
橋の高架部分もあるんで、かなりやかましい音を立てるはずの電車が、いつもどおりの線路ノイズしか立てないのも不思議だ。
おいおい、リアルな幽霊電車に乗っちまったってか?
それにしても、今、どのへんを走ってるんだ?
よく考えたら、3つ前の駅に止まったときからアナウンスが全く無い。
停車案内もなけりゃ、発車のベルすら無い。
なんだ、この電車。
俺は、ピンチになればなるほどに冷静になる性質。
ゴーストトレインだろうが何だろうが、ドンと来いってんだよ。
もう30分近く走っているが、この電車、止まる気配すら無い。
停車駅とか無視してないか?
一時間経過。
もう、曲のリストはエンドに近い。
電車は止まるつもりがないかのように、時々、加速すらする。
今、最高速に近いんじゃないか?
周囲は、まっ暗闇が続く。
さすがに、これはおかし過ぎると、俺は運転室に行く。
この民間鉄道はカーテンで仕切ってあるだけで運転席が先頭車両の座席から確認できる。
俺は運転手に質問したかったのだが……
最悪の予想通り、運転席には誰もいない。
停止ハンドルと加速ハンドルは操作されているようだが、自動操作のごとく動いている。
まあ、これならアナウンスがないことも納得……できるかよ。
かと言って、こんな速度の出ている電車から緊急ハンドルで扉をあけて飛び出すなんてやったら自殺行為だ。
ん?
そう言えば、腹が減っている気もしなきゃ、トイレに行きたくもない。
どうなってる?
と、俺がそんなこと考えた瞬間。
電車がブレーキをかける。
近くに座席があったので、慌てて座る。
今まで無かったアナウンスが聞こえてくる。
「終点、あのよー、あのよー。あのよでございます。どなた様も、現世にお忘れ物の無いように、お降りください」
おい、俺は生きてるぞ。
まあ、降りなきゃ仕方がないだろうと、電車が止まってドアが開くと、俺は降りることにした。
駅名を見ると、
あの世
次の停車駅表示がない、ということは、ここが終点。
まあ、間違いがあるんだろうと改札へ向かう。
「おや?最終で降りた方ですね。ちょいと拝見……ははぁ、ご自分が亡くなられたことに気がついてないんですね。今朝、電車事故で亡くなってるのに、お一人だけ来ないなと思ってたら、そういう事情でしたか」
駅員の言葉に、俺は夢が現実で今までのことが夢だったんだと気づいた……