歩きだした後すぐに「これ相合い傘だ……」と気づく
しとしと、そう表現するには少し強い雨を視界に入れて、私は空を見上げていた。
今朝の天気予報は、しっかりと今の空模様を告げていたにも拘らず、傘を忘れたと言う事実に気付いたのは、放課後、帰宅していく他の生徒同様靴に履き替え、鞄から折り畳みの傘を取り出そうとした時だった。
「……傘忘れた」
昨日使って玄関に置いたまま、鞄に入れるのを忘れていたのだと直ぐに気付いたが、気付いたところで意味はない。
職員室に行き、傘を借りようと考えた時、後ろから声が聞こえた。
「傘、忘れたのか?」
振り向いた私の視界に映ったのは、隣の席に座る、鋭い目付きをした藤田君。
後ろと言うより上から聞こえたと言った方が正しいほど背の高い彼は、隣の席になって初めて幾らか話した程度で、それ以降は挨拶と日直での事務的なやりとり位しか会話のない相手だった。
「うん。いつもは鞄に折り畳みの傘を入れてるんだけど」
「家まで送ろうか?」
話し掛けられた事に内心驚きつつも、鞄に手を添えながら質問に答えると、彼は何ら気負う様子もなく、そう言った。
「えっと」
「迷惑だったか」
心なしか沈んだような声音がして、咄嗟に私は彼の言葉を否定する。
「ううん、そんなこと無い」
「そうか」
彼はどこかほっとした様子だが、私の気のせいかもしれない。
「家の場所って知ってる?」
「詳しくは知らない。でも、少し話していただろ?」
「うん。覚えてたんだ」
初めて話した時に、少しだけ家の近所についての話になったのは覚えているけど、それを彼が覚えていたとは思わなかった。私は、案外家が近くなのかも、と思って覚えていたけれど。
「……大切な人の話は忘れないようにしている」
先程から変わらず、無表情でこちらを見下ろす彼は、耳を疑うような言葉を発した。
「えっと……藤田君でも、そんな冗談言うんだね」
彼が言うとは思えない言葉に、私は冗談だと思い苦笑いをしつつ応えた。
「俺を怖がらないから、大切な人」
クラスの皆が未だに怖がっているその目付きを見ながら、もしかして、なんて一瞬でも頭に浮かんだ妄想を振り払う。
「送ってくれるんだよね? 傘、私が持つよ」
少しだけ出来た奇妙な間を、掻き消すように、私は彼に向けて手を出した。
「……傘って、どっちが持つのが正解?」
私に渡す気はないと言うように、隣に並んで傘を開こうとした藤田君は、背の高い自分に合わせると、私が濡れると心配してくれたのだろう、眉尻をほんの少しだけ下げて、私の方に顔を向けた。
「入れてもらう私が藤田君の背に合わせて持つので、ご心配なく」
私は彼の手から傘を取り、開きつつ一歩進む。少しだけ触れた彼の手から、傘は簡単に取ることが出来た。
「それに、風も無いし、あんまり濡れないと思うよ」
行こ、と言った私の横に藤田君は無言で並ぶと、先程より少しだけうるさくなった世界を私達は歩きだした。
藤田君は少しだけ高い位置で傘を持つ「私」をみかねて、代わりに持ってくれるんだろうなぁ。




