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9歩 出立

「おはようございます」

「……おはようございます」

 襖の向こう側からの声に、もう朝か……と体を起こす。

 障子越しの朝日が目に優しい。 時計が見当たらないので訊くと、もう8時過ぎだそうだ。

 起きるのを待ってくれていたそうな。


 あの後もセーブ方法や転移先など細かい説明を受け、もう深夜2時だからと、隣の客室を借りて眠らせてもらう事となった。

 襖を開けると既に布団が敷かれており、紐を引いてカチカチするタイプの明かりを消して横になってみると……何かもう、超高級旅館に身一つで旅行に来てしまった様な場違い感でしかなかった。

 無銭だし、私物のパジャマだし。

 布団の手触りは勿論、なんなら鼻を通って気道を流れる空気の質からして違うのももう……聖域かと。

 いや聖域だったわ。

 トイレにも神様が潜んでそうだったし。 ただ、洋式の最新型で、TOTOの文字を見付けた瞬間は失笑した。



「ぅおっ?! なんじゃこりゃ!」

 これまた旅館みたいな朝食中、横に置いていたことふみを広げたシチシさんに視線が集まる。

 勝手に見ないでくださいよ恥ずかしい。

 背後からアマノさんがそっと覗き、「なになに~?」とスイハも群がる。

「うっわ! 何これ~!」

 ことふみには、昨晩思い付いた幾つものスキル名が並んでいた。


 スキル……だけではなく、アニメ・漫画・ゲームで見た魔法や超能力名もだが。 修学旅行前の小学生とは少し異なり、アドレナリンの切れた傷口のように痛み出した不安や責任感でどうにも眠れず、序盤で使える手軽なものを見付けておきたくてついつい。

 けど、途中から楽しくなった。

 なんせあのロマン砲や無双技を書くだけで必要歩数が出てくるのだ。 漢字を忘れて平仮名で書いても対応してくれるとか親切過ぎる。


 なんて夢中になっていたせいか、トイレから帰ってくると途端に眠気でテンションが落ち、そのまま布団に横たわったのだった。

 なので寝不足と覚悟していたが、そこはさすが高級布団、人生最高に爽やかな目覚めだった。

 これも向こうに持っていきたい。


 シチシさんが「ん~……」と捲り続ける手を止め、アマノさんに振り返る。

「数万歩以内に使えるのは極少数か」

「最低歩数でも、45000歩の『身体強化』とは……」

「ケチ臭いのぉ~」

「滅多な事を言わないでください……」

 2人がコソコソと相談している間に、会話に混ざれない俺は食べ終えておくとしよう。

 教会にルームランナー手配してくれないかな。


・ ・


 汗臭いからとシャワーを借り、用意してくれた服に着替え、身支度を整えていく。

 目立たないよう庶民と同程度の服を――と聞かされていたが、用意されていたそれは、まるでアンティークのような古着だった。

 こう……まさに教科書通り、ファンタジー世界における始まりの村の村人A、みたいな。

 しかも下着は黒い紐パン。

 マジかぁ~……。

 

「おぅ、似合っとるぞ」

 客間に戻ると、シチシさんにニヤニヤ見回された。

 履き慣れない違和感のせいか、居心地が悪い。

「向こうは紐パンが主流なんですか?」

「あぁ。 ゴムが流通したてでな、便利な物や最新の品は貴族が(かこ)っとる」

「あ~……」

 黒いのも、虫除けの薬剤で染色しているからとか、天日干しが楽になるから、らしい。

 良かった、シチシさんの悪ふざけじゃなくて。


 アマノさんにも「上手く着こなせていますね」と誉められつつ、昨日と同じ下座に座る。

「では、お預かりしたことふみをお返しします。 それと、私達の分身(わけみ)がこちらになります」

 食ってる間に持って行かれたことふみと、3枚の人型の和紙がちゃぶ台に並ぶ。


 アニメなんかで見覚えのある、式神としてコキ使われたりするアレだ。

 しかも、それぞれが三等身キャラのように特徴を上手く表していて、ゆるふわボブヘアーがアマノさん、おかっぱで少し背が低いのがスイハ、ポニーテイルがシチシさんと、一目で分かるようになっている。

 かわいい。


「これが、スマホ風分身」

「分身は高天原の私達が操作しますので、紛失だけしないよう気を付けてください」


 紛失……。


「あのっ、チェーンとか付けたら駄目です?」

「チェ、チェーン……」

 想定外の申し出だったのか、アマノさんの声が裏返る。


 俺は基本、スマホとリュック、小銭入れと財布は無くさないよう繋げる派なのだ。 チェーンを使った事はないけど、異世界に無い素材よりは目立たないし、より頑丈な方が良いに決まっている。


 と思っての発言が、何故かシチシさんを爆笑させた。

「ふはははははっ!♪ 犬か、迷子になりやすい子供かっ!♪ いや、スイハには丁度良さそうだな♪」

「ちょっとぉ、どういう意味~!」

 「そのまんまの意味だ~♪」とスイハをいじり始めたシチシさんをポカンと眺めていると、「んんっ」と咳払いが聞こえ、僅かに頬の赤くなったアマノさんに視線を戻した。

分身(わけみ)とは、その字の通り分身(ぶんしん)を意味しています。 シチシさんがどの様な説明をなさったのかは存じませんが、この分身は私達の仮の姿と言って良い物です。 ですのでその……鎖で繋がれてしまうと動きにくいと言いますか、恥ずかしいと言いますか……」

「えっ?! あっ、えっ! 会話出来るだけじゃなかったんですか!?」

 驚愕の機能に面食らう。


 さすが分身、スマホと言うよりはアバターに近いのか。

 ということは、実質この3人を鎖で繋いで、ペットのように連れ回す絵になっていたと。

 ヤベェ性癖みたいじゃないか! 危ない危ない。


 アマノさんの視線が泳ぐ。

「ですがその、も……もし、どうしてもと(おっしゃ)るのであれば……」

「違います! そういう意図ではありませんから!」

 誤解に基づく忖度(そんたく)は止めてください。



 分身をシャツの胸ポケットに仕舞い、アマノさんが最後の説明に移る。

「スキルについてですが。 話し合いの結果、万が一の保険として1度だけ、スイハの神力(しんりょく)を込めた破魔矢を追加しておきました」

「破魔矢、ですか?」

 表紙を開き、ステータス欄の【スキル】を確認してみる。


 【スキル】

 ・破魔矢(1度きり)


 スキルが1つ増えていた。

「そちらの破魔矢はあらゆる魔法を(つらぬ)き、射当てた対象の魔力回路をも破壊します。 魔力回路を破壊された対象は魔力への干渉力を失い、(いちじる)しく弱体化しますので、その隙を突いてください」

「またまた、神様チートな……」


 原因はあの、45000歩だろう。

 事前登録者プレゼントかよ。

 

 過保護に次ぐ過保護に呆れた笑いが込み上げていると、アマノさんは(いた)って真面目な様子で続けた。

「あくまでも念のための保険です。 死に戻りが可能だとは言え、こちらの都合に合わせたトラブルばかり舞い込んでくるなんて事はまず、ありえないので」

「そりゃまぁ、確かに」


 娯楽として創られたMMORPGの世界じゃあるまいし、弱いモンスターばかり出現する『初級冒険者の村』や『始まりの街』なんてある筈がない。

 どころか、セーブ直後で死亡イベント並の理不尽なんかに襲われれば、完全に詰む。

 そうならなかった時は「やっぱり過保護でしたねw」と、ネタにすれば済むだけの話しだ。

 自重(じちょう)する理由なんて無い。


 (ちなみ)に。

「あの……弓は?」

「注文したばかりでな、教会で待っとれ」

 Amazonの付喪神でもいるのだろうか。


・ ・ ・


「では、参りましょう」

「っ……はい」

 遂に、この時が来た。

 言い表せない複雑な緊張から息を飲み、震えそうな両足に力を込めて立ち上がる。


 正直、怖い。

 あんな勢い任せのふざけたノリで引き受けたものの、これから俺達がするのは、紛れもない殺し合いだ。

 いくら神様チートが使えて死に戻りも可だからと言って、痛覚が無くなるわけでも、ましてや命の奪い合いに何の躊躇(ためら)いすら感じなくなる訳でもない。

 生き物を狩って食料にすることだってあるだろう、親切にしてくれた人を亡くすことだってあるだろう。

 何より目標を倒せず、心が折れれば、どれだけ被害が拡大していくか。

 本当に、自分なんかで大丈夫なのだろうか……。


 しかし、それと同時に沸き上がっているもう1つの相反する感情が、心を震わせ、足を前へと進ませた。


 だって異世界だぞ、魔法だぞ、チートだぞ。 向こうの人達には申し訳無いけど、女神な美女やお世話してくれるシスターさんに見守られながらのチート冒険とか、ぶっちゃけ楽しみで仕方がない。

 物語の勇者達が揃って「ふざけんな!」とエクスカリバーを放り捨てそうな、神様サポート満載の異世界冒険が今から始まるのだ。

 もう、うん。 アマノさん達の操り人形って(ののし)られても図星だから何のダメージも無いわ。 そもそもが代行だし。


 そんな、不安と期待とプレッシャーとワクワクが入り混じった、何とも言い表せない複雑な緊張に鼓動を高鳴らせつつ、俺は、最後にもう一度だけトイレへと行かせてもらった。



 シチシさんに手渡された、これまたアンティーク感な革靴を履き、一瞬にして転移したのは豆腐台のある白い部屋。

 今回は裸足でないので、あの骨にまで凍みる冷たさは全く感じない。

 靴ってのは、なんと偉大な発明か。

「そう言えば、何でここあんなに冷たかったんです?」

 誰ともなく訊いた疑問に、アマノさんが「あれは――」と答えてくれた。

「スイハが室内の神力を使いきっていたからですね。 今は補充が完了しているので、少し暖かいくらいですよ」

 しゃがんで触ってみると、確かに暖かい。 ……何だか変に冷たい気もするが、これは傷1つ無いくらい綺麗に磨かれているからだろう。

 どうやら神力(?)ってのが減ると、冷たく感じるらしい。

「そんな、一晩で補充出来るものなんですか」

「元々、儀式用に蓄えてあった勾玉(まがたま)を配置しただけですので。 魔法陣も、私達なら事前に描いておく必要はありませんから」

「へ~」


 基準は分からんが、異世界から人を一人強制召喚するのだから、それなりの代償はある筈だと思っていた。

 そうか、電池みたいなアイテムがあったのか。

 しかしそれも残り僅かか、これで使いきってしまうのだろう。

 考えてもみれば、何度でもガチャれるのなら俺のようなハズレ、即クーリング・オフしていたに違いない。

 俺だってそうする。



 「早く早く~!」とスイハに急かされ、事前説明の通り、召喚された時と同じ豆腐台へと上る。

 いよいよだと自覚し、心臓がバクバクと(うるさ)い。


 これは、多少夢心地でいた方が楽だったかもしれないな。


 視線を上げると、台を中心とした半径2mほど離れていた三人が、俺を囲むようにそれぞれの配置に立っていた。

「では、儀式を始めます」

「うん!」「おう!」

 アマノさんの言葉を合図に、スイハ・シチシさんがその場で頷く。 瞬間、真っ白だった室内が青白い魔法陣で埋め尽くされた。

「っ!!」

 まるで一斉にライトアップされた電飾のような唐突さと、大小様々・腕時計の内部機構のように複雑にして精巧緻密(せいこうちみつ)な魔法陣の数々に、圧倒される。

 魔法の何たるかを知らずとも、これが人智を超えた神業であるとだけは理解出来る。


 足下の、床一面に広がる一際大きな魔法陣がその模様を変えていく。 よく見るとそれは木の年輪の様な層になっていて、左右へと移動していく文字のようなものがカチッと止まると、スイハが「出来たよ!」と元気良くアマノさんに報告した。

「はい。 では、花緒さん」

「ぇっと! はい!」

 ついつい見惚(みと)れていた顔を上げ、転送に備えて背筋を正す。

 と、それまで(おごそ)かな雰囲気を(まと)っていたアマノさんの表情が、普段の優しい笑顔へと(やわ)らいだ。

「いってらっしゃいませ」

「……。 行ってきます」

 それはまるで、出勤時の玄関先で。


 その言葉を最後に、視界は青白い輝きに塗り潰され、無重力のような浮遊感に堪えること数秒。


「…………っ。 おぉ!!?」


 瞼を開けると、そこは見渡す限りの草原だった。

 眼下に広がる大自然と、それを囲む一目で手付かずと分かる森。

 そう、眼下に広がる……


「ここはァァアァアァアア!?!」


 転移の浮遊感とは別物の、重力に無理矢理引き寄せられる落下。

 そのまま俺は3階建て屋上くらいの高さから青々と茂る草原へと墜落した。

 咄嗟(とっさ)に両手両足を広げ、TVでしか見たことのないスカイダイビングの真似事を意識しながらバランスを取ろうとするも、しかしモモンガっぽく飛膜に使える布も持たない現状では森の肥しへのカウントダウンが0.00数秒延びた位で……結果、想定していたよりは痛くなかった衝撃の後、気が付くと草原で大の字にメリ込んでいた。

 フカフカな腐葉土のみの地質?に何とか両手を突き立て、四つん()いに起き上がる。


「おおおおおおぉい!」

『ごめぇん! 座標間違えたぁ!』


 胸ポケットから通話時のような聞こえ方のするスイハの謝罪が響き、3枚の分身がポケットから脱出、俺の前方に浮かぶ。

 と、おかっぱの分身が、ポニーテールの分身に頭を叩かれた。


『ダァホがぁぁ!! セーブ前に死のうもんなら再スタートまでの数ヶ月、高天原(こっち)で過ごすハメになるんだぞ! 散々()かしといて肝心の所で足を引っ張りよって! (しば)し猛省せい!』

『んぅぇえ~……()(しち)また間違えたぁ~』

 

 俺より先に俺よりキレ散らかすシチシさんを目の当たりにし、不発した怒りが沈静化していく。 むしろバシバシ叩くのでやり過ぎではないかと心配にすらなってきた。 とはいえ、お互いペラペラな1枚の和紙なので音が軽い。

 ボブヘアーな分身が慌てて顔の横に飛んでくる。


『お怪我などはございませんか?!』

「あぁ……はい、何とか。 ……多分」


 落ちる恐怖も地面に激突した衝撃も一瞬で、正直、命の危機だった実感すら覚束(おぼつか)ない。 とにかく頭から落ちなくて幸運だった。

 低反発(まくら)のような踏み心地の草原でバランスを保ちながら立ち上がり、痛いところが無いか軽くストレッチする。 が、全身がまだ少しピリピリ痛むくらいで、無視できない激痛はどこからも感じられなかった。

 さすがの腐葉土でも骨折すら無いとは考えられず、やはり異世界特有な不思議土壌だったのだろう。 もしくはこれがステータスの影響か?

 俺では確認のしようがない背後へ回ったアマノさんに、出血や異物が刺さっていない事を診てもらい、「行李」と手を広げ空中に現れたことふみを受け取る。


「今の内にセーブしておいた方が良いですよね? 明らかに人里離れてるし」


 シチシさんがまだガミガミと説教しているのを除き、俺達が落ち立ったこの木々に囲まれた見晴らしの良い草原は、まさに平和そのものだ。 突然現れた弱そうな獲物に殺気を向ける魔獣は(おろ)か、草を()む草食動物や空飛ぶ鳥・蜜を求めて花を巡る虫すら見かけない。

 もしこれで一面が花畑だったなら「ここは……そっか俺、死んだんだな」と一ボケ挟めていただろう程に。

 だからこそ警戒を怠ってはならない、どんなに癒やし空間だろうとも、今立っているのは人の領域外なのだから。


『……そう、ですね。 予定からはだいぶ離れてしまいましたし。 最寄りの町村への道程(みちのり)を確認しますので、その間にセーブだけでも済ませておいてください』

「はい」


 ことふみを開き、ステータス(ページ)の自分の氏名を長押しする。 その間にアマノさんはヒラヒラと飛び回る2枚の分身と合流し、二人の間に入って場を(おさ)めていた。

 ……本来なら今頃、王都の教会地下室に転移して協力者であるシスターさんと合流し、装備を整えるついでに街を見て回りつつ歩数を少しでも稼ぐ予定だったのだ。 そうでなければ、スキルも戦闘経験も無い一般人をガチ弱肉強食界隈に放つ事になるからである。 ゲームのように、主人公のレベルに合わせた経験値用モンスターなんて存在はいない。 

 何より今の俺は――


「――おっと」


 セーブが完了し、氏名の横に赤い○が現れた。 今後はこれが3回青く点滅すればセーブ完了となる。


「ふぅ……」


 とりあえずこれで一安心。 最悪『高天原(スタート前地点)での足止め』だけは避けられた……ついでに1枚(ページ)(めく)って、深い溜息を吐く。


「助けを呼ぶにも街に入るにも、先ずはこれを取らないと、よなぁ……」


 昨夜書いて絶望した必須スキル。

 言語習得・5030000歩

 やっと異世界ですよ。

 ここまで読んでくれている人なんて、どのくらいいるんでしょうかねw

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