7歩 コトフミ
少し落ち着きたいとのことで、席を外したアマノさんを待っている間、シチシさんは給仕さんが淹れ直してくれた熱いお茶を眉間に皺を寄せてチビチビと飲んでいた。
「奴め、文句があるなら直接言えば良いもんを。 嫌がらせが陰湿過ぎるぞ」
「なら意地張って飲むの止めましょうよ」
俺も触ってはみたけど、淹れたてをレンジで1分以上チンしたのかと思える程の高温に、持ち上げる事すら不可能だった。
どうやらあの給仕さんはアマノさん派だったらしく……。
去り際、「温かい内にお召し上がりください」などと言い残して部屋を出た給仕さんの笑顔は忘れられそうにない。
だからって、自分から無理して飲む必要までは無いのでわ。
「もう火傷してるんじゃないですか?」
何がそこまでさせるのか……と呆れていると、少し涙目になってきたシチシさんが湯呑みを置いた。
「っん……悠長にしとると、何故あの時点で終わらせなかったのかと後悔するぞ」
「何が続くんですか?!」
結局、2人でフーフーしながら何とか飲み続けた。
「ねーねー、2人とも何したのぉ?」
「……」
「……」
今は忙しいから、シチシさんに聞いてください。
シチシさん、何でチラチラとこっちを見てるんですか。
*
さて。
飲みながらも雑談感覚で、これから行く世界の状況や禁止事項等を色々と訊ねておく。
今みたいに、知らぬ間に地雷なんて踏みたくないからな。
……と、思っていたのだが。
「あ~? ……面倒臭い」
「えぇ……」
真面目に訊いた途端、梯子を外された。
シチシさんが湯呑みを置く。
「安心せい、行くときにはウチらの分身を持たせる。 和紙製だから箸も持てんが、見聞きくらいならば問題ない」
「スマホみたいなもんですか」
「だな」
それはありがたい。
シスターさんがサポートしてくれるとはいえ、いつでもアマノさん達と話せるのは心強い。
「百聞は一見に如かず、必要な時や暇な間にでも教えてやる。 どうせ国家間のいざこざと関わる気は無いし、お前は獣耳や人魚等を差別したりせんだろ?」
「そりゃぁしませんが――」
やった♪ 獣耳や人魚いるんだ♪
超会いたい! 抱き付かれたい! ずっ友になりたい!
「――聞きたいのはですね、獣耳っ娘に玉ねぎやチョコは大丈夫なのかとか、人魚に魚料理はセーフなのかとか。 そういった下手すると地雷になりかねない点ですよ」
「それこそ今聞くべきか? てか視点が保護者みたいになっとるぞ。 言っとくが都合良く美少女を助けて『ご主人さま~♪』なんぞフィクションだし、危険過ぎて旅には連れていけんからな」
チッ!
「“例えば”ですよ、さすがにそこまでは期待しません。 それに情報収集のため冒険者に奢ったり、飢餓状態の子供達に食わせたいなんてことになったら、ミスれないでしょ?」
喧嘩売ってると、嫌がらせだとは誤解されたくない。
「まぁな。 だが安心せい、大半はアレルギーでもない限り雑食だし、そういう類いの案件はシスターの方が詳しいからな。 頼ってやれ」
「そんなに面倒臭いですか、ここで説明するの」
こんなんで大丈夫なのだろうか、と不安になってきた。
* *
「お待たせ致しました……どうして汗だくなんですか!?」
アマノさんが帰ってきた。 4人分の水羊羮をお盆に乗せて。
2人して額の汗を袖で拭う。
「いやな、どちらが先に熱い汁を噴き出すか、血潮を滾らせておった所だ」
「おぉ、おっ、お、なっ……! お2人で一体何を?!」
「緑茶を胃痙攣に堪えながら飲み干しただけです」
卑猥な表現は控えていただきたく……。
つるっと滑らかな舌触りと、冷蔵庫から出したばかりのようなヒンヤリ感が、火傷しヒリヒリと痛む口内を優しく癒す。
ありがたい事にこし餡とつぶ餡が2つずつあったので、酷使した舌に染み渡る小豆の風味を生かした適度な甘さや、薄い皮の歯応えを楽しんでいる。
うん、今まで食べてきたどの水羊羮よりも美味しい。
あっさりしていて食べやすく、甘さがしつこくないのが俺の好みにピッタリ嵌まった。
さすが天界、市販の安物とは格が違うな……なんて呟くと、「ありがとうございます。 因みにこちらは、給仕が手作りした物なんですよ」とアマノさんに微笑まれた。
あの腹黒給仕さんだろうか。 更にはアマノさんにこれを持たせたのも、その給仕さんらしい。
赦された……のか?
「アマノ~、どこまで話したの~?」
暫くはこの味ともお別れかぁ~……などと記憶に刻みつけるように味わっていると、水羊羮(こし餡)を食べ終えたスイハがそんな事を口にした。
アマノさんが、湯呑みを綺麗な所作でスッと茶托に置く。
「そうですね……今必要な話しとしましては、『コトフミ』の扱い方と、私達の分身について――」
「それならもうしたぞ。 後は使い方と、それらを渡すだけだ」
「そうなのですか? でしたら『コトフミ』についてをお話しして、今晩はこちらでお休みいただいた後、翌日の昼前には出立いたしましょう」
えっ? 1泊していくのか。
テンプレのように、色々持たされて即投下されるものとばかり思っていた。 が、考えてもみれば俺、今寝間着だった。
寝た直後の召喚なのだから当然だ。
スイハが「えぇ~!」と抗議する。
「早くレベル上げしようよ! じゃないといっぱい死んじゃうじゃん!」
「深夜何時だと思っとるんだ」
「教会ならずっと開いてるじゃん!」
「そうだな、夜勤の者が対応してくれるだろうな。 で、何も知らん者に『高天原から来ました、事情を知っているシスターを呼んでください』と起こさせる気か? 理由を訊かれても教えられんのに? んなもんいくら教会でも警戒する不審者でしかないし、目立ってしょうがないぞ」
「でもぉ~……」と納得しきれていないスイハの頭を撫で、アマノさんが「焦る気持ちは分かります」と慰める。
「ですが、同じ思いで協力してくださる皆さんに、こちらの都合ばかり押し付ける訳にもいきません。 分かりますよね?」
「……んっ」
優しく諭され、泣きそうに顔を歪ませながらもスイハは頷いた。
アマノさんと目が合う。
「と言う訳でして、その……よろしいでしょうか」
「え? あっ、はい」
よろしいかなどと形式的に問われたが、選択肢は『はい』か『Yes』しかない。
場に流され、反射的に首を縦に振るう。 も、内心気が気ではなくなっていた。
いやいやいやいや、居辛いわぁ~……
こうしている間にも誰かが殺されているかもと逸る少女を目の前にして、水羊羮を味わい、泊まる予定に頷くとか。 罪悪感で胃まで痛む。
どうしてこうなった。 誰のせいでこんなに気不味く……ってスイハのせいじゃねぇか!
考えてもみれば俺がここに居る原因も、無駄に脱線したのも、全てスイハのせいだった。
もうホントお前寝てな!
随分な遠回りをした気もしつつ、話は本題へと戻る。
シチシさんが、何処からともなく古めかしい装丁の本を取り出し、卓上に置いた。
TVなんかで見る古事記のような。 でも見た目新品っぽい。
「これが、お前の『コトフミ』だ」
「コトフミ……」
……とは?
「安心せい、コツさえ掴めば自在に装丁くらいなら変えられるぞ」
「いや、そこに引っ掛かっている訳ではなく」
筆記用具はどこですか?
アマノさんによると、『古事記』は『ふることふみ』や『ふることぶみ』とも呼ばれているらしく、そこから取って『事記』と名付けたそうだ。
それだけではない。
「実は上位神様方の殆どが、一時的にとはいえ複数の加護を与えるのに難色を示しまして……歩数によってお貸しいただける加護が解放される仕様なんです」
「……ほすうぅ?」
あまりにも斜め上の発言に、鼓膜がイカれたのかと耳を疑う。
歩数と言うと、万歩計で計る、あの歩数だろうか。
1歩、2歩、3歩と……歩いた量で加護を貰えると?
何だそのとんでもルール。
「えっとそれは……1歩毎にレベルUP的な話でしょうか」
「いえ、貰える加護やスキル?……と言うのに、見合った総歩数でなければ頂けません。 必要歩数は、『ことふみ』にスキル名を書いていただければ表示されます」
「…………」
早速『ことふみ』を開いて書いてみた。
書く物が無いと言うと、指で充分だと返され、本当にタッチパネルのように書けた。
和紙な触感してるのに、変な気分だ。
適当に開いた真っ白い空間に書いたマジックのような太文字の隣に、数字が浮かび上がる。
『ベクトル反転』 52000000000歩
「…………」
えっと、一十百千万十万百万千万一億十億もういい……。
てゆうか、どこ開いても真っ白で、純白の和紙の束で……1ページ目にだけステータス画面らしき空欄が表示されていた。
1枚捲るが、もちろん何もない。
てことは、
「あの、えっと……つまりですよ? ここであらゆるチートを預かってから行けるのではなく、初期レベル1の一般人スタートで歩き回りながら、スキルを獲得していけと?」
「そう、なります……」
言い淀むアマノさん。 とは対照的に、シチシさんは何処か愉しそうに胸を張り、
「この条件に落ち着けたのは僥倖だった。 なろう系みたいだろ?♪」
などと、一切の臆面もなく言い切った。
「…………」
いや確かに設定としては文句無くぶっ壊れ神チートだが。
序盤で何回死ぬんだろ、これ……
『サキュバスお姉ちゃんとの異世界村興し録』を書いてたらちょっと遅れました。(勿論まだまだ投稿出来そうにありませんが……)
キャラ名考えてる間でこっち書きました。
なので文章がいつもより下手になってたらすみません。
こんな感じで頻繁に遅れると思うので、また暇な時にでも思い出したら気軽に読みに来てください。
スマホも持ってないのでニコニコ生放送まで見れなくなった哀しみを乗り越えられるように、次も頑張りますノシ