分身にできること
前回のあらすじ
???「どうせスイハが何かやったんでしょ?」
アマノ「ぅっ……」
狼、狼、狼、狼、狼。
まるで草原へと遊びに来ていたご家庭のような群れの視線を一身に浴び、あぁ……野生動物でも呆気にとられた目するんだなぁ……などと関心していると、十数の蛇が這いずるかのような背後からの音で我に返った。
咄嗟に近くの仔犬2匹を両脇に抱え、森から離れるべく群れに突っ込む。
「来た来た来た来た来たぁ!!」
木々の隙間から十数の蔓が飛び出し、俺のみならず近くの狼にまで襲い―
「…………ぁ?」
―届いていなかった。
戦闘態勢で唸る狼達の手前までは来ていた蔓だったが、どうやらこれが限界らしい。
俺を探しているのか、蔓が隙間に腕を入れているみたいにウネウネと動き続けている。
あぁ、そもそも目は無いんだっけ。
蔓を見て放心している両脇の仔犬を、そっと草原に降ろした。
「えっと……逃げ切った?」
『っぽいな』
シチシさんが頭上に降り立つ。
不定形生物ならばまだしも、蔓には限界がある。 状況に応じた急速成長でも出来ない限り、トレントとはここでお別れだ。
その後も蔓は数秒間ウネウネと周囲を探っていたが、ゆっくりと鈍り続け、遂にはだらんと垂れ下がった。
シチシさんが見るに、動くための魔力が尽きたらしい。 そのままその場で根を張り、次の獲物が来るまで魔力を貯めて待つそうだ。
こっわ……
死ぬかと思った。 こんな所で死にロードしていたらまたあの距離を歩き続ける羽目になっていた。
むしろゲーム的には初見殺し・セーブ&ロードのチュートリアルイベントだったのだろう。 回避出来たのは奇跡でしかない。
「…………今の内にセーブしとくか」
トレントまでなら至って平和な獣道ではあったが、またあの距離をとなると勘弁願いたい。 これ以降も然り。
ことふみを掌に呼び出し、ステータスページを開く。 自分の名前を長押ししていると。
『いいのか?』
と頭上から尋ねられた。
「ん? 何が…………あ」
セーブが完了する前に指が離れる。
トレントの脅威が消えたことで、狼達の戦闘態勢がこちらに向いていた。
「…………おっ邪魔しました~!」
明らかに人の手が加えられた平らな林道を、シチシさんを先頭に全力疾走していく。
平と言っても石が落ちていないだけで、偶に見える木の根に足を取られれば終わりだ。
そんな俺の背後、木々の隙間からは走る毛皮達が垣間見え、追ってくる足音だけでも威圧感が尋常じゃない。
仔犬を守ったと言っても過言ではないのだから、見逃してくれても良かったのに。 やっぱりこうなった!
いきなり面倒事を手土産に現れて怒っているのか、丁度良い昼飯としてご所望なのか、その両方か。 そこは狼のみぞ知るところ。
反撃方法が木の枝しか無い俺には関係無い。
「ってあれ?」
枝が無い。
今、両手にあるのは手相くらいで。
まさかとは思うが……
先行するシチシさんが進行方向はそのままに、クルッと半回転する。
『襲いかかってきた時は尖端でも向けてやれば……あ? お前、枝はどうした?』
「仔犬抱えた時に落としてきたかも……」
『はぁぁ?!』
唯一の身を守る手段すら失っていた。
『おっ前……あぁぁあぁっクソ! とにかく長く走れ、どうせすぐには襲ってこん!』
「なんでっ……そう言い切れるっ?!」
トレントからの連走で足も体力も尽き掛けながらも疑問をぶつけると、シチシさんは俺の背後を警戒しながら肩に降りた。
『奴らは警戒心が強い。 弱そうな身なりでも、周囲に分からん白い物が浮遊してれば油断はせん』
白い物。 シチシさんの分身か。
確かに何らかの護身アイテムかと疑うわな。
「なら、そろそろ歩いても良かったりぃ!?」
『たわけ、群がられとる意味も理解出来んのか?! 囮がフェイント仕掛けて隙を突かれるぞ』
「ってか狼相手に走って逃げろって方が既に無茶苦茶なんだが。 絶対遊ばれてるだろこれ!」
とはいえこのままでは、狩りに来ていた冒険者と遭遇して助けてもらうくらいしか生存ルートが見当たらない。
一か八かの枝も落としてきたし、分身は和紙だし、シチシさん達は魔法で干渉出来ない。
今度こそ死にロードか?! 二段構えの負けイベントなのか?!
と、
「そうだ! スイハ、君に決めたぁ!」
『ふぇ?』
胸ポケットがもぞもぞし、『なに?』とスイハが前方に飛び出る。
『攻撃は出来んぞ!』
「攻撃しなくていい! てか当てるな?! 本気で飛び回って、思いっきりドン引きしてもらえ!」
『分かった!』
元気よく頷いたスイハが、『いっくよ~!』と俺に襲いかかっていた時のようにグッと空中で力を溜め。
先頭の狼が速度を上げた。
刹那。
視界に描かれた何本もの白線と、周囲一帯から轟く銃声。
いや銃声というよりは、弾丸が空を切った衝撃波音と表現するのが正確か。 それも何十発もの同時狙撃でも起きたかのような。
狼達の前を、顔の横を、足の間を、鼻の上を、通り過ぎた白線と音。
直後急ブレーキからの転身、耳も尾もヘタリと丸めてキャンキャン鳴きながら逃げて行く狼達を、目で追って。 その姿が見えなくなった所で、俺は足を止めた。
エっグ……
軽いイタズラをしてきた程度のテンションで戻って来るスイハが、スッキリした風に爆笑してる。
『アハハハハッ! すっごい慌ててたね!』
「なんか……申し訳無くなってくるわ」
いきなり巻き込まれて、こんな目にまで遭うなんて。 やらなければ殺られていたとはいえ、罪悪感が凄い。
事前に『当てるな!』と注意しておいて正解だったわ。 和紙とはいえ直撃してたら両断もありえたろう。
「よしっ」
名前の横が青く点滅し、セーブが完了する。
ことふみを閉じて顔を上げると、そこは登山ルートのような林道で、車2台なら並べそうな幅になっている。 なだらかだが下り坂で、200mから先はここからじゃ見えない。
さっきの草原も、狼さえいなければキャンプ地として有用そうだったことから、自然に出来た道とは考えにくい。
つまりここから先は……
「鬼が出るか、人が出るか」
変な所を目撃されてはいけない、という意味で一段と緊張感が増してくる。
せめてこれ以上、魔獣に追われるのは勘弁願いたい。
・ ・ ・
日が南中を過ぎて西に降りていく時刻。
2台の幌馬車が、レイレット村への道端で座り込む少年に、脚を止める。 1台目の荷台から金属音を纏った足音が降りてきて、過労で背が丸まっていた俺に話し掛ける。
が、何を言っているのかがさっぱり分からない。
「すみません……乗せてってもらえませんかね?」
「…………?」
お互いに。
仲間だろう2人の軽鎧が合流し、地面に座り込んだままの俺を見て話し合っている。
軽鎧とテキトー言ってるが、普通の鎧のような重装備ではなく、全体的に軽そうで機動力重視みたいな装備だ。 ファンタジー系作品でよく見るやつ。
そんな身なりである3人の会話は、多分『どの国から来たんだ?』『1人か? 他は?』みたいな感じだろう。
だが手荷物は何もないし、個人を特定する物も無い。 あったのは胸ポケットの紙くらいだが、3人にはそれが何なのか皆目見当もつかない様子だった。
怪我は無……藪を突き進んだ時に頬や手の甲から軽く血が出ていたくらいで、それが歩けない原因ではない。
へたり込んでいるのは、単なる走り過ぎである。
『ついでに基礎体力向上のため』とか言って、あれからずっと道なりにランニングしていたのだ。 もう脹脛も太腿もパンパンだわ。 トレントと狼を相手にした後で数時間のランニングは本当に辛かった。
休息はあっても昼飯も水分補給も無し、道中に果物は生っていなかったし、ことふみを開いてみても歩数で飲食物は購入出来ない。 空腹と暇を紛らわすためのランニングでもあった訳だ。
おかげで色々考えてきた方法が全て無駄に終わったが、演技ではないグッタリ疲弊した難民感が醸し出せているらしい。 怪我の功名だ。
軽装鎧の若い声のが1人、馬車に戻り……あれはやっぱ俺の事を報告しているよな?
今の俺は瞼を上げているのも怠いくらいだ。 殆どを音で判断している。 音なら勝手に入ってくるから。
仲間か、それとも行商人の護衛中だったのか。 ……実は奴隷商人でしたとかならスイハにまたアレをやってもらうとして。
と、戻ってきた軽装鎧の若いのに軽くお姫様抱っこされた。
「ひゅぉえっ!?」
若いのと言っても、中性的な細身の俺とは違ってガッシリしており、背中を支える手は大きい。 仰向けになったことで見えた顔は20代の金髪兄ちゃんだった。
ニカッと明るい笑顔で話し掛けられながら運ばれる。
ちょ……
お姫様抱っこなんてもちろん慣れていないので、腹を上にして上下揺れながら移動するのが、とてつもない違和感で酔いそう……てか顔も近い。
にしてもこの高さを両腕だけで運ばれるのって、結構怖いんだな。 俺だけか? フォークリフトの方が安心感あるだろこれ。
と2台目の幌馬車が見えてきた。
うわっ、大きい。
1台目のより少し長い荷台と、それに繋がれた2頭の馬車馬。 幌の側面には布で蓋をされているようなのが2箇所ある。 これを上げれば外が見える構造のようだ。
そんな2台目の荷台に乗り込む。 影になっていて見れなかった中に、目が慣れてくると。
「ふへ……」
そこにはガテン系おっさんの群れがいた。
左右の長椅子に向かい合う形で、筋肉質な男達がズラッと。 と俺を抱っこする若いのが彼らに声を掛け、おっさん達が「「おうっ!」」とばかりに協力して、奥にあった2枚の布で即席の寝床を作ってくれた。
おっさん達の足元に。
いやうん……快く乗せてくれて有り難いんだけどね。 そこですか?
確かに俺くらいなら寝転がれるスペースはある。 元々は大量の商品や資材でも運ぶ用だったんだろうって程に広い荷台だし。
文句なんて言えない、言うつもりも無い。 しかし内心で思うくらいは許してほしい。
仕上がった即席寝床にそのまま降ろされ、折り畳んだ枕に後頭部が沈む。
寝心地は硬めだが疲れた体には悪くない。 が、
「………………」
頭の両隣には足足足。 更に座っているおっさん達が思い思いに喋りかけてくる。
あと臭いが……陸上部男子更衣室より濃い。
続いて軽鎧さん達も入ってきて椅子に座った。 彼等の座る場所は出入り口の近くなので、その足元には太陽光が差し込んでいる。 つまり、おっさん達を避けて彼等の足元に頭を置くと、眩しかったわけだ。
改めて皆さんの優しさが身に染みる。 臭いけど。
軽鎧さんが前方へ呼び掛ける。 数秒してから小さな返事が聞こえ、御者席から鞭の音が。 馬車はゆっくりゴトゴト動き出した。
サスペンションの技術でも備わっているのかってくらい振動は少なく。
俺は薄目で軽鎧さん達に返事をしながら時は経ち。
無事夕方までにレイレット村門前へ到着した。
さてその後、会話に全くついて行けないまま流された諸々の結末から言うと。
俺は今、魔法使いのお姉さんと同室で宿にいる。
……説明するとですね。
レイレット村門前に到着した俺は、そこで別れる予定だったらしい軽鎧さん達と行動を共にする事に。 この時、1台目の幌馬車に乗っていたのがもう1人の仲間である魔法使いのお姉さんだった。 見た目は武器を所持していない軽鎧お姉さんだったから、拳闘士かと思った。
その後軽鎧さん達に連れられ、門番へと引き渡されて詰所へ。 と言っても簡単な事情聴取のようなものだったっぽい。 会話に困った門番から最後に金属製の小さなプレートを渡され、これで良いのか?とこちらが心配になるほどあっさり門の内側へ通された。
外にいた軽鎧さん達と合流し、そのまま宿に到着。
魔法使いのお姉さんに背後から抱き着かれるなどしている間に部屋は取れたらしく、手を引かれて付いて行った先が俺とお姉さんの部屋だった。
だって着くなり布団に寝転がるし、俺を見ながら隣をポンポンしてるし。
ここからどうやって男だと証明しろと? 脱げと? 今ここで。
完全に誤算だった。 まさかここまで親身になってくれるとは。
てか女の子と思われてたのなら何でガテン系おっさんの群れに寝かせたし。 あれのせいで性別アピールしそこねたのもあるだろこれ。
「その後、服の汚れに気付いたお姉さんが魔法で用意してくれた湯で体を洗って、女物だけど寝間着まで用意してくれてて。 今は3人と合流しているのか、俺だけでお留守番しているって現状です」
『そう……でしたか、私の居ない間にそこまで……』
アマノさんの分身が、漸く土下座姿勢から頭を上げる。
長時間、本来の転移場所だった教会との擦り合せに苦労していたようで、俺としては土下座される謂れもないのだが、『現状は全てこちらの不手際によるものなので』とのことだ。
本当に土下座しなければならないスイハの分身は、寝ているのかさっきから応答が無い。 こいつ……
「とりあえず。 ここまで何とかなったので、次を考えましょう? 具体的にはどうやって保護してくれた彼等と失礼の無いよう別れるか。 それと別れた後の身の振り方なんですけれど」
正直、両方共に良い案が無いんだよなぁ。
まず、保護してくれた彼等からしてみれば、俺は異国の難民だ。 言葉も通じなければ、パーティーに加えて活動する訳にもいかない。
冒険者登録だってできるかどうか……
かと言って働こうともせず「教会から迎えが来るので大丈夫です」なんて不可解極まりないし。
『あの……』
申し訳無さげな声のアマノさんに「はい?」と応えると。
『教会からの馬車は、最速でも1週間は掛かるそうです』
「えぇ……」
どうすんだ……これ。
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現在就活中16年目、今年こそどこかに入社出来ないとスマホが使えなくなります。
小説家になりたい夢だけは変わっていませんが……自分にセンスがあるのかどうか全く分かりません。
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