4. 事件の末に
脊髄反射で男の首を捉えた俺を止めたのは、人質に取られているフィリアだった。
男が状況を判断する間もない速さで、フィリアはガタイのいい男二人を同時に地面に叩きつけた。
俺はその衝撃で理性を取り戻すと、フィリアに代わり男を羽交い締めにした。
「リャーナが理性を飛ばしてどうするのよ」
彼女は呆れたように言っている。俺は素直に謝罪を述べる。
男は更に力を強め抵抗してくる。
「おい…大人しくしねぇと腕、引き千切るぞ?」
殺意をふんだんに込めた視線を男に送ると気絶したのか、力が弱まった。
俺は男から離れると警備隊が走ってくるのが見えた。
俺たちが男から目を離し、背を向けた瞬間だった。
男は音もなく立ち上がり、俺の後頭部を強打していたようだ。俺ははじめ、何が起こったのか理解出来ず普通に後ろを振り向くと、男は俺の顔面にもグーでパンチを決めた。
硬化していない肌は一般の人間と同じため、かなりの激痛が走る。
警備隊が到着し男を取り押さえようとした瞬間だった。
俺の目には警備隊が男の〝上半身のみ〟を持ち上げている姿が目に映った。
男の身体は刃物に斬られたように真っ直ぐな断面で、零れ落ちる内臓もまた綺麗に真っ二つだった。
血は飛び散っておらず、ただひたすらに断面から大量に流れ出しているだけだった。
横を見ると我を忘れ、目を見開き、男の断面を見つめているフィリアの姿があった。
フィリアの手で人間の生命活動を強制終了させるのを見るのは、使徒となる前のあの凄惨な出来事以来だった。彼女の目からは涙らしきものが流れ出している。
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警備隊駐屯地。俺たちはあの後駐屯地へ連れてこられていた。
幸いにも…?殺めてしまった男は犯罪を重ねていた犯人らしく、その犯罪数故に反省の余地なしとして、極刑の判決を下されていたらしい。
それに加えて図書館の入館管理をしていた妖精の供述と、警備隊自身が、俺が殴られているのを目撃していた為に直接的な刑を下されることがなかった。
…が、人間を殺めた事実がある為取り調べを受ける羽目になった。
取り調べ…のはずなのだが…刑がある訳では無いので、あの場にいた警備隊の内の一人のアルドレア・ランズベルクという男の質問に唯ひたすら答えさせられているだけだった。
「君…えと、リャーナ・イアリエさん。貴方、あの男に物凄い一撃を顔で受けていらっしゃいましたよね?」
「…え、ええ。そうでしたね」
「何故、傷一つ付いていないのでしょう!?」
「…。…顔は当たり所が良かったんでしょうか…。後頭部の方は…今でも…ジンジンしてますよ…?」
「そーうですかそうですか。それなら良かったですねぇ」
この男は何なんだろうか…。聞いていることにあまり答えられていないことに気が付いていないようだ。…しかし気になることがある。この男自身が既に答えを導いているような面持ちなのは何故だ…?
「ええと。君はフィリア・ストリアさん。…貴方は魔力が使えるのですね…。数少ない人間のようだ。…それにしてもあの手刀は物凄かったですねぇ!」
「…そ、それはどうも…。(私あの時のこと全然覚えてないからなんて答えればいいのか分からないのよねぇ…。でもこの男はやっぱり魔力を操れるようね…それも操作系…気が付けて良かったわ。…リャーナは気が付いたかしら…?)」
この男が警備隊に、それも尋問部に配属されているのは最もね…。
「…フィリアさんは何も覚えていないようだけれど大丈夫ですか…?」
「ええ。出来れば早くここから出していただきたいのですが…。私たち大図書館に入館するためのお金を稼がなければならないので…」
私が素直に尋問官に話をすると、男は何かを思い出したように控えに戻って行った。
数分後、彼は手に大量の札とお札、そして一枚の文書を手に持って部屋に戻ってきた。
「あの…これらは何でしょうか…?」
「あぁこれらはあの男に懸けられてた懸賞金と懸賞品です。内容物の詳細はこちらの文書に書いてあるのでまぁ後々確認しておいて下さい」
「は、はぁ…」
「長い間引き留めてしまってすみませんでした…」
「は…ぁ…。じゃあ失礼します…」
グダグダな状況の中、やっと解放された。
男から貰った地図を広げる。…ここから大図書館までかなりの距離を戻らなくてはならないようだ。
「図書館に向かいながら確認しましょうか」
「ああ。そうしようか」
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「尋問官…。何故あの二人に刑を課さなかったのですか…?」
一人の小官が駐屯地司令であるアルドレア・ランズベルクに無礼を承知で質問をした。
「…私の判断が不満かな?」
「…いえ。決してそんなことはありません、が…しかし…。いっいえ!申し訳ありませんでした」
小官は即刻司令の元を去って行った。
「あんな態度じゃ後輩君たちに嫌われちゃいますよ司令」
「アンジェリーナ…彼らは後輩ではなく部下だ。お前も私の部下ではないか…。お前も私が嫌いか…」
「ええ、嫌いですよ。職務中の貴方はどうも胡散臭くて嫌いです」
職務中は…か。全く…嬉しい言葉だ。
「さっきの質問答えてくれないんですか?」
「ああ。答えようか…。…アンジェリーナ。お前はあの二人とすれ違った時、何か感じなかったか…?」
「ええ。男の方からは魔力を微量に感じましたよ」
「ああ。そこだ。男の方は頭のネジが緩いのか、私が操作系魔力を使用していることに気が付いていなかったようだが、そのお陰で彼が人間離れした能力を所持していることが分かった。…自然治癒能力だそうだ。訳が分からん」
自然治癒能力…聞いたこともない能力だ。魔力でどうこうできる代物ではないと思うが…。
「男の方は自分の魔力が漏れていることに気が付いていないってこと…ですか…。…では女の方は…?」
「男の方は漏れている程度で済めばいいな…。女は羽こそないが間違いなく妖精だ。俺の操作系魔力を逆用して俺の意識を改変していた」
「…貴方の魔力量を超えたということですか…?」
「ああ。それに女の方の、あの純粋な魔力は妖精以外有り得ない。それに…男の方も俺の数倍の魔力量はある。形こそ人型だが、人間ではないかもしれん。要するに…あの時このことを口に出していれば私たちは殺されていたかもしれないということだ」
「では…」
「ああ。あの二人は要観察対象として、厳重に警戒。この都市における殆どの施設の利用をあの札で許可してある。監視に関してはしやすいはずだ」
この人は何処まで先を見据えているのだろうか…。私は司令が考えていることの何処まで理解出来ているのだろうか…。
「アンジェリーナ。君も魔力を操れる者として彼らの監視官に一時的ではあるが異動してもらう。勿論私も然りだ」
「はっ。了解致しました」
「彼らがこの都市にいる内にケリを付ける必要があるかもしれない」
尋問官を超える魔力量…。聞いたこともない能力。…まるであの神話に出てくる翼の欠けた使徒のようだ。