2. 似ている関係
魚のいい匂いがする。焼き始めてからそこそこいい時間が経っている匂いだ。
俺は匂いに釣られて目を覚ました。横ではフィリアが寝ている。
俺たちが寝ていた場所は馬車の荷台のようで、焚き火の音が聞こえることから馬車の持ち主はここで泊まっていくのだろう。
荷台には微かに月と焚き火の灯りが差し込んでいる。
俺たちが落下した時間帯は昼頃だから最低でも半日は経過している。…とりあえず気絶していたと仮定しよう。
隣で横になっているフィリアを起こす。彼女は寝起きが悪いが、今回に限っては無理やり静かにさせる。
「(何すんのよ!)」
「(静かにしろ!周りをよく見るんだ。下界に降りてから半日以上は経過している。ここは多分山麓だ。俺たちが落ちたところは平原だったんだから拾われた可能性が高い)」
「(なるほどね…。…にしてもいい匂いがするんだけど。魚?お腹空いてきた…)」
フィリアはまるで危機感を感じていないようだ。…寝起き故にフィリアの判断能力はかなり低下しているようだ。
「(おい待て!無策で姿を現す気か!)」
「(うっさ~い。私はお腹が空いたんです~)」
俺の手を払い、匂いの方へ出ていってしまった。俺も追うようにして結局姿を現す。
目の前には、焚き火で魚を焼いている二人がいた。片方は人間でもう片方は妖精だ。もちろん妖精には美しい羽が生えている。…久しぶりに見た妖精の羽に一瞬見蕩れそうになった。
こちらが(俺が)警戒心を高めると、目の前の二人は恐ろしそうにこちらを見ている。
俺を見る目は怯えているようで、フィリア見る目はまるで追われている小動物のようだった。
俺は少し安心して警戒を和らげる。…そしてフィリアを見た。すると俺の目にはまるで食事を求める獣のような体勢の女が写った。その姿を見て正直引いてしまうほどだった。
「何してんだよフィリア。まるで獣そのものだぞ」
「え~?酷~い。リャーナは私にそんなことを言うのね?」
…こいつの脳はまだ正常に働いていないようだ。このままでは会話すらまたもにできないと感じ、目の前の彼らに魚を要求した。
「済まないんだが、君たちが焼いている魚をこいつに分けてくれないだろうか?…助けてくれた…(?)上に食事を要求するのは申し訳ないのだが、こいつがこの様子だとまともに話もできそうにない…」
俺は警戒心を解き、威圧を与えないように頼んだ。彼らはまだ怯えているようだが、恐る恐る魚を渡してくれた。
「ありがとう。…っておい!」
俺は元から食べるつもりはなかったのだが、彼らの与えてくれた二匹の焼き魚を同時に頭から咥えると、そのまま呑み込んだ。
『…一口かよ(ですか…)?』
その場でフィリアを見ていた三人は同時に口から同じ言葉が零れていた。
「…あれ?なんか口の中が魚の味がするわ?ってリャーナ!この人たちは誰?敵?」
魚を食べて脳が正常に機能し始めたのか、突然恩人に対し敵と言い放った。…俺はフィリアの頭を掴んで二人に謝罪する。
「こいつがどうも失礼を働いて申し訳ない。寝起きが悪くてな、やっと正常に戻ったんだ…。…お前も謝れ」
「す…すみません?」
言葉が通じるか疑問も残ったが杞憂だった。そして彼らは俺たちの謝罪を受け入れてくれた。
「…顔をお上げ下さい…僕たちも勝手に馬車に乗せてしまって…」
「寛大な心に感謝する。…あなた方が謝る必要は少しもない。こちら側としては助けて頂いたことと食事を与えてくれたことといい感謝しかない。本当にありがとう」
「いえいえ…。そういえば、あなた方を拾ったのは半日前なのですがあそこで何をなさっていたのかお話を聞いてもよろしいですか?」
「ああ、もちろんだ。こちらも聞きたいことが幾つかあるから答えてくれると助かる」
「あっはい。可能な範囲でしたらいくらでも」
青年の方はとてもしっかりとしていて、俺の話を親身に聞いてくれている。
妖精の方はまだ警戒心が解けていないようで、俺とフィリアを交互に睨んでいる。…フィリアもまた前の二人を睨んでいる…。妖精というのは疑い深いのだろうか…?
「そういえば、名を名乗っていなかったな。俺はリャーナ・イアリエ。こっちはフィリア・ストリアだ」
「そうでしたね。僕はアルメリア・ロドリスです。そしてこっちの妖精はシルフィア・アルカトラズです」
「改めて拾ってくれてどうもありがとう」
人間と妖精のペア。俺たちと同じだ。どこか親近感を覚える。
「先にアルメリアの質問に答えよう。まずは何を話せばいい?」
「そうですね…あっ。あの大穴を作り出したのはリャーナさん達なのでしょうか?」
大穴…?なんのことか解らず、結局こちらが質問をする側になってしまった。
話を聞くと、俺たちは落下の衝撃で結局大穴を空けてしまったのだと理解する。加えて彼らには創造物の存在も知られてしまっていた。彼らがどう認識したかはあえて深くは聞かなかったが、あまり良い事とは言えない。…結果的に嘘を幾つかつかなければならなくなった。
正体を隠すことはもちろんのこと、際どい質問には嘘を交えた。
「…そうだったんですね。でも少し安心しました」
「安心…ですか?」
「はい。ご存知ないですか?ある神話に、天より降臨せし二人の使徒が、自らの罪を償うために人類種を屠るという残酷なものがあるのです。まぁ悪い事をした子供を叱るための方便だとシルフィーに教えてもらったんですが」
今、なんて言った?アルメリアの話した神話はまるで俺たちのようだ。俺たちは顔を見合わせる。…人類種を屠る?それではまた同じ罪を犯しているだけではないか。俺たちには関係ないと思おうとしても、心のどこかに引っかかって残っている。
そんな中でもアルメリアはまだ話を続けていた。
「でもそうですよね。お二人には翼が生えていませんもんね。それに記憶も薄れているようですし…。でもちょっと期待していた自分がいて驚いてます」
「…そんな恐ろしい神話があるんだな…」
今代の人類史でも使徒は神話で語られ、翼が象徴のようだ。その事実に少し疑問を覚える。
これは後でフィリアと話し合う必要がありそうだ。この世界はどうも都合がいい。寧ろ良すぎるくらいだ。その他にも似ている神話があるのならば俺たちは調べなければならない。…俺たちは次々に疑問を感じはじめた。
「…あのお二人はこれからの予定とかあるんですか?」
「俺たちか?いや何もない。でもしたいことは見つかった。俺は他の神話を読んでみたい」
「そうですか。でしたら僕たちは都市に向かっている途中なのでリャーナさん達も一緒に行きましょう」
「いいのか?それは助かる」
「では今日はもう寝ましょうか」
胸に募りはじめた不信感は俺たちを焦らせる。
そのせいか、その夜はよく眠れなかった。
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翌朝。
馬車の揺れは落ち着いていて、都市までの距離を感じさせた。舗装されている道路には多くの馬車が列をなしていた。
ただ都市と聞いていたので、郊外よりもある程度発達しているのだろうぐらいに考えていたが、目の前の都市は想像を遥かに超えていた。
「何だ…これ」
思わず口から零れてしまっていた。それを聞いていたのかアルメリアが反応してくれた。
「おはようございます。リャーナさん、フィリアさん。あえて昨日言わなかったんですけど、いい反応をしてくれていて嬉しいです。ここが目的地のポリテオスです。数回来ている僕でも、来る度に驚きますね…」
その後、列で順番を待つ間にシルフィアが都市について話を聞かせてくれた。
大都市ポリテオス
人類種の中枢を担う都市であり、大昔に人間と妖精が共生していた場所を発達させ創りあげたとされる歴史の深い地らしい。
その時代の最先端を進むと共に世界に変化と成長を与えているそうだ。
しかし都市の詳細を知る者は少なく、シルフィアによると内面は薄汚れた人間らしい都市だという。