1. 降臨せし使徒
さて、俺たちが降臨する上で他の使徒と違うことは何か。
そう、俺たちには翼がない。故に自由落下を地表まで続けることになる。
天候は晴れ。僅かに広がる雲は巻雲だ。その上空から落下していることから、高度は5000メートルをゆうに超えているだろう。俺たちは焦りを禁じ得なかった。
「おいおいおいおい、どうするよ。ってそうだよ。お前は妖精なんだから飛べんじゃねーの?いつも浮いてたじゃねーか」
「羽があれば飛べるけど私は昔にもがれてるから無理よ!できても浮くだけ。飛行はできないのよ!それにいつも浮いてたのは少しでもあなたの視線の高さに近ずきたかったからだし!」
「んじゃあつくづくどうしようもねぇじゃねぇか!」
ここで考えていることを伝えておこう。俺たちが心配しているのは自分たちのことではなく、落下した場所の、その後の状態だ。
俺たちは落下しても死ぬことはない…だろう。しかし、対流圏からの落下だ。このまま速度を上げて続ければ地表へのインパクトは軽くはないだろう。…妖精は体重がとても軽く、それ程落下速度は上昇しないはずなのだが、人間である俺と手を繋いでいるため落下速度は上昇し続けてしまっている。
「インパクト直前で浮いたりできないか?」
「可能だけど効果は大してないと思うわよ!」
「やむを得ないか…?悩んでいる時間もなさそうだ。力を行使する!」
「わかった。私も全力で浮いてみるわ!」
眼前には緑の大地が広がっている。木々が少ないため平原と断定する。…あとは人類種がいないことを望むだけだ。殺してしまうのもまずいし、見られてしまうのもまずい。
1000メートルを切る。…さて、始めようか。
…落下時の被害を最小限にすることが最優先。身体治癒と硬化能力を高め、自身の安全も考慮する。
「フィリア!傘!透明度最大で、できるだけ大きい傘の創造を頼む!」
「ええ?わかったわ!でも落下時の浮遊に関しては期待しないでね」
「了解!」
俺たちに基本、詠唱という概念はない。脳内で物体のイメージを重ね意思で展開する。タイムラグは若干の0.1秒程だ。気が付く間もなく傘は展開されている。
俺も同時に傘を創造し、ふたつの傘に硬化を加える。
効力は如何程か俺たちには分からない。ただの思いつきの付け焼き刃故、結果は神のみぞ知ると言ったところだろう。
500、400、300、200、100。そして遂に俺たちは地表に到達する。
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目が覚めると、馬車はリズム良く揺れていた。今日は天気がいいようだ。荷台に差し込んでくる陽光は煌めいていて、通り抜けていく風は清々しい。いい寝起きになった。
春が過ぎて夏へ向かっている現在、徐々に気温は上がり始めている。
今は木々の少ない平原を走っているようで、御者席に移ると少し暑い。
「お疲れ様シルフィー。少し休憩していこうよ。こんなに天気もいいしピクニックみたいな感じでさ」
「起きたのね、アル。ここで休憩を挟むと目的地に到着するのが明日になってしまうけれどいい?」
「全然いいよ。僕たちには時間は沢山あるからね」
僕たちは普段森で生活をしているが、たまに都市へ出かける。最近では狩り以外での久しぶりの遠出だ。
するとシルフィアは馬車を止めて地図を広げる。そして予定の変更を始めた。今日泊まる場所と明日からのルートを再確認するためだった。
「よしっと!じゃあお茶にでもしますか」
「陽も昇切りそうだからお昼も兼ねちゃおうよ」
「そうね、そうしましょうか」
今日のお昼は山菜のサンドウィッチだ。パンはとても美味しいから大好きだ。都市に行く目的はパンの調達でもある。
「それにしてもさっきからチカチカするわね」
「太陽のせいでしょ?」
「でも雲に隠れたりしているわけでもないのよ?」
確かにさっきから目がチカチカするのは僕も感じていた。でも太陽が照らしている以外に理由なんて思いつかなかった。
「いただきまーす」
馬たちにも餌を与えて、同時に僕たちと食べはじめる。…美味い。シルフィアの作る食事はとても美味しい。
今持っていたサンドウィッチを食べ終え、次に手をかけた矢先に、5、600メートル程離れた場所からものすごい爆音が聞こえたと共に高く舞い上がる砂煙を視認した。
風圧がここまで届き、小さな石も飛んできている。
僕がシルフィアを覆い被さるようにして守ると、彼女は優しく微笑んでくれた。
「ありがとうアル。怪我はしなかった?」
「僕は大丈夫、シルフィーこそ大丈夫だった?」
「ええ。あなたが守ってくれたから。…それにしても今の爆発?は何だったのかしら」
「…見に行ってみる?」
「…そうしましょうか。異種族の場合もあるから護身用に剣は持っていきましょう」
シルフィアが馬車を囲うように加護の呪文をかけてから僕たちは馬車を離れた。
向かった先には半径30メートル、深さ3メートルくらいの大穴が空いていた。
そしてその中心には二人の人間がいるようだった。
恐る恐る大穴に足を踏み込んだ。しかし、1メートルも足を踏み込ませることが出来ず、そこから中心に向けて宙を歩いている感覚を覚える。
「どうしようシルフィー。僕、浮いてるよ…?」
「え、そう…みたいね…。いえ、ちょっと待って。ここ変な膜みたいなのが張られているわ」
「え?…あっ本当だ」
膜みたいなものはよく透き通っていて、言われてから見るまで気が付かなかった。目を凝らして周りを見渡すとあることに気がついた。
「これ、傘かな…?」
「形的にはそうみたい。しかも二つあるわ…。持ち手はあの中心にいる人間に向かってるみたい」
「どうする?声かけてみる?」
「…とりあえず彼らの近くまで行ってみましょうか」
僕たちは大穴の端に戻り、硬い膜を石で叩き破いた。ここまで大きな穴を僕は見たことがない。なぜ急にこんな大穴ができたのだろうか。…まぁ彼らに聞けば何かわかるだろうけど。
大穴は綺麗に半球の一部のように空いていたので下るのに危険はなかった。
彼らの近くに着いて僕たちは同じ言葉を零していた。
『この人たち本当に人間なのかな?(かしら?)』
同じ言葉が零れてしまうほど、目の前には整った容姿の者たちが倒れていた。
…何だこの服は。まるで神話に出てくる使徒のような…。
恐る恐る声をかける。…しかし、二人から返事はなかった。その後、脈と呼吸の確認をして生きていることだけが事実として残ってしまった。
「本当にどうしようこの人たち…」
「取りあえず助け…ましょう…か?」
「んー…。怖くない人たちならいいんだけど…。…情けは人の為ならずだ。助けてみよう」
僕は男の人を背負った。…見た目とは違いなかなかのガタイで驚いた。
「軽すぎる!」
「なに!どうしたの?」
隣でシルフィアが大声を上げて僕は腰を抜かしそうになった。
「この人軽すぎるの。まるで人ではないみたい…」
「そんなに?」
「ええ。妖精の私が軽々と女性一人を運べると?」
言われてみると確かにそうだ。妖精であるシルフィアが軽々と人間一人を持ち上げることは簡単ではない。
僕らは疑問が募る一方であったが、とりあえずこの者たちを馬車の近くまで運んだ。
思ったよりも長い休憩になってしまったため、急いで片付けを済ませ、変更した予定通りに一つ山を越えて二つ目の山の山麓に泊まる。
枯れ木を集め火を焚く。普段ならシルフィアの魔力で行うが、出先では自然を楽しむことにしている。…大変なのに変わりはないが…。
途中の川で取った魚を数匹焼き始める。一日で向かう予定だったのでシルフィアの手料理はもうない。それだけが残念だ。
魚が焼けていい匂いを出し始めたとき、昼に拾った二人が目を覚ましてきた。
彼らの面持ちに、僕たちに緊張が走った。