その95 メス豚、成りすます
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王都を出たルベリオは真っ直ぐランツィの町へと向かった。
周囲を城壁に囲まれたランツィの町は、この辺り一帯のハブ都市である。
ここには今、ルベリオの住んでいたグジ村の者達が逃げ込んでいた。
ルベリオは、クロ子がガチムチと呼ぶグジ村の村長、ホセの下を訪ねた。
アマディ・ロスディオ法王国の教導騎士団が、メラサニ山の亜人の村を襲撃した際、彼らは山に詳しい近隣の村の猟師達をガイドに雇っていた。
ルベリオはホセの紹介で、彼らから亜人の村の場所を聞き出すと、護衛の騎士と共に山に入った。
幸い、彼らはさほど迷うことなく、二日目には無事に亜人の村までたどり着く事が出来た。
だが、村は既に放棄され、そこに亜人達はいなかった。
閑散とした村で、彼らはこの村を訪れていた亜人の老人を見つける事に成功した。
老人は一人だけで建物の陰に隠れていた。
怯える老人に、ルベリオは誠意を尽くして説明したが、老人の頭では良く理解出来なかったようだ。
それでも「自分達に彼らを傷付けるつもりはない」という事と、「村の代表と話をしたい」という事は分かってもらえたはずである。
ルベリオは老人に、彼らの代表に自分のメッセージを伝えて貰うように頼んで解放した。
「後を尾行しましょうか?」
「・・・いえ。よしましょう。もしも相手に見付かった場合、相手は私達を信用してくれなくなるでしょうから」
護衛隊長の提案をルベリオは退けた。
その上で「弱腰と思われたかも?」と、隊長の顔色を窺ったが、彼はさほど気にしていない様子だった。
どうやら隊長も本気で言った訳では無かったようだ。
「そうですね。この山は相手のテリトリーだし、尾行を気取られる可能性は十分に高いと思います。それに敵対された場合の事を考えると、ここで戦力を分散すべきではないでしょう」
隊長の指摘にルベリオはハッと胸を突かれた思いがした。
こちらに敵対の意思がなくとも、相手がどう考えるかは別の話だ。
人間の国家同士の場合、相手国の使者を殺すなどという蛮行は、通常はあり得ない話だ。
しかし、今回の交渉相手は亜人だ。人間の常識が通じる相手とは思えない。
ルベリオは亜人相手の難解な交渉に気を取られて、自分達の身の安全に気が回っていなかった事に、今更ながら気付かされたのだ。
申し訳なさと自分の至らなさにしょげ返るルベリオ。
そんな彼を見て、隊長は日に焼けた顔に男らしい笑みを浮かべた。
「ラリエール殿は気にする必要はありませんよ。使者の安全に気を配るのは護衛の私達の仕事です。あなたはご自身の仕事に集中なさい。我々はそのためにここにいるのですから」
亜人との交渉。ないしは亜人の持つ魔法知識に探りを入れる事。
それこそがルベリオがここに来た目的である。
ルベリオの仕事はそのために全力を尽くす事に他ならない。
そして護衛隊長とその部下達の仕事は、安全面でルベリオの仕事を補佐して、彼を無事に王都まで送り届ける事となる。
「仮に失敗したとしても、後で『あの時ああしておけば良かった』などと後悔だけはしないように致しましょう。若いあなたには理解し辛いかもしれませんが」
「いえ。ご忠告ありがとうございます」
あくまでも腰の低いルベリオに、隊長は若干やり辛そうにしながら頭を掻いて誤魔化すのだった。
そんなこんなでそれから二日が過ぎた。
ルベリオ達は適当に空いた家で寝泊まりしながら、村の周囲を調査していた。
今の所、特に変わった物は発見されていない。
若干、村の周りに野犬の姿が目立つ程度だろうか。
今の所食料は足りているが、このまま滞在が続くようであれば、一度町に戻って補給を整える必要があるだろう。
(こんな事なら、例え危険を冒してでもあの老人を尾行するべきだったのかも)
そんなふうに、ルベリオが自分の判断に迷いを覚えた始めたその日の午後。
村の外に出ていた護衛の一人が家に駆け込んで来た。
「気を付けろ! 亜人達が村の入り口を取り囲んでいる!」
ルベリオの顔色が緊張にサッと青ざめた。
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旧亜人村に、人間の使者が訪れたその日から、私はピンククラゲ水母の管理する施設に引きこもる事にした。
理由は特訓のため。
脱走兵の始末は村の男衆に任せる事になってしまうが、大丈夫だろうか?
いや。装備も充実して来た所だし、いずれ彼らにも実戦経験を積ませないといけないと思っていた所だ。
ここは獅子が我が子を千尋の谷に落とすような気持ちで送り出すべきかもしれない。
獅子どころか私は豚だけどな。ブヒッ。
というか、こちらの方が火急の問題なんだから仕方が無い。
脱走兵狩りは私以外の人に任せる事も出来るが、こっちは私がやるしかないのだ。
というわけで、私は魔核性失調症医療中核拠点施設の最奥、コントロールセンターにお邪魔している。
水母はこの長ったらしい名前の施設の、対人インターフェースである。
『準備完了』
宙に浮かびながら嬉しそうに左右に揺れるピンククラゲ。
彼の下には、黒いドレスを着た見目麗しい黒髪美女の死体が横たわっていた。
いや、違う。
この一見死体に見える美女こそ、以前作ってもらった”クロ子美女ボディー”なのである。
『ううっ。自分から言い出した事とは言え、またあの中に入るのか』
クロ子美女ボディーは、ぶっちゃけ、見掛け倒しの出来損ないだ。
とにかく操作が”煩雑”で”重い”のだ。
初めて使用した時の息苦しさを思い出して、私はしり込みしてしまった。
ええい、女は度胸! やったるぜ!
えいや!
私は心の中で掛け声をかけるとボディー・イン。
そうそう、こうだったこうだった。重苦しく息苦しくねっとりとするこの感覚。
私が閉所恐怖症だったらパニックになってたんじゃない? そう思わせるこの独特の圧迫感。
何だか嬉しそうなピンククラゲが異様に腹立たしい。
殴りたい、あの笑顔。
『訓練プログラムを作成した。使用を望む?』
ああ、なる程。既に私のための特訓メニューを作ってくれてたのか。
それを試せるからあんなに嬉しそうにしていたわけね。
いいでしょう。やってやろうじゃない。
この体、使いこなしてやろうじゃないの。
某有名テニスプレイヤーも言っていた。
”俺だってこのマイナス10度のところ、しじみがトゥルルって頑張ってんだよ!”と。
ぬるま湯なんかつかってんじゃねぇよ私!
今日から私は富士山だ!!
『意味不明。先ずは頭部の動きから。まばたきから始めて』
『(”暑くなければ夏じゃない! 熱くなければ人生じゃない!” ”諦めないを諦めるな!” 動けコンチクショウ! ぬおおおおお!)』
こうして私は、実家にあった松岡〇造の日めくりカレンダー”まいにち、修造!”の名言を心の支えに、過酷なトレーニングに取り組むのだった。
あれから二日が経った。
辛かったトレーニングも無事に終わった。
私は最後までやり遂げたよ。
レッスン・ワンの終わりまで。
『期待外れ』
「うっさいわ! だったらアンタがやってみなさいよ! コレってメチャクチャ難しいんだから!」
ちなみにレッスンは全80ステージで成り立っている。
デア〇ス〇ィーニの週刊シリーズか。気が遠くなりますわ。
それはさておき。レッスン・ワンは感覚の集中している顔の動きについてだった。
これによって私は意識せずとも呼吸や言葉の発音、それと頭を動かして周囲を見回したり出来るようになっていた。
『まばたき』
「おっと、いかんいかん」
それでもうっかりまばたきを忘れたり、口の端から涎が垂れているのに気付かなかったりするんだがな。
二日もかけてそれだけかって? うっさいわ。
仕方が無いんだよ。この体、基本的には感覚がほとんど無いんだから。
何て言うか、全身がくまなく分厚いラバースーツに覆われている感じ?
そんな変態経験をした事ないって?
私が今、経験してるけど何か?
でも、これでようやく私も人間とコミュニケーションを取る事が出来るようになった。
そういう意味では私にとっては大きな一歩だ。
実はさっきから私は水母に人間の言葉で話かけているのだ。
どうよこれ。ほとんど違和感ないんじゃない?
そう。私の考えた計画。
それは私が亜人の村の代表に成りすまして、人間の使者と交渉するというものだったのだ。
そのために私は、苦労して”クロ子美女ボディー”を使いこなすための特訓を行っていた。
流石に、二日もかかって会話が出来るようになっただけ、っていうのは予想外だったけどな。
けど、考えてみれば、今回はこれで十分と言えば十分なんじゃないかな?
体がロクに動かせないとはいえ、会話をするだけならイスに座りっぱでいい訳だし。
それにこの会談が人間の仕掛けた何かの罠だったとしても、体の中から魔法を使う事だって出来るのだ。
仮に不意打ちで首を跳ねられても、中の子豚は無傷だし。
いざとなれば体を放棄して逃げればいいのだ。
「よし。時間も無いし、今回はこれで行ってみようか。水母、モーナを呼んでくれる? 彼女に相談したいから」
『了解』
さて、人間の使者の思惑やいかに。
何だか今からドキドキしてきたんだけど。
次回「メス豚、ショックを受ける」




