その92 ~ルベリオの奇計~
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王城の一角。その応接室でこの国の第三王子イサロはお茶をくゆらせていた。
今日も朝から多くの来客が彼の元を訪れ、休みなくその対応に追われていたのだ。
その客の流れにもようやく一区切り付き、ホッと一息付いたところだったのである。
「殿下。ルベリオ・ラリエール様がお見えになりました」
「! 来たか! 入れろ!」
「はっ」
待ち望んだ来客の報せに、王子は疲れた顔に笑みを浮かべるのだった。
哀れなほどガチガチに緊張しながら部屋に入って来たのは、少女のように線の細いまだ若い少年だった。
少年――ルベリオはぎこちなく臣下の礼を取った。
「失礼致します。殿下におかれましては――」
「いつも言っているが、人目が無い場所でそういうのは無用だ。それに今のは式典で行う礼だ。それはいいとして、よく来てくれたルベリオ」
ここで王子はイタズラを思いついた表情になった。
「それともラリエール男爵と呼んだ方が良いかな?」
「殿下! ・・・勘弁して下さい」
「いやスマンスマン。おい! 客の茶を持って来い!」
王子は隣の間に控えた侍女に命じると、気さくにルベリオにイスをすすめるのだった。
「こうして顔を合わせるのも久しぶりだな。最近は忙しくて屋敷に行けないからな」
「殿下には身に余るご恩寵を頂き――あ、すみません。あの、しかし、本当に私なんかが貴族様の養子になって大丈夫なんでしょうか?」
ルベリオは深々と頭を下げようとしたが、王子の不愉快そうな視線を見て、慌てて頭を上げた。
王子はつまらなさそうに小さく鼻を鳴らした。
「仕方あるまい。立場がなければお前をそばに呼べんからな。どのみちいずれ爵位をくれてやるつもりではいた。そのためにサルエルに学ばせているんだからな」
王子はルベリオの聡明さと忠誠心を高く買っていた。
そのため、いずれ自分の子飼いの部下として取り立て、自分の補佐をさせるつもりでいた。
屋敷で教育を施していたのもそのためだ。
今回の叙位はその計画の前倒しとも言える。
逆に言えば王子にそうする必要が出来たのだ。
「あの・・・近くご出兵なされるのでしょうか?」
「鋭いな。サルエルの薫陶を受けただけの事はある。ああそうだ」
ルベリオは若干空気が読めない所もあるが、王子はその点も評価していた。
変なおためごかしや追従をされない方が話が早い。
それに、腹の探り合いは日頃王城で飽きる程やっている。王子はそんなものをルベリオに求めてはいなかった。
イサロ王子に感心され、ルベリオは喜びに頬を染めた。
ルベリオの下には、毎日のように王子の妹、ミルティーナから最新情報がもたらされている。
聡明なミルティーナによって取捨選択された情報は簡潔にして正確で、ルベリオは屋敷に居ながら、この国の置かれている状況を正しく把握していた。
「そこまで分かっているなら話が早い。王城は援軍の援軍を出す事を決定した。指揮官は俺だ」
その規模は五千。
指揮官はイサロ王子。
先行している援軍は、イサロ王子軍と合流し次第、その指揮下に入る事になっている。
これによりイサロ王子軍は七千五百の軍勢となる予定である。
「五千ですか?」
「・・・それを言うな。俺とて不満なのだ」
円卓会議の席で、イサロ王子は倍の一万の軍勢を要請した。
一万という数は、この国が無理なく準備できる兵力のほぼ上限に近い。
この意見に文治派の官僚達が難色を示した。
激しくぶつかりあう王子と官僚に、宰相ペドロが示した案が五千という兵数だったのである。
先日の援軍と合流すれば七千五百。
一万には届かないものの、ほぼ匹敵する戦力になる。そういう理屈なのだ。
イサロ王子は吐き捨てるように言った。
「宰相はダメだ。今回の混乱を招いた原因が戦力の出し惜しみにある事にまだ気が付いていない。いや。気付いているのかもしれんが、アイツの頭にあるのは場を収めるための折衷案を出す事だけだ。所詮、ここらが外交官上がりの限界か」
王子の言葉は辛らつだが、ある意味では真実を得ている。
長年に渡って外交官を務めていたペドロは、どうしても双方の意見を認め、妥協案を見出そうとする傾向にあるのだ。
今回の場合、会議の目的は「いかにして隣国の軍を退けるか」であり、妥協した目的としては「いかにしてカルメロ王子の指揮する魔獣討伐隊を救うか」であるべきだ。
増援の戦力が一万になるとか一万は多すぎるとかは、本来であれば目的達成のための議論の枝葉に過ぎないのだ。
それを見失った結果が先日の援軍の失敗に繋がっている。
しかし、戦の現場を知らない官僚は、目の前に見える数字にのみ目を奪われ、自分達が根本的に誤っている事に気が付いていなかった。
ルベリオは黙って王子の言葉を――愚痴を聞いていた。
実はこの状況を想定した時から、彼には考えていた案があった。
しかし、そのアイデアはあまりに不確かで非常識で投機的過ぎた。
そのためルベリオは、迂闊に口に出す事が出来なかった。
「その戦力で勝てるでしょうか?」
「さてな。勝てようが勝てまいが、会議でそう決まり、父上が会議の結果を認めたのだから、俺はやらねばならん」
確かに、現状であれば十分に勝てる見込みのある戦力だ。
ただしそれもあくまでも現状での話。
こちらが援軍の援軍を派遣するように、隣国ヒッテル王国も増援の増援を派遣しないとも限らない。
いや。現にこうして膠着状態にある以上、増援はあると考えるべきだろう。
「問題はその規模だが・・・ 最悪の場合、俺はこちらとほぼ同数の五千程度と見ている」
王子の言葉にルベリオは何の反応も示さなかった。
これによって王子は、ルベリオも自分と同じ考えを持っていると悟った。
王子はルベリオの慧眼に少し嬉しくなったが、考えてみればこのサンキーニ王国と隣国のヒッテル王国とは、ほぼ似たような国力を持つライバル国だ。
こちらの戦力の上限はあちらの戦力の上限であるとも言える。
ルベリオならずともそう考えてもおかしくはないのかもしれない。
「戦力がほぼ同数であった場合、地の利のあるこちらの軍の方がより有利。そうお考えでしょうか?」
「・・・さっきから歯に物が挟まったような言い方をしているな。言いたい事があるならハッキリと言え」
王子は不愉快そうに顔をしかめた。
ルベリオは慌ててお茶で喉を潤すと――それでも言い出せずに言葉を飲み込んだ。
王子はわざとらしくため息をついた。
「本当にどうした? 何かためらいがある顔をしているが、考えがあるならいいから言ってみろ」
「それは! ・・・分かりました。殿下には決して受け入れられないお話かもしれませんが」
そう前置きすると、ルベリオはゴクリと喉を鳴らした。
ハッキリ言えば怖い。
ルベリオはイサロ王子が激怒して自分を追い出す光景まで見える気がした。
それだけならまだいい。ルベリオは王子に失望されるのが怖かった。
しかし、イサロ王子には、たかが村の子供だった自分を王都に連れて来て、貴族のお屋敷で教育まで受けさせてくれたという恩がある。
それだけでも返しきれるものではないのに、今度は男爵家の養子にして貴族にまでしてくれると言う。
これほどの恩寵を恵んでくれた王子に、我が身を惜しんで献策出来ないのでは、何のために取り立ててもらったのか分からない。
自分に期待をかけてくれた王子に対する裏切りでもあるだろう。
ルベリオは覚悟を決めた。
「私は”亜人”をこの国に受け入れ、彼らによる”魔法部隊”を作るべきだと思います」
部屋の空気が凍り付いた気がした。
イサロ王子は最初、ルベリオが何を言ったのか理解出来なかった。
それほど彼の放った言葉は予想外――常識の埒外にあったのだ。
やがてその意味が脳に染み渡ると、王子は狂人を見る目で目の前の少年を見つめた。
「私は――」「待て」
王子は冷めたお茶で喉を潤した。
「――いいだろう。順番に説明しろ」
「・・・はい」
イサロ王子はお茶を口に含みながら、かつて受けた衝撃を思い返していたのだ。
あの夜。後にアマーティの戦いと呼ばれる事になる戦いの前夜。
月明かりの下の野営地で、唐突に村の少年から作戦を聞かされた時も、自分はこうして驚愕させられたのではなかったか。
だが、今回の驚きはあの時の比ではなかった。
ルベリオは”亜人”を受け入れ、戦力に組み入れろと言うのだ。
「この国は北にカルトロウランナ王朝、西に大モルト、南にアマディ・ロスディオ法王国と、大陸の三大国家に周囲を取り囲まれています。その上、東には敵対する隣国ヒッテル王国を抱えて、四方八方から圧迫を受けている状態です」
サンキーニ王国は地政学的には最悪と言ってもいい。
周囲は強国に囲まれ、唯一同規模な隣国とは終始争いが絶えない状況にある。
こうして存続しているだけでも不思議なくらいであった。
そしてこの国は、他国からの侵略を防ぐための軍事力を持とうにも限界がある。
この世界では軍事力はほぼイコール兵の多さと言ってもいい。
つまり、国民の数が多い国が軍事力も高いのだ。
これはまだ、殺傷力の高い兵器が生み出されていないのも原因となっている。
そういう意味でもこの国は最悪の立地条件だ。
周囲は強国に囲まれ、これ以上領土を外に広げるのが困難であるからだ。
なら兵士を鍛え上げ、精鋭化するのはどうだろうか?
兵士一人で敵兵二人を相手に出来る軍を作る事が出来れば、実質、二倍の戦力と言えないだろうか?
「それは難しいぞ。それほど大量の兵を常に抱え込むのは不可能だ」
イサロ王子はこのアイデアを否定した。
ちなみに、今度王子が指揮する援軍も、その戦力はほぼ王子派閥の貴族の提供によるものとなる。
兵士のほとんどは地主が集めた農民や、半農の兵士――地侍ともいうべき存在なのだ。
「――そうだと思います」
ルベリオは素直に王子の言葉を受け入れた。
しかし、彼の本心は違っていた。
彼はいずれはイサロ王子の下に平民による専門の兵士集団――軍隊を作るべきだと考えていたのである。
ただしこの構想は、現時点ではまだ曖昧でふわりとしたものだったため、この場で口に出される事は無かった。
兵士の数、質、共に強化が期待出来ないとなれば、後は新兵器、ないしは新戦術の開発しかない。
ここでルベリオが目を付けたのが”魔法”の存在だったのだ。
次回「軍師ルベリオ誕生」




