その91 メス豚の脱走兵狩り
私をターゲットとした魔獣討伐隊。
こんなキュートな子豚を魔獣扱いするなんて、なんて失礼なヤツらだこと。
そんな悪行に因果が巡ったのだろうか。
突然、隣国の軍が越境、討伐隊に襲い掛かった。
人を呪わば穴二つ。ざまあ。討伐隊ざまあ。
私はこれ幸いと、二つの軍の争いに高みの見物を決め込んだのだった。
で、済めば良かったんだけどねぇ。
「アオ~ン」
山に野犬の遠吠えが響き渡った。
倒木に生えたキノコをブヒブヒと貪っていた私は、ハッと顔を上げた。
いかんいかん。つい山の味覚に夢中になっていた。
『風の鎧!』
私はいつもの便利魔法、風の鎧で身体強化。山の中を風のように駆け抜けた。
そのまま走る事少々。前方から男の声が聞こえて来た。
「しつこいぞ! 何だこの野犬は! しっしっ! あっちに行け! ブッ殺すぞ!」
そいつは私の群れの一員だ。ブッ殺されては困る。
私は足を速めると男の前方に回り込んだ。
ガサッ
突然目の前に現れた私に、男は目を丸くして驚いた。
まだ若い男だ。兵隊らしい軽装の装備をだらしなく着崩している。
手には抜身の直刀を持っている。
どうやらあの剣で藪漕ぎをしながらここまで逃げて来たらしい。
周囲に他の人影は無い。コイツ一人のようだ。
「ワンワン!」
私の登場に、群れの野犬が嬉しそうに吠えた。
「子豚? コイツはツイてるぜ! 昨夜から何も食ってない――」
『最も危険な銃弾』
私は兵士にみなまで言わせず魔法をぶっ放した。
不可視の弾丸は男の顔面を捉え、乾いた音を響かせて破裂した。
パァン!
男は顔面から血を噴き出しながら、壊れた人形のように倒れた。
即死のようだ。
野犬が嬉しそうに私にすり寄って来た。
『よしよし。良く見つけてくれたわね。ちょっと下がってなさい。点火・改』
私は地面の枯れ木に火をつけると、その上に周囲の腐葉土をかぶせた。
腐葉土がいぶされて黒い煙が立ち昇る。
『待っててね。合図を見て直ぐに誰かが来るから』
「ワンワン!」
私の言葉に野犬は嬉しそうに吠えるのだった。
その場に20分ほど待機していると、ガサガサと茂みが揺れて若い男が現れた。
青年は鼻から下がやや前に飛び出している。亜人だ。
『ウンタ。アンタが来たのね。他の仲間は?』
「いや。俺一人だけだ。この狼煙を見て他の誰かが来るかもしれないが」
若い亜人――ウンタは今も煙を上げ続ける焚火をチラリと見た。
そう。この火は狼煙。今も山を探索中の村の若者に、この場所を知らせるための合図だったのだ。
ウンタは弓を構えながら倒れた兵士に近付いた。
「他の人間は?」
『この子が見つけたのはそいつだけだった。近くにもいないから一人で脱走して来たんじゃない?』
「そうか。おっとスマン」
ウンタは野犬が自分にまとわりつくのを見て、腰の袋から燻製肉を取り出した。
「そら。コイツを見つけてくれたご褒美だ」
「ワンワン!」
野犬は千切れんばかりに尻尾を振りながら、ウンタの差し出した燻製肉に飛びついた。
「・・・クロ子も欲しいのか?」
『じゅるっ。――別に』
涎なんて垂らしてないからね。
けど、くれるというなら貰うのもやぶさかじゃないけど?
燻製肉は鹿の腿肉だった。
ウンタは死体から装備を剥ぎとっている。
私は野犬と並んで燻製肉をハグハグしながら、彼の作業を見守っていた。
『ハグハグ・・・装備から見てそいつはロヴァッティ伯爵軍の兵士ね』
「そうか。おっと、中々良いナイフを持ってるじゃないか。大きな刃こぼれもないし、コイツは当たりだな」
ウンタは大ぶりのナイフを日にかざすと、嬉しそうに腰に差した。
魔獣討伐隊とロヴァッティ伯爵軍の戦いが始まって早一週間。
伯爵軍は中々討伐隊の防衛ラインを突破出来ずにいた。
正直言って、こんな小競り合いがこれ程長く続くとは思ってもいなかった。
まあ、戦いなんて案外そんなもので、崩れる時には一瞬で、もつれる時にはこんな感じなのかもしれないけど。
すっかり退屈してしまった私だったが、ここに来て無視できない動きが現れた。
脱走兵の登場である。
長く続いた小競り合いに嫌気がさしたのか、はたまた単に命が惜しくなったのか。
こうしてたまに兵士が脱走するようになったのだ。
私は彼らの上官じゃないから、誰がどれだけ逃げ出そうが関係ないが、逃げ込む先がこの山となれば話は別だ。
ここは私らの縄張りだ。
新参者に荒らされて黙っている訳にはいかない。
いやまあ、縄張りうんぬんは別としても、武装した兵士を放置して、もし、亜人の誰かが見付かったら危険だ。
そうでなくても、脱走兵同士が徒党を組んで、兵士から山賊にジョブチェンジすれば後々面倒な事になる。
共栄共存の道が期待出来ない相手な以上、災いの芽は早いうちに摘んでおくに限る。
こうして私は村の男衆に協力してもらって、”脱走兵狩り”を始めたのである。
「ウンタか。人間はそいつだけか?」
「ああ。俺が来た時には、もうクロ子が倒していた」
二人組の亜人の青年が現れると、作業中のウンタに声を掛けた。
彼らはウンタの言葉に私の方を見た。
「ブヒッ」
「そうか。助かるよクロ子」
「じゃあ俺達は死体を埋める穴を掘るか」
二人組は適当な木の枝を拾うと、先をナイフで加工して地面を掘り返し始めた。
放置しておくと死体を漁った野生生物が、人の肉の味を覚えるかもしれないからな。
私も群れの野犬には人間の死体を食べないよう、厳しく躾けている。
こうして脱走兵の死体の処理が終わった。
今は男達は、嬉しそうに兵士の装備をためつすがめつ眺めている。
微笑ましい光景じゃないか。男の子がミリタリーグッズに夢中になるのは、どこの世界でも変わらないな。
「この装備があれば俺達も人間達と戦えるな」
「ああ。出来れば全員分の数を揃えたいもんだ」
「クロ子がいると無傷で手に入るから助かるぜ」
・・・違った。思ったよりも物騒な光景だったわ。
私は彼らの殺伐とした会話に「ブヒッ」と鼻を鳴らして割り込んだ。
『そんなわけ無いでしょ。相手と同じ防具、同じ武器なら、数の多い方が有利に決まっているんだから』
男達は白けた顔で手の中の装備を弄んだ。
せっかく盛り上がっていた所を、私の正論に水を差されたのだ。それも当然だろう。
別に私だって、言いたくてこんな事を言っている訳じゃない。
誰かが彼らの手綱を握っておかないと、いずれこの中の誰かが暴走しかねないからだ。
今の彼らにはそんな危うさが感じられた。
「だが、こうやって人間の武器が手に入るのは助かる。俺達の武器は村を襲った人間達に全部取られてしまったからな」
先日、亜人の村を襲撃したアマディ・ロスディオ法王国の教導騎士団。
彼らは村の建物には手を出さなかったが、武器となるような物は全て没収するか破壊していった。
今後の村の防衛を考えると、脱走兵から手に入る武器が貴重な戦力となるのは間違いないだろう。
だったら魔獣討伐隊のキャンプか、ロヴァッティ伯爵軍のキャンプに忍び込んで武器を奪えばいいかも?
・・・いや。こんなショボい装備を手に入れただけでこれ程浮かれているんだ。
もし、ちゃんとした装備がそれなりの数手に入ったら、本当に暴走しかねない。
どこかで一度、ガス抜きが必要かもね。
私は脱走兵の装備を見つめながら、小さくため息をつくのだった。
次回「ルベリオの奇計」




