その80 メス豚と魔獣討伐軍
私がいつものように村の周囲でどんぐりでも無いかと探していると、ブチ犬マサさんが仲間の野犬を連れて走って来た。
『黒豚の姐さん! 人間達の軍勢が現れました!』
『とうとう来たか!』
指揮官を含めて、だいぶ殺したからな。
こっちはヤツらの無法な行為に対して自衛しただけとはいえ、相手にだってメンツはある。
人間の国家がこのまま黙っているとは最初から思っていなかった。
『それで相手の人数は?!』
『コイツが発見した人間はかなりの数だったそうです』
・・・・・・
かなりの数って、それだけ? いや、だから具体的にはどのくらいいるのよ?
私のもの問いいたげな視線を受けて、マサさん達はキョトンとしている。
まあ、仕方ない。数もろくに数えられない野犬に、これ以上の情報を求める方が無理というものだろう。
『分かった。で? 場所はどこ?』
『前に別の人間達が村の人間達を連れて行った場所です』
あのキャンプ地か?
またゲンの悪い場所を選んだもんだ。
余程、悪趣味な指揮官なのか?
――いや、私の襲撃跡を調べて、何か対策を練ろうと考えているのかもしれない。
だとすればしめたものだ。
あの時は昼間から降り続いた雨でキャンプ地は水浸しだった。
だから水を必要とする自在鞭の魔法を使ったのだが、あれ以来雨は降っていない。
なので、今戦うなら自在鞭の魔法は使えない。
つまりヤツらが自在鞭を警戒してくれた方が、私にとってはむしろ好都合ってもんだ。
『今から偵察に行くよ! コマ、水母! 付いて来て!』
「ワンワン!」
『(フルフル)』
私の呼びかけにアホ毛犬コマが元気よく吠え、コマの頭の上のピンククラゲ水母がフルフルと体を震わせた。
麓のキャンプ地まで、私らの足で行けば半日とかからない。
私達一行は、昼過ぎにはキャンプ地を見下ろす崖の上に到着していた。
『確かに人間の軍隊ね』
私達が見下ろす先では、件のキャンプ地で兵士達が死体の後片付けをしていた。
あれから半月近く放置された死体は、すっかり腐ってグズグズだ。
それを彼らは黙々とキャンプ地の外に運び出し、大きな穴に放り込んでいる。
後で纏めて焼却処分にでもするつもりなのかもしれない。
どう考えても意気が揚がらない作業に、彼らのテンションはダダ下がりだ。
あちこちで勝手にサボって話し込んだり、隠れて酒を飲む人間が後を絶たないようだ。
そりゃそうなるよな。
意外な事に、敵の規模は前回と同じ程度にしか見えなかった。
もっと何倍もの敵が押し寄せて来るのを覚悟していたんだけど・・・
ちなみにその場合は、私が削れるだけ削って、亜人の村人達は水母の施設に隠れていて貰うつもりでいた。
つまりは時間切れを狙うのだ。
まさか敵もいつまでも軍隊で山狩りをしている訳にはいかないだろう。
それに参加した兵が多ければ多い程、補給の問題も発生する。
戦略的に大して意味のない亜人狩りに、さほど時間も費用もかけるとは思えないからな。
『装備はこの間のヤツらの方が立派だったかも。てことは、コイツらはアマディ・ロスディオ法王国のヤツらじゃないわけか』
アマディ・ロスディオ法王国は唯一神アマナを奉じる新興宗教国家だ。
私らが前に戦った相手はその法王庁に所属する騎士団だったらしい。
宗教国家の教団の騎士団とあって、彼らは揃いの立派な装備を身にまとっていた。
それに比べて、今回のコイツらは装備の見た目も質もバラバラだ。
多分この国の軍隊だと思われる。
以前ショタ坊が戦場に出た時、王子様の軍が丁度こんな感じだった。
この国の軍隊か。まあヤツら的には自分達の所の第一王子をぶっ殺されたんだから、落とし前を付けに来るのも当然か。
対外的なメンツが重要なのは、ヤクザ者でも国家でも同じ事。
ましてやここは、年中紛争を繰り返している野蛮な世界だ。
子豚にいいようにやられて、泣き寝入りするわけにはいかないんだろう。
まあ、ヤツらの事情を理解したからと言って、こっちも黙ってやられるつもりはないんだけどな。
『黒豚の姐さん。どうしやすか?』
『う~ん、もう少し情報が欲しいかな。風の鎧!』
私は風の鎧を身にまとうと、ヒラリ。体重を感じさせない動きで木の枝の上に登った。
以前、法王国の騎士を相手に大立ち回りをした時に比べても、私の魔法は洗練されている。
これは魔力増幅装置である四本の角を、水母が私に最適な形に調整してくれた事によるものだ。
『アンタ達はここで待っていて。ひとっ走り様子を見て来るわ』
「ワンワン!」
アホ毛犬コマが「気を付けて」と言いたそうに吠えた。
心配ないって。前回より装備も士気も劣るヤツらに、やられるような私じゃないから。
私は「ブヒッ」っと鳴いて返事をすると、木の上を伝ってヤツらのキャンプ地へと近付いたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
カルメロ王子は本陣で憮然としていた。
周囲の反対を押し切って、この野営地を陣地に定めたのは王子自身だ。
魔獣の情報が少ない現在、魔獣の縄張りと思われるこの場所に陣を敷いて罠を張るべきだと考えたのだ。
しかし、戦場をロクに知らない王子は知らなかった。
放置された遺体は腐敗するのだ。
今もテントの外から漂って来る腐臭に、王子は不快感を堪えきれずにいた。
「まだ死体の処理は終わらないのか?」
「何分想像以上の数なので・・・」
クロ子の襲撃を恐れた法王庁の教導騎士団は、仲間の遺体を放置したままこの国を逃げ出していた。
野ざらしになった遺体は、この数日でウジが湧き、体はガスで膨らんでいた。
そんな腐乱死体の処理は遅々として進まず、いつまで経っても作業の終わりは見えなかった。
「やはり別の場所に陣を敷くべきでは?」
「黙れ。もう決めた事だ。お前達は決定に従って全力を尽くすがいい」
王子は副官の意見に頑として耳を貸そうとしなかった。
他者の意見に従う事は、自分の過ちを認める事になる、とでも思っているのだろう。
あまりに狭量だ。しかし、立場でしか物事を測れない王子は、自分の立場を下げるようなマネは当然としても、副官の立場を上げるようなマネも出来なかった。
「作業を急がせろ。報告では魔獣は夜行性だ。日のあるうちに罠を張り巡らさなければならない」
「はっ」
実際はクロ子は朝起きて夜寝ているのだが、教導騎士団は夜に襲撃を受けたため、彼らは魔獣は夜行性だと思い込んでしまっているのだ。
死体の処理が終わったのは、それから一時(約二時間)ほど後の事だった。
死体に土をかけて埋め終えると、兵士達は全員、陣地中央の広場に集められた。
やがて本部テントからエーデルハルト将軍と共にカルメロ王子が姿を現した。
王子は兵士達の前に立つと彼らに告げた。
「法王国騎士の遺体の処理、ご苦労であった! これより我々魔獣討伐隊は、我が兄を害した憎っくき魔獣を罠にはめるための準備に取りかかる!
だが、貴様らの中には無残な死体を見て弱気になっている者もいるかもしれない。人間であれば命を惜しむのは当然だ。
だが、我々には法王国には無い素晴らしい兵器がある! それこそがカルトロウランナで作られた”魔法殺しの秘術”だ!
カルトロウランナは魔法の研究にかけては大陸随一を誇っている! そこで開発されたばかりの最新の秘術を、この私、カルメロ・デ・サンキーニが手に入れたのだ! これは私だからこそ特別に入手出来た、とっておきの秘術なのだ!」
ここで王子は言葉を切ると兵士達の顔を見渡した。
そして彼らの反応が意外と鈍い事に、王子は内心で不満を感じた。
もっと大騒ぎになって自分を褒め称えるとばかり思っていたのだ。
なのに兵士達は互いに顔を見合わせて、ザワザワとざわめくだけであった。
「静粛に! 殿下のお話の途中であるぞ!」
「ありがとう将軍。さて諸君。私が言いたい事はただ一つ。
我らに魔法殺しの秘術がある限り、魔獣は魔法を奪われたただの獣に過ぎないという事だ!
貴様達はただの獣を恐れるのか?! 我が国の兵はそれほど腰抜けなのか?!
そうでないと言う者は、今この場で声を上げて俺に答えてみせよ!」
兵士達は少しだけ躊躇っていたが、騎士が「ウラーッ!」と掛け声を上げると、続けて掛け声を上げた。
「「「「「「「ウラーッ、ウラーッ、ウラーッ! ウラーッ、ウラーッ、ウラーッ!」」」」」」」
腹の底から声を出しているうちに、彼らの気分は次第に高揚し、仲間との一体感に力がみなぎるのを感じた。
魔獣討伐隊は知らなかった。
陣地の外で小さな黒い獣がジッと彼らを見ていた事を。
そしてその獣は人間の言葉が理解できる事を。
◇◇◇◇◇◇◇◇
私は隠れていた茂みから素早く離れた。
背後ではまだ兵士達の雄叫びが続いている。
たかだか千人程度の声で私がビビるとでも思っているのか?
一度パパに連れられて観に行った、埼玉スタジアムのJリーグの試合はあんなもんじゃなかったぞ。
それにしても”魔法殺しの秘術”か。
ヤツらの自信の源はそれだったんだな。
『いいだろう! だったらそいつを打ち砕いてやる!』
敢えてヤツらの誘いに乗ってやる。
その上でその罠とやらを踏み抜いて、ヤツらの心をバキバキにへし折る!
私は陣地から十分に離れると、風の鎧の魔法を発動。マサさん達の所へと戻るのだった。
次回「メス豚と魔法殺しの秘術」




