その79 メス豚と美女ボディー
ピンククラゲ水母の驚きの機能。
それは体の形を変え、相手の欠損部位の代わりをするというものだった。
つまりは超高性能な義手や義足になるというわけだ。
『ねえ。それって欠損部位じゃなきゃダメなのかな?』
『条件次第』
なる程なる程。
『だったらこんな事出来ないかな』
『?』
私が提案したアイデア。それは――
私のアイデア。それは水母に私のボディーになってもらう、というものだった。
今生の私の体はメス豚だ。しかし、本来の私の精神、というか記憶は人間のものだ。
水母も過去に観測で、私の脳の働きは人間のそれに類似していると明言している。
という事は、ある意味今の私は”人間の体を欠損している状態”と言えないだろうか?
だったら水母に人間の体状の全身スーツになってもらって、それを身にまとうなんて事も可能だと思うのだよ。理屈の上では。
水母は驚いた様子でフルフルと体を震わせた。
てか、私も大分彼の気持ちが分かるようになって来たな。
『――考察の余地あり』
意外な事に水母も乗り気なようだ。
私達は早速実験に取り掛かる事にした。
流石に人間の体を形作るには、水母のボディーだけでは質量が足りないらしい。
というわけで、水母には彼の体の原材料となった素材をふんだんに使って、私の人間体ボディーを作ってもらう事にした。
体とボディーで意味が被っているって? 細けえこたあいいんだよ。
『どんな義体を希望する?』
『そうね。私の元の体――そのままはちょっとイヤかな。ほら、転生してから半年くらいは経っているし、元の体って成長期じゃない。きっと色々と変わっていると思うのよね。身長とか胸とか、全体的に育って大人びているんじゃないかと思うのよ。後、どうせなら元のまんまじゃなくて、顔とかちょっといじってみたいかも。いやね、全然違う顔になりたいって訳じゃないのよ。元の顔に不満がある訳じゃないから。でも、プチ整形? 瞼を二重にしたり鼻を少し高くしたりとかそういうの。ただこういう機会って滅多にないから――』
『・・・こっちで調整する』
なんだろう。水母に呆れられた気がする。
いや、アンタが聞いたんじゃない。
私だって女の子だから。見た目にはこだわりがあるから。ブヒッ。
水母が空中のパネルを操作すると、壁から伸びた機械アームが床の上にパネルを組み上げた。
何ていうの? 刑事ドラマで殺人現場に書かれている人間のシルエット。アレを立体にしたような感じ?
人間の形の型枠とでも言えばいいのかな?
次に壁からチューブが伸びると、型枠の中にジェル状のピンク物質を満たした。
『入って』
『うえっ。この中に? マジで?』
このドロドロの中に入るの? 何だかゾッとしないんだけど。
『入って(怒)』
『分かった。分かったってば』
(怒)が(激怒)になる前に、私は渋々ピンクのプールに体を沈めた。
おおっ。何だろうかこの感触。意外と悪くないぞ。
『思っていたよりも気持ちいいかも。まるで極上のお布団に包まれたような温かさと充実感。脳内から快楽物質がドパドパと溢れてくるのが分かるこの感覚――』
『口を閉じる』
サーセン。水母おこである。
そんなこんなで、無事に私の義体が完成した。
水母がパネルを操作して、今の私の姿を映したモニターを表示してくれた。
おおっ! これが私?!
豊かな長い黒髪は、緩やかなウエーブを描いて肩にかかっている。
長いまつ毛に、やや垂れ目ぎみの切れ長の目に黒い瞳。
濡れたような赤い唇。
メリハリのある官能的な体を覆うのは、これまた黒いシックなドレス。
薄手のドレスは美女の魅力的なボディーラインを際立たせていた。
まるで漫画やアニメの中から飛び出して来たような、現実離れした妖艶な美女がそこには立っていた。
これこそ正に数年後の私。私そのものじゃないか。
なわけないだろうって? うっさいわ。
『感想希望』
水母の問いかけに、私は大きく頷い――頷い――ん、おい、ちょっと待て。
全然動けんのだが?
私は漫画ならギギギと効果音が付きそうなぎこちない動きで、ゆっくりと口を開いた。
「う・・・動け・・・ん」
私の返事に水母はヤレヤレといった感じで触手を広げた。
何そのポーズ。妙にイラッとするんだけど。
水母製作のクロ子美人ボディー。
ぶっちゃけコイツは、恐ろしい程使い勝手の悪い出来損ないだった。
『出来損ない、否定』
憤慨する水母。いやね、だったらアンタ自分でコレを操作してみなさいよ。
絶対に私と同じ感想を持つと思うから。
体の一部ではなく、全身を作ったのが悪かったのだろうか?
とにかく”煩雑”で”重い”のだ。
人間、というか、生き物というのは、無意識に様々な動きをしている。
それは呼吸であったり、瞬きであったり、転倒しないように重心を取ったり、etc。etc。
クロ子美人ボディーはそれをいちいち全部、私がコントロールしてやらないといけないのだ。
ガチで面倒くさいったらありゃしない。
『当然。それは義体』
・・・水母の言いたい事も分からないではない。
今の私はある意味、新しい体を与えられたばかりの赤ん坊に過ぎない。
どんな生き物だって生まれたばかりの時には、自分の体を完全にはコントロール出来ないのだ。
ましてやこの体は外科的に接続された仮初のもの。
元の体のように自由に動かせると考える方が甘いのだろう。
(はあ・・・ つまりはリハビリが必要ってか)
『何?』
くっそ。ろくに言葉も出せないから、コミュニケーションも取れやしない。
ん? 待てよ。
(さっき私、この人間の口で喋ってたよね。しかも人間の言葉で)
『聞こえない』
ああもうクソッ! ホントにもどかしいなあ、この体はよお!
バリっと美女の背中が割れて、キュートな黒い子豚ちゃん誕生。
気分はとってもプリズンブレイク。
ああ、生き返るわ~。空気が美味しい! 自由サイコー!
『ねえ、私さっき人間の言葉を喋ってなかった?』
『至極当然』
んなっ。マジかよ。んな重要な事をあっさり言うなし。
こうして私が喋っているのは、実は翻訳の魔法によるものだ。
口ではまるで豚のように(いや、実際豚なんだが)ブヒブヒとしか鳴いていない。
それを魔法で意味の分かる言葉に置き換えているのだ。
だから魔法の使えない人間相手には会話が成立しない。
しかし、水母の作ったくれたクロ子美女ボディー。
さっきあのボディーで話した言葉は、人間の話す言葉だったのだ。
これって人間の体を再現しているから?
『このボディーって、人間の声帯まで再現しているわけ?』
『肯定』
水母はサラリと言ってのけたけど、前人類の魔法科学ってやっぱマジパネエ。
そんな事まで出来ちゃうんだ。
私は抜け殻となったボディーを見下ろした。
『時間が出来たら本格的に特訓してみるわ。それまでこの体はどこかに保管しておいて欲しいんだけど』
『了解』
この体さえ使いこなせれば、人間とコミュニケーションが取れる。
道のりは遠いけど、チャレンジする価値は十分にあるだろう。
私は未来に向けて一歩前進した気がした。
こうして私は村の手伝いや、魔法の理解に忙しい日々を送っていた。
だが、この時の私はまだ知らなかった。
私がブッ殺したこの国の第一王子の復讐をするために、弟の第二王子が千人の部隊を率いてこの山の麓に到着していたのだ。
新たな戦いがすぐそこまで迫っていた。
次回「メス豚と魔獣討伐軍」




