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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第三章 対決・亜人狩り部隊編
74/518

その72 メス豚、村人と合流する

 私は幼女に抱きかかえられたまま泣き続けた。

 気が付いた時は私達は山の中にいた。

 どうやら彼女は私を抱きかかえたまま、ヤツらのキャンプを逃げ出したらしい。

 昼間から続いた雨は、ようやく止んでいた。


『・・・てか、水母(すいぼ)。アンタさっきから何をやっている訳?』


 さっきから妙に体中がチクチクすると思ったら、ピンククラゲ水母(すいぼ)が触手を伸ばして私の体を撫で回していた。


撫で回す、否定(なでまわしてない)。切創の消毒と治療中』


 どうやら私が泣き疲れて寝ている間に、水母(すいぼ)が私の怪我の治療をしてくれていたらしい。


『私の怪我よりその子を診てあげなさい』

応急処置は施した(おわったよ)。クロ子の方が重症(やばめ)


 水母(すいぼ)が言うには、私の傷は全身に及び、命の危険もあったそうだ。


 ――まあ、強襲とはいえ、たった一人で軍隊と戦ったのだ。それも当然か。

 というより、良く死なずに済んだものだ。本来であれば数の差で圧殺されていた所だろう。


 昼間からの長雨の中での野営。亜人達を捕えて一仕事終えた事もあって、ヤツらの士気は低かった。

 それに加えて、最初に指揮官を潰せたのも運が良かった。

 相手が一時的に混乱、浮足立った所に、私の派手な魔法が炸裂した。

 その結果、彼らは烏合の衆となり、個別に私に対応するしかなくなったのだ。


 私は運が良かった。

 大怪我程度で済んでラッキーだったのだ。


 私は諦めて大人しく水母(すいぼ)の治療を受け入れた。

 チクチクする痛みは相変わらず不快だったが、前人類の魔法科学文明の叡智が治療してくれているのだ。

 これで文句を言ったらバチが当たるだろう。


 それにいつ、人間達がこちらを追いかけて来るか分からない。

 いざという時に備えて、今は少しでも治療に専念するべきだ。


 私はピンククラゲの治療を受けながら、幼女に抱きかかえられたまま、山の中を運ばれていった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 クロ子は教導騎士団の追撃を警戒していたが、その心配は杞憂に終わる。

 彼らはそれどころでは無かったのだ。

 クロ子は自分で思っているよりも彼らに大きなダメージを負わせていた。


 今回の作戦に参加した教導騎士団員の総数、計986名。

 そのうち、この時点での死者、362名。

 無事に野営地を逃げ出せた者、281名。

 そして今も、343名もの重傷者が泥と血にまみれてキャンプの中に置き去りにされている。

 彼らは治療も受けられないまま、その多くが翌日の朝日を迎える事無くこの世を去る事になる。


 つまりこの夜、クロ子が殺した敵の数は約700人。

 それだけの兵を彼女はたった一人で殺した事になるのだ。


 ちなみにこれは先日の遠征でのイサロ王子軍(約3千人)の総死者数約300人をも上回っている。

(ただしこちらは重傷者数を含めると約8百人となる)

 この世界では、未だに銃や大砲のような殺傷力の高い兵器が生み出されていないためだ。


 そんな中、クロ子の上げた戦果は異常すぎた。


 今や彼女の戦闘力は、条件次第では単独で一軍に匹敵するほどの物になっていたのだ。

 だが、クロ子本人は、まだ自分の力の恐ろしさに気が付いていない。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「アウラ!」

「ママ! パパ!」


 突然走り出した幼女に私はふと目を覚ました。

 どうやら私はうたた寝をしていたらしい。


 前方に人の集団が見える。

 一瞬警戒したが、彼らが人間のキャンプを逃げ出した亜人の村人達だと気付き、私はすぐに緊張を解いた。


 ていうか、いつの間にかブチ犬のマサさんが幼女の足元を歩いているんだけど。

 どうやら彼が幼女を見つけて、ここまで案内してくれたようだ。


 幼女は両親に抱き着くと、声を上げてワンワンと泣き始めた。

 思わずもらい泣きをする周囲の村人達。


 私は親子の再会に水を差さないように、身をよじって幼女の腕から飛び降りた。

 着地と共にフラリと体勢を崩して尻餅をつく私。

 マサさんの息子、コマが心配そうに鼻面を押し付けて来た。


『コマ。アンタも無事だったのね。ご苦労様』

「ワンワン!」


 私に褒められて嬉しそうに吠えるコマ。

 喜びのあまり興奮したのか、私に体をこすり付けて来る。


『ちょ、止めなさい。てか、傷に当たって痛いから。痛い。だから痛いっての。痛――お前いい加減にしろ! 打ち出し(ファイアリング)!』

「キャイン!」


 打ち出し(ファイアリング)の魔法で飛んだ小石がお尻をかすめて、悲鳴を上げるコマ。

 私はヒリヒリと痛む傷に顔を歪めた。

 全くコヤツは。泥だらけの体をすり付けて来おって。

 傷口からバイキンが入ったらどうする。


 この騒ぎを聞きつけたのだろう。人垣を割って亜人の少女が駆け込んで来た。

 パイセンの彼女、モーナだ。

 モーナは騒ぎの中心に私を見つけて、顔色を変えた。


「クロ子ちゃん! ククトは?! ククトはどうしたの?!」


 私は一瞬にしてお腹に重い石を飲み込んだような気分になった。

 モーナはパイセンが死んだ事を知らない。いや、知っているはずだ。ただそれを認めたくないのだ。


 どう言うのが正しい?

 いや。厳しいようだが、ここは変に気を持たせるべきではないだろう。


『パイセンは死んだよ。助からなかった』

「嘘! ククトはクロ子ちゃんなら何とか出来るって言ってたわ!」


 パイセン・・・アンタそんな事を言っていたのか。

 だが私は超人でもなければ神様でもない。角が生えただけのメス豚だ。

 死にかけた人間を救う事も、ましてや、死んだ人間を生き返らせる事など出来やしない。


『もう助からなかった。モーナも見たでしょ? パイセンの最後を』

「嘘よ、そんな・・・嘘、嘘、嘘、嘘・・・」


 モーナも薄々分かっていたのだろう。

 けど僅かな可能性でもすがりたかったに違いない。


 私なら何とかする、だから足手まといにならないように、自分はみんなと一緒に先に逃げる。恋人は後からきっと駆け付ける。だからそれまでの我慢だと、自分を誤魔化し続けていたのだ。


 だが、戻って来たのは私と幼女だけだった。

 そこには恋人の姿は無かった。


 今、モーナの心には、あの時のパイセンの姿が思い浮かんでいるに違いない。

 雨の中、体中から血を流して倒れる亜人の少年の姿が。

 自分の恋人の最後の姿が。


 堪えていた感情が堰を切って溢れ、モーナは足から力が抜けた。

 彼女の母親は崩れ落ちる娘を支え、抱きしめた。

 母親の胸でモーナは大きな声を上げて泣いた。


 私はそんな彼女をジッと見守っていた。

 パイセンは最後に言った「助けてくれ」と。

 私はパイセンが私に「モーナを助けてくれ」と頼んだと思っている。

 だから私はモーナを助けよう。


 それが彼に対して出来る、唯一の弔いであると信じて。




 しばしの再会に沸いた後、私達は移動を開始した。

 出来ればひと眠りしたい所だが、流石にこの雨に濡れた山の中で野宿する訳にはいかない。

 いやまあ、私と野犬達だけならそれでもいいんだが、人間はそうはいかない。

 なにせ彼らには私らのような毛皮がないからな。

 全く不便なものだよ、人間というヤツは。

 お前も元は人間だろうって? 今の私はメス豚ですから。ブヒヒッ。


 敵の追手はマサさんを中心とした野犬達が警戒している。

 もっともこの暗闇の中、追手が私達に追いついたとしても、彼らの持つ明かりでその存在は丸わかりだろうけどな。

 だったら村人達はどうしてるって?

 乾いた木を探してもらって、そこに私が魔法で火を付けて松明代わりにしているけど。


 さすがに月も出ていない闇夜の中、山を移動するのに明かりも無しでは足元が危険すぎる。

 追手に見つかる危険は増えるが、ここは安全と移動速度を取るべきだろう。


 目的地は彼らの村。

 そこで残された年寄り連中と子供達と合流する。


 だが、村の位置は人間達に把握されている。

 いずれまた、今日のように襲われるのは間違いない。

 早急にどこか別の場所に村を移す必要があるだろう。

 候補地としてはどこがあるか・・・


水母(すいぼ)、ちょっといい?』

『(フルフル)』


 コマの頭の上でピンククラゲが体を震わせた。


『相談に乗って欲しい事があるんだけど』



 そろそろ日をまたぐ深夜になって、ようやく私達は亜人の村にたどり着いた。

 家族との再会を喜ぶ村人達。

 こうして彼らの辛く長い一日は終わりを告げたのだった。

次回「メス豚、説得する」

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― 新着の感想 ―
[良い点] クロ子も強くなったな…ハヤテくらい世界でとびぬけた存在にまで成長したのか…。 ところでハヤテにクロ子が乗るとまるで紅の(ry [気になる点] クロ子は泥を嫌がってるけど本来豚は泥にまみれ…
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