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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第三章 対決・亜人狩り部隊編
73/518

その71 ~メス豚、泣く~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 角の生えた黒い子豚――クロ子による無慈悲な殺戮。


 これに先立つ事五分ほど前。

 亜人のテントを見張っていた男達が、ようやく村人達の脱走に気が付いていた。

 彼は血相を変えて本部テントに連絡を飛ばしたが、タイミング悪く、隊長はクロ子と対峙していてそれどころではなかった。

 情報は届かなかったばかりか、クロ子の怒りに巻き込まれて、連絡に走った男は哀れ肉塊となってしまった。

 そうこうしているうちにクロ子による大虐殺が始まり、野営地は亜人達の脱走どころではなくなってしまったのだった。




 今や野営地は阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈していた。


「ひいいいいい!!」

「よくも仲間を! ギャアアアア!!」

「神よ! か――ぐふっ・・・」

「うわあああああっ!!」


 クロ子が駆け抜ける度、彼女が自在鞭(ウイップ)と名付けた魔法は、鋭い水の刃と化して、騎士団員達を装備ごと押し切った。

 真っ先に隊長が殺されてしまったのが彼らの不幸の始まり。

 指揮官のいない部隊は、まとまって脅威に対抗する事が出来なかった。

 いや、仮に指揮官が健在でも、荒れ狂うこの圧倒的な暴力に、なすすべはなかったに違いない。


 クロ子は死をまき散らす黒い旋風となって、野営地を縦横無尽に切り裂いた。

 彼女の駆け抜けた後には、血の匂いと、負傷者のうめき声だけが残され、動く者の姿は無かった。


 悲鳴を上げて逃げ惑う者。

 怒りに我を忘れて武器を振り回す者。

 正気を失い呆然とする者。 

 涙を流して神に祈る者。


 混乱の極みにある彼らに、死の鞭は平等に、そして気まぐれに振り下ろされた。


 腕が飛び、足が飛び、頭が断ち割られ、胴体が切り裂かれた。


 仲間の流した血が、仲間の腹からこぼれ落ちた臓物が、男達に踏みにじられ、蹴散らされた。


 今宵、この地に神はいなかった。

 あるのは一切の容赦ない理不尽な死。

 怒れる黒い死神の無慈悲な一撃。


 後にこの惨劇は”メラサニ山の忌まわしき血の夜”と呼ばれ、恐怖と共に人々の記憶に深く刻まれる事になるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 亜人の三人が囚われたテント。

 一人は物言わぬ屍となっている。


 死体の名はグルート。村長の娘モーナに横恋慕した彼は、無謀なチャレンジの末に仲間と一緒に人間に捕まっていた。

 彼は騎士団の拷問には耐えきったが、裏切った仲間に殺されてしまったのだ。


 グルートの仲間の小柄な亜人と痩せた亜人。

 二人は自分達のリーダーの死体を見下ろして呆然としている。

 今更自分達のしでかした事に気付いたのだろうか?

 その体はガクガクと震え、顔色は紙のように白い。


 小柄な男が、痩せた男の肩を揺さぶった。


「お、おい。大丈夫か?」


 痩せた男は喉にこみ上げて来る物を懸命に堪えている。


 小柄な男は気が気でなかった。

 さっきからテントの外が騒がしいからだ。

 人間達が怒声と悲鳴を上げて走り回っている。

 この野営地に何かが起こっている。逃げ出すなら今しかない。


 痩せた男は小さくかぶりを振った。


「・・・俺はダメだ。グルートを殺しておいて、今更グルートの両親に合わせる顔がねえ。俺は逃げられない」

「おい! 何を言ってるんだ!」

「ダメだ。俺はもうダメだ・・・」


 罪の意識に耐え兼ねたのだろう。ブツブツ呟きながら涙を流して嗚咽する男。

 小男はイライラと頭を掻きむしると、そんな仲間の腕を取った。


「いいから来い! ここにいたって人間達に殺されるだけだ!」

「ダメだ。ダメなんだ。足が動かねえ。グルートを殺した俺に生きる資格なんてないんだ」


 こうして揉めている間にも、テントの外の喧噪は次第に大きくなっていく。

 どうやら騒ぎの中心がこちらに近付いて来ているようだ。

 そうなればテントの周囲は人間に囲まれ、逃げ場が無くなる。

 小男は癇癪を起すと仲間の手を放した。


「だったら勝手にしろ! 俺は一人でも逃げるからな!」


 小男の言葉にギョッとする痩せ男。


「お前! グルートを殺しておいて一人だけ逃げるのか!」

「馬鹿野郎! お前だってグルートを殺したじゃねえか! いや、違う! お前が石で殴ってグルートを殺したんだ! 俺が殴った時にはグルートはもう死んでいた! 俺はグルートの死体を殴っただけだ!」

「なっ! お前、全部俺のせいにするって言うのか?!」


 痩せ男は激昂して小男に掴みかかった。

 突発的な仲間の行動に驚く小男。

 二人はもみ合いになって地面に転がった。


 しかし、この醜い争いは長くは続かなかった。

 クロ子に追われた騎士団員がこのテントに逃げ込んで来たからだ。


「こ、ここは亜人のテントか?! なんだこの死体は?! お前達何をしていた?!」


 男は血の匂いで床で死んでいる亜人に気付き、二人の亜人が拘束を抜けて掴み合いをしているのを見付けた。


「こ、混乱に乗じて脱走しようとしているのか! この薄汚い亜人共め!」


 男は血走った目で腰の剣を抜いた。

 クロ子に仲間が大勢殺され、今も命の危険が迫っている。

 極限状態に男は正常な判断力を失っていた。

 武器を見て怯える亜人達。その哀れな姿に加虐心が満たされたのか、男の顔が愉悦に歪んだ。


「仲間を殺して自分達だけ助かろうとは、いかにも下衆(ゲス)な亜人が考えそうな事だ。不浄な貴様達はアマナ神の創りたもうたこの世界には相応しくない! 死んでその卑しい心に相応しいケダモノに生まれ変わるがいい!」


 男は訳の分からない事を叫びながら剣を突き出した。

 剣は何の抵抗も無く小男亜人の腹に突き立てられた。


「ひっ・・・い・・・痛え・・・痛え・・・」

「うわああああっ」

「逃げるな! 待て!」


 腹を押さえて倒れる小男。

 腹腔内圧に押されて、傷口から内臓がはみ出している。

 内臓も大きく傷付いているようだ。長くはもたないだろう。


 痩せ男は必死にテントをめくって逃げようとする。

 杭で固定された分厚い生地のテントは、素手で簡単にめくれるようなものではない。爪が剥がれ、指が血まみれになっても、僅かな隙間しか開かない。

 それでも痩せ男は、その隙間に懸命に頭を押し込むが、不意にその体が小さく痙攣した。

 彼の背中には剣が突き立てられていた。


「ば、馬鹿が。逃がすと思ったか!」


 騎士団の男は痩せ男の背に剣を押し込んだ。


「ははははっ! て、天罰だ! これは天罰なんだよ! ははははは!」


 血に酔った男は天を仰いでゲラゲラと笑った。

 その時、大きな音を立ててテントが弾け飛んだ。

 激しい雨粒が男の顔を叩く。


 薄暗い野営地の中、男が最後に見たのは頭に角を生やした小さな黒い獣。

 そして自分の首を薙ぎ払う、鋭い水の鞭だった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 野営地を包む喧騒の中、少女は一人。テントの中で座っていた。

 クロ子に助けられた亜人の少女だ。

 少し落ち着いたせいだろうか。

 先程から背中の傷の痛みが酷く、ズキズキと頭に響いて仕方が無い。


 その時、テントの入り口が小さく開くと、小さな半透明の塊がフヨフヨとテントの中に漂って来た。

 半透明の丸い塊――水母(すいぼ)と呼ばれる前人類の対人インターフェースは、真っ直ぐに少女の元にたどり着くとその頭の上に乗っかった。


 濡れた塊の不快な感触に、少女の顔がしかめられた。


魔法障壁展開(ばりやー)


 水母(すいぼ)がフルフルと震えた途端、テントが音を立てて吹き飛んだ。

 雨が吹き込むと共に、鋭い水の刃が少女を薙ぎ払う――


 かと、思われたが、不可視の障壁にぶつかり、水の鞭は破裂音を残して消し飛んだ。

 クロ子が無秩序に振るった自在鞭(ウイップ)の魔法が、水母(すいぼ)の展開した”魔法障壁”に阻まれたのだ。


 少女の頭の上から吹き飛ぶ水母(すいぼ)

 魔法は無力化したものの、運動エネルギーまでは相殺出来なかったようだ。

 彼はベショリと湿った音を立てて濡れた地面に転がった。


 少女はそちらをチラリと見たが、すぐに目の前に向き直った。

 彼女の見つめる先。

 そこにはテントの上に仁王立ちになったクロ子の姿があった。


 彼女の頭の四本の角はチリチリと音を立てて焦げ付き、薄く湯気を上げている。

 過負荷で魔力増幅器の放熱が間に合わないのだ。

 テントの上は彼女の流した血で赤く染まっている。

 風の鎧(ヴォーテックス)の身体強化といえども無敵ではない。

 やはり多勢に無勢。圧倒的な敵との数の差に、クロ子の体には無数の刀傷が刻まれていた。


 クロ子の赤い目は怒りにギラギラと輝き、更なる犠牲者を捜している。

 激しく魔法を使い過ぎた事で、目の毛細血管が切れ、真っ赤に充血しているようだ。

 荒い息を吐く口の端には、吐血した際の血泡がこびりついている。

 その姿はまるで狂った獣のようだった。


 少女は立ち上がるとクロ子に近付いた。

 周囲に人影は無い。動ける者はみんな野営地から逃げ出してしまっているからだ。

 あるのは死体と、いずれ死体になる負傷者だけ。

 ここには傷付いていない者は誰もいない。

 少女も。そしてクロ子も。


 少女は真っ直ぐ両手を伸ばすとクロ子に訴えた。


「クロ子。もう泣かないで。一緒に村に帰ろう」


 その声にクロ子は、初めて彼女の存在に気付いたようだ。

 戸惑いにクロ子の体から力が抜ける。

 集中力が途絶えた事で、風の鎧(ヴォーテックス)の魔法による身体強化が切れたのだ。


 クロ子はバランスを崩してテントの上から転がり落ちた。

 少女は血まみれのクロ子を小さな手で抱きかかえた。


 人の体の温かさに包まれた事で、ようやくクロ子に人間としての心が戻った。

 その時初めて、転生者を――かけがえのない唯一無二の友人を失った喪失感が彼女の胸に去来した。

 堰を切ったように溢れ出る涙を彼女は止める事が出来なかった。


 クロ子は声を出して泣いた。

次回「メス豚、村人と合流する」

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― 新着の感想 ―
[一言] 最近、小説を読むさい情景を想像しながら読むことが多いのです(´・ω・`) 今回も最後クロ子が泣くとこでいいシーンだな...と思ったのですがつい泣くが鳴くに変換されてしまい、ブヒブヒと鳴くとこ…
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