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私はメス豚に転生しました  作者: 元二
第三章 対決・亜人狩り部隊編
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その66 ~ククトの決断~

◇◇◇◇◇◇◇◇


 クロ子の陽動作戦で混乱した隙を突き、教導騎士団の野営地に忍び込んだ転生者ククト。

 彼は誰にも見つからずに村人達が囚われたテントにたどり着いていた。


 見張りは二人。

 いつまでも振り続く雨にうんざりしているのだろう。今は近くのテントでチェスのようなボードゲームに興じている。


 あっさり目的地にたどり着いた事に驚きを隠せないククト。

 決死の覚悟で挑んでいただけに、彼としては拍子抜けする思いだった。


 ククトは騎士団員の意外な士気の低さと、規律の緩さに戸惑いを覚えたようだが、これは彼が教導騎士団の実情を知らないために起こった勘違いだ。


 教導騎士団は法王庁執行局の直轄部隊。

 とはいえ彼らは決して精鋭でもなければエリートでもない。

 国外との戦争や国境紛争には教導騎士団の活躍の場はない。

 それらに駆り出されるのは主に貴族家の騎士団だ。

 なら教導騎士団は何のためにあるのかと言うと、彼らの主な出動先は国内の反宗教的勢力の鎮圧。

 つまりは、暴徒の処理なのである。


 食い詰めてどうしようもなくなって蜂起した村の鎮圧や、法王庁が教義に照らし合わせて有罪と認めた宗教犯罪者の処断、貴族家の騎士団が攻め滅ぼした敵地の鎮撫。

 それらの対応――という名目で行われる数々の略奪行為が、彼らの主な任務なのだ。


 教導騎士団において、使命や教義に熱心なのは一部の上層部だけで、末端の兵士は規律も倫理感も最低限のものしか備えていない。

 つまり教導騎士団とは、法王庁をバックに弱い者達から略奪する事を目的とした、ゴロツキ集団なのである。

 その上層部ですら、熱心なのは略奪行為で集めた財産で上の聖職位を買う事と知れば、騎士団全体のモラルもたかが知れるというものであろう。


 唯一絶対神アマナを崇める宗教国家、アマディ・ロスディオ法王国。

 法王国では法王を頂点としたピラミッド型の階級社会が形成されている。

 上位階級者に生まれた一握りの者達にとっては、一つでも上の階級に上がる事を目指し、絶えずしのぎを削り合う厳しい競争社会。

 そして下級階級に生まれた多くの者達にとっては、永遠に上位者に隷属と服従を強いられる、未来の無い閉ざされた格差社会(ディストピア)なのだ。




 亜人の村人達に与えられた大型テントは三つ。


 ククトは慎重に見張りの死角に回り込むと、テントの中に滑り込んだ。

 テントの中はムッとする人いきれで、ククトは思わず息が詰まりそうになった。

 ここには50人程の村人が詰め込まれ、横になるスペースにも不自由する状態だった。


 暗闇の中、見知った村の男とククトの目が合った。

 周囲にいるのも男ばかり。どうやらここは男を纏めて詰め込んでいるテントらしい。


「お前、ククトか?」

「しっ! 静かに。見張りに気付かれる」


 男達の間に広がるどよめきを、慌てて抑えるククト。


 彼らは分厚い木製の手枷を付けられ、互いの足をロープに繋がれていた。

 ロープの先はテントの入り口に打ち込まれた杭に繋がれている。

 かなり頑丈そうな手枷だ。道具も無しにこの場で破壊するのは不可能だろう。


 ククトは腰に差していたナイフを取り出すと、手近な男の足のロープを切断した。


「今、クロ子が騒ぎを起こしている。人間達の目がそっちに引き付けられている間に逃げるぞ」

「クロ子って、お前の所の黒豚か?! アイツも来ているのか?!」


 クロ子は村一番の有名人――有名豚だ。喋る豚で、今や村のマスコットキャラクターと言ってもいいだろう。

 村で彼女の事を知らない者はいなかった。


 ククトは何人かの足のロープを切ると、知り合いの男にナイフを渡した。

 こんな事もあろうかとナイフは何本か用意していたのだ。


「後は自分達で頼む。俺は別のテントの村人を助けに行く」

「あ、ああ。分かった」


 ククトは作戦内容をざっと彼らに説明した。

 その上で、テントには見張りがいるから騒がない事、他のテントの者達も全員同時に逃げるからそれまでは勝手に動かない事、そして逃げる方向と、野営地を出た後は山を目指す事、等を彼らに告げた。


「俺の妻を頼む」

「俺の娘も捕まっているんだ」


 ククトは村人達の言葉に頷くと、テントの入り口から素早く抜け出した。




 隣のテントにも同じように男ばかりが集められていた。

 ククトはここでも同じ作業を繰り返し、やはり彼らに作戦を説明するとこのテントを後にした。


 三つ目のテント。最後のテントには、村の女達ばかりが集められていた。

 突然入って来た男の姿に一瞬怯える女達だったが、すぐにそれがククトだと気付き、ホッと胸をなでおろした。


「ククトじゃないか?! アンタ一体どうしてここに?!」

「おばさん、静かに。外の人間に気付かれる」


 ククトはモーナの母の返事を待たずに、素早く彼女に近付いた。

 なるべく静かに行動しているつもりでも、今や100人もの男が脱走のために動いているのだ。

 そろそろ見張りが異常を感じていてもおかしくはない。

 既に一刻の猶予も無かった。


 ククトは次々と女達のロープを切りながら手短に説明をした。


「さあ、ナイフを渡すから手早く頼む。急いで」


 彼は残ったナイフを全て女達に渡すと、自分は折れた(げき)を手に外の様子を窺った。

 幸いクロ子の陽動が上手く効いているらしい。

 野営地の中はどこか浮ついていて、村人のテントを気にしている者の姿は見当たらない。


 こうして、ジリジリと焦燥感を掻き立てられる時間が過ぎた。

 やがてモーナの母が配られたナイフを持ってククトの所にやって来た。


「みんなのロープは切ったわ。いつでも出られるわよ」

「分かりました。ナイフはそのまま持っていて。男達と合流したらそっちに渡してもいい。――待った!」


 この時ククトは初めて、自分がこのテントの中でモーナの姿を見ていない事に気が付いた。


「モーナはどこにいるんですか? まさかここ以外にも村人が捕らえられたテントが?」


 その言葉に悲しそうに顔を見合わせる女達。

 ククトの胸に嫌な予感が広がった。

 モーナの母が辛そうな表情でククトに告げた。


「ここにいないのはモーナだけよ。ついさっき偉そうな人間の男がやって来てあの子を連れて行ったの」

「な・・・なんだって?!」




 モーナを連れて行った偉そうな人間の男。亜人達が知る由も無かったが、彼はクロ子が本部テントで姿を見かけたこの部隊の隊長だった。

 彼はテントを出た後、真っ直ぐここを目指し、モーナを連れ去っていたのだ。


「モーナが・・・そんな」


 人間の男が若い亜人の娘を連れ去った。その意味が分からない者はこの場にはいない。

 女達の辛そうな表情がそれを物語っている。

 絶望に青ざめるククト。

 あと一歩。ほんの僅かな所でモーナは彼の手をすり抜けていってしまった。

 昼間見た彼女の姿が――モーナの縋るような目が脳裏に浮かび、ククトの胸を締め付けた。


「ククト、どうした?」

「えっ! みんなどうして?!」


 テントに忍び込んで来たのは数名の亜人の男達だった。

 家族と、恋人との再会に沸く村人達。


「ハッシのヤツがお前の残したナイフを使って枷を外してくれたんだ」

「他のヤツの枷も外している最中だ。それより早くここから脱出しようぜ」


 どうやら村人達の中に手先の器用な男がいて、上手い具合にナイフを使って仲間の手枷を外したらしい。


 みんなが自由に動けるなら・・・。


 ククトの覚悟が決まった。


「女衆のロープはもう切っている。頼む。皆を連れてここを脱出してくれ。テントの見張りは外にいる二人だけだ。人間達がこっちに近付いて来たら、クロ子の所の野犬達が吠えて教えてくれる手はずになっているから」

「頼むって――ククト、お前はどうするんだ?」


 ククトの言葉に戸惑う男達。

 ククトは緊張にゴクリと喉を鳴らすと、青白い顔を彼らに向けた。


「俺は・・・俺は連れ去られたモーナを助けに行く!」

次回「メス豚、混乱を煽る」

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