その5 メス豚、初めての脱柵
今日も私は魔法の特訓中である。
走り回っているだけだろうって? う~ん、違うんだな~コレが。
何か普通とは違う所が見えませんかね? そう、ホラ今。
実は私は一見こうして無邪気に走り回っているように見えて、時々魔法を発動していたのだ。
発動の条件は決めていない。瞬間的な判断力を鍛える目的もあるからだ。
例えば風が吹いて木の葉が舞った時。木の葉に向けて魔法発動。
例えば虫を発見した時。虫に向けて魔法発動。
おっ、命中。落ちた虫をすかさずキャッチ。パクリ。ゴクン。ご馳走さまでした。
ちなみに発動しているのは空気の弾丸を飛ばす風の魔法だ。
実はこれ私のオリジナル魔法なのだ。
目の前に魔法で空気の渦を作ると、中心に行くほど空気は圧縮される。圧縮された空気はやがて細い棘のような形になり、旋回しながら高速で飛翔。相手に突き刺さるとエネルギーを解放、炸裂する。
その威力は木に弾痕のような穴を開ける程だ。って、コレって凄くない?
ちなみに虫程度ならあっさりと貫通してしまう。
だから虫も取り放題だ。
おっと、またヒット。パクリ。ゴクン。ご馳走さまでした。
ちなみに小鳥に命中させたら、木端微塵にはじけ飛んでしまった。
まさかこれ程の威力があったとは知らなんだ。
すまん事をしてしまった。ナンマンダブ、ナンマンダブ・・・
この魔法は、成造以外に何か出来ないかと、色々と試していた時に偶然出来たものだったりする。
その後、試行錯誤を繰り返して現在の形となった。
その名も、”最も危険な銃弾”。
勝手に名前を付けちゃっていいのかって? んなこたぁ知らん。私にとっては自分で見つけたオリジナル魔法だからな。
あれだ。プロレスの技みたいなもんだよ。同じ技でも特定の選手が使えば、その人のオリジナル技になる事ってあるじゃない?
私にとってはこの魔法がそれなんだよ。そう決めた。
ちなみに実在する銃弾――エクスプローダー弾から名前を頂きました。
確か本物のエクスプローダー弾は中に炸薬が入っていて、命中すると爆発する、極めて殺傷能力が高い弾丸だ。
私のは魔法で作ったなんちゃって弾だけどな。
私は柵の中を走りながら最も危険な銃弾を発射。命中精度は・・・う~ん、まずまず?
止まっている時には当たるけど、動いているとちょっと・・・
さっき見付けた葉っぱにも全然当たっていないね。
虫も止まっていれば当たるけど、動いているとやっぱダメかなあ。
そんな攻撃じゃ、実戦で頼りにならないだろうって?
いや、私が動いているからだって。足を止めてこうしてよく狙えば・・・あ、外した。
・・・
まあ今後の成長に期待、という事で。
ホントは止まっている時には当たるんだよ。いやいや、マジで。
魔法の発動にも慣れて来たのか、最近は連続使用でさえなければ一日中魔法を使っても何ともない。
覚え始めの頃はすぐにへばってぶっ倒れていた事を思えば凄い成長だ。
私って魔法の天才じゃなかろーか。むはっ、高まるわー。
てな所で今日の魔法の特訓はここまでにしておこう。
これから夜に備えて寝とかないとだからね。
そう。時は来た。
今宵私は村を旅立つのだ。
魔法という万能兵器を手に入れた今、私の行く手を阻む者はもはやいない。
さらば名もなき村よ。
さらばガチムチ親子よ。
お前らの事は決して忘れない。悪い意味でだがなっ!
こうして私はこの村での最後の惰眠を貪るのだった。
さて夜もとっぷり更けてまいりました。
夜は寒いので兄弟豚達は一塊になって寝ている。
無防備に寝るその姿は可愛いっちゃあ可愛い気もする。かもしれん。
おっといかんな。今夜でコイツらの寝顔を見るのも最後だと思うとつい感傷的になってしまう。
こうして瞼を閉じれば兄弟豚達の思い出が走馬灯のように・・・あれっ? 特にないな。
てか、一緒に飯を食った思い出くらいしかないわ。
薄情だって? いやいや、いくら血を分けた兄弟っていったって相手は豚だから。
心温まるエピソードなんて特にないから。
まあ諸君も達者で暮らしてくれたまえ。
生活が落ち着いたら顔くらい出すかもしれん。
その時まだ生きてたら脱柵の手引きくらいはしてやるよ。
期待しないで待っていてくれたまえ。ではさらばだ。
私はこっそりと柵に近付くと、魔法を発動した。
グモモモモ・・・
みるみるうちに土が盛り上がって、柵の上までスロープが伸びた。
どうよコレ。凄くない? いかにも、魔法を使いこなしている、って感じがしない?
今の私にとってみればこれくらい軽い軽い。
・・・ウソです。結構ギリギリです。
土を集めたり、地面に穴を開けたりするくらいなら割と出来るけど、こうやって思った形に成形するのって無茶苦茶難しい。
ノートに落書きするのと漫画を描くのくらい違う。
力押しだけでは足りないクリエイティブな能力が要求されるのだよ。
今夜脱柵する事に決めたのは、昨日ようやくこのスロープを作る事が出来るようになったからだ。
いくら魔法を使えるようになったからといっても、外に出る手段が無ければどうしようもない。
私はようやくその方法を手に入れたのだ。
私は短い足でシャカシャカとスロープを登って行った。
足元で崩れる土が何とも言えない不安感を煽る。
やっぱり強度に難があるようだ。私が柵を超えるまで保ってくれ!
――よし、超えた!!
途端にボロリと崩れ落ちる土のスロープ。あぶねえ。ギリギリだったわ。
私は柵の外のスロープの崩壊に巻き込まれながら地面に転がった。
あ痛たたた。お尻打っちゃった。
痛い! でも嬉しい!
私は大地を踏みしめて立ち上がった。
外! ここが夢にまで見た外の世界!
私は感動に打ち震えた。
このまま叫び出したい気持ちを懸命に堪える。
村はしんと静まり返っている。
誰も私の脱柵に気が付いている様子はない。
いくら私がうっかりさんでも、わざわざ自分から騒いで寝ている村人を起こすような馬鹿なマネはしない。
ちなみに村人はみんな日が落ちれば直ぐに寝てしまう。
外が暗くなったら寝て、朝日が昇る前、空が薄っすら明るくなる頃に目を覚ます。
この村の人間はそんな健康老人のような生活を送っているのだ。
現在村は完全に寝静まっている。
私の行く手を阻む者は誰もいない。
そう。魔法の発動は基本的には無音だ。
マナ受容体を持たない人間には、今の魔法を感じる事は出来ないのだ。
・・・
私の心に一瞬「えっ? こんなに簡単に脱走出来ちゃって大丈夫なの」と、不安がよぎった。
今まで散々苦労していた分だけ、私の不安は大きな物だった。
魔法を覚えただけでナイトメアモードから、一足飛びにイージーモードに切り替わった。そんな感じだった。
あの、本当にいいの? このままだと私、行っちゃうよ?
止めるなら今だよ? いいの?
私は一度だけ柵の向こう、兄弟豚達の方を振り返った。
いやいや、せっかく上手くいっているのにいつまでも立ち止まっていてどうする。ここは流れに乗るべきだ。
ガチムチは私が魔法を使う事を想定していなかった。私は賭けに勝った。それだけの事だ。
私は豚足を踏み出した。
それは小さな一歩だったが、私にとっては自由へと続く大きな一歩だった。
こうして私は、産まれてから今まで、私の世界の全てだった狭い柵の中から飛び出し、広い世界に飛び出したのだった。
ひゃっほーうい!! やった!! 私はやってやったんだーっっ!!
村を出た私は街道を離れて山に逃げ込んだ。
柵の中からいつも見えていた山だ。
背後の村が見えなくなると、私の心にじわじわと喜びの感情が湧き上がって来た。
私は興奮を抑えきれずに、プギャー、ピギャーと奇声を発しながら転がり回った。
自由! そう、私は自由を手にしたんだ!
長かった。長かったよ。
死というタイムリミットが切られた生活の中、何度挫けそうになった事だろう。
だが私は生きる事を諦めなかった。生をサレンダーしなかった。
そんな私の執念が今日の勝利を手繰り寄せたのだ。
私に魔法を教えてくれた恐竜ちゃんには感謝してもし足りない。
恐竜ちゃんありがとう。次に会う事があれば絶対にお礼をします。
私に恐竜の見分けがつくかどうかは分からないけどな。
その時、私はふと我に返った。
なんだろうこの嗅ぎ慣れない匂いは?
何というか、やけに嫌な臭いだ。この不快な匂い・・・この匂いは・・・
敵だ。
私は頭に上った血がサアッっと音を立てて引いたのを感じた。
夜の山は真っ暗で、視界を遮る茂みも多い。
そんな場所で私は何をやっていた?
奇声を発して無防備に転がり回る? 馬鹿か。
脳みそお花畑にも程があるだろうが。
ガサリ・・・ ガサリ・・・
風じゃない。明らかに不自然な動きだ。藪の中を大きな獣が移動している。
それも一つだけじゃない。複数だ。
私は獣の群れに囲まれていたのだ。
次回「メス豚、野犬の群れと戦う」