その52 メス豚、外に出る
外を目指して施設内の廊下を歩く私達。
その道すがら私はピンククラゲ改め水母に私の角の事を尋ねていた。
『それじゃ、この角が折れても私の脳には影響は無いんだ』
脳の魔核がどうのこうのと聞いていたので、脳に直接つながっているのかと思ったら、実際はそうでもないらしい。
『肯定。その角状の器官は外付けの魔力増幅機。クロ子が言うように頭蓋骨を貫通して魔核に繋がっている訳では無い』
どうやら角は頭蓋骨にくっついているだけらしい。
だから仮に角が折れたとしても、また手術して新しい角を取り付ければ元に戻るんだそうだ。
まあ、なんて便利なんでしょう。
『でも折れる事なんてある訳?』
『事例はある』
この角は本物の角のように、ほとんどの部品が生体由来の素材で作られているそうだ。
だから強度も骨とさほど変わらないらしい。
『強固に作ると、土台となる頭蓋骨に負荷がかかる』
あ~なるほど。無理なテンションがかかった時に、先に角の方が破損する事で土台となる頭蓋骨の損傷を防ぐのか。
頭蓋骨を丸ごとチタンとかに置き換えられたら問題解決なのかもしれないけど、それはなんだかイヤだなあ。
ちなみにいくら角が生体由来の素材とはいえ、さすがに胃で消化されるような物ではないとの事。
戦いの中で色々な角付き生物を丸かじりしていたコマは、消化されなかった角が腸に引っかかって大変な目にあったらしい。
お腹を痛めたところを水母が肛門に触手を突っ込んで掻き出してくれたんだそうだ。
私が寝ている間にそんな事があったんだな。
「キューン」
コマは自分のお尻に注がれる私の視線を感じたのだろう。情けない声で鳴いた。
大丈夫。アンタのお尻が触手に拡張された事はパパには黙っといてあげるから。
しかし、どうりでコマがやけに水母に懐いていると思ったら、そんな理由があったんだな。
「ワンワン!」
私の邪な考えを察したのだろうか。
コマが非難するように激しく吠えた。
いや、アンタが食い意地が張ってるのが悪いんでしょうが。
それはそうと私は角を食べなかったよな?
ドキドキしながら思い返したのは乙女の秘密である。
ガゴン
重たい音をたてて通路を塞いでいた大きな石が転がった。
その途端、外の光が差し込んだ。
どうやらココは偽装していた出入口らしい。
うおっ! 眩しっ!
外は昼間だった。
八日振りの陽の光!
いやまあ、私の体感では二日ぶりなんだけどな。
再び石がゴロンと転がると入り口を塞いだ。
スゲエな。どこにも痕跡が見当たらない。
ほとんど岩壁と見分けがつかないなんて。
『ひとまずはマサさんを捜そう。コマ。元の場所が分かる?』
「ワンワン!」
コマは頭に水母を乗せたまま、元気よく走り出した。
私も風の鎧の魔法を身にまとってコマの後を追う。
風の鎧を使えば、私の体重は体感で半分以下になる。
今まではスタミナ切れで短距離しか走れなかったところを、余裕で走り続けられるようになるのだ。
なんて便利な魔法でしょう。
問題は常時魔力を消費する点だが、魔法増幅器官である角の移植手術を受けた今、私の魔法使用効率は以前の何倍にも跳ね上がっている。
具体的に言えば、以前の三分の一以下の魔力でほぼ同等の効果を得る事が可能だ。
水母が言うには魔法増幅器官に体が慣れれば、今よりも更に楽に魔法が使えるようになるらしい。
マジか。今でも十分強化されてるというのに、まだまだ上があるなんて。
私は一体どこまで強くなってしまうのだろうか。敗北が知りたい。
「ワンワン! ワンワン!」
『おお、コマ! 黒豚の姐さん!』
藪から野犬が飛び出して来た。
コマの父親犬マサさんだ。
案外あっさり見つかったな。
どうやらずっとこの辺で待っていてくれたらしい。
真面目なマサさんらしいね。
久しぶりの再会に、嬉しそうに互いの匂いを嗅ぎ合う親子犬。
興奮が抑えきれないのだろうか、何故か私の匂いまで嗅ぎだすコマ。
だからアンタは私のお尻の匂いを嗅ぐんじゃない!
『EX点火!』
「キャイン!」
ついイラッと来て極み魔法を使ってしまった。
立ち昇る炎に驚くコマ。
『く、黒豚の姐さん。その頭は?』
炎に驚いた事で、私の変化に気が付いたのだろう。
マサさんが私の頭の角を凝視している。
『それにコマの頭にもピンク色の塊が』
『あ、そっちは頭の上に乗っかっているだけだから。水母、挨拶して』
私の呼びかけに答えて水母がフワリと浮かんだ。
『固有名称・スイボ』
『こ、これは一体・・・ あ、いや、失礼。アッシはマササンといいます。黒豚の姐さんの率いる群れの者です』
『マササン、登録』
いや、マサさんの名前は”マサ”であって、決して”マササン”じゃないんだけど。
まあ、それでもいいや。
水母には事前に、私からの紹介があるまで誰にも正体を明かさないように言い含めている。
その際も絶対に”魔核性失調症医療中核拠点施設コントロールセンターの対人インターフェース”とは言わないように、と念入りに釘を刺しておいた。
水母の語る歴史はこの世界の人間には刺激が強すぎるからね。
うかつに触れ回られたら、絶対にトラブルの元になるに決まっているし。
『姐さん、こちらのスイボはどういったお方で?』
マサさんはためらいながら私に尋ねて来た。
ああ、うん。その疑問はもっともだと思うよ。
相手は空に浮かぶ謎のピンククラゲだからね。
すんなり受け入れられたら、私の方が逆にショックだわ。
『話せば長くなるから後でいいかな。それよりも今どのくらいの時間か分かる? ずっと穴の中にいたから今の時間が分からないんだけど』
マサさんによると、大体三時を回ったところのようだ。
だったら話は食事が終わった後でもいいかな。
今宵のクロ子は血肉に飢えておるわ。
なにせ施設内の食事はカロリーメ〇トみたいな栄養食だったからな。
栄養のバランスは取れているのかもしれないけど、三度三度同じ味はキツかった。
食感もパサパサで味気ないものだったし。
そりゃあ角生物も私らに襲い掛かって来るってもんだわ。
結局私達は半月ほど崖の近くで過ごした。
魔法増幅器官が完全に安定するまで施設の側を離れる訳にはいかなかったのだ。
とはいえその間に魔力操作の練習も出来たので、私的には案外有意義な時間だったかな。
そんなわけで、今日はいよいよこの場所から旅立つ日。
パイセン達亜人の村に戻る日が来たのだ。
ここまで長かったが、本来の目的だった魔法強化は無事に果たす事が出来た。
今回の旅は大成功と言っていいだろう。
・・・ついでに大きな秘密を抱え込んでしまった気もするけど、ギリギリ許容範囲。かな?
考えてみれば私以外の誰かに知られるよりはずっとマシかもしれない。
人間至上主義のアマディ・ロスディオ法王国なんかに知られた日には、跡形もなく施設を破壊されたかもしれないからな。
そうしたら、もしもこの角が折れた時に二度と修復が出来なくなってしまう。
村に戻ったらモーナはともかく、パイセンにどこまで説明するか。
それを考えると少しだけ頭が痛い。
同じ転生者同士、出来るだけ秘密を抱えたくないけど、正直に教える事でパイセンの負担にならないだろうか?
私はチラリとコマの頭の上のピンクの塊を見た。
とりあえず、水母を見た時の反応次第かな。
水母の存在をあっさりと受け入れられるようなら、秘密をばらしてもそれほど問題は無いだろう。
パイセンも元は地球人だし、案外すんなり受け入れそうな気もする。
むしろ「なんでクラゲ?! 美少女形ヒューマノイドじゃないのかよ?!」とか言い出すかもしれない。アニメオタクだし。
『ここがアニメに出て来るようなファンタジー世界ならそれもありなんだろうなあ』
『黒豚の姐さん?』
『なんでもない』
唐突に呟いた私に、マサさんが不思議そうな顔をした。
そう。ここはアニメに出て来るような華やかなファンタジー世界じゃない。
魔王復活から世界を救う勇者もいなければ、ヒラヒラの服を着た魔法使いの少女もいない。鎧を着た凛々しい女騎士・・・は、ひょっとしたらどこかにいるかもしれない。
ファンタジー世界お約束の冒険者ギルドも無ければ、ステータスやスキルもない。
この世界は優しくなければ温かくもなく、楽しくもなければ冒険が待っていたりもしない。
泥臭く、地味で、人間に虐げられる亜人がいて、子供が飢えて死ぬような世界だ。
けど、こうしてこの世界に生まれ変わったからには私は戦い続ける。
理不尽には屈しない。悪意からも目を逸らさない。
戦って戦って、力及ばず倒れるその日まで戦い続ける。
『例え全身を切られて倒れても背中は無傷。そんな死に方でありたいものだ』
『アッシらは人間と違って四つ足だからそれは難しいんじゃないですかね?』
『心意気の話だから! てか、私の独白に返事しなくていいって言ったよね?!』
律義かっ!
私の独白には基本的にスルー推奨でオネシャス。
こうして私は新たな力と新しい仲間を連れて亜人の村を目指すのだった。
次回「王都の戦勝式典」




