その51 メス豚と新たな仲間
ピンククラゲの手術によって角の生えた私の魔法は桁外れに強化されていた。
私は魔法の試し打ちを終えてコマ達の方へと向かった。
うおっ! コマの頭がスゴイ勢いで揺れているんだけど?!
『驚愕。仰天。衝撃。感嘆』
どうやらコマの頭の上に乗ったピンククラゲが興奮のあまり激しく振動しているせいらしい。
コマは迷惑そうに耳をはためかせている。
てかアンタ大丈夫なの? 脳みそがシェイクされて鼻から流れ出たりしない?
『情報の開示を求む。求む。求む』
どうやらピンククラゲは、私の魔法の威力もさることながら、魔力制御方法にこそ興味がある様子だ。
『当然。魔法のコントロールは難しい。クロ子は魔道具も使わずにどうやって行ったのか知りたい』
魔道具?! そんな物があるのか?!
そりゃああるか。前人類は魔法科学文明を極めていたらしいからな。
しかしなんだろう。その中二マインドをくすぐられる響きは。
一度彼らの文明が栄えていた頃を見てみたかった。
ピンククラゲの説明によれば、魔法というのは基本的に魔力操作が一定のしきい値を超えた時に自然と発動するものらしい。
つまりあれだ。ゲームの魔法みたいなものだ。
ゲームの魔法は一定のMPを消費して一定の効果を得る。
たくさんMPを込めても、より効果の高い魔法効果が得られる訳じゃない。
MP2のホ〇ミに、倍のMPをつぎ込んでもベホ〇ミと同じ回復量を得る事は出来ないのだ。
そう考えると、大雑把とはいえ、魔力量をコントロールして魔法の威力を加減していた私の行為は、ピンククラゲにとって常識外だったんだろうな。
『う~ん、そう言われても出来るものは出来るとしか言いようがないかな』
感覚でやってる事だからな。
多分、運動の得意な人が「どうやればそんなに運動が出来るの?」って聞かれても、答えられないようなものだと思うぞ。
ちなみに私は運動が苦手だったので想像でしかないが。
ピンククラゲは私の返事にガッカリしたようだ。
コマの頭の上で力無くぐったりとしおれた。
垂れたピンククラゲの体が目にかかったのか、コマが鬱陶しそうに首を振った。
そろそろアンタもイヤならイヤと言った方がいいんじゃないかな?
しかし角の効果は私の想像以上だった。
自由に使いこなすためにはしばらく魔力のコントロールを練習しないといけないだろう。
ただし、それに見合うだけの価値は十分にあると自信をもって言える。
最大威力の魔法は”極み”魔法と呼ぶことにした。
それで言うとさっきの最も危険な銃弾は、極み・最も危険な銃弾になる訳だ。
いや、ちょっと長いな。EX最も危険な銃弾にしよう。うん。
極み魔法は通常の魔法に比べるとどうしてもマナ・コントロールに時間がかかる。
要は”溜め”時間が発生するのだ。
これも訓練次第で多少は短縮出来るだろうが、それでも通常魔法のようにお手軽に使うのは難しいと思う。
今後は使い分けが重要になって来るはずだ。
とは言っても、基本的にはEX最も危険な銃弾の威力で何でもごり押し出来そうな気もするけど。
それぐらいあの威力は凄かった。
さて、これで私がここに来た目的は果たした。
予想以上に密度の濃い経験だったが、得たものはそれに見合うほど大きかった。
まずは大成功と言っていいだろう。
『じゃあコマ。マサさんの所に帰ろうか』
「ワンワン!」
という訳で、ピンククラゲはそろそろコマの頭の上から降りて欲しいんだけど。
『クロ子は検体として非常に優秀。観測の継続中』
ちっ。誤魔化せなかったか。
とはいえ私もずっとここに閉じ込められている訳にはいかない。
パイセン達が亜人の村で私の帰りを待っているのだ。
戦わなければいけないのか・・・
私は気持ちが重く沈むのを感じた。
出会いは決して良い形とは言えなかったが、ピンククラゲは私が望んだ以上の力を与えてくれた。
角の見た目もカッコ良いし、今では何気にお気に入りだ。
恩か恨みかで言えば圧倒的に恩を感じているし、ピンククラゲ自体もどこか憎めないキャラをしている。
恩を仇で返すようなマネはしたくないな・・・
けど私をここから出してくれないと言うなら、戦ってでも道を切り開かなければならない。
この力はここで実験動物として飼い殺しになるために得たんじゃないんだ。
アンタの屍を乗り越えてでも私は前に進む!
『一応聞くけど、このまま黙って私が出ていくのを許してくれるつもりはないよね』
『了承』
『そう言うと思った。だったら私――へっ?』
あれ? 私の聞き間違いかな?
ここを出て行っていいって言ったように聞こえたんだけど。
『出て言ってもいいの?』
『許可。観測はこのインターフェースの端末で可能』
ん? どういう事?
ちょっと意味が分からないんだけど。
ピンククラゲの話によると、ピンククラゲは私の観測を諦める気はないらしい。
何でも私は――
『クロ子は一万年に一人の逸材』
なんだそうだ。
実験動物としての逸材というのもどうかと思うけど。
そしてピンククラゲのクラゲボディーは、何と各種観測機器の集合体なんだそうだ。
ただの対人インターフェースじゃなかったのな。
何でもピンククラゲの頭脳はこの施設の中央コンピューターとリンクしていて――というよりもコンピューターが頭脳で、ピンククラゲ本体には脳みそも無いただの手足に過ぎないんだそうだ――その行動範囲はほぼこの惑星の半分。
つまりは星の反対側にさえ行かなければ、タイムラグ無しで常時リアルタイムにここのコンピューターにリンクし続ける事が出来るのだという。
前人類の魔法科学文明スゲエな。
『ええと、じゃあアンタが私達に付いて来るから、私達は外で何をしてもいいのね?』
『肯定』
・・・それはそれでトラブルの予感しかしないんだけど。
まあ、ここで戦う事になるよりはいいか。
『そ、そう。だったら名前を教えてくれないかな?』
『名前? 魔核性失調症医療中核拠点施設コントロールセンターの――』
『あ、いや、そういうんじゃなくて』
いちいち”魔核性失調症医療中核拠点施設コントロールセンターの対人インターフェース”なんて呼んでたら舌を噛んじゃうでしょ。
『そのクラゲの体の固有名称とか愛称とかはない訳?』
『記録に該当無し』
無いのか。じゃあ仕方が無いな。
『だったら私が付けてもいいかな?』
『問題無し』
ピンク・・・クラゲ・・・クラゲって何か他の呼び名があったっけ?
確かクラゲのことを漢字では水母と書いたはず。うろ覚えだけど。
『水母なんてどう?』
『スイボ。登録。私はスイボ』
ピンククラゲ改め水母はコマの頭から浮き上がるとクルクルと回転を始めた。
本人も喜んでいるみたいだからOKかな?
『よろしく水母。じゃあ行こうか。外までの道を案内してくれる?』
『了承。こっち』
「ウウウ・・・ワン!」
その時、コマがアホ毛を震わせて大きな声で吠えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
彼の名はコマ。クロ子にその名を与えられた野犬だ。
母親のいない彼はメス豚クロ子をリーダーとして慕っていた。
クロ子の強力な魔法。そして勇敢な戦いぶり。
数々の死闘の中、いつしか彼はクロ子に憧れ、彼女の力になりたいと真剣に考えるようになっていた。
幾日にも渡る永い眠りから覚めたクロ子の頭には、黒い大きな角が四本も生えていた。
目覚めてからのクロ子の魔法の威力は目を見張るものだった。
その力にコマは恐怖すら覚えた。
しかしその恐怖の中、彼はクロ子の変化の本質を捉えていた。
「あの角がクロ子の魔法を強くしたに違いない」
頭の弱いコマは、なぜクロ子が父親と共にここを目指していたのか理解していなかった。
しかし今なら分かる。この規格外の力を求めての事だったのだ。
ひょっとしたら自分も角を生やす事でクロ子のように魔法が使えるようになるかもしれない。
その思い付きは悪魔の囁きだった。
生来ビビリのコマにとって、クロ子ですら数日も眠りにつく程の手術は恐怖でしかなかった。
けどクロ子の役に立てるなら。
コマは生まれて初めて死ぬほど悩んだ。
そして彼は自分の恐怖心を克服した。
恐怖よりもクロ子に対する忠誠心の方が上回ったのである。
「ウウウ・・・ワン!」
彼は吠えた。
俺にもクロ子ボスと同じ手術をお願いします!
それは彼の魂の叫びだった。
クロ子が振り返った。
『どうしたのコマ。行くよ』
「ワン! ウワン!」
『何急に吠えているの? おしっこなら後にしなさい。置いて行くわよ』
ピンククラゲ水母はフヨフヨと漂いながらクロ子を道案内している。
クロ子はもうこちらに振り返る事も無く彼の後を追って行った。
「ワン! ウワン!」
懸命に呼び止めようとするコマ。
二人が部屋を出ると部屋の明かりが消えた。
「キャ、キャウン」
突然訪れた闇にコマは情けない声を上げると慌てて二人を追いかけるのだった。
どうやらコマの決死の覚悟は欠片もクロ子に伝わらなかったようである。
次回「メス豚、外に出る」




